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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第三章
22/118

~畔~ 鋼鉄騎士の行進

 はためく旗には、雄々しき鷲と十字をかたどった剣の紋章が刺繍されている。


 それは遥か昔、英雄と称えられた騎士を象徴する紋章である。騎士団が引き継ぐ、伝統と誇りの表れだ。


 そして、その旗を掲げた修道騎士団のバイン・シフ〔ガング〕二隻が南の方角に広がる山脈を背にして、深い森を歩いていく。


 太い脚部が木々をやすやすと踏み砕き、後続の脚が踏み慣らしていく。


「まったく。悪魔のようなアーデル・ヴァッヘなんて本当にいるのかね?」

「そう言ってたんですから、確認するんでしょう?」


 先頭の〔ガング〕の艦橋では、半信半疑の様子で艦長と副官が広げた地図を見下ろしていた。


「でもなぁ、俺には荷が重いよ。最近、また体が痛んでなぁ」


 艦長は苦々しい表情になって、首を左右に振った。恰幅の良い体つきは、贅肉というよりがっしりとして、出張った腹は重そうである。それを支える足もしっかりしており、太い腕も引けを取らない。


 ガテン系らしい体格である。しかし、四〇歳を控えて関節痛がひどくなる今日この頃のオジサンだ。書類整理が多くなって、長らく艦を動かす仕事は控えていた。


 それが前に出てきたのは、彼の埃を被った才気を必要としたからであり、適任者が他にいなかったからである。


 それに付き従う副官は対照的に長身の男で、艦長と組んで長い懐刀的存在だ。


「何言ってんですか? 出世街道を外れて、体を動かさなかったからでしょうに」

「もう十分な立ち位置をもらってんだ。これが相応だ」


 艦長は大きく息を吐いて、肩に揉んだ。


 事の発端は現在地よりもっと南側にある要塞に一羽の伝書鷲が来たことまでさかのぼる。


 修道騎士団には緊急時の連絡手段として伝書鷲を使役する。艦隊には伝書を運ぶ鷲が一羽おり、手近な要塞に文書を送る。騎士団内で幼いころより訓練を受けた鷲はよく人の言うことを理解して、働いてくれる。木々の生い茂る森の中を飛脚に走らせるよりも比較的早く届けることもあって重要な戦力である。

 

 それから一日かけて被害を受けたという部隊と合流して、その報告に眉根を寄せてしまったのを思い出させる。


 重要な戦力を飛ばしてまで増援を求めた艦隊は試作型のバイン・シフ〔エクセンプラール〕をポーン級の〔AW〕の倍近くある〔AW〕に恐喝されて、奪われたというのだ。


 艦長と副官からすれば、なんという体たらくを、とあきれ返るばかりだった。嘘をつくにしても、そんな規格外の存在を持ち出すくらいなら、もっとマシな弁明もあっただろう。


「噂の機体とは北の田舎町で接触して、それ以降は行方知れず……。まぁ、町を焼かれたとあっては備蓄もそうありませんでしょうね」

「そもそも、予測全長三〇メートルのアーデル・ヴァッヘだぞ? 聖騎士が使うナイト級よりもデカイことになる」

「だから、急遽二十七番目の叙任が決まったんでしょう? 残念ですね」

「そんなもの、この歳でもらってもうれしくはない」


 艦長は副官の軽口に飽き飽きした様子で返した。かつては彼も聖騎士という英雄に憧れたものだ。


 修道騎士団には名誉階級として、聖騎士の称号がある。ノード教会教皇より叙任され、一個艦と一機の〔AW〕が贈呈される。ほとんど専用戦艦と専用機みたいな扱いだ。それだけ、強力な機体でもある。


 その機体はナイト級と称され、騎士たちの規範と憧憬の的である。


 されとて、その称号を得るのはほんの一握り。


 それに、と艦長は続けてデスクに手を添える。


「聖騎士が新たに加わったとして、そいつが裏切らないという保証はない」


 聖騎士の叙任は今では不安要素しかない。


 二十七人目の聖騎士の誕生を渋るのは、フライハイトに感化されないかというもの。現実に数人の聖騎士が修道騎士団を抜け出して、フライハイトに加担しているというのは有名な話だ。あるいは、機体と艦だけを奪われるという間抜けな話まである。


「はたして吉と出るか凶と出るか……。我らが主は気まぐれだ」

「選ばれた人間の問題でしょう? そんなことよりも、今は噂の機体です」


 副官は生真面目に言って卓上にある地図を見下ろす。


 艦長はため息ひとつついて、肩をすくめる。彼の生真面目さには助けられると同時に、肩肘張り過ぎなのが珠に傷だ。


「そうだな。どれどれ……」


 艦長は視線を落として、制服の胸ポケットから小さなメガネを取り出し、ちょんと鼻の上に乗せる。老眼鏡であるが、これは彼のスイッチの切り替えでもあった。


 地図上にはすでにめぼしい地域をピンでとめている。予測通過地点として考えられる場所は町やキャラバンの補給地、湖などの水源地帯である。


「奴は変わり種のバイン・シフを奪いましたから、補給をしないわけにはいきません」

「となると、やはり燃料の水は必須。ついでに動かせるだけの人員を賄う食料も必須、と」

「人員は町の生き残りで十分でしょう」


 バイン・シフは水を燃料にして動いている。それさえ補給できれば、奪取された〔エクセンプラール〕は動いてくれる。せっかくの巨大輸送艦だ。手放すには惜しいはず。


 接触した部隊に聞けば、交戦で町はほぼ壊滅状態。冬を越そうにも収穫間際の田畑を踏み荒らし、備蓄していただろう家屋もほとんど燃えてしまっている。


 ここまで聞くと、艦長も町の人たちに同情するしかない。


「町の連中が乗っていたら、やりにくい話だ。責任の一端はこちらにもある。アーデル・ヴァッヘが用心棒をしているなら、それは正当防衛だ」

「こちらも被害はあります」

「騎士の名誉と誇りを思えば、戦死は上等だ。俺たちが考えなきゃぁならんのは、いかに噂を確かめるかだ」

「相手も騎士団の船ですからね。地図くらいはあるでしょうし、こちらの航路は避けるでしょう」


 副官は言って、地図上にある航路の一本を指でなぞってその上にあるピンを抜いていく。ちょうど今艦隊が巡航しているコースだ。


 別口のルートがあるが、そこは別働隊が動いている。大きくバルト海に向かって北上する航路と黒海よりの航路だ。今艦長たちが行く航路はその真ん中を突っ切る北上最短航路である。


「北はない」

「なぜ?」

「逃げるなら、南の温暖な気候がいい。冬も近いしな」


 艦長は経験からそう下して、バルト海の航路を候補から外す。


「残るは目撃した町より少し南下した黒海よりの航路ですかね」


 副官が神妙な表情で言った。


「町によると思うか?」


 艦長は面倒そうにうなじを掻きながら問うた。正直彼の中では答えが出ている。それでも、副官の男の意見を聞かなければ、よい考察とは言えない。


 副官はしばし思案して、町を指すピン数本を指でつついた。


「噂は広まっていないとはいえ素人ですよ? 近くても数日はかかるかと」

「船は逐一面倒を見たいといけないしな。付け焼刃では整備もままならんだろうし」


 それに、と艦長は付け加えて地図の一点を見据える。


 航路からも外れた小さな湖。森に囲まれて、ひっそりとした場所だ。修道騎士団でも踏み入ることもないだろう場所だ。それは襲撃された町からも近い。


「もし町の生き残りが動かしているなら、体力的にも厳しい。いきなりこんな狭い場所で生活しろと言われれば、そうだろう?」

「それは、ごもっともです」


 副官は艦橋を見渡して、乗り込んだばかりの日々を思い返す。巨大な船とはいえ、限られた空間しかない。船酔いや遠征など、長時間に及ぶ生活は二、三日でストレスの限界を迎える。


 艦長もそうした経験もあって、相手の出方はとても遅いと踏んだ。


 そして、邪魔なピンを抜いて最後の一つを残す。


「航海士、現在何キロ進んだ?」


 副官が投げかけると、艦橋の隅でメーターと地図とを見比べる船員が振り返る。


「昨日の観測地点より、北東へ一六〇・八キロ。毎時二八キロで走行」

「北東へ一六〇・八、と」


 艦長は定規と地図の縮小サイズを垂らし合わせて、ビッと鉛筆で線を引いた。


 目星を付けた湖まであと少しといった場所まで進んでいた。西から東への境界を越えた位置か。そこまでわかると、艦長の指示は早かった。


「全艦に停止命令を出せ。偵察部隊を出すぞ」

「了解」


 通信士が見張り台につながる伝声管で指示の旨を伝える。


 それから、副官は艦内放送用のマイクを握って全船員に艦の停止と偵察部隊の出撃を告げる。




〔ガング〕各艦が歩みを止める。それぞれに重い胴体を持ち上げて、六脚を大きく開いた。


『アーデル・ヴァッヘを出す。各員、持ち場につけ』


 各艦ではそのような命令が艦内を駆け巡り、操縦者を含め多くの船員たちが動き出す。それはあたかも一つの生き物のように、一体となった洗練された動作。


〔AW〕の起動には数多くの人手が必要なのだ。


「全電源をハンガーに回せ。機関室、出力を上げろ」


 艦長は素早く指示を飛ばして、機関室に直通する伝声管に言った。


「了解っ! 回転を上げろっ!」


 サウナのように熱い機関室で、男たちが答える。彼らは圧力計や電圧計に注意を払いながら、重々しいレバーをゆっくりと下げていく。三基のエンジンのタービンが加速を始める。


 計器の針が揺れて、レッドゾーンへ振られていく。


 そこから生み出される電力が船底のハンガーへと送られる。


「ハッチ、開放。各機は起動準備に入れ」


 ハンガーでは整備員たちがキャットウォークを駆け抜けて、各々の持ち場につき始める。


『今回は偵察任務だ。ここより北東七キロ地点の湖へ向かってくれ』


 艦内放送が流れる。


 操作パネルについた整備員たちは送られてくる電力を確認すると、まず船底のハッチ開放へ振り分けた。


 軋んだ音を立てて、ハッチが開くと青臭い臭いが立ち上ってきた。


『噂のアーデル・ヴァッヘの戦力調査。奪取された〔エクセンプラール〕には構うな。あくまで敵戦力の把握が目的である』


 その間に駆け付けた操縦者たちは三機の〔カヴァレリー・ポーン〕へと歩み寄る。後続の二機でも同様に操縦者たちが搭乗を開始している。


 機体は足を前に折り畳む形で固定されており、そのうなじにはハッチを開けて待つ整備員の姿があった。


 操縦者たちは彼らに軽く礼をして、操縦席へと乗り込む。


「準備、よーし!」


 機体についている整備員たちが操縦者の搭乗を確認し、ハッチを閉じると操作パネルのある方へ大きく腕を振った。


「送電開始!」

「送電開始」


 復唱とともに今度は電力を〔カヴァレリー・ポーン〕へと送った。


 機体につながるチューブが蠢いて、機体内のフライホイールバッテリーを回転させる。パチパチと火花が弾けるような音から軽快な音へと変わっていく。同時に機体が少し持ち上がる。


 フライホイールバッテリーは特殊鉱石で精練された数機のフライホイールを循環させており、その電荷と回転によって反重力力場がバッテリー内部で発生する。これによって〔AW〕の自重を軽減させているのだ。


 操縦席についている操縦者は激しくなる揺れをシートから感じながら、周りを囲む計器やスイッチを操作する。外の景色を見るものはなく、機械的に点灯するランプが無機質で狭い空間を照らす。所狭しと埋め込まれた計器の針がご機嫌そうに揺れている。


 電圧上昇、蓄電率五〇パーセント、好調だ。


 操縦者はスイッチを次々と弾いて、集音装置、外部スピーカーを入れる。


「ブラックボックス、点火」

「一番、了解」

「二番、了解」


 操縦席から発せられた声に頭部と腰部で待機していた整備員がそれぞれカバーを開いて、ハンドルを装着、回しだす。


 ブラックボックスは彼らでは解明できない機械の塊で、機体を動かすうえでなくてはならない装置である。その実態は量子コンピューターであり、メインとサブのプロセッサーとなっている。


 整備員たちはハンドルを回して、その手ごたえが滑らかになるのを感じ取る。


「コンタークッ」


 整備員たちが言った。


 操縦者も復唱して、シートの両端にあるレバーを引いた。ブラックボックスが起動して、接続。機体の四肢に力がこもる。


 操縦者がヘッドギア上のゴーグルを下げると外の景色がぼうっと浮かび上がる。ブラックボックスが頭部のセンサと同調して、出力装置に映像を送っている証拠だ。


 ちょうど最前列であるため、誘導旗を翳す整備員が見えた。


 他の機体も順調に起動して、排熱機構が熱気を吐き出す。熱量を増すハンガーだが、まだまだ行程は続く。


「一番、起動」

「二番、起動」

「三番、起動」


 各機についている整備員たちが声を上げて報告する。


 すると、操作パネルはそれを受け取って機体を支えるアームを解除、さらに吊るしているワイヤーを下げだす。


 ガコンッと三機の〔カヴァレリー・ポーン〕が降下を始める。


 操縦者たちは視界が下へと降りていくのを確認すると、フットペダルを踏み込んだ。彼らをかこむ計器類が跳ね上がり、安定した数値へと抑えられていく。


〔カヴァレリー・ポーン〕は折り畳んでいた脚部を展開、股関節、膝関節を伸ばして大地にその鋼鉄の脚をつけた。脚部のサスペンションが大きく縮み、上下に揺れる。


 そして、ワイヤーとチューブが切り離されて歩き出す。重厚にして、大地を踏みしめる鋼鉄の脚に不安定さはうかがえない。


 すると、〔ガング〕の脚部の側面が開いて、武装を提示する。各々、得物を手に取って調子を確かめる。偵察任務とはいえ、相手はポーン級を凌駕する巨大で強力な機体だ。


『時刻合わせ。これより、一三三〇より状況を開始。作戦終了時間を一四三〇に設定』


 旗艦の外部スピーカーから艦長の指令が流れる。


〔カヴァレリー・ポーン〕九機は得物を手にして、バイン・シフが作り出す凱旋門を潜り抜ける。


 そして、日のもとにその鋼鉄の鎧を晒すと、旗艦の前に並び礼儀正しく胸部にマニピュレーターを打ち付けて敬礼する。作戦を受領した合図だ。


 それに艦長は大きく頷いて、口元をマイクに近づける。


『無茶はするな。敵の能力は未知数だ。危険と判断したら、作戦を中断。すぐに戻ってこい』


 それから、一つ息を吸って真剣な声音で言った。


『諸君らの健闘を祈る!』


 激励を受けて、〔カヴァレリー・ポーン〕九機は敬礼を解いて雄々しく森の中へと進軍する。


 見送りつつ、艦長は艦橋を見渡して指示を出す。


「我々も後を追う。五分後に出発する」

「各艦に伝達。五分後に出発する」


 副官が復唱して、艦隊にも士気が高まっていく。


 艦長も久々の戦とあって、少し緊張していた。ここで命を落とすのは笑い話にもならない。あくまで偵察任務。命を張れるほど、彼も若くはない。


「さて、敵の実力は果たして噂通りかね……」


 不思議な高揚感と緊張感。


 艦隊と先行する〔AW〕部隊が感じる共有感覚である。恐怖に背を押されて、勇気で胸を張って前に出てこそ、修道騎士団であると証明するように。

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