~畔~ 湖上活殺陣〈前編〉
〔アル・ガイア〕が身を起こせば、上体は森林から突き出て相手に居場所を知らせていた。黒銀の装甲が太陽を吸い込んで、格好の標的となる。
「目標確認。各機、散開。陽動をかける」
修道騎士団の〔カヴァレリー・ポーン〕九機はそれぞれ三機編隊を組んで散開しだす。白兵戦二機と砲撃戦一機の分隊。二組が左右に散開して、湖を迂回するように走り出す。
「方位、そのまま。撃て」
「了解」
その場に残った一組の砲撃機が観測する機体の指示に従ってトリガーを引いた。
爆音が轟き、周囲の木々を揺らす。その音に混じって、他の部隊が接近をかける。十字砲火の陣形を引くつもりだ。
砲弾が放物線を描いて、〔アル・ガイア〕の横間を通り過ぎる。
「くっ。敵の位置はわかる?」
柾は砲弾の着弾を横目に見て、機体に〔エクセンプラール〕のクレーンに固定されている汎用機関銃を握らせる。
〔アル・ガイア〕は汎用機関銃を背面のサブ・アームに固定すると、大地に足を踏みしめて駆けだす。とにかく〔エクセンプラール〕から離れて、敵の注意を引き付けなければならない。
心臓が爆発しそうで、頭が弾けてしまいそうな恐怖が体を蝕む。
それでも、柾の手足は〔アル・ガイア〕を疾駆させて、木々をへし折りながら飛来してくる砲弾を回避する。同じ方向から立て続けに来る。
結子は二次元スクリーンに浮かび上がる弾道の残像とその方位を確認。
「南西から。距離は五、六マイルの予測が出てる」
「屈んで、柾!」
そこにフォノの警告が割り込んで、柾は咄嗟に〔アル・ガイア〕を跪かせる。
ゴウッ。空気の震える音とともに、上空で砲弾が通り過ぎた。確実に命中させる軌道だった。
〔アル・ガイア〕は中腰姿勢になると、背の高い木々にまぎれつつ前進。
「船の方は大丈夫?」
「大丈夫。確実にこっちに狙いをつけてる」
結子の報告を聞いて、柾とフォノはひとまず安心できた。狙いが自分たちに向けば、隠れている〔エクセンプラール〕に直撃はないと踏んでいた。
それは、試射ともいえる数発の砲弾からも読み取れた。
しかし、柾の心を激しく揺れ動く。動悸が激しくなって、とにかく早く敵を、修道騎士団とされる〔AW〕を追い払わなければならない。
嫌な汗が全身に噴き出して、柾は焦った様子で言う。
「跳ぶよっ」
「どうぞ!」
「わかった」
二人の応答を聞いて、柾は〔アル・ガイア〕を跳躍させる。森林を掠めるように低く跳ぶ。
三〇メートルはあろう巨体が軽やかに、緑の絨毯を滑る。
瞬間、左右前方から二つの閃光が走り、砲弾が飛び込んできた。幸い、命中はしなかったが後方で二つの砲弾が一点で交わる軌道を見るに、十字砲火の準備をしていると考えられた。
続いて砲弾が起こした衝撃波が〔アル・ガイア〕を直撃。
柾たちは前から押しかかる圧力に意識まで飛んでしまいそうだった。
その不意に〔アル・ガイア〕は木々をなぎ倒しながら着地すると、つんのめってそのまま倒れ込んだ。無様に倒れてさらに木々をへし折ると鳥たちが驚いて一斉に飛び立っていく。
「ごめん」
「大丈夫。敵の攻撃は?」
「なし。足音も、視界も、あとレーダーとか言うのにも反応ない」
柾たちはシートが重力に従って向きを変えているのがわかると軽く頭を振った。モニタは健在。密集する木々の合間から、かすかに湖面が煌めいているのを確認する。
柾は緊張で吐きそうになりながら、ゆっくりと機体を起こそうとする。このまま寝転がっていては、いい標的になってしまう。先の砲撃がいつ来るかわからない状況に精神が削られていく。
「起きるよ……」
「待って。ただでさえこの子は大きいんだから、このままうつぶせで相手をおびき出すわ」
「え、う、うん……」
フォノの冷静な物言いに、柾が答えた。
「大丈夫、柾? 顔色悪い」
結子がイメージ映像に映る柾の顔を見て心配する。青ざめた顔と滝のように流れる汗の雫。肩で息をして、目元は血走って落ち着かない。
「大丈夫だよ。それよりも、結子は相手の居場所を探って」
「……了解。フォノ、予測座標送る」
「ありがとう。柾、無理しないで」
フォノは柾を気にかけながら、表示された座標データに目配せして操縦桿を強く握った。
先の跳躍の具合を見ても柾は動揺している。焦りがあり、冷静さを欠いている。イメージ映像の彼女の憔悴の仕方は情緒不安定になっているとしか言いようがない。
早急に決着をつける。
「騎士団が相手なら……。わたしが決めるっ」
フォノの怒気のこもったつぶやき。親の仇を取るかのような鋭い瞳が、照準線を睨みつける。
〔アル・ガイア〕は汎用機関銃を手にすると前につきだし、うつぶせの射撃体勢を整える。今までの狙撃から鑑みるに、敵は陽動をかけている。誘いをかけている。
砲撃をやめることで、焦りを焚き付けているのだ。いつ来るのだろうか、と心理的に揺さぶって頭を出すのを待っている。
照準は仮想の敵を標的にする。所詮、予測データで割り出したものだ。自分の目で確認できるまでは、そんな狙撃は撒き餌と同じだ。
「————ん」
フォノは呼吸を止めて、まず一射。
バチィッ!! 迸る青白い閃光と甲高い音。
汎用機関銃の砲口が閃き、周囲の木々を波打たせ、障害となる前方の茂みを突き抜ける。
森林の影響で吐き出された弾丸は少し跳ね上がって、予想地点から若干外れる。
着弾地点は陽動をかけていた〔カヴァレリー・ポーン〕の分隊の近く。弾丸は地面をえぐり、銀色の水たまりを作った。
「正確な射撃をする。しかし、奴は何で狙いを定めている?」
「こちらからは視認できません。落下地点から動いていないのは確かなんですが……」
砲撃機の操縦者に対して、観測を行っていた白兵戦の一機がそう報告する。外部スピーカーの音量は小さく、集音装置の感度を上げて囁き合っていた。
もう一機の白兵戦機が得物のハルバードを持ち上げて、姿勢を低くして移動を開始する。
「ここは危ない。ついてこい」
その動きと同時に左に展開する部隊の砲撃。
〔アル・ガイア〕に命中しないも、漆黒の機体が大きく森林の中を駆けていくのがわかった。砲撃される前に動いていたが、どこから撃たれるのかわからない状況に焦っている風だ。
「はぁ……。はぁ……」
柾は機体に前傾姿勢を取らせて、木々の合間を移動させた。息が上がり、嫌な汗が頬を伝い胸のささやかな谷間を流れる。
「柾。長期戦は不利。敵のところに奇襲をかけるべき」
結子は柾の精神面を言った。
聞こえてくる彼女の息遣いは危なっかしい。いつもの笑顔はない。先日のような必死に立ち向かう気風すら感じられない。完全に怯えて、錯乱一歩手前になっていた。
「修道士騎士団だからって、無理をするから」
フォノだけは柾の異常性の原因を知っていた。
修道騎士団というフレーズが、トラウマを呼び起こしている。結子の指摘通り長くは戦えない。真っ赤な血に染まった柾の姿がフォノの中に過って、唇をかむ。
〔アル・ガイア〕は汎用機関銃を携えながら湖の方へ走る。
その動きにフォノは戦慄する。
「ダメっ! 標的にされるわ。止まって」
「フォノ?」
結子はフォノの絶叫を聞いて背筋が凍った。彼女の言い分にではない。その、慟哭にも似た声に言い知れない恐怖を感じるのだ。
〔アル・ガイア〕は止まることなく、湖へと躍り出るとその足を水に浸した。汎用機関銃を背部のサブ・アームに戻すと、右腕部にカタナを抜かせた。
「来いっ! 騎士なら堂々と戦って見せてよっ」
柾の虚勢が周囲に響き渡る。外部スピーカーからの一声は静かな湖畔を震わせて、剣呑な空気を作り上げる。
水に膝までどっぷりとつかった〔アル・ガイア〕でも、ポーン級なら腰まである深さ。白兵戦を挑むには不利な場所だ。遠距離火力で押し込むつもりなら、それでいい。
「こっちはもう逃げも隠れもしない!」
柾はあらん限り叫ぶ。挑発などとは考えていない。叫んでいないと、腹の底から別のものをぶちまけてしまいそうだった。
気持ち悪い。胸を掻き毟る鋭い痛みが内側から外へ広がっていく。
頭の中に過る霧のかかった風景と跳ね飛ぶ血球を忘れたいのだ。七年前に犯したから逃れるために。
瞬間、十字砲火が〔アル・ガイア〕に飛来。一つは湖面を叩き。もう一つは機体の横間を通り過ぎて行った。
砲弾の熱で蒸発した飛沫が霧となり、視界を塞ぐ。
「————っ」
柾は息を飲むと、フラッシュバックが起きる。
七年前の記憶。悲鳴が聞こえた。女の子の、親友の悲鳴が————。
「柾っ」
フォノの叫びに、柾の意識は現実に引き戻されて、操縦桿を握った。
「背後から来る」
結子の警告に柾は急いで切り返した。
〔アル・ガイア〕は半身を開いて、カタナで霧の中から延びる刃を受け止める。火花が弾ける。ハルバードの重たい刃だ。その勢いに足元が少し沈んだ。
「その心意気。その太刀。ヤーパンの侍というものを信じたくなったぞ」
霧の中でぼうっと浮かび上がる〔カヴァレリー・ポーン〕の影。ゆっくりと霧が晴れていく。
丸いセンサーアイが発光して、まるで血に飢えた獣のように見えた。血を欲して、牙をむき出し、爪を立てる殺気が伝わる。
柾にはしかし、過去の映像がまたフラッシュバックする。
霧の中に潜んだ記憶。見下ろす先で刃が煌めき、獰猛な、殺意を持った熱視線が自分に向けられている。霧の中で、確かに狙いを澄ましていた。殺意の意志が肌を焼き、心を凍らせ、視線を釘付けにする。
息が詰まりそうになる。現在と過去が交錯して手元が鈍る。
そのせいで〔アル・ガイア〕が〔カヴァレリー・ポーン〕のハルバードに押し切られて体勢を崩される。無様に仰向けになって湖に倒れた。
「きゃあぁっ!」
悲鳴を上げる三人。
膨れ上がった水の流れにハルバードを構えていた〔カヴァレリー・ポーン〕も堪らず後退る。半身が水に浸かっており、上半身を打つ波の強さは予想以上に手ごわかった。
「敵が倒れた」
「撃たせてもらうぞ」
湖の南側で狙撃体制に入っているチームが発砲した。
後退る味方機の背後を飛び越えた弾丸が的確に敵機を捕捉する。
そのはずだったが、〔アル・ガイア〕は左腕部のシールドを瞬時に展開。落下してくる砲弾を弾いた。徹甲弾とはいえ、シールドの内側に空気を貯めてクッションにすれば十分威力を軽減できた。
「あれが報告に聞く『盾』か」
「立ち上がるぞ。水から上がったら撃つ。仰角、三度下げろ」
「了解」
今度は西側にて陣を敷いている狙撃チームが湖から起き上がる〔アル・ガイア〕を狙う。盾は左、東側に向いてるために右側は無防備だった。
「やれ」
東側で観測しているパートナーの指示に従って砲撃機がトリガーを引く。マズルフラッシュが瞬き、森林が木の葉を散らす。
今度こそ命中。右肩部を大きく穿って、〔アル・ガイア〕は押し出されるようにしてうつぶせに倒れる。
「こんなものなのか、奴の実力は」
「悪魔のような力を持っていると聞くが、まったく動きが素人ではないか」
修道騎士団は〔アル・ガイア〕の動きの鈍さを見て、襲撃された部隊の報告を疑った。
聞けば、漆黒の巨人はその右手で何でも溶かすらしい。だが、そんな素振りも見せなければ、得物を持って戦おうとしている。おまけに正面から挑んで来いと吠えて見せた。
悪魔どころかやんちゃ坊主の喧嘩だ。
「女の声だった。しかも若い。報告通りだが、何だ?」
水面でハルバードを構える〔カヴァレリー・ポーン〕はがら空きの背中へ攻撃する気になれなかった。動揺している。報告には聞いていたが、想像よりもずっと初々しい生娘のような声に弱ってしまう。
そして、悲鳴まで聞いてしまっては闘志も削られてしまった。
「娘と同じ、声音だぞ」
ハルバードを構える〔カヴァレリー・ポーン〕が躊躇っているうちに、〔アル・ガイア〕は背部のスタック・スラスターを開放して発振する。
〔アル・ガイア〕の上で水が爆発。大きな水柱が上がった。
「何をしたんだ奴は?」
狙撃チームは急に目標から立ち上った水柱に困惑しながら警戒する。
東西のチームから出た白兵戦機が一機づつほとりの茂みに隠れて様子を窺う。ぱらぱらと降り注ぐ水に混じって、川魚まで落っこちてくる。
「右肩部、損傷。大丈夫まだ動く。敵の動きも止まってる」
「柾、しっかり」
結子の冷静な報告とフォノの心配する声。
柾はぶかぶかのシャツの袖で額の汗を拭って、操縦桿を引き、フットペダルを上げた。ワイシャツ一枚しか着ていないというのに、体は火照って緊張が解けない。その実、心はどんどん冷たくなって震えが止まらない。
「了解。二人とももう少しだけ、がんばって。あたしが何とかするから……」
その言葉を支えに柾は〔アル・ガイア〕を操る。
濃霧の中で水を盛大に滴らせながら起き上がる〔アル・ガイア〕は凹んだ盾を構え、右腕部が緩く握ったカタナを水面に降ろす。握力が落ちている。
「結子、敵の位置は?」
「予測はできたけど、動きのある機体が二機、いや、もっとある」
「狙撃する位置を変えてるのよ。柾、わたしに任せて」
フォノは修道騎士団の狙撃行動に対処する自信があった。正確には相手よりも早く狙撃する自信だ。
相手は狙撃ポイントを変えては、十字砲火の姿勢を崩さないよう一定距離を開けている。だが、その交点にいる〔アル・ガイア〕の汎用機関銃と結子のサポートがあれば、下手な地利など必要ない。
だが、柾は強い口調で言い放った。
「ダメッ! フォノは——、フォノには任せられないよ。修道騎士団に酷い目に合ってるのに……」
「七年前の話よ。今じゃない。柾もそのことわかってるでしょう?」
結子は二人の会話を聞いて、胸が苦しくなる。
七年前。二人と別れた日、二人は血塗れで自分のところに尋ねてきた。一緒に来て、と懇願された別れの日が脳裏に過った。
〔アル・ガイア〕を覆っていた水蒸気が晴れていく。姿をさらした瞬間、先手を打たなければやられてしまう。
「霧が晴れる! どうするの?」
「いつまでもあの日を引き摺ってられないの。今が一番そうなの」
柾は語気を強めて、霞の中から浮かび上がる湖畔を視界にとらえる。その上にハルバードの〔カヴァレリーポーン〕を見た。
「七年前のこと————、人殺しをしたってこと、思い出させないでよっ!」
「人殺し————っ!?」
「…………」
結子は七年前のことを思い出して、かみ合わなかった過去のピースが埋まった気がした。
そして、フォノは苦しむ柾の言葉に何も言えなかった。
柾は叫んで、〔アル・ガイア〕を走らせる。ざぶざぶと盛大にしぶきを上げながら、浅瀬で待ち受ける敵機を捕捉する。
そして、カタナとハルバードの刃が再び交錯した。
外で荷物をまとめていた男たちを誘導していた時、遠くから聞こえた少女の声にミトは唖然とした。
「柾が、人殺しって……」
七年近く一緒に暮らしていながら気づかなかった事実。過去のことはお互い蒸し返すようなことをしてこなかったのは、ミト自身にも古傷があったからだ。
一緒にいてそう言った悩みを聞いてあげられなかった。
「おい。今の!?」
「女の子の声よね……」
「やっぱり鬼の子なんだよ、あの柾って子は」
「おかしいと思ったのよ。技工士のおじょっちゃまが田舎町に流れ着くなんてのはさ」
〔エクセンプラール〕に逃げ込んでいく人々の口から心無い言葉が漏れ出す。不安なのはわかる。殺人者がいるというのは落ち着かないだろう。
しかし、今逃げ惑う人々を守っているのは間違いなく柾たちだ。
「ミトさん。何してんだよっ!」
「カーヴァル……」
〔エクセンプラール〕の後部ハッチから出てきたカーヴァル・イルスロットが外で佇むミトへと駆けていく。砲撃の音がなくなった代わりに、金属の砕ける様な甲高い音が響く。ぶつかり合うたびに彼の姿勢が低くなる。
「姉ちゃんたちが戦ってるのに巻き込まれちまうよ。早く、船に入れよ」
「わかってる。さっきので最後のグループだから」
ミトはそう返事して、名残惜しそうに湖の方を振り返りながらカーヴァルの支えを受けながら〔エクセンプラール〕に戻る。
カーヴァルも苦々しい顔をして言った。
「柾姉ちゃん、嘘言ってるんだよな? だって、七年前って言ったら俺よりも歳が下になるんだぜ? そうだろ?」
「あの子はそんな、酷い嘘をつけるような子じゃない。そういう女の子でしょう……」
ミトも信じたくはなかった。
だが、一緒に暮らしてきた月日が偽りでないなら、柾・カイリという女の子は素直で純粋な子だ。それが人を殺めたというのなら、必ず理由があるのだ。
七歳の女の子が殺人をしなければならなかったこと。胸が苦しくなる。そして、ミトが感じている以上の痛みを戦っている柾は感じているに違いない。
「だから、苦しくてもわたしたちを守るために怖い思いをしてでもアーデル・ヴァッヘなんかに乗ってるのよ。そういう子なのよ」
嫌な地鳴りが続く。金属の衝突音と水の爆ぜる音。
ミトにとって聞こえる音よりも、心を抉った柾の言葉が辛かった。




