~畔~ 湖上活殺陣〈後編〉
柾の精神状態は徐々に泥沼化して、危険な状態にあった。
心拍数、発汗量、呼吸のリズム、反応速度。どれも興奮状態を越えて発狂しているとしか言いようがなかった。
それが戦いの中で起きてしまう人の本能なのか。
無機物である〔アル・ガイア〕までもがまるで意志を宿した獣のように、ボロボロの刃を振り回す。カタナは鈍く煌めき、水しぶきを巻き上げながら二機の〔カヴァレリー・ポーン〕を遠ざける。
湖の中では大きさのある〔アル・ガイア〕に利があった。〔カヴァレリー・ポーン〕二機は得物を構えつつも、腰まで達する水に体捌きが鈍っている。
だが、操縦者の精神面では圧倒的に修道騎士団が勝っていた。
「太刀筋が乱れている。操縦者は限界と見た!」
「五番機、仕留めろっ!」
気勢を上げて、〔カヴァレリー・ポーン〕が攻める。
〔カヴァレリー・ポーン〕一番機のハルバードが大きく振り下ろされる。
「こんなものっ!」
柾は機体の肩部に迫るハルバードの刃をカタナで受け止める。正面からぶつかり刃が欠ける。
続いて、三番機が〔アル・ガイア〕の右手に回り込みながら、水中に隠している長剣を振り上げようとする。水面下の刃は浮き上がった泥で肉眼でははっきりしない。
だが、〔アル・ガイア〕の装甲に当たる水の乱流は結子がしっかりと観測している。
「水中から来るっ」
「柾、任せてっ」
言って、フォノは肩部のハープーンを展開し、一番機の背後から出てくる三番機に狙いを定める。
が、〔アル・ガイア〕は強引に体を前に押し出して、ハルバードで押さえつける〔カヴァレリー・ポーン〕を弾く。
「くっそ————」
一番機は背中から湖に倒れて、盛大に水柱が立ち上がった。
それには目もくれず、回り込んでくる三番機に正面を向ける。
岸辺の緑を背にして、空からの雨粒を受けながら、三番機が距離を詰めようと大きく歩を進めていた。
「あたしがやるんだ! やらなくちゃいけないんだ!!」
柾の絶叫とともに、右腕部を大きく振りかざした。左腕部の盾で防御するとは考えない。ただ握力の落ちたマニピュレーターでは斬撃もままならないだろう。
冷静さを失って、その手に握る刃だけしか目に入っていない様子だ。
フォノも結子も急な方向転換に、体が横倒れになりそうだった。下着姿のためか、皮膚が引き千切れそうな痛みが走る。
「柾……」
フォノにはその無茶苦茶な軌道が彼女の焦りと後悔からくるものだとわかっていた。なのに止められない。支えてあげることができない。
「今だ! やれっ!」
瞬間、長剣を隠していた〔カヴァレリー・ポーン〕三番機は膝を曲げて、機体を沈めて全身を湖の中へ潜水。
「何!?」
「柾、正面!」
狼狽する柾に結子の警告が飛び込んできた。
警報が鳴り響く。
そして、彼女たちの視界に煌めく刃が入り込んだ。ハルバードではない。もっと小型の戦斧がブーメランの要領で飛来してきたのだ。
鋭い刃が〔アル・ガイア〕の胸部に突き刺さる。装甲は没して、刃がめり込む。
柾たちが悲鳴を上げる前には、転覆する機体の衝撃に意識が吹き飛んでいた。無数の線が目の前を流れて、ぐちゃぐちゃに混ざった絵具のような灰色の視界が脳裏にぶつけられた。
〔アル・ガイア〕は背中から倒れ込むと、水柱を上げて湖の中に沈んだ。
「よくやった」
一番機と三番機は水中から立ち上がると、得物を引っ提げて〔アル・ガイア〕に接近する。
その背後、森林の中から戦斧を投擲した〔カヴァレリー・ポーン〕五番機が枝葉を押しのけて現れる。リア・ラックにあるもう一振りの戦斧を手にしながら、ざぶざぶと湖の中に入る。
「砲撃隊もこちらを確認している。どうする?」
五番機の操縦者が言った。
三機の〔カヴァレリー・ポーン〕は〔アル・ガイア〕との距離を慎重に測りながら接近する。
「この程度か……。搭乗者の確認をする。三番、五番、見張りを頼む」
「了解した。作戦時間は?」
「あと、一〇分」
そういって、〔カヴァレリー・ポーン〕一番機がハルバードを構えつつ、〔アル・ガイア〕との接触を試みる。
三番機、五番機は左右に分かれて様子を窺いながら得物を高々と上げる。その切っ先でちらちらと太陽の光を反射させる。
森の中で待機する砲撃隊の観測役がその煌めきを察知。
「構え……」
静かに三方に散るそれぞれの砲撃機がカノン砲の砲身を上げて、射撃体勢を取る。標的が動けば即座に撃ち抜く。その緊迫感にありながら、操縦者の集中力は乱れない。
水泡を上げる〔アル・ガイア〕の巨体の横に立った一番機はゆっくりと屈んで、マニピュレーターを頭部の後ろに回す。
接触。しかし、反応はない。
「操縦者は気を失っているのか、それとも…………」
操縦者はその接触から様々な情報を引き上げていた。
〔カヴァレリー・ポーン〕は末端部に備えられているセンサによって、機体の状態を探ることができる。彼らはその原理を知りはしなかったが、触れることによって物の本質を見極められると知っている。
技術だけが先走り、扱う人間の知能は遥かに劣っていた。そのアンバランスさを〔AW〕というものは微妙な均衡で取り留める神秘性を宿していた。
「何だこの構造は……?」
操縦者のゴーグルに列挙される索敵結果は目を見張るものばかり。
操縦席は三つ。全体に骨格らしい構造はなく、モノコック構造に似て非なる金属の塊。普通ではない。
採取されるデータはこれまでの〔AW〕とは全く異なる技術である。彼らが盲目に信じて、神秘性だけで納得を聞かせていた従来のものではない。
「こいつは一体————っ」
解析作業が続けられる一方。
〔アル・ガイア〕のシステムも防壁を構築し、操縦者を電気ショックでたたき起こしていた。
目覚めた三人は肺にたまった重い空気を吐き出すと、頭を振るなり、むせるなりして意識を回復させる。
耳に入る警報音。水のカーテンが織りなす光の幻影。
柾は首元にピリピリした感触を覚えながら、はたとすぐ近くに〔カヴァレリー・ポーン〕が跪いているのを目の当たりにした。
「あ――――っ」
悪寒が全身を駆け巡る。
内側から這い上がってくるどす黒いものは、やがて彼女の全身に満たされると一気に爆発する。
「離れろぉおおおおおっ!!」
〔アル・ガイア〕が動き出す。
一番機は急に沸き立った水泡の数を見て、咄嗟に後方へ飛び退いた。重々しい鎧では飛距離を稼げなくとも、起き上がる標的の射程から離れることはできる。
鎌首もたげて、〔アル・ガイア〕の上体が水面に現れる。
同時に砲撃機のカノン砲が火を噴いた。連続する爆裂音。殺到する徹甲砲弾が次々と湖面を叩いた。
「大丈夫か!?」
長剣を構える三番機が一番機の前に出て迎撃態勢を取る。
戦斧を構える五番機も距離を空けて、機体を揺るがす水の流れに耐え忍ぶ。
「ああ、奴の情報は採取できた問題はまだ動くということだ」
一番機の操縦者は冷汗を流し上がら、水しぶきの中で立ち上がる黒い影を睨む。
砲弾はすべて外してしまったらしい。
低く、唸るような声がそこから湧き上がる。それは悲しいことに女の声で、少女らしい弱々しさを感じさせるものだった。
「女の子が乗っているのが、一番の問題か」
「魔女だとでもいうか!?」
白兵を挑もうとする騎士たちは陣形を整えつつ、言い合った。
外見だけなら獣のような獰猛さを持って、しかし、底知れない大地の激震を思わせる力強さがある。それを操るものが魔女だというならば、酷く邪悪な雰囲気を感じさせる。
〔アル・ガイア〕は後退る三機の〔カヴァレリー・ポーン〕をその四つのセンサーアイで睨む。頭部をゆっくりと動かして、値踏みをするように騎士たちを観察する。
「フォノ、結子、大丈夫?」
「何とか……」
「こっちも。だけど、何か盗まれたみたい」
結子は焼けつくような喉を振り絞って、ポップアップするウィンドーの報告をする。先の胸部への損傷。並びに、システムに侵入された形跡。それらは知識の範疇外のできごとなのに、すんなりと受け入れられた。
柾は〔アル・ガイア〕に左腕部のシールドを解除させると、胸部に刺さったままの戦斧を排除させる。
重々しい戦斧が湖に落ちて、大きく裂けた装甲を晒した。
「あれが動力というのか……」
一番機の操縦者は入手した情報を思い出しながら、〔アル・ガイア〕の傷から見える機関を見つめる。
まるで心臓のように脈打つ機関。フライホイールとは違った生々しさを持つ金属の塊は一定のリズムを刻み続ける。鋼鉄の血液を循環させて、新陳代謝を高めているようにも見える。
「化け物、か。アレは、本当に機械なのか?」
自問しても答えなどない。
〔アル・ガイア〕はもう一振りのカタナを鞘から解き放つと、ボロボロのものと合わせて構える。
「二刀流…………」
三番機がすり足で前に出ると、長剣を正眼に構える。二刀流を相手にするのは、生身でならある。だが、こうして〔AW〕が、それも自身よりも巨大な存在が使うと圧倒されてしまう。
これは本能だ。自身よりも大きく、有する牙が多いだけで、人間の脆弱な肌は震えあがってしまう。
騎士たちはしかし、その恐怖から逃げ出さない。
「いくぞっ!」
気迫と同時に三番機が踏み込んだ。
「んっ!」
〔アル・ガイア〕は余裕のある間合いでありながら、斬りかかるどころか刀身を重ねて防御に回ってしまう。
相手の気迫が彼女の不安定な精神を揺さぶって、後手に回したのだ。
重々しい斬撃がカタナを直撃。長剣の連続斬に、柾は機体を後退させるしかなかった。
〔アル・ガイア〕の損傷している右肩部ではそう長くは持たない。
互いの勢いが衝突し、つばぜり合いにもつれ込まれている。
「柾、右手が……」
「わかってる。フォノは何もしなくていい!」
「左から斧を持ったのが来る」
左側から迂回してくる〔カヴァレリー・ポーン〕五番機。短い戦斧を握り締めて、果敢にも攻め込んだ来る。その踏み込みに迷いはない。
さらに三番機の背後からハルバードを構えた一番機が来る。連携を取って、一挙に畳み掛けるつもりだ。
柾は汗の玉を振り払いながら、つばぜり合いから機体を脱出させる。
互いの緊張が途切れ、大きく隙が生まれた。
「リーチが違おうともっ」
五番機が肉薄、戦斧を腰の位置に持ってくると大きく横薙ぎ。
〔アル・ガイア〕は距離を詰められて、左のカタナでは対応できなかった。左の脇腹を切り裂かれて、身体が仰け反る。
「持ち直して————」
柾は祈る様にフットペダルを思い切り踏み込む。
五番機が背後を通り過ぎて残心する。
〔アル・ガイア〕はそこでスタック・スラスターを展開。仰け反っていた上体を強制的に前に持っていき、胴体を捻った。
その眼前にハルバードの刃が迫る。
「————っ」
それに対して、いち早く反応した柾————、ではない。
フォノが胸を押し上げる圧迫感を覚えながら、マルチ・ハープーンを展開して射出する。
刹那のうちに銛と刃が接触、互いの軌道を変えて行き違う。
〔アル・ガイア〕の顔面すぐ横、肩部のマルチ・ハープーン射出装置を重々しい刃が粉砕する。
一方でマルチ・ハープーンの銛は一番機にかすりもせず、肩越しを通って水の底に突き刺さる。射出装置をやられたとあって、ワイヤーも切断されて力なく湖に沈む。
柾はすぐ横を煌めく刃に小さくを悲鳴を上げながら、頭の中が真っ白になる。
「避けたか。しかしっ」
〔カヴァレリー・ポーン〕一番機はよろける標的を見て、左右から切り込みをかけようとる三番機、五番機に後を託す。
迅速に僚機が〔アル・ガイア〕へと迫る。
一番機は距離を取ろうと脚部を後ろへ運んだ。
「柾、そのまま倒れてっ!」
耳に入ってきたフォノの声に、柾は直感的に従った。
〔アル・ガイア〕が背部のスタック・スラスターをさらに増幅させて、そのまま前に倒れ込む。
爆発的に盛り上がった水面は、やがて怒涛の波となって全体を揺さぶる。
「この状況でっ」
「悪あがきを」
王冠のようにはじける水の壁に、挟撃をかけようとしていた三番機と五番機は標的を見失った。
しかし、一番の被害は一番機である。
十分に距離が取れなかった。怒涛の荒波が直撃して、一番機は無理やりに水の底へ引き込まれた。操縦者は横っ面をぶん殴られたような衝撃を受けて、歯が砕ける様な痛みを感じた。
それは柾たちもそうだ。
首が千切れてしまいそうな痛みが走って、体中が鞭打たれたように痛む。
フォノはその中で胸を上下させて、次々と起動していくウィンドーに素早く目を走らせていた。敵に情報を探られていた時、ふいに復活を果たした機能が彼女の脳裏に焼き付いていた。
柾も結子もその接触が〔アル・ガイア〕の眠れる力を呼び覚ましたのを、この瞬間に感じた。
フォノの決死の意志が伝わったのは、錯覚ではない。〔アル・ガイア〕の機能が間接的に知らせるのだ。
それよりも早く、三番機と五番機が攻撃を繰り出そうと接近。
暴れる水の音。響く鋼鉄の一歩。そして、バック・ビュー・モニタに映る敵のシルエット。
「調査とはいえ、止む終えまい」
「操縦者だけは潰させてもらう」
二体の鋼鉄騎士は得物を振りかざして、無防備な〔アル・ガイア〕の背に刃を突き立てようとした。
瞬間、湖面を突き破って背部に引っ提げられた汎用機関銃の銃身が飛び出し、五番機を捉える。
呼吸が、心臓が止まる。たった一瞬でも、そう感じずにはいられなかった。
「わたしの銃は————」
フォノは小さくつぶやき、トリガーを引いた。
吐き出された液体金属が高く振り上げられたマニピュレーターを破砕して、戦斧が弧を描いて後ろへ飛んでいく。
その甲高い銃声に触発されて、〔カヴァレリー・ポーン〕三番機の長剣が振り下ろされる。
それよりも早く銃口が回頭、水のベールを引きながら、長剣を捉える。
「守るためにあるの!」
振り下ろされる剣戟よりも早く、青白く輝く弾丸が〔カヴァレリー・ポーン〕三番機の長剣に命中。
巨大な鉄剣が砕けて、宙に舞い跳び、勢いに負けた三番機が下がる。それに合わせて、五番機も破壊されたマニピュレーターを庇いながら後退。
〔アル・ガイア〕がゆっくりと立ち上がって、滝のように水を流しながら三機との間合いを開ける。
「フォノ……」
柾は弱々しく彼女の名を口にした。
しかし、フォノからの返答を待つよりも、けたたましい警報が操縦席を満たす。
反射的に結子が叫ぶ。
「正面から砲撃!」
刹那、爆音が轟いた。
〔アル・ガイア〕は横間へ飛びのいて、放物線を描いて飛んできた砲弾を回避する。背後で水柱が盛大に上がる。
霞がかかる視界の中で、柾の耳にフォノの震える声が聞こえる。
「柾、わたしが銃を使うようになった理由言ってなかったね……」
「フォノ……」
「次、四時方向に移動震源、感知」
結子のナビゲーションに、柾はすぐに反応。大きく足を踏み込んで、〔アル・ガイア〕を横へ横へと移動させる。
立て続けに二弾の徹甲弾が横並びに立ちあがる。激しい水しぶきが装甲を叩く。先に食らった脇腹の損傷を引きずってか、〔アル・ガイア〕の体捌きが鈍い。
その中で得物を拾って、立ち上がる三機の影を結子は感知する。ウィンドーに次々と表示される情報は、〔カヴァレリー・ポーン〕の運動性能。解析を受けたとき、逆に敵のブラックボックスから引き出していたのだ。
そのおかげで、以前よりも早く敵の動きを予測することが可能となっている。
「柾、フォノ、接近戦の機体が立ちなおしてる」
「わかった」
柾は答えて、〔アル・ガイア〕にカタナを構えさせる。だが、その手に握る一振りはもう刃が欠けた鈍刀となっている。
間をおいて敵の砲撃が一発。後方へ回避。先ほど移動していた部隊のものだろう。
「結子、砲撃してくる相手の位置、わかる?」
激震する操縦席の中で、フォノが静かに言った。その瞳は鋭く、息をひそめて狙撃のスタンスに入っていた。
「な、何とか……」
「位置をお願い。柾、まず、砲撃してくるのを倒しましょう?」
「けど、それは……」
戸惑い。柾は彼女を守らなければと躍起になっていた。
相手が修道騎士団だから。七年前、彼女たちの幸せな生活を崩した貪欲な集団にフォノ・アインリヒは殺されかけた。
そして今も、命が危ないときである。巻き込みたくない。
フォノの清らかな精神や瞳を汚されたくないから。
「わたしは柾の助けになりたい。だから、銃を取った。一緒にいるためには、支え合わなければならないから」
「…………」
「急いで」
有無を言わせない気迫と状況。
蚊帳の外な結子もフォノの射撃が現状有効であると思う。白兵戦機はほぼ戦闘不能。撤退するのがせいぜいだろう。
だからこそ、その時間稼ぎに砲撃隊が位置を晒してでも猛攻を再開した。
「柾、ここはフォノに任せよう」
「…………」
柾はぐっと言いたいことを喉元で押しとどめて、張っていた肩肘の力を抜いた。
〔アル・ガイア〕は飛来してきた徹甲弾を避けつつ、二刀のカタナを仕舞う。そして、背部の汎用機関銃を手にすると、大きく足を広げて腰だめに構える。
左腕部で抱えている汎用機関銃だが、なかなか安定しない。右腕部の損傷が足を引っ張り、支えとしての機能が果たせていない。かといって、右で発砲しようものなら、反動を殺しきれない。
フォンは利き手ではない左での射撃に、ゆっくりと息をついて調子を合わせる。
「予測位置、送るよ」
「ありがとう。まずは、正面————」
フォノは表示された照準線を睨んで適宜修正。結子の予測を信じないのではない。
水蒸気との摩擦、風の流れを考慮しての修正、試射する。
そして、ため込んだ一発を発砲。青白いマズルフラッシュとともに、液体弾が緩やかな放物線を描く。
〔アル・ガイア〕の正面に位置する砲撃隊は、しかし、動かなかった。当たらないとわかっていたからだ。事実、初弾は手前の木々をなぎ倒したのみで、命中には至らない。
「察しはいいが、まだまだか。移動する。ついてこい」
「了解」
外部スピーカーでやり取りをして、砲撃隊がゆっくりと腰を上げる。
瞬間、今度は連弾の音が森に響き渡ると、二、三発の液体金属が砲撃機の脚を食い破った。大きく横転して、カノン砲とともに森の中に倒れ込んだ。
観測をになっていた機体は背後で倒れた味方機に振り向く。
操縦者はただただ唖然として、悔しさに歯噛みする。
「こちらの動きを待っていたというのか?」
木々がへし折られる音、木の葉が舞い上がるのを〔アル・ガイア〕は捉える。
「命中と判断。次、九時方向が近い」
「わかった。柾、お願い」
「う、うん」
〔アル・ガイア〕は水の中で大きく体を左に回して、結子の指示した方向を向いた。
これでは背後にいる砲撃機に背を見せていることになる。加えて大きく移動していない。湖のど真ん中という開けた場所は格好の的である。
だが、フォノは大きく動くことなく慎重に照準線を合わせて、視認できない相手の呼吸を読む。行動原理は動物のそれだ。
左腕部での感触もついてくる。揺れる照準線を定めて、連射。
リズミカルに撃ちだされた弾丸は木々を食い破って、湖を迂回していた〔カヴァレリー・ポーン〕の砲撃機を強襲。カノン砲に命中し、装薬室にプラズマが迸り爆発。
爆音が轟くと次に黒煙が膨れ上がった。
「命中————、背後から来るっ」
結子は息を飲んで、背後の敵が動きを止めたのを察知した。
それは間違いなく、狙撃の姿勢だ。足場を固定し、正確に撃ち抜こうという算段を感じる。無機質でまっすぐな視線を感じるのは、気のせいではないだろう。
「フォノっ!」
柾は危機的状況を感じて、衝動的に〔アル・ガイア〕を大きく動かそうとした。
「柾、一八〇度回頭するだけでいいの。お願い」
「————っん」
柾の逡巡はその一呼吸の間だった。
守るべき少女の力に満ち満ちた声。専門家の経験と勘からくる覇気。そこには、泣きじゃくっているだけだったか弱い女の子の面影はなかった。
そのことが寂しくて、自分の虚勢が崩れていく。自尊心もなどない。だからこそ、信頼のおける友人二人のやり方に反論などなかった。
〔アル・ガイア〕が振り返ると同時に爆裂音。
目の前が真っ赤に燃え上がる。徹甲弾が来た、と思うよりも太陽が向かってきたと思った。
しかし、その弾道は〔アル・ガイア〕が振り返り様の体の開きで、あっさりと軌道をずらされた。ほんの数メートル。巨大な砲弾はちりちりと火花をまき散らしながら、傷ついた胸部スレスレを通過していった。
膨張した空気が熱風を起こすも、〔アル・ガイア〕は左腕部を伸ばして汎用機関銃を構える。間をおかずに一射。
その弾丸は針に糸を通すかのごとき、精密さを持ってカノン砲に命中。砲身を破砕し、装薬の爆発が起きる。
「…………」
フォノはため込んでいた熱い息をゆっくりと吐き出しながら、胸のつかえを取り除いていく。
三機の撃墜。この距離からでは生死は不明だが、命中させたことは間違いない。
「白兵戦機の姿も見当たらない。戦闘、終了……」
結子が脱力して、シートに寄りかかる。肩や腰を支えらている感触。同時に凝り固まった体が刺激されてほぐれる。シートには電気マッサージ機能があり、必要に応じて操縦者の身体ケアも行う。
柾は操縦桿から手が離せず、挙動不審に目を泳がせる。
戦闘は終わった。だが、なぜだか震えが止まらない。
「柾…………」
フォノは操縦桿から手を離して、そっと胸の前で組んだ。
銃を使うときから決めている習慣。懺悔を示す祈りは撃った相手に対してのもので、区切りをつける儀式だった。普段から殺生をして、食べ物を得ているためにその重みを知っていた。
「もう、苦しまないで……。わたしのことは、もう、大丈夫だから。弱くないから」
震える声が柾と結子の耳に届く。
結子にはフォノがなんのことを言っているのか、わからなかった。ただ辛そうな声音と柾の動揺する顔を見たら、何も言えない。
ついさっきまで肩を並べて食事をしていた時とは違う。まるで仮初の関係を続けているのかのような不安定さがあった。
「あのさ…………」
結子が口を開いたその時、新たな移動震源を観測する。
ウィンドーにポップアップされた予測地点や足元のモニタに映る湖面の震えが物語る。敵は巨大で強力なものだと。
「二人とも、バイン・シフが接近してる」
結子は姿勢を正して、詳しい位置を割り出そうとする。しかし、機体の損傷率は大きく、戦艦相手に大立ち回りを演じられるほどの余力は残っていない。
「もう一度、狙撃するわ」
フォノが言って、汎用機関銃の給弾を急ぐ。
相手は巨大な船だ。関節部に集中砲火を与えれば、十分横転させられる。
「ダメ。ミトさんたちは動いてない。ここでどうにか持ちこたえるしかない」
柾は狙撃の案を却下した。
「意固地にならないで!」
「敵艦、停止?」
フォノが叫ぶと同時に、結子が怪訝そうに眉をひそめて言った。
敵艦の動きが止まったのだ。そこへ集まる足音が三つ、五つ、七つ、と察知する。結子は思案して、観測データを複数参照、走査して、予測結果を出す。
「二人とも、相手はただ機体を回収しに来ただけかもしれない。だから、もう少し様子を見よう」
その言葉に柾は肯定しながらも、慎重に聞いた。
「動いている数はわかる?」
「全部で七つ。今はそれだけ」
七つ、と柾はつぶやく。
行動不能になったのか、と思った。
だが違う、と強く自分に言い聞かせた。フォノの射撃が外れたとは思わない。だが同時に、致命傷を避けた狙撃をしているはずだ。白兵戦の機体三機はすでに森の中へと姿を消した。
目に見えなかった砲撃隊は四機撤退している。しかし、三方向からの砲撃を考えると、その数は不自然だ。あと二機一組がいてもおかしくはない。
「…………」
柾は静かに操縦桿のスロットルを捻って、指先のスイッチを操作する。
そして、彼女の推察通り、森の中で一組だけ、撤退をしていなかった。
「最後の一撃だ。動きも止まっている」
「すまない。頼むぞ」
「ああ。このままというわけにはいかない。せめて、一撃、浴びせてやる」
他の部隊が撤退する中、一番初めに被害を受けた砲撃隊は最後の攻撃に移ろうとしている。
観測担当の機体がカノン砲を引き継いで、砲撃機が指示を出す。トリガーを引くのは観測役とはいえ、彼の狙撃技量は低い。だからこそ、微調整を砲撃機が行う。かすかな軌道変更、大気との摩擦、弾道予測等々を肩代わりする。
砲撃機はやられた脚部を地面につきたてて、跪くような姿勢になるとカノン砲にマニピュレーターを添える。反動の受け流しもやらなければならない。
「準備、いいぞ」
「わかった————」
彼らは最後の悪あがきを決行しようと、森の向こう、湖に佇む黒い影に狙いを定める。
〔アル・ガイア〕に反撃の気配はない。攻撃を身構える様子もなかった。ただ、何か張り詰めたような空気が漂って、凍てつくような大気の揺らぎがあった。
そして、〔カヴァレリー・ポーン〕二機による報復の一撃が放たれた。大きく跳ね上がる砲身と機体。轟く爆音が森林を震わせる。
フォノと結子は間に合わないと諦観していた。
「————っ」
刹那、柾の操縦で〔アル・ガイア〕が負傷した右腕部を最大稼働させる。フェイズ・トランジション・アームが稼働して、力が湧き上がってくる。
握り締めた拳。生み出されるのは灼熱ではなく、絶対零度の冷気。足元の水面に氷の幕が広がっていく。
〔アル・ガイア〕は次の瞬間、乱暴に右腕部を水面に叩きつけた。水柱がそそり立つと瞬時に凍っていく。
天へと延びる氷柱。
氷柱に弾丸が着弾。氷柱は大きく傾むく。しかし、弾丸を受け止めて、大木のように水面へと叩きつけられた。
〔アル・ガイア〕は発生した大波によろけながらも、直撃は免れた。
「これは……」
「氷の柱?」
湖面に浮かぶ粉々になった氷の破片を見て、フォノと結子が唖然とする。
「この子にはまだ、こういう力が眠ってるのかもしれない」
柾は困惑する二人に言いながら、一命を取り留めたと胸を撫で下ろす。
修道騎士団、特に回収に駆け付けたバイン・シフ〔ガング〕艦隊の艦長も浮かぶ氷を見て目を丸くした。
「長生きしていれば、奇妙なことに出くわすと思っていたが、これほどとはな……」
砲弾が砕いたわずかな氷が風に乗ってキラキラと空中で煌めいている。
「あんなことができるのは、おかしいでしょう!?」
「やれてしまうから、化け物なんだ。いい教訓になったな」
動揺する副官の肩を叩きながら、艦長は頭を掻いた。
悩みの種がまた一つ増えることになる。黒い巨大な〔AW〕。それはお伽噺に出てくる悪魔のような存在に思えてしかたなかった。だが同時に、新たな可能性というのもある。
「クイーン級、とでも言うのか?」
ポーンよりも、ナイトよりも強い存在。クイーンの称号を与えられた〔AW〕ではないかと夢想する。
修道騎士団は作戦時間終了を迎えて、操縦者九名を回収するとそそくさと引き返していく。幸い、〔アル・ガイア〕に追撃の意志はなく、撤退はスムーズに行われた。
〔アル・ガイア〕は湖の真ん中に佇んでいた。
修道騎士団が湖から離れるまでは、凍りついた水面から出て行こうとは思わなかった。




