~売買~ 仕事探し
木骨造の家々が立ち並ぶ街路。組み合った柱や梁が幾何学的な模様となって、白塗の煉瓦の壁と相まって穏やかな風情が漂っている。
フォノと結子は石畳を踏みしめながら、町の景観に目を輝かせる。そこは田舎の木造建築とは違う都会の趣を思い出させ、懐かしさと高揚感があふれ出す。
街路の往来は多く、そこを抜けた先の広場には露店市場が盛んに開かれていた。
食べ物屋台から漂ってくるパンの香ばしい匂い、ケバブの豊潤な肉の香が誘惑して、訪れた人たちを誘う。土産物の屋台はその風俗に合わせた伝来のお守りや収穫祭の編み物が売られている。
もうすぐ収穫祭。大地の底から湧き上がってくる感謝と宴の時を待つ高揚感を地元民たちは持っている。
風に乗って街路に流れ込んでくる芳醇な香りに、キュルルッと腹の虫が鳴いた。
フォノと結子はお互い気恥ずかしそうに視線を外しながら、自らの空腹感を抑える。屋台の食べ物がどんなにおいしく見えようとも、手にしてるランチボックスに目をやって自制するのだ。
「もう飾り付けの準備もしてるのね」
「収穫祭まであと一か月近くあるのに……」
気を紛らすように二人は口を開く。
広場の中央オブジェから円形に広がって立つ柱の数々。石畳に記された石灰の目印。端の方には飾り付けの機材にホロがかけられている。
祭りの準備がそこここにあふれて、一年の豊穣と厳しい冬を超える祈りの儀式が個人で行われるものではないと語りかけている。町が一体となって、人々が日々を生きた成果が少しずつ形になっているのだ、と。
二人はその活気に内心うきうきしながら、町の中央に位置する教会を目指した。
「仕事、あるかな?」
「柾はもう駐留ギルドのところで働いてるわ。わたしたちも、きっとあるわよ」
「でも、教会……」
結子は目に見えてきた教会に不安を覚える。教会に抵抗する組織の一員でありながら、その援助を受けることに罪悪感もあった。
よそ者に仕事を与えるとは思えなかったし、仮に仕事を与えても大した金額にはならないだろう。これからの旅の経費には雀の涙ほどの助けにしかならないのではないか。そして、異邦人である自分を受け入れてくれるかどうかさえもわからない。
フォノは彼女の杞憂を察して、人差し指を立てた。
「教会には人が集まるし、慣れない町をうろついて迷子になっても困るもの」
「確かに……。お弁当があっても、帰れないのは嫌だな」
ミトから渡されたランチボックスを掲げて、結子は息を吐く。
教会堂は町の景観に混じりながら、煙突のような尖塔が一つ頭抜けている。町の中心を示す目印には打ってつけだろう。
そして、その前には角材を運ぶバイン・アウトーや馬車が往来している。ここは一種のロータリーとして機能しているようで、多くの人を乗せた馬車やバイン・アウトーがぐるりと教会を中心に回ってから、四方八方に続く街路へと出て行く。
カツカツカツ……。蹄鉄の跳ねる音、鋼鉄の脚が急ぐ音がそここで奏でられる。
二人は旋回する馬車を一台見送って、足早にロータリーを横切ろうとかけていく。
と、馬の唸り声とともに蹄鉄の激しい音がフォノたちに襲い掛かる。
「きゃぁっ!」
思わず身を縮めて、立ち止まってしまう。
フォノと結子の横で馬車を引く二頭の馬が鎌首もたげて、荒々しく吠えかかった。それを手綱と鞭で戒めるのは馬車の運転席で操る運転手だ。
「どうどう!! ったく、あぶねぇだろが!」
運転手が馬たちをなだめると、フォノたちに怒声を放った。
フォノと結子はさらに身を縮めて、馬は分厚い唇を鳴らして威嚇するのを見ては二人の脚は自然前に踏み出して道を譲っていた。
「すみません」
「ごめんなさい」
二人がそういうと、馬車は走り出す。蹄の軽快な音と輪が軋む音が耳の奥にまで入り込む。
ほっと胸を撫で下ろして、フォノと結子は教会前へと向かった。
「こういうの忘れてたわ」
「そうだね」
二人は以前暮らしていた町の様相を鮮明に思い出して確認し合った。
教会の前では馬車を利用する人もいれば、礼拝者もいる。人が多いことに越したことはない。
二人はとにもかくにも仕事探しをしなければならない。このご時世、ギルドの紹介所は基本的に身内以外は多額の紹介料を取られる。柾のようにヘッドハンティングされれば別の話だが。
「とにかく、手当たり次第に話してみよう」
「う、うん」
二人は緊張の面持ちで往来する人たちに話をかけていく。
「何か、仕事はありませんか?」
「仕事を探しているんです」
「お手伝いできることはありませんでしょうか?」
「力仕事もします」
「畑仕事は一通り、家事だってできます」
「賃金は安くていいんです。普通の人の半分ほどで雇ってくれませんか?」
そう触れ回って、しかし、首を縦に振ってくれるものはなかなかいなかった。小さな女の子たちは集まる人たちがいるところへと野兎のように動き回って右往左往。
しかし、合う人合う人は目線を下げて、見上げてくる瞳に罪悪感を覚えつつも断るしかない。
その小さな体で何ができるというのか。人では足りている。経営的にも厳しい。等々理由をつけられて断られた。
冗談交じりには、夜の見世物小屋にでもいったらどうだ、と言われてしまう。
フォノと結子はがっくりと肩を落として現実に嘆息する。いくら忙しい時期であっても、なかなか雇い主を見つけ出せない。年齢的には一番欲しいところであろう。だが、小柄な女の子に任せられる仕事となると雇用側にも不安が残ってしまう。家事や掃除を頼むにしても、背の低さが器物を壊す要因を生み出してしまうのではないか、と。
「なかなか、見つからないね……」
「仕方ないよ。だけど、もうすぐお昼になるわね」
フォノは空を見上げて、教会の尖塔の頂に昇ろうとする太陽に目を細める。
結子も周囲を見回して、人通りが多くなっているのを感じた。壮年の男性や子供たちが目立つ。一度家に帰って昼食を取ろうとする流れだ。
「レストランとか、どうかしら? 屋台とかも?」
「たぶん、難しいんじゃないかな? 混雑するのお店も考えているだろうし」
短く問答して、ため息がこぼれる。このまま仕事が見つからなかったら、どうしようという不安が二人にこみ上げてくる。
すると、一人の男が彼女たちに近づいてきた。
いち早く気づいたのは結子だ。
「ねぇ、フォノ……。あの人」
「ん? あら、結子に似た服を着てるわ」
フォノがぽんやりした口調で近づいてくる男を評した。
彼の風体は彼女と同じで近代チックなものだった。他の人たちがチョッキや農夫のような簡素な服装だというのに、彼だけはジーンズにセーターとやけに洒落た着こなしをしている。
「キミたち、仕事を探しているのかい?」
「あ、はいっ。そうです」
フォノが声を弾ませて答える。
男は二人を見下ろして、結子の方に視線が止まった。
その意図は結子にも察しがついて、横目にフォノを見る。
「フォノ、たぶんこの人、あたしに用がある」
「そうなの?」
素っ頓狂な声を出すフォノに男がやんわりとした笑みを浮かべる。
「ああ。この子、異邦人だろ? 東洋系の人にしかできない仕事なんだ」
「そう————、なの?」
フォノは結子を見てつぶやいた。
「たまにいるの、東洋の言葉を訳してくれって」
「ああ、そうだよね。結子も旅をしてたんだものね」
フォノはそう納得して、手のひらを叩いた。
結子も小さく頷いて、男を見上げる。その瞳は真剣で隙を見せない気迫があった。
男もそれを感じ取って、よろしいと肩を上下させた。
「話はついたかい? それじゃぁ、ついてきてくれ」
「ええ……」
「仕事が終わったら、そのまま帰っていいから」
フォノは気を利かせて見送りの言葉を口にした。
「うん。わかってる」
結子は固い口調で言って、彼の後についていく。
フォノは小さく手を振りながら、彼女を見送る。
肩越しに結子が視線を送って、手を振って返答する。そのしぐさに位置町の不安を覚えて、フォノに弱気な表情が浮かぶ。
「怪しい仕事でなければいいのだけど……。結子もそれくらい、わかるわよね?」
不安のありかを考えても仕方のないことだが、離れ離れになることへの抵抗が強い。再会した友達とまた離れ離れになってしまうのではないか。そんな既視感にも似た感覚が彼女に降りかかる。
フォノは一つため息をついて、仕事探しにも戻ろうと踵を軸に一八〇度回転。ふわりとスカートが広がり、綺麗な金髪が波打つ。
そのしぐさは一見すれば、誰の目にもとまらない些細なこと。だが、気品と愛らしさを詰めたその所作には芸術的な美観が秘められている。
と、たまたま通りがかった老人の目に、フォノの姿が映ってその美観に魅せられて引き寄せられていた。
「お、おお……っ!」
フォノはぼんやりとしていたが、近づいてくる老人に気付いて目を丸くする。
彼は仕立てのいい洋服を身にまとっていた。きめ細かい刺繍や暖かそうな外套やすっきりとしたズボン、キャップを見ても、職人技がちらほらとうかがえる。顔の方は蛙のように飛び出した目、絵筆のような白髭と貧相なものではあったが。
老人はフォノの前に立つと有無を言わさず、その手をひしと両手で握り締めた。
「なんと、見目麗しい」
「はぁ、えぇ……。はい?」
フォンはランチボックスを持つ手が上下に揺れるのを目で追って困惑する。
怪しい。その一言だけが頭を過って、手を振りほどこうかと思い立つ。冷汗が噴き出して、悪寒が走る。
だが、その前には老人はその手を離してキャップのつばを少し上げる。
「いやいや、これは失礼を。しかし、実にお綺麗なお嬢さんで」
「それは、その、光栄です」
フォノは一瞬ぽかんとしたが、笑顔をつくろってスカートをつまみ、膝元を少し折り曲げて軽い会釈をする。
そのしぐさに老人は目を輝かせながらも、口元を気難しそうに波打たせる。
「あの、わたし、仕事を探してまして。何か、お手伝いできることはありませんか?」
おずおずとフォノがそう口にすると、老人はうんと力強く頷いて見せた。
「あるとも。あるともさっ」
「本当ですか!? あ、でも、どんなお仕事で?」
フォノは喜んだが、疑心を抱いて彼に問うた。
老人は目元をぎょろりと動かして、フォノの全身を見ると顎髭を摩った。まるで人形の値踏みをするかような視線が、フォノの姿態を容赦なくなめまわす。
「簡単な客寄せをしてもらえれば、それでいい」
「客寄せ、ですか?」
そうだ、と老人が言った。
フォノは顎を引いて、老人の視線を追った。妙な熱視線が肌をひりひりさせる。
彼の異様さは歳がそうさせるのか、と失礼なことを考えてしまう。だが、せっかく掴んだお金稼ぎの糸口を逃すのはあまりにも惜しい。
逡巡ののち、フォノはもごもごと口元を動かす。
「とりあえず、わかりました」
「そうか。では、店の方に案内する。ついてきてくれ」
老人は早口に言うと、これまた早歩きに前を進んでいく。
革靴の軽快な音に老いは感じられない。むしろ、エネルギッシュに駆け抜けて行けそうな爽快さがあった。
フォノはストールを引き寄せつつ、彼の後ろについていった。
〔エクセンプラール〕の通路は照明がついているとはいえ、圧迫感のあるものだ。
通路の掃除をしているミトの持つ感慨はそんな突飛のないことだった。
ミトは鋼鉄に囲まれた通路でモップとバケツを手にしつつ、掃除をして練り歩いていた。前の乗員たちが艦内清掃を怠っていたのか、モップの毛先はすぐに黒ずんでバケツの水も黒くなってしまう。
と、彼女とすれ違う男たちはのんきそうに横切って言うのだ。
「女を軍艦に乗せない理由がわかった気がするよ」
「どうしてさ?」
「掃除しても無駄ってのに、甲斐性がないからってああするから」
ミトはムッと膨れて、乱暴にモップをバケツに突っ込んだ。汚水が床に飛び散って、さらに辟易。
男たちの動きはとてものんきなものだった。
氷や薪、保存食の一部を市場に売りに出す人は大した数を必要としない。市場との連絡役とたたき売りをする店番、運搬組の十数人いれば事足りる。
柾たちが働きに出て、それに続くように数人船を出て行ったが、艦内を徘徊する人数はそれ以上。甲板の修繕をするでもなし、エンジンの調整をするでも、航海術を学ぶ気すらない。
〔エクセンプラール〕に関する技術は一朝一夕で体得できる技術ではないので、見逃すこともできる。だが、その受動的な態度が目に余ってしかたない。怪我人の世話も一切しないのには苛立ちすら覚える。
「まったく、だったら外に出てお金の少しでも稼ぎなさいっての」
愚痴をこぼし、ミトは屈んでモップの毛先を絞る。ぽたぽたと余分な水を出す。貴重な水は無駄にできない。
ミトはモップの毛先を天井に向けて立ち上がると、バケツを持って歩き出す。モップを杖代わりにしつつ、次のフロアに移動する。それでも右足を引き摺るハンディキャップは体力を必要とする。
階段を上って、次の通路に出る。居住区の多い上層部での廊下はさらに狭く感じられた。生活者の間では病棟とも言われて、怪我人に部屋が割り当てられている。その中には、会議室や老人たちに宛がった部屋もある。
「さて、とりあえず今日はここの廊下を————」
ミトはそう言いながら、ふと耳に人の声が掠った。
聞き違いか、と疑って耳をそばだててみる。
「向こうには話を通してある。何、問題はないさ」
「これで少しはここの生活も安定しようて」
くぐもった声が冷たい廊下に伝わる。
近い部屋だ。そう確信させるのは、声量とくぐもった声からだ。
ミトは声のする方へ足音を殺して進んでいく。バケツの水が跳ねる音が嫌に大きく聞こえた。心臓が高鳴るのは自身の背徳さからだろうが、それ以上にくぐもった声たちの内容が直感的に嫌なものだと信じた。
「これからのことを考えますと致し方ない」
「何をおっしゃいますやら。あんたが一番乗り気じゃなかったのかい? 厄介ごとが減るってねぇ」
「まぁまぁ、ここはひとつ穏便に。これからの旅、そう癇癪を起されては気疲れするぞい」
ミトは目星の部屋を見つけて、そのドアに寄り添った。
「何の会議?」
口の中でつぶやき、鉄製の冷たいドアに頬をつけて、耳をつける。冷たさが痛みとなって頬を引きつらせる。
部屋の中での話し声は温和なものである。ことが順調に運んでいる時の嬉々とした口調が沸き立っている。
「ここの町を見る限り、かなりの人がいると見ていい。実際、税関連中はそのことをよく言っていた」
「問題は合うか否か」
「何、ここがダメでも次の町でもすればいい」
彼らの口ぶりは今後の安泰を予期させるものが多い。
それはミトも願ったりかなったりだ。だがなぜだろう。胸の奥がざわめいて、喉がひりひりと痛む。生唾を飲み込んでは、ちくりと小骨が刺さったような痛覚が喉元で疼いた。
頬の熱が伝わって、鉄のドアが少し暖かく感じる。汗をかいている、と知ったのはそのすぐ後だ。とにかく心のどこかで警鐘が鳴り響いて、それが体にもにじみ出ている。根拠のない恐怖ほど、たちの悪いものはない。
ミトが入るか否か、頭の中で悩む。
と、通路から快活な少年の声が響き渡る。
「ミトさん! そーんなところで何してんの?」
「————カーヴァルッ」
ミトは擦れた声で少年の名を口にした。
少年、カーヴァルはニタニタと好奇心あふれた瞳で彼女に近づく。爽やかな美顔は純粋で、それだけにミトが何をしているのかわかっていないと言っているようなものだった。
「俺には洗濯物をさせといて、ミトさんは何サボってるのさ」
「これは——」
ミトが言葉に詰まると、ドアの向こうでも動きがあった。
「誰かいるのか?」
「ミト・ハルルスタンか?」
「マズイッ」
ミトはドアから離れようとした瞬間、ドアノブが軋んだ音を立てた。
次の時には、ドアが開け放たれてミトの体が部屋の方へ倒れ込んだ。立てかけていたモップも倒れて、乾いた音が鳴った。
「何してるの?」
カーヴァルが興味本位で部屋の中に顔をのぞかせる。
ミトも顔を上げて、好奇の目で見てくる老人たちを視界にとらえる。町役人たちだ。あの戦火の中で生き残って、一応この〔エクセンプラール〕の最高責任者として名を連ねているものたち。
彼らはミトとカーヴァルを確認すると、ほっとしたように顔を和らげて言った。
「おお、いいところに来たな。こっちに来て、ちと相談に乗ってほしい」
「今後のためにも是非に、キミの協力が必要になってくる。ああ、イルスロット君にも手伝ってもらいたい」
彼らの温和な口調。
しかし、ミトは体を起こしながら彼らの持っている雰囲気が歪なのを感じ取った。根拠のない不安感は、相手をじかに見ると肌身に実感として噴き出してくる。
目が笑っていない、と言えばいいのか。いや、それよりは深海に棲むチョウチンアンコウの誘引の怪しい光を宿しているようだ。だから、ミトにとって実態のつかめない怪しい会話という光だけが目の前にぽっとある気がした。
しかし、彼女には走り去れるほどの足はなく、彼らの話を聞くことにした。




