~湿原~ 機械乱舞艦戦〈前編〉
「船が二隻? 左右に出てるの?」
艦橋の通信席についたミトは二つの見張り台からくる報告に対応する。
後部にはセルネルがついており、報告を続けた。
「砲身が見えるが、距離は十分にある。〔ガング〕だ」
ミトはそれを受けて、艦橋にいるドトレットの方を向いた。
「武装艦です。けど、距離はあるようです」
「様子を見るしかないだろう。というより、そういう判断をこちらに委ねないでくれ」
「だって、他の人はそういう判断できないんだから」
ミトのストレートな物言いに艦橋にいる男衆は肩をがっくりと落とした。
ドトレットも弱った顔をして、指揮を取るつもりはない。航海士として呼ばれた身分であり、圧力をかけてくる武装艦との駆け引きに専門外だ。
「あなたがやればいいでしょう?」
「じゃぁ、ここお願いしますよ」
ミトは割とあっさり席を立って、艦橋の中心にあるデスクへと移動する。それと入れ替わる様にしてドトレットが通信席に着いた。
彼が着いたとき、前部の見張り台からの伝声管が震えた。
「ミトさん。どうしましょう?」
「その声、フォノちゃんか?」
「あら? ドトレットさん。これからどうします?」
「様子見だ。右舷を警戒してくれ」
了解、と応答があり、ドトレットは妙な気分になる。
ここの女性は順応能力が高く、慌てた様子がほとんどない。緊張しているのは確かなのだが、冷静さを欠いていないのが恐ろしい。
前部の見張り台で柾、フォノ、結子は肩を寄せ合って、右舷の〔ガング〕の動きを監視する。
「砲身がこっちに向いてる」
双眼鏡を覗き込む結子が報告する。
柾はヘリにお尻を乗せながら、空間にゆとりを持たせつつ、この状況に嫌気がさしていた。胸の奥を掻き毟られるような焦燥感が強くなっていく。
「修道騎士団でも、フライハイトでもない。どこの人たちなの?」
「どこの紋章も上げてない。盗賊とか?」
結子は双眼鏡を柾に譲りながら言った。
フォノが伝声管を開いて、ドトレットに連絡を取る。
「ドトレットさん。このあたりは盗賊とか出るんですか?」
「いるさ————」
一度そこで言葉が切れて、何かを思い出したような声が伝声管から飛び出す。
「ああ! そういえば、教会の巡礼の際にそういう大がかりな盗賊が出たって話もあったな」
「わかりました」
その報告にフォノは辟易しながら、〔ガング〕を注視する二人に顔を向ける。
「二人とも盗賊の可能性があるって」
「盗賊……。何が目的なのかわからない」
「甲板に載ってるものとかでしょう、どうせ」
柾のきっぱりとした物言いに、結子も納得せざるを得ない。
「にしても、じれったいやり方。おっと」
柾は〔エクセンプラール〕の方向転換の振動にバランスを崩しかけたが、どうにか踏みとどまる。
〔エクセンプラール〕の艦首がゆっくりと左に振られて、脚部もまたそれに合わせていた。ずっしりとした足運びで、泥土を踏みしめる足先が丘陵でつまずきかける。
「接近してるわ。艦橋からもわかったのかしら?」
「反対側の船も近づいているように見える」
フォノと結子は左右の〔ガング〕の動きに反応した。
いよいよ本腰を入れてきたのか、と緊張が走る。しかし、警報が鳴っていないところを鑑みるにまだ様子を窺っている。慎重な判断だ。
「挟撃されたら、危ないわよ。フォノ、ブリッジに警告して」
柾は双眼鏡を下ろして、フォノに指示を出す。
フォノはすぐに伝声管へと報告する。
「ブリッジ。船が接近してます。攻撃される可能性あります」
「こちらでも、確認している。艦長の判断を待て」
「艦長って誰です?」
「ミト・ハルルスタンだ」
「ミトさんが!?」
それにはフォノも瞠目して、声を荒げてしまう。
柾と結子もびっくりして〔ガング〕から目を離してしまう。
「どうしたの?」
「ミトさんが、艦長してるって」
フォノからの伝言を受けて、結子が言った。彼女も驚いている様子で、瞳が潤んでいた。ミトのような人が艦を任される事態にここの人達の情けなさというものを痛感させられる。
フォノはドトレットと今後の動きについて、検討しているところだった。
「もうっ。驚かせないでよ。そういうこともあるんでしょ」
柾はドライな反応を示して、〔ガング〕へと視線を戻す。ミトが艦長をしているのは、別段違和感はなかった。彼女ならやってもおかしくない、と思えたからだ。
と、右舷の〔ガング〕から発光信号が瞬く。
「発光信号、確認」
柾は業務的に言って、双眼鏡を覗き込んで内容を読み取る。
それに呼応して、結子が投光器の準備を始める。彼女たちは互いの役割をわかっており、迅速な対応に出ていた。
「降伏勧告。受領シナイ場合、攻撃スル。だって」
柾の言葉をフォノは反復して、ドトレットに伝える。
「返答どうします?」
フォノが指示を仰ぐと、ドトレットも困ったように唸り声を上げる。
艦橋ではその報告を受けたミトが予測現在地を算出し終えて、予測進路と照らし合わせ終えたところだった。デスクの地図に鉛筆で印をつけて、左右の窓から見えるようになった〔ガング〕の影を認める。
「返答をどうするか、催促が来てるが?」
「降伏はしないわ。相手にそう返しなさい」
ミトははっきりと告げて、てきぱきとマニュアルを開いて必要な項目を開く。細い指で文章をなぞりながら、小さく頷く。覚えきれないまでも、その概要を頭に叩き込む。
そして、顔を上げる。覚悟を決めた凛々しい表情がそこにあった。
降伏したところで、命の保証はあってもろくな目に合わないだろう。旅も続けられず、怪我人は切り捨てられ、身ぐるみをはがされる。何より〔アル・ガイア〕を渡すのは危険だと彼女もよく理解していた。
「操舵士、取り舵一〇。機関室へ最大稼働を要請。最大船速で、この場を振り切る」
「そんな力技、やったことねぇよ」
クルーの一人がミトの指示に大声を上げる。
「ずぶの素人にそんなことができるかよ」
また別のクルーが泣き言をいう。
艦長に名乗り出た女が無理難題を言うのだから、彼らも気が動転してしまう。自分たちのことをわかっていない女性らしいものが嫌悪感を誘うのだ。
ミトはデスクを力いっぱいに叩いて、一同を見渡す。その凄みのある眼光に誰もが息をのむ。
「男が泣き言いう暇あったら、手を動かしなさいよ! めそめそめそめそ、めそめそっ! それでもタマついてるの!」
怒髪天の彼女の剣幕を当てられて、クルーたちはあたふたと指示を実行する。
「おっかねぇ……。田舎のばあちゃんを思い出す」
通信席についているドトレットは他人行儀な反応を示す。
すると、ミトが鋭い視線を射た。
「ドトレットさんは艦内に警戒警報。身近なものにつかまる様に伝令して」
「は、はい」
「そこ、もたもたしない! スロットは丁寧に、ギアは慎重に切り替える!」
ミトのきぃきぃ声が艦橋に木霊する。
ミト自身も軍艦を指揮するという立場を経験したことがない。緊張と不安がないまぜになるも、ここでこの役を降りたらまず先へは進めない。
荒々しい警報が〔エクセンプラール〕の内外問わず鳴り響いて、生活している人たちにも緊張の色が出てくる。そして、おっかなびっくりに家財道具をまとめて壁のでっぱりや柱を利用して縄で括り付け始める。
「前に出る! 振り切れれば、わざわざアーデル・ヴァッヘも出なくて済む」
ミトが覇気を込めて言い放った。
柾たちにばかり頼っていられない。対処できるうちはミトたちでどうにかするべきだ。
〔エクセンプラール〕の機関出力が上がって、艦全体に鋼鉄の軋むような音がこだました。そして、巨体な脚部の関節にあるモーターが大きな唸りを上げて、歩調を早める。
大きく上下に揺れる艦体。
その影響は見張り台についている柾たちにも及んだ。
「速度が上がった」
柾はあまりの振動にヘリから振り下ろされて、結子にぶつかる様に倒れ込んだ。
結子が投光器にしがみついてどうにか堪える。発光信号は〔ガング〕にも伝わり、動きに緊張感が出てきた。
同時に警報が鳴りやむ。
「大丈夫、二人とも?」
フォノも背中を丸めるようにしてヘリにしがみつき、振動に耐えた。
続いて、ぐんと体が後ろに引っ張られる感覚が襲い掛かる。全員が腰を低くして、バランスを取る。向かい風が強くなり、上下振動も平常時よりも激しくなっていた。
柾は結子に謝罪しつつ、動きを速める脚部を見下ろした。
「振り切るつもり? 足が持てばいいけど……」
エンジンを見ている柾からすれば、かなり乱暴な作戦だと感じた。
だが、〔エクセンプラール〕の足運びが速まれば、左右に展開している〔ガング〕から距離を稼ぐことができる。〔ガング〕の輪郭が後ろへと流れていく。
遅れて、〔ガング〕の砲塔から光が迸った。
爆音が響くと、空気をつんざく轟音を引っ提げて火球が右舷後方に落下。泥土を跳ね上げて、榴弾の煙が上がった。
残響に顔を顰めながら、柾たちは左右の艦影を見比べる。
「敵の砲撃、狙いが定まってない……」
「都合がいいけど、向こうも速度を上げてる」
フォノの砲撃評論を聞きながら、柾は双眼鏡を覗き込んで右舷の〔ガング〕が放熱管から煙を噴き出して増速しているのを確認する。
〔ガング〕の歩みは鈍重そうに見えて、その実一歩一歩の歩幅がでかい。足回りの良さは〔エクセンプラール〕に分が上がるが、粘り強さなら向こうの方が上手だろう。
〔ガング〕はつかず離れずの距離を保ちながら、砲身の角度を調整している。
柾は双眼鏡に映る〔ガング〕の船外員の動きが忙しくなっているのを眺めていた。
「慌ててる。あ、一人こけた」
「盗賊はアーデル・ヴァッヘを持ってないのかしら?」
フォノは伝声管の蓋を開きっぱなしにして、左弦に見える〔ガング〕が接近する動きを見ながら言った。
〔AW〕の機動力ならば、〔エクセンプラール〕にも追いつけるだろう。戦艦の足回りの悪さを補強する意味でも、〔AW〕は一役買っているのだが展開する兆しはなかった。
〔エクセンプラール〕が丘陵を乗り越えると、艦首が斧を振り下ろすように下がった。
「きゃうっ!」
今度は柾にぶつかる様にして三人の体がおしくらまんじゅうの状態になる。その重圧が胸を圧迫する。
艦内でも悲鳴が上がる。艦橋に至っては慣れない航法に心臓が潰れそうな勢いだった。
「尻が上がってる。立て直して! 前足を踏ん張る」
「やってます」
ミトの指示が飛び、クルーが答えた瞬間さらなる砲撃が襲い掛かった。
ちょうど艦尾が上がっているところに左右の〔ガング〕の砲撃が続いた。爆音が轟くと、その衝撃にあおられて、艦体がさらに前のめりになる。
ドドドッ。
後ろ脚部が前足との合間を詰めて、危ういバランスを取る。傾斜のかかった泥土に滑ったのだ。次の瞬間、跳ねるようにして〔エクセンプラール〕の前部の脚部が進む。今度は艦首が上を向いて、地平線から空へと視界が上がった。
「わぁあ!!」
柾たちは〔エクセンプラール〕が平衡を保とうとする働きに体が浮き上がって、心臓が止まりかける。
さらに上空を通過した砲撃が右舷近くに着弾し、轟音とともに泥土が降ってきた。
その中を突っ切る様にして〔エクセンプラール〕は姿勢を持ち直して走り出す。
柾たちは見張り台に体を叩きつけられ、かかった泥を払いのけながら立ち上がる。目に染みる白煙と鼻につく火薬の臭いが通過して行った。
「このままじゃ、なぶり殺しだよ」
柾の声は震えていた。幾度か味わった戦闘の感触を思い出して、身震いが起きる。フォノと結子も同じだ。生と死を分かつ危険な綱渡りをしているような気分が襲い掛かるも、興奮する感情が目の前のことに集中させる。
柾はマフラーで口元を防ぎながら、丘陵を下ってくる右舷の〔ガング〕を見つける。十分に距離は離れており、彼らも傾斜を跨ぐのに苦労しているように見えた。
それのことは左弦も同じであったが、距離はむしろ詰めていた。しかし、それを後部の見張り台に立つセルネルたちはよく見ていた。
「右舷の艦影が出遅れている」
「面舵、四〇。急いで!」
ミトはドトレットからの報告を受けて、反射的に命令を下す。
右舷の〔ガング〕が展開に遅れているのなら、そこに付け入り、突破するしかない。しかし、針路は大きくヅレが生じてしまうのだが、今はそれに構っていられる余裕はなかった。
〔エクセンプラール〕が艦体を振って、右へと進路を取った。
大きな遠心力がかかる中で、ミトはドトレットの方を向いた。
「あとで、針路修正できますか?」
「やってみよう」
ドトレットも自分の航海術がどこまで通用するか不安があった。
ミトも彼の自信のない発言を聞いて感じ入るところではあったが、続く左舷からの爆音で配慮の気持ちも吹き飛んだ。
艦体が軋む。金切り声のようなモーターの悲鳴が柾たちにも聞こえた。
フォノが伝声管に噛り付くように大声を出す。耳鳴りがひどくて自分の声もわからなくなっていた。
「ミトさん、わたしたちが出て一隻の気を引くくらいはできます」
ドトレットを介してその進言がミトのもとへ届く。
「柾たちが出るのはまだよ。想定外の事態に備えて————」
「アーデル・ヴァッヘ、一時方向に四機、発見。距離一〇〇〇!」
ミトが言い切る前に、ドトレットから切羽詰まった声が上がった。それは柾たちからの追加報告である。
ミトは驚きと同時に指定された方向を睨んだ。
すると、そこにはカーキ色に塗装された〔AW〕四機が並び立ち、内二機がカノン砲を構えている。
「誘導された!?」
瞬間、ミトの悲鳴をかき消すようにして〔AW〕のカノン砲が瞬いた。マズルフラッシュが上がり、徹甲弾が正面と右前脚部を掠った。
〔エクセンプラール〕が右へ倒れ掛かる。他の脚部が忙しなく動いて、横歩きになりながら徐々に姿勢を立て直していく。
その中で柾たちは見張り台にうずくまって、平衡感覚を取り戻すのを待った。そして、上下の運動だけを体に感じると、柾が立ち合がって〔AW〕を睨みつけた。
「アレ、〔カヴァレリー・ポーン〕じゃない」
「フライハイトの〔パンツァー・グランツ〕?」
結子はフォノとの体のもつれあいを解きながら質問した。
「そう見えるよ」
柾は簡潔に答えて、二人を跨ぐようにしながら伝声管に報告する。
「前方に展開してるアーデル・ヴァッヘはあたしたちが払いのけるから、それに続くようにミトさんに言っておいて」
「おい! まだ出撃許可——。え? 艦長から前方の敵を頼むだとよ」
「さすが、ミトさん。わかってる」
ドトレットの困惑気味な声とは違って柾はすっきりとした声を上げて、伝声管の蓋を閉じる。それから、元の位置へと足を引っ込める。
ミトが許可を出したのはやぶさかではない状況であるからなのだが、それは決して柾たちの実力を疑ってのことではない。
「ちょっと、胸を押さえつけないでちょうだい」
「足が絡まって、動けない。少し、痩せたら?」
「痩せてるわよ」
結子とフォノはそんな小言をぶつけ合いながら、姿勢を直していく。
その間にも柾は洗濯紐を手繰りよせて、パイロットスーツを三着、腕に抱え込んだ。
後方につき始めた〔ガング〕二隻からの砲撃。尻を蹴り飛ばすかのような狙いで、〔エクセンプラール〕の船尾近くで榴弾砲が爆裂する。
ぴょんっと三人の体が浮き立って落ちる。
柾は腰を使って粘った。
「二人とも〔アル・ガイア〕を出すよ」
「わかった。すぐに退く」
結子はフォノを引き起こしながらそう答えるも、柾からパイロットスーツを投げ渡されて一瞬唖然とする。
フォノもパイロットスーツを受け取りながら、力任せに押しつぶされていた胸を気にしていた。痛かったし、気分も最悪である。
「これをどうするの? ハッチから降りるんでしょう?」
「それじゃ、遅い——」
前方で展開する〔パンツァー・グランツ〕の砲撃が飛んできた。
それは艦橋の頭上と横間を過ぎて、後方へと落ちて行った。明らかに司令塔を潰す気でいる砲撃。急がなければ、ミトたちが殺される。
吹き荒ぶ衝撃波に身を縮めて、顔を顰めながら柾は声を張り上げる。
「見ててっ!! この方が断然早いんだから!!」
言うなり、柾はパイロットスーツを洗濯紐にかけると、その手足の部分を両手でもってアーチを作る。
そして、激震する見張り台から艦首に向かって、体を放り出した。
「嘘でしょ!」
「柾!」
結子とフォノは悲鳴にも似た声を上げて、洗濯紐の滑車があるヘリに寄った。
その先で柾は足を宙に浮かして、勢いよくパイロットスーツを動滑車の代わりにして滑っていく。スピードに乗る柾は自分の体重に苦悶の表情を浮かべながらも、航法灯を両足で蹴って止まる。
「早く!」
甲板の上に移動した柾はパイロットスーツを振り回して残る二人を催促する。
「自由奔放なんだから!」
「ちょっと、結子まで」
フォノが咎めるよりも早く、結子も柾と同じ方法で甲板へと移動していく。
途中で左舷が榴弾の砲撃にあって、大きく艦体が右へ傾く。しかし、彼女はしっかりとパイロットスーツをつかんで離さず、逆に水平に戻ろうとする反動を利用して甲板へと飛んだ。
「むぐっ」
結子は着地に失敗するも、体を転がしてどうにか勢いを殺すことに成功した。
「結子、すごい!!」
「これくらい、大丈夫」
そういっている合間にも、今度はフォノが意を決して洗濯紐を滑ってきた。スカートが風になびき、その表情にも余裕はなかった。だが、この行動をとらせたのはひとえに時間がないと彼女もわかっていたからだ。
が、中ほどまで来て右舷前方で榴弾砲の爆撃。泥が跳ねあがり、煙が立った。
「あっ」
フォノは気を抜いていたわけではないが、右手が離れてしまう。体が大きく甲板の方へ飛ばされた。
「結子!」
「柾!」
傾く甲板で互いの名前を呼び合うと、その傾斜に乗って二人は走り出した。目指すは頭上で放物線を描いて落下するフォノの落下予測地点。
フォノが泣きべそをかきいて、悲鳴を上げる。
柾と結子は水平になる甲板の上で粘り腰を見せながら、パイロットスーツを互いに持ってクッションの要領で広げる。細かなステップを踏んで、落下地点を修正。失敗したら、命はない。
フォノが柾たちの張ったパイロットスーツの上に落ちる。正確な位置。フォノはお尻でパイロットスーツの上に着地すると繊維が伸びて勢いを殺した。
だが、柾と結子の腕力が耐えきれず、バタンと共倒れになる。鏡餅のように三人の体が重なる。
「もうっ。こんな無茶はごめんだからね!!」
「成功したんだから、いいじゃん」
「お尻が重くて助かったね、フォノ」
興奮したまま三人の愚痴がこぼれる中、また〔ガング〕からの砲撃が近くに落っこちて、三人の体が浮き上がる。
それをきっかけに三人は立ち上がって〔アル・ガイア〕へと走り出した。
「前部の見張り台に誰か向かわせて! アーデル・ヴァッヘはこっちを狙ってるのよ?」
艦橋ではミトがてきぱきと指示を出しているも、追撃してくる〔ガング〕が前方で構えている〔パンツァー・グランツ〕へと誘導しており、うまく動けなかった。
「最初からこちらを狙っていたというわけ……。でも、いつの時点で」
ミトは疑問を抱きながらも、今は目の前に展開し、待ち構える〔パンツァー・グランツ〕を見据えた。今までの砲撃は肩慣らしといったところで、真正面を向いた瞬間に本命はやってくる。
そこで、ふとミトはアイデアが閃いたが、実行できる自信がない。素人の集まりでそれが成功するのかも不安であったし、そもそもそんなことが可能なのか疑問でもある。
「敵が正面に来る!」
操舵士の男が情けない声を上げて、丘陵の頂を陣取って方針を向けてくる〔パンツァー・グランツ〕を見た。
間に合わない。
正面でマズルフラッシュが瞬こうとした瞬間、突如艦橋の視界が黒いものに遮られた。その向こうで鋼鉄がぶつかり合う音が響いた。ガラスが軋んで、耳の奥が圧迫される感覚が過った。
「ミトさん、遅れてごめんなさい」
「甲板の機体が砲撃を阻止したそうだ」
外からの柾の声とドトレットの報告にミトは一瞬気の抜けた表情を浮かべる。助かったと安堵するが、すぐに表情を引き締めた。
ミトは左足でケンケン跳びで通信席に移動すると、外部スピーカーのスイッチを押した。
「柾、フォノ、結子。正面のアーデル・ヴァッヘを追い払ってちょうだい。あとはこちらで振り切るから」
「了解」
〔アル・ガイア〕は艦橋への直撃を防いだ左腕部を下ろし、零時方向へと機体を向ける。
「やっぱり、予備の金属がないから盾も出なかった。素手での戦いね」
柾は操縦席でつぶやきながら、モニタに映る〔パンツァー・グランツ〕を見据えた。
そして、フットペダルを押し込んで機体をかがませると、脚部に力を込める。
「二人ともいくよ!」
「いいよ」
「いつでもどうぞ」
結子とフォノの返答を聞くや否や、柾は〔アル・ガイア〕を跳躍させた。
甲板から飛び出した〔アル・ガイア〕はその跳躍で〔パンツァー・グランツ〕部隊へと急接近して見せた。
ミトたちも振動に腰が浮くも、対処に移った。砲口を突きつけられる緊張感からなる自責の念を糧に、彼、彼女らはよく働いていた。
だが、〔ガング〕二隻への戦術は素人の躍起になった感情以上に場慣れした余裕を感じさせた。それがわかったのは、〔アル・ガイア〕を出撃させたすぐのことだ。




