~湿原~ 機械の問いかけ
ムーアに出て二日。相変わらずの不毛地帯を行く〔エクセンプラール〕は大きな障害に合うことなく、不機嫌なエンジンをだましだましに使って距離を稼いでいく。
扱う人たちが素人なうえ機材の備蓄がないため、エンジンの手入れが行き届いていないのだ。だから、急場しのぎの掃除や圧力調整をして、遅速ながらも航続距離を伸ばすほかないのだ。自動車が低ギアでのろのろ走っているようなものだ。
そんな中で柾は甲板に寝そべっている〔アル・ガイア〕の調子を見ていた。頭部の操縦席について、一部のシステムを起動させる。
シュルル……と気怠そうなスタート音に柾は肩を上下させてモニタをつけた。寝そべった状態でも球体上のモニタは視界良好で、広がる空や背にしている甲板、右手のアイランドと左手の地平線を確認できる。
シートが重心を感知して、柾の体を起こすように動いた。
「ちゃんと動くし、やっぱり材料かな————、ん?」
柾はアイランドから近づいてくるフォノと結子を見つけると、モニタは起動したままハッチを開いた。モニタと実際に見る地平線は遜色なく、いかに優れた機材を積んでいるのかわかる。
柾はマフラーで赤い鼻頭を隠しつつ、シートをハッチの方へ近づける。シートを支えてているアームが柔軟に働いてくれた。
それからまたシートが仰向けになると、上体だけを出して近づいてくる二人に顔を向ける。
「どうしたの?」
「ちょっと話があるの。いいかしら?」
「いいけど、今ちょっといろいろ試したいから、上がってきて」
「わかった」
フォノと結子は〔アル・ガイア〕に近づきながら、何か小声で話しているようだった。
柾は再度二人の影を見てから、操縦席に引っ込んだ。シートが立ち、立体スクリーンを呼び出して、機体のデータバンクの目録を眺める。
「指先だけでこんなに操作できるんだから……。索敵。観測。それから……、自動反応。全然違う」
やはり従来の〔AW〕の運用思想とは全く違う。搭載している機能が多岐にわたっており、様々な利用もできるだろう。その予感をしっかりと柾は頭に叩き込む。
「お伽噺から出てきた機械……。考えられるの?」
自問して、表示されるスクリーンに目を細める。
羅列される文章を読む限り、建造された年も誰が開発したのかも記されていない。出生は不明。そのことが余計、英雄譚に出てくる勇者の姿を重ねてしまう。妄想だと笑い飛ばしたくても、それを断定する要素もないのだ。
そこにリフト装置を使って上がってきたフォノと結子が顔をのぞかせる。
「柾、いい?」
「うん、入って。余裕あるでしょ?」
「問題ない」
フォノと結子は順番に操縦席へと入ると、球体上のモニタの上を滑った。
柾はシートを前に詰めるようにして、二人のスペースを確保する。アームが駆動する音が鳴った。
「それで、話って?」
「うん。柾、あたし、ずっと黙ってたことがあるの」
結子が柾の左について、そっと手を腕に乗せた。その手首のアクセサリが目についてが、手の震えが伝わってくるとそんなことも気にならなくなった。
「どしたのさ、改まって」
柾は緊張を解そうと柔らかく言いながら、指先のコンソールに軽く触れた。
煩わしい立体スクリーンが消える。
深刻なことを持ち出されそうだと察知して、どうにも心の内が落ち着かない。
フォノはアームの関節に噛まれたスカートのすそを引っ張りながら、二人の様子を窺った。切り出しにくかったら助け舟を出そうと考えていた。
と、結子はあっさりと口を開く。
「あたし、フライハイトの一員で、この船にも何人かいるの……」
そこで一度言葉が詰まってしまい、結子はふと俯いてしまう。まともに柾の顔を見れなかった。フライハイトがしてきたことを思い返すと、とても許せるようなことではない。
柾の息を吸う呼吸が聞こえて、結子はどきりとした。身体が火にあぶられたように熱くなる。
彼女の言葉が紡がれるよりも早く、結子は涙目になりながら顔を上げる。
「それでっ。船を乗っ取ろうとか、この子を奪おうとか色々計画してる。けど、あたし————、そんなことできないから。でも、なのに、あたし、やめたいとも決められなくて……」
「そうだったんだ。色々あるんだね」
柾は結子の言ったことに一抹の不安を覚えながらも、彼女の打ち明けてくれた本心に安堵もしていた。複雑な面持ちながらも、懸念すべき問題が浮上したのはいいことだ、と前向きに考えるように努める。
「結子も悩んでいたの。だけど、わたしたちのこと考えていたから」
「わかってるよ、フォノ」
心配するフォノに柾は静かに答える。
「結子、口下手だったし、フォノもついてたんでしょ?」
「気付いてしまったから相談に乗ったりしたけど、打開策はないのよ」
「けど、問題ないって」
フォノが納得いかない表情を浮かべる中で、柾は爽やかな笑み見せた。
「他の人たちの動きだってある。もし、みんなに言ったら、凄く辛いことになる」
結子が今だ不安を取り除けないのは、そのためである。
フライハイトの成員がこの先反旗を翻さない保証はどこにもない。しかし、そのことを他の人たちに開示したとき、この船での生活は一気に疑心に満ち溢れてとても旅ができるものではない。
精神が擦り減って、かえって避難民同士の争いを生み出しかねない。醜いものになるだろう。
フォノが柾の右に寄り添いながら言う。その頭にはヘアバンド上のアクセサリがあった。
「二人ほど警告はしたけども……。フライハイトの人が一斉に変なことを起こしたら、止められる自信ないわ」
いくら銃で脅しをしたからといって、相手は複数人。一斉に攻撃されたら、対応しきれない。
二人の意見を聞いて、柾は小さく頷く。
「そういうものだけど、その人たちだってここで生活している以上、もっと慎重に計画すると思うよ。勢いだけでどうにかする気なら、最初からしてる。そうでしょう?」
左右に目をやって、同意を求める。
フォノと結子は頷いて、真摯な瞳を向ける。
「だから、このまま旅をしちゃおうよ」
柾の能天気な発言に、二人は目を丸くした。
頭の中で整理すれば確かに理にかなっていることだ。さわらぬ神にたたりなし。むざむざフライハイトを焚き付けて、暴動を触発しても利益はない。だが、放っておいてもいずれは彼らも強行手段に出るだろう。
では、どうするか。
柾はその疑問にぶち当たって、自分の力量を思うと今はどうにもできないと痛感させられる。それはフォノと結子も同じことだろう。
だから、今はどうすることもできない。様子を窺って警戒心を強めるくらいが限界なのだ。
「行けるところまで行ってみよ。みんなには内緒で、あたしたちが警戒してれば、どうにかなるよ」
柾はマフラー越しに口元に指を立てて、内緒だよとサインを送る。
悔しさはあったが、耐える時なのだと自分を含めて言い聞かせないと変なプレッシャーで全員ダメになる。
「でも————」
「大丈夫だって。あたしたち、三人ならできるはずだよ」
「根拠がないよ」
結子とフォノが弱気になりながら、妙に自信をつけている柾を見る。
すると柾ははっきりといった。
「根拠なんてなくなって、二人を信じてる。それで十分。対応だってしてみせる」
その言葉は彼女自身、忘れかけていたことだった。
色々なことに振り回されて、頭の中は後ろ向きなことばかり考えていた。〔アル・ガイア〕を手に入れたことも、昔のことも、修道騎士団やフライハイトのことも、内にため込んでいた。
だが、柾・カイリにはフォノや結子、ミトたち家族がいる。支えてもらえる人たちがいる。頼りにしてくれる人たちがいる。動機はそれで十分だ。
豪語する柾の横顔を見てフォノと結子も思わず張っていた肩の力が抜け落ちる。
「これだもの。柾ははっきりものを言うんだから」
「悩んでたの、馬鹿らしくなる」
二人は友人のその無根拠さに引っ張られて、毎日を過ごしていた。だが、彼女は言葉にしたからには責任を持つ子でもあった。
揺らめいていた信念。だが、それは誰にだってある。辛いこと、苦しいこと、悲しいことをすべて飲み込んで生きていけるほど立派な修練を積んできたわけではない。
だから、柾たちは互いを信じて、苦難も分かち合うのである。
「話しているうち、そんなことがどうでもよくなる。それでいいんだよ、ね……」
柾はしみじみ言いながら大きく息を吸い込んだ。
悩んでいるうちは花なのだ。悩めるだけの思考があるのだから。
三人が少しばかり気持ちが軽くなって、ほっと息をつこうとした。
カチリッ。何かが組み込まれた音が三人の頭で鳴る。
意表を突くかのように、突如ハッチが閉鎖された。
「アレ? ハッチ閉じちゃった。スイッチ押してないのに……」
柾があっけらかんとしていると、モニタが暗転する。
フォノと結子はシートに体を寄せながら、周囲を見渡した。すると、互いのアクセサリの一部が点滅していることに気付いた。結子は手首、フォノは頭、そして柾の首元でもアクセサリが点滅して、ピリピリとした電気信号を送っていた。
全身に鳥肌が立ち、さらに焼けた鉄板を押し付けられたような痛みと熱さが沸き立った。
「な、何がどうなってるの? アルッ!?」
柾は自分たちが乗り込んでいる機体に問いかけた。
すると、モニタにノイズ交じりの映像が浮き上がる。
「何が起こってるの?」
「わからないわ……」
結子とフォノはちかちかするモニタに目を細める。膝元は言い知れない恐怖で震えており、シートにつかまってどうにか立っている状態だ。
何か良くないことが起きる。その予感が三人の脳裏を駆けて行った。
灰色の砂嵐から徐々に色がついて、やがて草原を映し出していった。
なだらかな稜線を重ねて、青々とした芝とまばらに散らばる樹木。高い蒼穹と巨大な入道雲がゆっくりと近づいてくる。
視点は、ちょうど〔アル・ガイア〕の見ている高さくらいだろうか。下との地面が遠く、空が近くに感じられた。
「ここは、どこの景色かしら?」
フォノが頭を押さえながら、モニタを見渡した。
結子も手首を押さえて、目を瞬かせる。
柾はどこかに似ていると感じていた。
すると、首輪から発せられる電気信号で三人は咄嗟に頭上を見上げた。正午の太陽が点にあり、眩いばかりの光を送っている。
が、つむじに針が刺さったような違和感があり、それはさらに増大していく。
「頭の上————、この感覚っ」
柾が言い終わるよりも先に、天が真っ赤に染まった。
「あうっ」
三人は咄嗟に目を閉じて、うつむいた。しかし、瞼の裏では鮮血をぶちまけたような赤色がまとわりついていた。マグマのような熱さを宿して、今にも眼球を焼いてしまいそうな獰猛な赤色は少女たちの呼吸を苦しめた。
続いて何重にも爆音が轟き、身体を震撼させる。
一瞬にして草原が焼け、灰塵となって強烈な爆風が駆け抜ける。目で見えなくても、頭の中に勝手に入り込んで、刻み込んでいく。
「どうなってるの!? これは何の光景なの?」
結子は混乱して悲鳴を上げる。
足元に映る煙の波。それが勢いよく背後に流れたかと思えば、今度は爆心地に向かって引き寄せられて、唸りを上げる。いくつもの気流の乱れが生じて、やがて大きな渦となり地形すら変動させていく。
それらはやがて、輪っか上の上昇気流を作り出し、高く高く粉塵の雲を作り出す。まるでキノコの傘が膨れ上がる様に大きく、凶悪で歪な形を作り上げる。
空にいくつもの雲の柱が並んだ。
三人はその大きすぎる力を頭に知識として叩き込まれながら、ゆっくりと顔を上げる。
それから、乾いたのどに生唾を押し込みながら、瞼をおっかなびっくりに開いていく。頭にダイレクトで刻まれていたビジョンは途切れたが、その代わり視覚で得たモニタの光景に呆然とする。
「これが、ムーアの正体……」
フォノがぽつりと言葉をこぼして、変わり果てた大地を目に焼き付ける。
草木一本ない、不毛の土地。枯渇して、地形すらおおきく変わっていた。生き物が生きることを許さない焼けた土。大きな雲に覆われた灰色の空。
自然災害ならば、ここに火山があってしかるべきものだ。そうであってほしかった。
だが、これは紛れもなく人の手によって生まれた歴史の産物である。人がこれほどまでの力をつけてしまった世界があったのだ。
「天の島国の神罰の矢……」
柾はドトレットから聞いたお伽噺を思い出して、その内容と合致するこの光景に恐れを抱いた。
空から降ってきた劫火がこの土地を焼き払ったという一節に符合する。
舞い上がった分厚い粉塵の雲で太陽の光がさえぎられて熱を帯びた大地はやがて冷たいものに包まれていく。空気は乾いて、暖かな光を受けられず熱は急速に消えていく。
一体何がこのような所業をしたのか。
柾はたちは唐突に突き付けられた〔アル・ガイア〕の記録に困惑する。
「この光景をこの子は見たの? 昔に……」
「それも〔アル・ガイア〕を倒すためだけに……」
フォノと結子は頭になだれ込んでくる情報を口にして、ふいに吐き気が襲い掛かってきた。
二人はぐっと喉を鳴らして、口元を必死に押さえて込み上げてくる反吐を無理やり飲み込む。口の中に広がる酸っぱいもの、焼けつく粘っこいものに思わず涙目になってしまう。
その中で柾は一人、まるで雪のように降り注ぐ灰に怯える。
動植物を殺す死の灰。悪夢のような疫病のもとがやがて凹凸の激しい地面を埋め尽くす。
フォノたちが言っていた瘴気。
それが何十年、何百年、何千年と滞留して土を汚す。植物が生えても、それは毒を含んだ危険なモノ。そして、それを分解し適応したのが、ここの沼地に生息する動物たち。人間ではまず抗体をつくる前に死滅するだろう。
「これがあなたの生きていた世界?」
柾は嗚咽を押さえて、映像を見せる機械に問いかける。
「どうすればいいの?」
こんなものを見せられて、過去が恐ろしい時代だと知らされて何をすべきなのだろうか。
まるで、柾たちが問題を投げ出そうとしているのを咎めるように、この映像がなんであるか考えろと言わんばかりの衝撃があった。
それ以上に、この死の世界を作り出せるほどの力を前にして生き残った〔アル・ガイア〕にはどれほどの危険性が孕んでいるのか見当もつかない。
操ることができるのか。今さらになって強大な力に体が震えた。
柾はこのようなことが繰り返されるのではないかと懸念した。だが、今はもう遠い過去のことで現代には関係のないことだと自身に言い聞かせる。
フォノも結子もこのような過去を認めたくないと思った。
そうしなければ、自分たちの生きる時代はあまりにも貧しく、悲しい。生きている感覚があやふやになってしまう気がしてならなかった。
「どうすればいいの?」
柾が再度問いかける。頭の中はぐちゃぐちゃで整理がつかなくなっていた。否定観念だけがあふれ出てくるばかりだ。
すると、彼女たちの精神状態を汲み取ったのか。各アクセサリからの信号は途絶されて、灰色の世界は暗転する。
『この事実から目を背けてはいけない』
暗闇の中から悲しげな声がこだました。ひび割れて、男か女かも判別できない。
揺れる心にしみわたる物悲しい声には、三人も思わず息を飲んだ。直感的にその声が〔アル・ガイア〕からのメッセージだと思った。
『学ばなければならない。でなければ、また、過ちを繰り返す』
「過ちを繰り返す……?」
柾がぽつりとつぶやいた瞬間、モニタは眩しい光明の世界を映しだした。
不毛なムーアと〔エクセンプラール〕の甲板、そして、うららかな空がある。おまけに前部の見張り台から航法灯に伸びる洗濯紐に、あの操縦服三着がゆらゆらと天日干しにかけられているのが見えた。
夢心地のまま三人はしばらく呆然としていた。しかし、吐き気と震え、脳裏に焼き付く『記録』の記憶ははっきりと焼き付いている。
「わたしたち、試されてるのかしら?」
フォノは柾の腕にしがみつくようにしながら、心中を吐露した。
「何に?」
結子は不安げに青空を見上げるフォノを見ながら問うた。
「この子、〔アル・ガイア〕に。でなければ、あの光景をあたしたちに見せる意味がないわ」
「操縦者として適格かどうか、査定されてるの? 機械に?」
柾は結子の怯えた口調に賛同しながらも、それは違うとも思う。
厳格な理由が頭にあるわけではない。しかし、事実としてあの死の世界を受け入れられるかどうかを試されている気はした。
「偶然にしては出来過ぎてる。でも、究明はまた今度にして、とりあえず休み————、ん?」
柾はフォノと結子を交互に見たとき、ふと結子側、左舷に何かちらつく影を見つけた。
「柾どうしたの?」
「うん。何かが船と並走してる。画面を拡大表示すれば……」
手元のコンソールを操作して、左弦の地平線を拡大した。波のようにつらなる丘陵にピントを合わせると、巨大な船影を捉えることができた。
フォノは柾の体を避けるようにして左に展開してる拡大画面を見た。結子もまた邪魔にならないように身体を開けながらみた。
「船、だけど。修道騎士団の旗は上がってないわね」
「まさか、フライハイトが来たの?」
結子はその可能性を危惧して、唇を噛んだ。
「とにかく、一度出て様子を見よう」
柾は言うなり、〔アル・ガイア〕のハッチを開いて動作を停止させていく。
三人は吹き込んでくる風の冷たさに驚くも、過去の映像について思い起こすのは止めた。でなければ、まだ残留しているかもしれない灰の雪に怯えてしまうからだ。
しかし、体は目の前の問題に対して機敏に動いてくれる。
「やっぱり、操縦席に三人は暑いね」
「次からは気を付けるよ」
結子の意見に柾はそう返して、先に出て行く二人を見送ってから出て行った。
悩む間もなく次の難題が降りかかってくれば、少なからず彼女たちはそれに対処しなければと動くことができた。それが狭隘なものの見方でも構わない。
今現在直面していることを無視しては生きてはいけないからだ。




