~湿原~ 機械乱舞艦戦〈後編〉
滞空する鋼の巨体は速度を増して落下軌道に入る。〔アル・ガイア〕の跳躍力は実に規格外であり、一度で五〇〇メートル近く距離を詰めていた。
〔パンツァー・グランツ〕部隊の操縦者たちは予想をはるかに超えた機体の性能に、冷や汗をかきながら固唾をのみ込む。視界が捉える黒い塊が接近し、威圧感が増していく。
だが、これも想定していた作戦のうちである。
〔パンツァー・グランツ〕は順次移動を開始する。予想を超える能力だとしても、その行動原理に異常性があるわけではない。そこは経験の積み重ねがものを言った。
「三番、四番は左へ展開。二番は俺の背後に」
一番機の〔パンツァー・グランツ〕が指示を飛ばしながら、手にしている長剣を構えて丘陵の頂に着地する〔アル・ガイア〕と対峙する。
「どうする?」
柾は自問して、敵の動きを素早く目で追った。
今の〔アル・ガイア〕は丸腰だ。汎用機関銃もなければ、サイド・ラックに装着しているカタナも抜けない。肩部のマルチ・ハープーンも使えない。武器を生成するための素材がないでは、使えるのは右腕部のフェイズ・トランジション・アームだけだ。
敵機の動きに不安が募る。
カーキ色の〔パンツァー・グランツ〕部隊の迅速な展開には、作為的なものを感じずにはいられない。〔アル・ガイア〕と戦うことを想定していた動きの良さが感じられる。
〔アル・ガイア〕は立ち上がりながら、頭部を左右に振って敵機の動きを追跡する。
その時、対峙する〔パンツァー・グランツ〕一番機がふっと腰を落とした瞬間、背後で構えていた〔パンツァー・グランツ〕二番機がカノン砲を容赦なく撃った。
「あ————」
柾は間の抜けた声を上げて、敵のアクションに反応しきれなかった。
〔アル・ガイア〕はそんな操縦者の反応とは裏腹に、自動反応で体を開いて至近距離の砲弾を紙一重にかわす。脊椎反射的な機敏さを持っていた。
大気がひっぱたかれたような爆音と衝撃波が機体を襲う。
「くっ」
〔アル・ガイア〕が泥土に足を取られてよろける。軸足が滑り、足が大股に開かれた。
自動反応の反動が下半身に負債となったのだ。便利な機能でも慣れない地形では、常にプラスの働きをするものではない。
そこへ一番機の長剣が低い姿勢から迫る。
「よぉしっ!」
一番機の操縦者は気勢を出して、長剣を横薙ぎに振るった。重々しい剣は〔パンツァー・グランツ〕の腰の粘りを見事に乗せての乾坤一擲となる。
〔アル・ガイア〕の背中に迫る。
「————ここ」
柾は目を見開いて、機体を後ろへ倒しながら左腕部の肘鉄で長剣の軌道を組み倒する。
刃と装甲がこすれて火花が散る。
超重量の〔アル・ガイア》が倒れて、長剣はあっさりと地面へとのめり込んだ。タイミングが良かった。その幸運があって、柾の判断は成功したに過ぎない。
一番機が組み倒された長剣に引っ張られて、つんのめる。
「柾、後ろから狙われている」
警報が鳴り響いて、焦燥感が加速する。
「スタック・スラスター、全開!」
結子の警告とともに、柾は操縦桿のコンソール・スイッチを押す。
展開していた〔パンツァー・グランツ〕三番、四番機は〔アル・ガイア〕の背後三〇〇メートル後ろに射撃態勢を取っていた。四番機のカノン砲が火を噴く。
間一髪で、〔アル・ガイア〕は背部と脚部のスタック・スラスターを噴射して、〔パンツァー・グランツ〕部隊とは反対側へ転がって、丘陵の泥をはね上げて滑り落ちる。
柾たちは激震の中で奥歯を噛み締め、それに耐える。
「ミトさんたちが来るわ」
フォノが仰向けになった視界から〔エクセンプラール〕が迫っているのを視認する。
〔アル・ガイア〕はさらにスタック・スラスターを噴射して、上体を持ち上げて態勢を立て直すと横へ跳躍。遅ればせに、敵の砲弾が地面をえぐった。
肉を無理やり引き千切られそうな負荷に三人が顔を顰める。
「機体の反応がいい。今なら、これを使っても————」
柾は背後から近づいてくる艦の動きを一瞬振り向いて確認すると、横へ広く展開する〔パンツァー・グランツ〕四機を見据えた。
操縦席についていてもあの不可解な映像のことを思い出さずに済むのは、上がりっぱなしの息遣いと熱を発する体の調子が良かったからと言える。ぐちゃぐちゃしたことを考える余裕はなく、生き残る術を模索する興奮が柾たちを奮い立たせる。
〔アル・ガイア〕が右腕部で手刀を作る。熱量を上げて、必殺の溶断マニュピレーターへと昇華する。脇を締めて、小さく腕を引く。
「大丈夫だよね!」
偶数番機が同時に発砲し、奇数番機が突進をかける。
〔アル・ガイア〕が砲弾をかわしつつ、接近戦を仕掛ける。
一番機の長剣、三番機のハルバードが迫る。丘陵を下って、上方を押さえる二機。二段構えの攻撃をするつもりだ。一番機が先手を取った。勢いのついた突きが伸びあがる。
柾は短く息を吐いて、お腹に力を込めると右腕の操縦桿を伸ばした。
〔アル・ガイア〕が大きく踏み込むと溜めていた右腕部の手刀を伸ばす。
ドポォッ!
手刀の切っ先は長剣の先を溶解し、真っ赤に燃える鉄となる。〔アル・ガイア〕の手刀がそれを吸収しつつ、飛散するものは空気に触れて炎を上げながら地面に落ちていく。
線香花火が盛大に盛り上がる様に煌びやかな色を空中に焼き付ける。
「何だ、これは!」
一番機の操縦者は機体のマニュピレーターまで溶かした手刀に戦慄した。
真っ赤な色が目の前で弾けて、死の予兆を体で感じる。
彼らは〔アル・ガイア〕を無駄にデカイだけの機体だと認識していたのだ。一番機が下りの勢いもあって、そのまま手刀に飛び込むようにして落ちてくる。
「これ以上はダメっ」
柾は〔アル・ガイア〕に右腕部を引かせて、次に来る三番機のハルバードに備える。
「こいつはどうだ!」
三番機の操縦者は声を張って異様な恐怖を振り払う。
眼前で味方機が崩れるのを目の当たりにしながらも、得物を長く持っておおきく振りかぶっていた。好機を逃すわけにはいかない。残心をしている〔アル・ガイア〕は格好の的だった。
兜割りには絶好の位置。
「柾、上」
「わかってる。フォノ、ごめんっ」」
結子の警告に柾が短く返した。
フォノにはそれがどういうことなのか、瞬時には理解できなかった。
「何?」
フォノから上擦った声が出た。
〔アル・ガイア〕は軽く頭部を捻り、左腕部を上げる。兜割りの刃が左肩部を捉えた。マルチ・ハープーンの発射装置を砕いた。左腕部が辛うじて相手の長柄を食い止めて、深手にはならない。
「うぅ——っ」
しかし、その直下に位置するフォノの操縦席は激しい衝撃を受けた。脳天からお尻まで貫ぬかれたような鈍い衝撃に、彼女の意識も泥酔したようにくらくらする。
厳しい一撃にフォノは目を回した。
〔アル・ガイア〕は上から自重をかけてくる〔パンツァー・グランツ〕三番機のハルバードを力任せに振り払い、一番機を蹴飛ばして共倒れにさせる。
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者たちは上下の激しい振動に視界が歪み、なすすべもなく倒れる。
「カノンを構えた敵が狙ってる」
結子は左手に展開する〔パンツァー・グランツ〕二番、四番機のことを言った。
狙撃体制に入る偶数番機は傾斜を考慮しつつ、〔アル・ガイア〕の胴体に狙いを定めている。照準はよし。いつでも撃てる。
柾はそれを視認するや否や、スタック・スラスターを展開させる。
「————っ」
〔パンツァー・グランツ〕二番機操縦者が気合を込めて、トリガーを引いた。
ドッと装薬室の火薬が爆裂し、徹甲弾が吐き出される。
対して、〔アル・ガイア〕はスタック・スラスターでホバリングし、傾斜を下っていく。紙一重で弾道から抜け出し、続く四番機の砲撃を半回転しつつ回避。
「フォノ、大丈夫?」
「う、ん。何とか……」
フォノが呻き交じりに応える。
柾は〔アル・ガイア〕を砲撃機を中心に円の動きで、降り注ぐ砲弾を回避し続けて、注意を引き付ける。ホバリングが切れると大きく敵の視界から出ないよう気を付けながら、ジグザグに動き回る。
彼らは機体見ている狭い視野で〔アル・ガイア〕を追うことに躍起になっていた。
外の音も〔アル・ガイア〕の足音と振動でかき消され、さらに言えば自身が使うカノン砲の爆音防止に使っているヘッドスピーカーがそれらを制限した。
それは柾たちにとって都合がよかった。
「今のうちに早く————」
〔エクセンプラール〕がその戦闘域から距離を取って、〔パンツァー・グランツ〕部隊の背後を抜けていく。
長く強靭な足が大きく丘陵を跨ぐ。
柾たちは砲撃部隊の後ろで動く〔エクセンプラール〕の胴体に目を向けながら、続く砲撃の連弾を回避しては、突撃するようにフェイントをかけて相手にプレッシャーを与える。
「白兵戦機が起きた」
結子は落ち着いた口調で言って、彼らの動きを見張る。
戦闘能力を削がれた一番機とまだ十分に戦える三番機だったが、自分たちの横間を堂々と動く〔エクセンプラール〕の影に驚いているようだった。
その直後、〔アル・ガイア〕に集中していた〔パンツァー・グランツ〕偶数番機がぎょっとしたように砲撃の手を緩めた。
「味方の船があんなところに————! 謀られた!」
三番機の操縦者は悔しさを露わにして呻いた。
〔アル・ガイア〕の背後で〔ガング〕が方向転換して、自分たちの方へ向かってくるのがわかった。それはすなわち、目標の艦影がすぐ近くにまでいることに他ならない。
「こんな近くにまで、気が付かないとは……。クソォ」
四番機の操縦者は自機の頭部を一八〇度回して、背後で動く〔エクセンプラール〕の巨体に悪態をつく。
まんまと敵のリズムに乗せられて、頭に上っていた血がすぅと下がっていく。
「柾、後方から敵艦。砲身に動きあり、こっちを狙ってる」
「わかった」
「タイミング、来るわ!」
フォノがウィンドー表示された敵の砲口が黒い点となって見えたのを知って叫んだ。
「ど真ん中に来る!」
フォノの叫びがさらに熱量を帯びる。
柾たちに緊張が走る。同時に艦砲射撃が連続して轟いた。
〔アル・ガイア〕はそれを合図にして、前に駆けだした。右腕部のフェイズ・トランジション・アームを起動して、呆然としている〔パンツァー・グランツ〕二番、四番機を狙う。
背後で強烈な爆音が轟いた。紅蓮の火の手が迫り、粉塵が機体の巨躯を押し出す。それが二回、三回と連なって柾たちは泥がぼたぼたと落ちる丘陵の光景を見ながらも、肉薄する敵機へ攻撃する思考を失うことはなかった。
〔アル・ガイア〕が右腕部で手刀を作り、阿呆のように横並びに立つ〔パンツァー・グランツ〕のカノン砲二門を一閃する。
手刀が接触した砲身は溶断され、砲口がゴロンと地面に落ちた。真っ赤に燃える鉄を滴らせて、〔パンツァー・グランツ〕はなすすべもなかった。
〔アル・ガイア〕は疾駆する。
〔パンツァー・グランツ〕部隊は戦闘を切り上げて、蜘蛛の子を散らすように散開する。判断が早い。
「…………?」
結子は散開する〔パンツァー・グランツ〕を目で追いながら、ふと丘のふもとを迂回する小さな影を見た気がした。
〔エクセンプラール〕が攻防を繰り広げている丘陵を超える。もう一隻の〔ガング〕の榴弾砲が頂に落っこちた。〔エクセンプラール〕の船尾が跳ね上がって、叩かれたように押し出される。
「きゃぁああ!!」
〔アル・ガイア〕はその爆発に巻き込まれて、後ろへ吹き飛ばされた。泥をはね上げて、勾配を転げ落ちていく。
「やった! 黒い機体が転げ落ちたぞ!」
「このままいけば、踏みつぶせるぞっ」
左から攻め込む〔ガング〕の甲板で観測員が歓喜を上げる。
〔アル・ガイア〕は仰向けの状態。右腕部の機能がまだ維持されており、泥炭が液状化を始めている。
「くっ、の————、ああ!?」
柾が頭を振って見開いた先で、〔ガング〕の巨大な脚部が一面に広がっていた。大きく上がる足の裏は巨大なプレス機のようである。
「————っ!」
柾は視界の端に映ったものを見て、咄嗟に機体を反転させて蹲らせる。
瞬間、鋼鉄の脚が落雷のごとく〔アル・ガイア〕に落ちる。巨大な脚部が〔アル・ガイア〕を飲み込んだ。
〔ガング〕は一瞬ふわっと艦体を浮かせたが、すぐにストンッとお腹の底が落ちるように艦体を安定させる。地ならしをするように後続の脚が踏みつける。
船尾で監視をする甲板要員が過ぎ去った道を見て、ただ黒い沼地が広がっているのを認めた。
「黒い機体はボグに陥没したようです。やっちまいましたよ!」
甲板要員は双眼鏡を下ろして、口惜しそうにブリッジに報告しながらも、ニヤニヤと口の両端を上げていた。化け物じみた機体も〔ガング〕の超重量をもってすれば、圧死したに決まっている。所詮は〔AW〕だったということだ。
「歩兵で戦車が止まるかってんだ」
気をよくした甲板要員は後方の警戒から右舷の警戒へと移った。
獲物である〔エクセンプラール〕は走り続けているが、もはや時間の問題であろう。
「損害状況はどうなってるの?」
「大したことはない。まだ走れる」
ドトレットの報告を受けて、ミトはとにかく前進することを集中する。柾たちのおかげで〔AW〕部隊を突破できた。
彼女たちが今どうしているのか、考えている余裕はない。常に敵の〔ガング〕二隻の動きを警戒しなければならないからだ。
その気持ちが一番強いのは後部の見張り台についているセルネルたちで彼らは〔ガング〕の砲撃のさなか、体を低くしながらも警戒を怠らなかった。
側面に榴弾が落下。泥が跳ね飛び、爆発の熱風が肌を薬用に襲い掛かった。
セルネルは相方に低い姿勢を取らせつつ、ふと艦の側面を走る何かの一群を見つける。裸眼でも隊列を組むそれらの動きがわかった。
「ブリッジ。右舷より、バイン・アウトーの騎兵! バイン・アウトーの騎兵隊が展開している!」
今まで気づかなかった騎兵隊の存在に気が動転する。榴弾砲の爆発で視界がふさがれ、あまつさえその轟音に耳鳴りがひどい。砲身にばかり目を向けており、地面に気を配っている余裕はなどなかった。
「左も同じだ。ざっと二〇機はあるぞ!?」
伝声管に噛り付くように報告をしていたセルネルが相方の声にぎょっとした。
四足のバイン・アウトーを駆る騎兵隊が味方の榴弾を諸共せず、襲撃の機会を窺っている。後部に巨大なバリスタを装備したバイン・アウトーは泥炭の中でも軽やかに走行している。
騎乗している面々は二人一組で、スカーフで口元を隠しており、ダルマのように着ぶくれした格好をしている。状況を冷静に分析しているか、泥を跳ねあげながら並走を続ける。
そのバイン・アウトーもこの泥炭が占めるムーアに対応させるため、木製のかんじきらしいものを蹄鉄として走行している。重さを考慮してか、機尾には木製のバリスタとウィンチが装備されている。それでも速度は〔エクセンプラール〕に食らいつくほどの柔軟性を持っており、かなり力を入れている。
「騎兵隊? 乗り移るつもり……」
ミトはここにきて敵の器用さに嫌気がさす。
〔ガング〕がただがむしゃらに追撃しているように見せて、その実、間合いを止めて騎兵隊の速力でも追いつく間合いにまで来ていたのだ。〔AW〕だけを運搬するのが戦艦ではない。さらに、〔AW〕を待ち伏せさせていたのも戦艦への注意を砲撃に集中させて、騎兵隊の降下を隠していたのだろう。
軽妙な戦術は地形を知り、さらにかなりの練度を要求させる。間違いなく、このムーアを拠点に活動する一団だ。
左右の騎兵隊の隊長機と思しき機体がフラッグを掲げて、その先端を〔エクセンプラール〕に向ける。
そして、騎兵隊は加速をかけて〔エクセンプラール〕の背後に回り込んでいく。タイミングに合わせて〔ガング〕は砲撃の手を緩めながら、〔エクセンプラール〕の航路を制限する。
間合いを詰めて、左右へと転回を許さない。
「騎兵隊が背後に回っている」
「柾たちを呼び戻して」
「姿が見えません」
ミトは歯噛みして、この状況を自分たちだけで切り抜けるしかないと覚悟を決める。
外では〔エクセンプラール〕の巨大な脚部が掘り返す泥にまぎれて、騎兵隊の一個隊は背後に、もう一個隊は船底へもぐりこんだ。
そして、装備しているバリスタの留め金を外して、ワイヤーをつけた鉄製の錨を投射する。錨は甲板の溝や後部ハッチのでっぱりに引っ掛かる。船底に潜り込んだ機体は錨の代わりに炸薬を仕込んだ矢を放って、装甲を破壊しにかかる。
〔エクセンプラール〕の腹が火の手を上げて、振動が走る。戦艦に対して火力は不十分であったが、格納庫で事態の終結を待つ避難民たちは突如起きた床の激震に肝を冷やす。
「船底に被弾!」
「バイン・アウトーごと船に乗り上げてきたぞ」
ドトレットは見張り台からの報告に戦慄する。
背後に回っている騎兵隊はエンジンと同調するウインチでワイヤーを高速で巻き上げて、不格好な姿勢でバイン・アウトーごと地面を離れた。
荒々しい行為。しかし、人が伝って上がるよりも素早く展開でき、危険を伴いながらもその蛮行は彼らにとって理にかなっているのだ。
ミトはその状況をドトレットの実況から察して、驚きつつも次の手段にでる。
「機関士、ギアをニュートラルに! 急停止! エンジンの回転を緩める!」
ミトの矢継ぎ早な言葉の応酬に、機関士は有無を言わずギアスティックをニュートラルに設定し、スロットルをゆっくりと下げる。
次の瞬間、動力との連動が途絶えた〔エクセンプラール〕の四肢は地面に突き刺さる様にして停止。
「むおっ!?」
騎兵隊が振り子のように揺れて、地面を離れた機体は次々と〔エクセンプラール〕の装甲に叩きつけられる。ガラス細工のように砕けてるバイン・アウトー。
対して、騎乗している人たちはやはり慣れていた。振り子の遠心力で自ら体を投げ出し、高さ二〇メートルから落下する。彼らの身に着けている衣服は衝撃緩和を考慮している。頭を守りながら、地面に転がって命を繋ぐ。
しかし、バイン・アウトーとともに〔エクセンプラール〕の装甲に激突してしまう者、着地に失敗してしまう者もいる。
そのことを〔エクセンプラール〕に乗っている人は気付かない。気付くわけもない。乗組員たちも命がけなのだから。
急停止の衝撃にミトたちは耐えつつ、追いつき、横に並ぶ〔ガング〕を視界に入れていた。
〔ガング〕も騎兵隊も急停止した〔エクセンプラール〕に驚いて、行動が遅れる。騎兵隊は泥炭の地形もあってすぐには止められず、艦首の方へ出て行った。
「ギアをバックに入れて、後退!」
「無茶苦茶を言う……」
機関士はミトの無謀な操艦に顔を顰めながらも、痺れる手でギアをバックに入れた。
ガコンッとギアがつながる音が響くと、〔エクセンプラール〕はこうべを垂れるようにして後ろへ下がっていく。切り返しはうまくいくも、艦に乗り合わせるものは相当の体力を消費することになる。
「ロマが動かしている船だぞ! 後れを取るな!」
「砲塔、遅いぞ!」
〔ガング〕二隻も停止して、砲塔を後退する〔エクセンプラール〕に向ける。重たい戦艦を機敏に、しかも鋭く運用するやり方をこれまで見たことがない。〔エクセンプラール〕の長く細身の四脚がそれを可能にしている。
が、普通わかっていてもやる芸当ではない。
「狙われてるよ。次、横間に動かす」
「できるのか、そんなこと!」
「足があれば、カニ歩きくらいできるわよ! 操舵士は左へ切る。配電をコードAからCに並び替える。わかるでしょう!?」
ミトは緊張で胃がきりきりしながらも、マニュアルを見ながら指示を飛ばす。
しかし、クルーもまた素人だ。暗記的なことはできても、すぐに体は追いつかない。配電が遅れる。
〔ガング〕二隻が後退を続ける〔エクセンプラール〕に砲塔を向けて、タイミングを見計らう。狙うのは脚部である。騎兵隊は危険を察知して、散開。次のタイミングに備える。
右舷の〔ガング〕が脚部を捉えた。砲撃主がトリガーを引いた。
その瞬間、〔ガング〕の足元が陥没して、前部四脚が落下し前のめりになってしまう。砲塔は狙いがズレて〔エクセンプラール〕を飛び越して、見当違いのところで爆発が起きた。さらに、その反動で〔ガング〕は前転しそうなほど船首が傾く。
「何が起こっている!? 状況を知らせ!」
「状況不明!? いきなりボグが出来上がって————」
〔ガング〕に乗り合わせているクルーたちは足が床から離れて、近くのものにしがみついてぶら下がるしかなった。
船首に目を向ければ、まるで底なし沼のように液状化した地面が広がり、ぼこぼこと気泡を立てている。
榴弾の黒い煙と降り注ぐ泥に視界を遮られている〔エクセンプラール〕には何が起きたのかわからなかった。
その隙に〔エクセンプラール〕は右へと横歩き移動をする。遅れて左弦に展開している〔ガング〕の砲撃が落下。間一髪のところで回避した。
体を横殴りにする慣性運動に艦橋にいる全員の体が傾き、艦内でも急な横揺れに避難民たちが悲鳴を上げる。
「どうした!?」
「船が沈んでいるだと!?」
騎兵隊が蜘蛛の子を散らすように回避運動を取っていると、沈んでいく〔ガング〕の様子に気が付いた。驚きのあまり、行動が鈍る。
長年、ムーアで活動しているが戦艦が沈む様なボグがあるなど聞いたことがない。しかも、突発的に生まれるなどあり得ない話だ。
〔ガング〕の沈殿が止まると、今度はその四脚に絡まる沼地が氷結。凍土のような硬さと氷を張って、動きを完全に封じてしまった。
奇妙奇天烈な現象の数々に騎兵隊は恐れおののき、士気が低下する。
しかし、驚愕は彼らばかりではなく〔エクセンプラール〕の艦橋でも同じことだ。
「一隻、動かなくなってるぞ」
そんな言葉が飛び交い、〔ガング〕との距離を取りながら様子を窺った。
「もう一隻もこちらどころではないようだ」
操舵士が叫んで、ミトは左弦で展開してた〔ガング〕に顔を向ける。
その手前で、大地を引き裂いて這い出てくる黒い巨人の影があった。騎兵隊はそれを見上げるようにして後退し、ひっくり返しそうになる。
〔ガング〕の方も砲身を向ける気力を失って、動きが完全に止まる。
〔アル・ガイア〕が姿を現し、ゆったりと背筋を伸ばすと四つ目のセンサーアイを発光させる。
「この右手、使い方次第で土の中も泳げちゃうもん。さぁ、これでもまだやる?」
柾は不敵にほほ笑んで、外部スピーカーで敵に呼びかける。
「それにしても、今回は無茶が多いわ…………」
柾とは打って変わって、フォノはげっそりしていた。
〔ガング〕に踏みつぶされそうになったとき、咄嗟に右腕部で地面を液状化させて機体を沈めるなど考えてもリスクが高かった。が、予想以上の出力とスタック・スラスターの推進力も相まって深くまで潜ることができた。
地中は真っ暗で見通しなど聞かなかったが、結子の索敵によって大方の針路を決定し一隻の〔ガング〕の足を止めることに成功した。
「予備のタンクにも金属が充填されてる。銀があるからかな?」
結子は出力ゲージのほかに、機体の修繕機能が働きだしたこと、さらにリア・ラックに備わっている弾倉にも充填が施されていることを言った。
彼女の操縦席では様々なステータスを表示するグラフが出力されており、そのどれもが上昇傾向にあった。
〔アル・ガイア〕は泥まみれの姿を曝しながら、もう一隻の〔ガング〕に大胆不敵に右腕部の拳を突き出す。
すると〔ガング〕は泣き喚くように甲高い音を立てて放熱の蒸気をあちこちから吹き出していた。まるで冷や汗をかいて焦っているかのようだ。
柾は地上に目を向けて、騎兵隊の影もまた困惑しているのを悟った。
「柾、〔ガング〕を見て」
結子は目の前にしている〔ガング〕の甲板を見て、肩をすくめる。
フォノも苦々しい笑みを浮かべるしかなかった。
そこでは甲板要員が身に着けていた白いスカーフを取って、大きく振っている。白旗。降参します、と告げている。彼らは常識はずれな〔AW〕と戦艦を相手にする気がなくなったらしい。
「白旗……。もうちょっかい出さないでよ」
柾は怒鳴りつけて、〔アル・ガイア〕の突き出している拳を下げさせた。
「こっちも撤収するよ」
「ミトさんたち、右の方に展開してるわ」
フォノはほっと胸を撫で下ろしながら、沈殿している〔ガング〕の向こう側で前進を始めている〔エクセンプラール〕の影を見つけた。
〔アル・ガイア〕は沈殿している〔ガング〕を飛び越して、前を行く〔エクセンプラール〕を追いかける。
ムーアに乾いた風が吹く。その風に乗る様にして〔アル・ガイア〕と〔エクセンプラール〕は先へと進んでいった。




