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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第四章
28/118

~売買~ 滞在と仕事

「この値段、納得できないんだけど」

「そっちの理屈でしょう? 文句はよしてくださいよ」


 ミト・ハルルスタンは税関職員の無関心な態度に怒りを覚える。


 旧コロンド領ローレンツェの税関は〔エクセンプラール〕の停泊を認めはしたが、割高の停泊料と関税を突きつけた。


 税関職員は受付内の中心にある暖炉に体を寄せて、沸かしていたポットを手に取った。それから、手にしているカップにお茶を入れる。湯気が立ち上り、芳醇な香りに笑みをこぼす。


「この船は修道騎士団の廃船を改修したって言ってるでしょう」


 ミトはカウンターに身を乗り出すようにして、税関職員に言った。


 こういった方便でも使わない限り、ローレンツェの住民にも危害が及ぶと知っている。責任はあくまでもミトたちが取るということだ。


「その話はわかりますよ、わかりますとも」


 職員は辟易して、ミトを見ながら窓口に戻る。木製の椅子に腰かけると、カウンターにある小さな抽斗(ひきだし)から書類を取り出し、ミトの前で揺らす。


「けど、こういうのって建前ってものがあるでしょう? 相手を黙らせる方法って言うのが」


 したり顔で職員は続ける。


「我がローレンツェではロマの方々を歓迎する用意もありますし、差別するつもりはございません。ただ、ただですよ? アーデル・ヴァッヘを持ち込まれると、違うでしょう?」


 税関職員は〔エクセンプラール〕に寝そべっている〔アル・ガイア〕のことを示した。


 ミトはぐうの音もでなかった。彼の言い分はわかる。ロマ(移動型民族)という立場を持てば、交易の仕方もある。が、やはり〔AW〕を保有しているとなれば、黙ってはいない。


〔AW〕は戦闘兵器である。人を傷つける凶器で、それを広告塔のように曝している状況は受け手によっては、威嚇にも脅迫にも見える。税関職員はそのことを言っているのだ。もちろん、それはローレンツェの言い訳として使えるわけだが。


 その綱渡りの駆け引きが両者の間で執り行われている。


「利害はあってる。そちらは交易がしたい、こちらは冬に備えたい。収穫祭の準備期間というのも好都合ですな」


 税関職員は状況整理をして、ミトは首を縦に振った。ここまでは両者合意の見解だ。


「そんな時に修道騎士団か、噂のフライハイトとぶつかってはこちらは小さい町ながら占領されますから―———」

「わかりました! このお値段で取引します!」


 ミトは相手のねちっこい説明口調に屈して、書類を取り上げる。これ以上交渉を続けても、ミト側の不利な状況の揚げ足を取りにくるとわかったからだ。初めから勝算のない話し合いだった。


 修道騎士団やフライハイトがうろつける不安定な地域であるから、その両陣営のことを持ち出されてはかなわない。出来る限り穏便に済ませたいのが、ミトたち、避難民の総意である。


 職員もにっこりとして、手を揉み合わせてへこへこと頭を下げる。細い目元は嘲笑しているようだった。


「はい、まいど。責任者の方に必ずお渡しのほどを……」

「露店の料金も込みこみでしょうね?」

「若い娘さんに免じて、それくらいはおまけしときます」

「それはどうも」


 ミトは肩をすくめて、肺の中の空気を吐き出した。


 税関所にミトが送られたのは、色仕掛けというのを町の住民が期待してのことだった。結果としては散々。いいように言いくるめられてしまった。


「どうせ、諸経費諸々含めてこの値段設定なんだから。セールスのお上手なこと」


 ミトは小さく愚痴って改めて書類に目を向ける。その文面に目を走らせると、喉の奥が引くついてくる。


「それから————」

「まだ何か?」


 税関職員の勿体つけた言い方に、ミトが尖った口調で突っかかる。


「耳寄りな情報ですよ。ご存じのとおり、ローレンツェは冬に備えています。ギルドの方々を臨時に雇っているところもありますが、まだまだ足りませんでね」

「…………」


 ミトは得意げな表情を浮かべる職員を一目睨みつけると、税関所を後にする。


 外に出れば午前の日光が心地よく降り注ぎ、ひんやりとした空気が肌を撫でる。


 税関所は巨大なやぐらと一体となっており、〔エクセンプラール〕がそれに隣接している形になっている。その天頂に旗が揚がって、停泊許可が下りたことを示した。


 目を細めて、それを確認してミトは右足を引きづりながら船へと向かう。


 後部ハッチを開いて、物資の運搬と点検のために査察官や業者の人たちが出入りを繰り返している。業者の方にも報酬を渡さなければならないのだから、さらに首が絞まる思いだ。


 少し歩いて艦体のそばまで行くと、運搬の往来から離れるようにして、バイン・アウトーの整備にいそしむ(マサキ)の後ろ姿を見つける。たった一人、人から離れるようにして機械に触れる彼女の背中は寂しげな雰囲気があった。


 ミトは(マサキ)のもとへ歩み寄りながら、〔エクセンプラール〕の作業を横目に見た。


(マサキ)、何してるの?」

「ミトさん。この子の整備してる。全然、構ってあげなかったから」


 (マサキ)はマフラーを緩めつつ、歩み寄ってくるミトに振り向いた。整備しているバイン・アウトーはパンの配達にも使っている機体で、彼女がガラクタから作り上げた愛機だ。


 彼女がしている厚手の手袋や握ったレンチは煤だらけで、各所の摩耗具合を示している。

 

 ミトはそっか、と言いながら横につく。


「みんなはどうしてる?」

「お店で売る品物の準備をしてるよ。フォノと結子(ユイコ)がまとめてくれてる」


 はきはきとした口調で(マサキ)が答える。


 ミトはそんな彼女の弱々しい瞳の色を見逃さなかったし、気にしているだろうことを放っておくこともできなかった。


「ああ、子供たちもそうだけど……。町の人たちのこと」


 町の人たち、と聞かれて(マサキ)は力の抜けた笑みを浮かべる。


「わかんない。あたしが近づくとみんな知らん顔だもん」


 その繕った笑みには寂しげな色があった。


 誰もが(マサキ)を忌避して、遠ざけて、疑っている。示し合わせているかのように、彼女から離れて偽りの安心感に酔いしれている。


 旅に出て、精神的な不安があるのかもしれない。だからと言って、〔アル・ガイア〕で皆を守ってきた彼女にしていい仕打ちではない。


「そっか。色々と、ね……」


 ミトはどうにか言葉を絞り出す。その先に続く言葉は見つからず、息をのむばかり。


 他の人を糾弾しても、(マサキ)の孤独感は完全に癒えることはないだろう。時に孤独の中でしか、自分を見つめられない時がある。だから、彼女は機械と接することを選んだ。


 それではダメだ、とミトは知っている。かつての人から離れて、苦しい思いをしてきたことを思い出してしまうからだ。


「時間もあるし、街に出かけてきたら? たまには他のことに刺激を受けるのもいいことよ」

「そうだね。みんな、あたしがいない方が気楽だろうし……」


 (マサキ)は寂しげに微笑んだ。


 ミトは思わず息が詰まって、口の端が引き攣ってしまう。完全に逆効果だ。気分転換をしてきたら、といったつもりのだが、受け手にとっては出て行けと同義に聞こえてもおかしくない。


「えっと、そういうことじゃなくてね————、ん?」


 取り繕うように話しかけようとしたミトだが、ふと視界の端で往生している運搬用のバイン・アウトーを見つける。ギルドが扱う運搬用の機械で、馬のような四足のデザインをしている。


 (マサキ)のその視線につられて、バイン・アウトーを捉える。


「動かないのかな?」


 操縦者らしい男が困ったように機体の横に立って、頭を掻いている。そこへ数人駆け寄って、機体を調べるも打つ手なしといった様子だった。


(マサキ)、見てやれない?」

「え? う、うん。じゃぁ、一緒に来て」

 

 ミトの提案に、(マサキ)は彼女の不安そうにスカートのすそを握る。煤に塗れた手袋がぎゅっと力強く。


 (マサキ)はバイン・アウトーなどの機械工学に強い。それはミトをはじめ、多くの人が理解していることだ。しかし、初対面で、しかも小さな女の子が機械を直せますといったところで信じる人はそうそういないだろう。


 ミトは頷いて、その方へ歩いていく。隣の(マサキ)は手を放すと、強張った表情をして並んで歩く。


 男たちが近づいてくるミトたちの姿を見定めると、体を正面に向けた。


「何かようですかい?」

「動かないんですか、その機械?」


 ミトが質問する。


 男たちは顔を見合わせてから、彼女に向き直る。


「いつものことです。仕事はちゃぁんとこなしますよ。時間通り、しっかりと」

「でしたら、この子に見せてもいいですか?」

「このちんまい子かい?」


 顎髭を蓄えた偉丈夫がミトと並ぶ背の低い女の子を見下ろして、愛想笑いを浮かべる。冗談だろ、と言いたげな小ばかにした笑みだ。


 対して、(マサキ)は肩肘を張って、少し胸を逸らして見せた。緊張しながらも、見栄を張っている。初々しい反応には、彼女の技術士としての自尊心が含まれている。


「本当に?」

「彼女、技術士の娘でしたから、お役に立つと思いますけど?」


 ミトが不敵な笑みを浮かべると、男たちはますますおかしそうに破顔する。


「わかった。じゃぁ嬢ちゃん、見てくんな。ただし、壊したら弁償してもらうからな」


 顎髭の偉丈夫はどうせ無理だろうと踏んでか、背にしているバイン・アウトーを親指で示した。


 それからミトの方に視線を射て、責任のありかを示した。それでミトも了解して、小さく頷く。


 ミトは(マサキ)を優しいまなざしを向ける。それから、そっと背中を押すと彼女はマフラーの結び目を直しながらバイン・アウトーに向かう。


「本当に大丈夫なんだろうな?」


 一人の男がミトの横につくと、そう小声でつぶやいた。


 ミトはその人を横目に見てから、機体の脚部を足場にしつつ、背部にある鞍状のハッチを開ける(マサキ)に視線を戻す。


「大丈夫です。あたしが保証します」


 それには男の方も呆れて、返す言葉もなかった。


 彼らとて機械工学に精通する人である。そのほとんどが技工士の工場に弟子入りして、技術を覚えた門徒だ。技術士が家柄で存続し、〔AW〕のような巨大機械を扱う反面、身近なバイン・アウトーには力が注げないところがある。だから、下請けとしてギルドに派遣される技術士見習いがいる。


 彼らはそれに相当し、声がかかればまた工場に戻ることになっている。ほとんどの者が、現職で満足しているのが現状ではあるが。


「技術士の娘ってんなら見せてもらおうじゃないか。俺たちとは違うってところ」


 作業開始から五分が立つと、(マサキ)はバイン・アウトーの大まかな点検と修復を終えてむき出しの操縦席に跨った。それから、左右にあるハンドルを握って思い切り引っ張りあげる。


 金属の擦れる音とともにワイヤーが伸びて、手綱状になると同時に発動機が回る。それを数回繰り返し、空回りするばかりだった発動機がやがて動力をたたき起こした。


 回転数を上げて、駆動していく機体の四肢。(マサキ)が機体の様子を窺いながら、フットペダルと手綱を操る。


 すると、まるで精気を宿した馬のようにバイン・アウトーはその場で飛び跳ねて見せた。


 男たちは唖然として、騎手のように鮮やかに乗りこなす(マサキ)を見上げる。彼らだと小一時間かけて、ようやく起動に持ち込むのがやっとだというのに。


 やがて、バイン・アウトーは脚部を折り畳んで停止する。


「あの、これで大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ありがと……」


 男たちは降り立つ(マサキ)を見て、やっと言葉を絞り出した。


 実力の差、というものを肌で感じて彼女の才気に気圧されてしまう。


 と、顎髭の男が感銘を受けて(マサキ)の前に出た。


「嬢ちゃんはすごいなぁ。俺じゃぁ、かなわねぇな」

「いいえ。よく整備されている機械でしたから、簡単な配置換えですんだだけですよ」

「いやいや。俺の手を見てくれ」


 男はグローブのように大きく、厚い皮覆われた手のひらを突き出した。


 その手は(マサキ)が手袋をしていてもかなわない大きさと、力強さがあった。


「熊みてぇだろ? 他の連中も似たり寄ったりでな。細かい作業にはむかねぇんだ。そこでだ」


 男の暑苦しい笑みを見上げて、(マサキ)は小首をかしげる。


 ミトは腕を組んで、安堵の息を吐く。


「嬢ちゃんに機械の整備を願いたい。ああ、報酬は出すし。滞在中に仕上げてくれりゃぁいい」

「あ、でも、あたしでいいんですか?」

「こういうのは同じ畑の人間だから、わかるし、頼むんだよ」


 男が念を押すように言って、(マサキ)は困った視線をミトに向ける。


「いいんじゃない? 好きなんでしょう、機械弄り?」

「う、うんっ。じゃぁ、お手伝いするよ」


 (マサキ)は満足げに言う。花のような笑顔を咲かせて、少し誇らしげである。


 実際、彼女の腕が発揮されるのは今の〔エクセンプラール〕内にはないだろう。だから、町の中で自分の力を使い、伸ばせる場所は居心地がいいものだ。


 機械が好きな彼女だから、大人を驚嘆させるほどの技術が身についたと言える。


 顎髭の男は(マサキ)の頭に手を乗せて、豪胆に笑った。頭をすっぽりと覆う手は(マサキ)にとって恐怖の対象ではない。懐かしさと慣れ親しんだ手の感触だ。


 ミトはそれを見て、(マサキ)に寄って前屈みになって視線を合わせる。


「それじゃ、あたしはまだ仕事あるから。頑張りなさい」

「うん」

「あと、お金のことなんだけど……」

「わかってる。旅の費用にするんでしょう? 大丈夫」


 (マサキ)の善意に、ミトはありがとうと返した。


 本当は報酬分は彼女が好きに使っていいと告げるつもりだった。だが、あまたの中で巡る財政難を思うと彼女の稼ぎを頼らざるを得ないのだ。


 地道で、穏やかな滞在が始まる。


 それは修道騎士団やフライハイトと矛を交わすよりも、ずっと身近で大切な営みだ。

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