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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第五章
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~湿原~ 苦労人の心労

 太陽が山稜にかかり、暗がりに近づく空。ムーアに厳寒が垂れ込めて、乾いた雑木林がさざめいた。戦闘の熱気が過ぎ去れば、あとは疲労と肌寒さが身に染みるものだ。


 それでも震える体に鞭打って後始末をする人たちもいる。


〔エクセンプラール〕は無理をし過ぎた機関室や脚部関節の点検を休ませるために停船していた。幸い深刻な損傷はなく、ムーアを渡りきるのに問題はない。


 甲板で寝そべる〔アル・ガイア〕も今まで直らなかった右肩部や脇腹、今回破壊されたマルチ・ハープーンの射出装置に自己再生をする銀色の金属のかさぶたができた。時間が経てば、新品同様になっていることだろう。


 しかし、解消したい問題もあった。


「本当にあなたは、今回の騒動に関与していないの?」

「そうだ。でなければ、手伝いなどするか?」


 とある一室でミトと役員の老人たちがドトレット・アルマーニュを呼びつけて、尋問をしていた。


 事態が収束して、なぜ〔エクセンプラール〕が襲われるようなことになったのか、という疑問が浮上し、その参考人として彼に矛先が向けられた。


 船の外部から招いたということ、さらにセルネルや(マサキ)の証言から彼が二日前の夜に見張り台で船に発光信号を送っていたことが嫌疑にかけられたのだ。


 ドトレットはそのことを真摯に認めたが、あくまで見つけた船へは挨拶しか返していない。


 ミトは腕組みをして肩を落とす。それは彼に対するものではなく、猜疑心に火のついた神経質な老人たちに対してだ。


「この人は案内人なんですから、協力してもらわなければ次の町にまで行けませんよ?」

「わしらを売ったかもしれない男の言うことを信用しろというのか?」

「そうだ。信用できるか」


 役員の老人たちはこの一点張り。真偽のほどは置いておいて、自分たちが安心できるものがなければ、梃子でも意見を変えようとはしない。


 老人特有の我の強さ、である。


 ミトは机を挟んで対面に座るドトレットのどっしりとした構えが強がりでないのを、その鋭く強い瞳からも読み取れた。一〇人近くを目の前にして、威圧に負けない精神がある。


「大体。お前が船を動かしたおかげで、中はめちゃくちゃだ。どう責任を取るつもりだ?」


 老人の一人が思い出したかのように、ミトに艦長責任を突きつける。その嬉々とした物言いは自信に満ち溢れており、怖いものがないといいたげであった。


 言葉なじりにするのが趣味なのだと思って、ミトもこめかみを押さえてため息が出る。


「じゃぁ、代わりを誰かにやらせてください。ドトレットさんの処分も、その人に任せます」

「責任転嫁か? ずうずうしい女だ」

「最後まできちっと役割は全うするもんじゃ。小娘はこれだからダメなんだ」


 役員たちが雁首揃えて頷く。


 ミトは振り返って、しわくちゃな彼らの顔を睨みつける。


「だったら、艦長権限というものがあってしかるべきですので、ドトレットさんの身柄は白ということで解散です。こういったことは今後もあるので慣れてくださいな」

「横暴なっ」

「どっちが。さぁ! 部屋に戻って編み物でもして、次の町での資金稼ぎに協力してください。できないのなら、次の町に置いていきますからね」


 ミトはびしっと出入り口のドアを指差して、命令を下す。


 役員たちは勢いにのってまくし立てる彼女に何も言えず、渋々とカルガモの親子のように連なって部屋を後にする。


「まったく、年寄りをなんだと思っておるか」

「これまで散々世話してもらっといて、アレかい。酷いもんさ」

「男が欲しいんじゃろ、淫猥、淫猥……」


 陰険な小言を零しながら、背中を丸めて出て行く老人たちにミトは鋭い目つきで送り出す。


 最後尾の老婆が振り返って、持っている杖を振り回しながら言う。


「粋がってんじゃないよ!」


 それにもミトは睨み返すだけで、怒鳴ることはなかった。


 彼らの自己中心的な考えはちょっとやそっとでは変わらない。同時に憎まれ口を叩くしかできない自分を知っているのだろう。〔エクセンプラール〕にとってお荷物状態であるという危機感が、彼らを焦らせて虚勢を張っている。


 真っ先に切り捨てられるのは自分たちだ、という恐怖がある限り彼らは文句をやめないだろう。自己主張して存在を確かにして、少しでも忘れられないようにするという幼い子供のやり方だ。


「ああはなりたくないわね……」

「ありがとう。キミのおかげで助かった」


 ドトレットが腰を上げて、礼を述べる。


 ミトは腰に手を当てて、彼に向き直ると弱った顔を見せる。


「別に弁護したつもりはないんですけどね。航路を知るためにも、ドトレットさんは必要だった。それだけですよ。お互いムーアで飢え死になんて、嫌でしょう?」

「それはごもっとも」


 ミトのしたたかさというか、臨機応変な態度は指揮者らしい色合いがある。いや、母親らしい気の強さがあるから、キビキビと動ける。


 そのしたたかさには信頼というものはなく、支配権の有無がはっきりとした感じでもある。


 ドトレットはミトへと歩み寄る。


「だが、セルネルとかいう青年についても色々取り調べはした方がいい。彼らは妙だぞ」

「わかります?」


 ミトは茶化すように言って、足を引いてドトレットに道を開ける。


 それにはドトレットも肩をすくめて、ドアの方へ足先を向けて口惜しそうにそのヘリにつかまって立ち止まる。


「他にも数人みょうちくりんな服を着ているものですからね。アレは都会向けのヤツだ」

「忙しくてみんな、気にかける余裕がなかったんですよ。働いてもくれますし」

「じゃぁ、避難民を装った密航者じゃないか?」


 ドトレットは振り返って、呆れたように肩をすくめて壁に寄りかかるミトを見た。


 ミト自身、密航者について目を向けることはあったが、〔エクセンプラール〕の運用にも必要であったし、それに老人よりも働き者だから置いていて損はしない、とあえて見過ごしてきた。


 しかし、そのアバウトな考えが今回のようなことを引き起こすのだとも思い返すのだ。


「密航者でも実技に強い人は必要ですから。対応はしていきますよ」

「柔軟な女性はさすがです。言い寄る男も多いでしょう?」


 ドトレットは冗談めかしく口にしてみて、ミトの周辺を探ろうとした。


 すると、ミトはくすくすと口元に手を当てて笑う。おかしそうに、しかし、少し悲しそうな横顔には哀愁が漂っていた。


「男の人ってそういうのだけど、わたし、一度は離婚してますから」

「ああ、なるほど……」


 ドトレットはその一言を聞いて、心底見込み違いだったと声を落とした。


 夫婦になることはどこの地域でもノード教会の風習に倣っており、立憲君主制でも絶対王政でもそれは相違ないことである。そして、普通離婚というのは不貞を働いた者への処罰であり、婚姻を破棄される。例外はいくらかあるが、そのほとんどは夫婦のどちらかが死亡した場合である。


 そして、夫だけが妻に離縁を突きつける権利がある。


 不名誉極まりないことであり、貞操を守れない不届きな女のレッテルを張られる。


 老人たちの言葉はそこから来ているのだとドトレットは悟った。


「不躾なことを聞いて、すみません」


 社交辞令での言葉で、ドトレットの本心は自分を恥じることでいっぱいだった。


「いいえ。もう慣れましたから」

「そうですか。では、仕事に戻ります」


 ミトはドトレットが出て行くのを黙って見送る。そして、足音が遠くなったのを聞いてため息を漏らす。


「男って勝手よ。まったく」


 独り言をこぼして、言うことを聞かない右足を一瞥する。右足を見るたびに苦い経験がよみがえって、頭が熱っぽくなる。


「勢いで艦長になったけど、嫌ね。どいつもこいつも、好き勝手」


 ミトは気怠くなる体に喝を入れて、部屋を後にする。


 子供の面倒も見なければならないし、家事もある。その上に艦長の座についてしまったのだから、さらに苦労が重なるだろう。老人の我がままや、男たちの不平不満の板挟みになって、心労も一気に加速するに決まっている。


 通路を歩いていくと、角の影から(マサキ)、フォノ、結子(ユイコ)たちが姿を現す。(マサキ)結子(ユイコ)は煤に塗れて、頬にもべっとりと黒い跡が残っている。フォノは二人に比べて少なかったものの、エプロンドレスの前掛けがひどく黒ずんでいた。


「エンジンの修理、ご苦労様」


 ミトは三人が機関室の修理応援に行ったのだと思い、声をかける。


 依頼や命令を出してはいなかったが、彼女たちはよく働くのだ。戦闘が終わってへとへとだろうに。


 (マサキ)たちはその声に気付いて、立ち止まった。


「うん。すぐにでも出発できるようにしないと、予定通り次の町に行けないもん」

「ありがとう」


 (マサキ)の言葉にミトは心底感謝する。


 三人の前に立って、ミトは少し顔が緩む。見上げてくる瞳がまだまだ働けるという威勢があった。無理をしている風にも取れたが、ミトに追及の意志はない。


「三人とも、顔洗ってきなさい。ご飯の支度しておくから」

「あ。だったら、わたし、手伝うわ」


 フォノが自分の胸に手を当てて申し出る。


「助かるわ」

「あの、これ……」


 ミトはおずおずと藁半紙を差し出す結子(ユイコ)を見て、一瞬きょとんとしてしまう。


 考えても見れば、結子(ユイコ)も流れ者のである。密航者たちと接点があってもおかしくない。疑いながらも、彼女の奥ゆかしい所作を目の当たりにしては受け取らざるを得ない。


 ミトは藁半紙を開いて、項目を流し読みして驚く。


「これ、備蓄の残り日数?」

「こういうことしか、できないから。何かの役に立つかなって」


 もじもじと俯き加減に結子(ユイコ)が言った。


 備蓄の残量を気にはしていても、細かい日数計算を算出した記憶はない。どんぶり勘定でここまでやってきた。お金のことばかり気にしている大人たちに比べて、結子(ユイコ)のはじき出した計算は実に身の回りを見ている気概を感じた。


 ミトは結子(ユイコ)の頭に手を乗せて、優しく髪を撫で下ろした。煤や汗でべたつく髪の毛に、苦労をさせているなという実感を思い出させる。


「ありがたいわ。これからも頼んでいいかしら?」

「うんっ。やってみる」


 結子(ユイコ)は顔上げて照れ臭そうにはにかむ。


 ミトは彼女たちの働きぶりに感服して、張っていた肩の力が抜ける。艦長の座について、忙しくなる予感は消えない。しかし、少しずつても人を使う術を学ばなければならないとも思う。


 でなければ、働き者の彼女たちにしわ寄せが来るだろう。


「さぁ。あなたたちはちゃっちゃか着替えてきなさい」


 ミトは腰に手を当てて、いつもの調子で促した。


「うん。それじゃ、またあとで」


 (マサキ)たちもまたいつもの調子で返して、歩いていく。


 ミトは右足を引きずって、彼女たちとは反対方向に進んでいく。それでも幾分か疲労感を忘れた足取りの良さがあった。諸問題が立て込んでいるも、それに取り掛かるにもまだまだミトは役所についたばかりで全容を把握するためにも多くのことを学ばなければならない。


 疲労困憊の〔エクセンプラール〕はそんな働き者たちの手によって急速の時を迎えるのであった。

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