~旅立ち~ 星降る夜の出立
カノン砲による連弾が草原に落ちる。土塊が弾け、爆音が地面を揺さぶった。
巻き起こる熱風と紅蓮の炎を受けて、〔アル・ガイア〕の影が空に浮かび上がる。
〔アル・ガイア〕は姿勢を整えて、砲撃の止んだ大地に着地する。屈伸運動で機体をかがめつつ、伸びあがる勢いで横へと飛びのく。
次の瞬間には、着地点に砲撃が飛来する。
柾たちは横間で紅蓮の光が弾けたのに目を細めながら、衝撃に体を強張らせる。
「次、三時方向、一機」
「一方的すぎるっ」
結子が周囲に気を配る一方で、柾は必死にフットペダルと操縦桿を動かし〔アル・ガイア〕に回避運動をさせる。
背後で起きた爆風が〔アル・ガイア〕を押し上げる。体勢が崩れて、前のめりになる。そこを無理やり脚部を前に出して立て直す。
その間、フォノはハープーンの照準を見定めるも動き回る機体ではまともに射撃できる状況はうまれない。照準と重なった敵はすぐにも外れてしまう。
「柾、狙いが定まらないわ」
「わかってる。正面からっ!?」
柾は正面から迫る〔パンツァー・グランツ〕を睨んで、冷や汗を流す。
黒煙を突き破って〔パンツァー・グランツ〕のハルバードが刺突を繰り出す。鉄の戦斧が月の光を吸って輝いた。
三人の心臓が跳ね上がって、背筋が凍りついた。
〔アル・ガイア〕は咄嗟に左腕部で胸部を守り、その切っ先を受け止める。激震が操縦席に走る。歯の根が合わずがちがちと音を立てる。
「こ、の……」
柾は顎の痛みに涙しながら、フィードバックを受ける操縦桿を力の限り押し返す。
〔アル・ガイア〕と〔パンツァー・グランツ〕が拮抗する。しかし、その呼吸は長くは続かない。
次の瞬間には、〔アル・ガイア〕が無理やりハルバードを払いのけて、敵機のマニピュレーターから引きはがす。出力が違った。互いの距離が狭まる。
「左右から敵が来てる」
「了解っ」
〔アル・ガイア〕は正面の敵機を蹴り倒すと、左へと回頭する。足元では押さえつけた〔パンツァー・グランツ〕が大の字になって横たわり、地面へと埋もれる。
操縦者は倒れたショックで気絶したのか、機体は抵抗しない。
「フォノ、お願い」
「ええっ!」
「結子、後ろは?」
「残り、二〇〇」
三人は即座に役割を認知して、行動を〔アル・ガイア〕に命ずる。
「その距離でどうする?」
「後ろはもらったぞ!」
挟撃する〔パンツァー・グランツ〕二機の操縦者は〔アル・ガイア〕の動きを軽んずる。一方に対面する代わりに一方には背中を見せているのだ。並みの操縦者では対処しきれないはずだ。
「クソッ。白兵戦か」
一方で砲撃部隊は足元に転がっている機体を気にして援護射撃を躊躇っている。味方機を巻き込んではもともこもない。
宵闇の中で〔パンツァー・グランツ〕の二つ得物が煌めく。対峙するのは長剣、背後から近づくのは戦斧。どちらも有効距離は短いが、喰らえば装甲を食いつぶす攻撃力を持っている。
柾たちは呼吸を整えると、一気に操縦桿とフットペダルを操作する。頭の中では、爆竹のように何かがはじけ続ける。興奮状態とは違う。もっと鮮烈で刹那的な刺激だ。
〔アル・ガイア〕は肩部のハープーンを展開すると、正面の敵機に容赦なく発射する。至近距離からの一撃。
「何————っ!」
操縦者が狼狽した瞬間、彼の機体は発射された二本の銛によって両腕部、肩の付け根を的確に撃ち抜かれた。
〔パンツァー・グランツ〕は肩口から火花を散らし後ろへと倒される。
「もらった!」
〔アル・ガイア〕の背後に迫る〔パンツァー・グランツ〕が戦斧を振りかざして、斬りかかる。
次の瞬間、漆黒の機体の背中から微弱な燐光が発せられた。背部、脚部にあるスリットが展開し、スタック・スラスターを露出させる。
スタック・スラスターは積層された振動盤を擦り合わせることで電荷によって圧縮した空気と削剥した盤の粒子を吐き出して推進する。コオロギが翅をこすり合わせて、「鳴く」のに近い構造だ。
スタック・スラスターの爆発的な推進力で〔アル・ガイア〕は、一瞬で振り返り、その勢いに乗って〔パンツァー・グランツ〕の無防備な脚部に足払いをかける。
「————っ!」
柾たちは息を飲んで、〔アル・ガイア〕の勢いに耐える。
ふわりと青白い燐光が渦巻く。敵機は勢いよく反転して、宙に浮かんだ。
「は、早い————」
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者はいきなり天地がひっくり返る景色を見たが、それに伴う遠心力で意識が吹き飛んでしまう。
無様に頭から落下する〔パンツァー・グランツ〕が轟音とともに首のジョイントがひしゃげて頭部が草原に転げ落ちた。
「三機倒したけど、まだいる」
「柾、敵戦艦三隻が〔エクセンプラール〕に向かってる」
結子の報告に柾とフォノはぞっとする。
〔エクセンプラール〕が狙われている以上、ここで戦っている暇などない。一刻も早く合流しなければ、武装のない輸送船ではたちまち撃沈されてしまう。
〔アル・ガイア〕はハープーンのワイヤーを巻き上げつつ、左腕部に突き刺さっていたハルバードを捨てて、取り走り出す。
だが、味方機がやられたのを黙ってみている敵砲撃部隊ではない。
〔アル・ガイア〕が味方機から離れた瞬間、すぐさま四方からの砲撃を開始する。囲い網のように標的を一定領域に固定し徐々に行動範囲を狭めていく。
「身動きが取れないわ!?」
「ダメッ。この子の出力がどうしても上がらない。何でよ……」
結子は濁流のように流れ込む情報の開示に処理が追いつかない。
〔アル・ガイア〕はスタック・スラスターから煙を吐き出しながら、右へ左へ飛びのいて、前へ後ろへとステップを踏む。不格好な舞踊を踏んで、砲撃隊の攻撃をかわすしかない。左腕部のハルバードの傷口は銀色の金属で保護されてはいたが、マニピュレーターの反応が鈍い。
すると、遠くで爆音と真っ赤な光がいくつも瞬いた。
「敵艦隊の砲撃が始まった」
「このままじゃ、みんなが危ないよ」
結子、フォノは遠くで膨らむ紅蓮の炎と浮き上がる〔エクセンプラール〕の影に気持ちが萎縮する。
柾もモニタに出力されたウィンドーを一瞥しては苦い顔をして、早く艦と合流しなければと焦りがこみ上げてくる。
「何か————、何か手立ては……? 武器とか、他にないの?」
瞬間、〔アル・ガイア〕の正面に砲弾が着弾する。
爆裂する炎と爆風に機体が無理やり吹き飛ばされる。圧倒的なまでの力が柾たちの小さな体を圧迫し、機体は仰向けに倒れ込んだ。
フライハイトの千載一遇のチャンス。
隊長機の〔パンツァー・グランツ〕が大声を上げて、左右に展開する砲撃隊に伝える。
「よく狙えッ。二番、八番は補給を急げ」
隊長機は砲撃隊の指示を飛ばしながら、自ら前に出る。〔アル・ガイア〕に砲弾をお見舞いしたのちに、とどめを刺そうという腹積もりだ。
「狙えだとよ」
「わかってるよ、それくらい」
四番機、六番機のペアは互いの位置を確認しつつ砲口を〔アル・ガイア〕に合わせる。カノン砲の弾倉を取り替える二番機、八番機を望遠で確認して呼吸を整える。
「当てればいいんだろう……?」
どちらも砲身に湯気が立ち上り、焦げ付いたような黒煙が砲口からこぼれている。冷却が間に合わないも、この一撃を当てればこの程度の損傷は気にならない。
〔アル・ガイア〕は仰向けのまま、動けない。
柾たちは先の衝撃で意識が朦朧とし、視界がぐにゃりと曲がって見えた。乾いた唇からは擦れた息だけが出て、肺の中の熱い空気を吐き出す。
「…………ぁ、ぅ」
耳鳴りの向こうで甲高い音が鳴り響いている。
柾が重い瞼を閉じようとした瞬間、脳裏に鮮烈な情報が投げつけられた。
選択武装、降下中。到着まで残り、三〇秒——、二九秒——。
柾たちは体に走る衝撃にびくりと逆エビぞりになる。痛みはない。ただ、一瞬視界が白くなったかと思えば眼の前には煌びやかな夜空が広がっていた。
そして、瞬く星々とは明らかに違う光が向かってくるのが見えた。流星のようで、しかし、大きくなる光は恐ろしいものだ。
「な、何だよあれは!?」
「光だ。いや、星がっ」
「星だ! 星が落ちてくるぞ!?」
〔アル・ガイア〕を仕留めようとする砲撃隊、ならびに接近を試みていた隊長機は空を見上げて金切り声をあげる。
真っ赤な火球が轟音と共に空から降ってきている。痺れるような空気の振動と夜空すら霞むきらめきが草原を照らした。
「何、あれ?」
「流れ星だ————」
フライハイトのバイン・シフ、〔ガング〕から逃亡する〔エクセンプラール〕でも動揺が起きていた。
開け放たれたままの後部ハッチの向こうでは追撃する三隻の艦艇とその砲撃の閃光、爆音が広がっている。しかしそれ以上の音と光を持って草原へ落ちる光の筋を格納庫で身を寄せ合う人たちは目撃する。
ミトもまた子供たちを抱きしめながら、目を細めてその光を見る。
「神様…………」
それはまるで神罰の光にも思えた。
フライハイトの〔パンツァー・グランツ〕も怯えて、落下する火球から一歩、二歩と後退る。
〔アル・ガイア〕が起き上がった。光を正面に受けて、黒く獰猛な影を草原に落としながら武者震いするように機体を震わせる。
そして、接近する火球はその震えに応えるように弾けた。
ヒュルルルッ!
空気の囃し立てる音とともに、七つの巨大な円柱と無数の燃える破片が草原へ降り注ぐ。破片は傘のように広く四散して、砲撃隊にいくつが衝突する。
「ひっ——」
「うろたえるな。この程度、大したことはない」
〔パンツァー・グランツ〕四番機、六番機の操縦者は機体にカノン砲を構えさせて砲撃態勢に移行する。装甲に降りかかる破片が子気味良い音を伝えるだけで、内部までは深く刺さらない。
〔アル・ガイア〕のもとに七つの円柱が着弾。
ひときわ大きな爆音と激震が〔パンツァー・グランツ〕、〔エクセンプラール〕に襲い掛かる。地団太を踏みように各機は脚部を動かしてバランスを取る。
「あの機体は、どこだ?」
一度は明るくなってしまった光景がまた一気に暗くなったことで〔パンツァー・グランツ〕の操縦者たちの目は暗順応が追い付かない。
砲撃隊の機体は砲身を下げて、砲撃の手を躊躇する。
隊長機は長剣を構えつつ、慎重に距離を詰めていく。
「…………」
隊長の目には薄暗い草原にとろ火がそこここで上がり、土煙が〔アル・ガイア〕のいた周辺に舞っているのが見えるばかり。
そして、冷たい風が一陣吹くと土煙は一瞬にして取り払われる。
佇む〔アル・ガイア〕の四つのセンサーアイが獰猛な赤色に輝く。その周りには七つの円柱が防護壁のように突き刺さっていた。
〔パンツァー・グランツ〕各機がその敵の様相に初めて対峙した時を思い出す。
「これ、何?」
「また勝手に……」
柾たちは操縦席で新たに七つのウィンドーが表示されて、高速で流れる文字の羅列に目を奪われる。
目では追えない文字の流れは、直接頭の中に流れ込んでくる気がした。
〔アル・ガイア〕の関節、全スリットが展開し、そこから熱気を吐き出す。黒煙を吐き出しきると、煌びやかな青色の燐光を振りまいて、冷え切った秋の大気が揺らめく。同時に背部にある別のギミックが作動を開始していた。
その時、機体を囲んでいた円柱が〔アル・ガイア〕に向けるように展開。封印されていた物の数々を差し出した。月明かりの中では黒い影にしか見えない。だが、中心に向かって開かれたラックは〔アル・ガイア〕を承認し、預かっていたものを返すような動きだった。
「あいつ、何かする気か? 砲撃隊、急げ」
「言われなくとも——」
先行する隊長機の声に砲撃隊はカノン砲を持ち直し、照準を定める。まだ目が慣れない。暗がりの中に見える複数の影をおもむろに照準線に入れるしかない。
バッと四方八方で強力なマズルフラッシュが瞬いた。〔パンツァー・グランツ〕の一斉射が怒涛の勢いで〔アル・ガイア〕に迫る。
「敵の砲撃が——」
「でも、あれ、これ」
言うこときかない、と柾は操縦桿を必死に引いても〔アル・ガイア〕は回避しようとしない。
次の瞬間、四つの砲弾が目の前を赤く染め上げて、爆炎を膨らませる。目の前に突き刺さっていた一つの柱がことごとく折れて、破片が〔アル・ガイア〕を打ちのめす。
柾たちは悲鳴を上げて、体を縮こまらせる。
〔アル・ガイア〕は爆風にあおられて、一歩二歩下がる。それでも、彼女たちの意志から外れて、右腕部を手近な円柱へ伸ばし解放されたものを掴んだ。
重々しく連なったボックス。巨大な弾倉だ。それを素早くリア・ラックに装着し、続けざまに左腕部で反対側の円柱から別のユニットを掴み上げる。
煙が霞み始めた瞬間、次の砲撃が殺到する。命中率はまだおぼろげで、全弾が近くの地面を穿っただけだ。
「この子、武器を取ってる」
結子は更新される情報を見て、唸った。
左腕部がつかんだものは直方体の武器。武骨でどこか鞘を思わせるデザインをしている。腕に掴まれた瞬間から、その武器が持つデータが腕を伝って柾たちのいる操縦席に伝達される。
「剣を掴んだの? ねぇ?」
「そうみたい」
柾の緊張する声に、結子もまた仰天して言った。
〔アル・ガイア〕はそれを左のサイド・ラックに収め、さらに後退する。
「あの煙の中で何をしている!」
砲撃隊は〔アル・ガイア〕の反応がないのを怪訝に思い、土煙が晴れるよりも前に三度目の砲撃を加える。照準など二度の射撃で、機体が覚えている。命中率は上がっているはずだ。
立て続けにカノン砲が咆哮を上げる。
夜に舞う煙を突き破った砲弾が前部の一本を砕き、空になった二本を粉砕、最後の一弾が〔アル・ガイア〕の横間を掠めて、背後に落下する。
「あ、あ……」
フォノは目の前が急に真っ赤になったのに自分が生きている妙な感覚にとらわれて、開いた口がふさがらない。
〔アル・ガイア〕はそれでも淡々と右腕部と左腕部で新しい武器を引っ掴む。右腕部には円盤を左腕部は同じ鞘を掴んでいた。そして、両腕部をクロスさせて、円盤を左腕部の金属のかさぶたに無理やりねじ込み、鞘を右のサイド・ラックに収める。
ジジジ……。
柾たちは頭の奥でそれら身にまとった武器の封印が解けていくのを感じた。
「反応!?」
「ありません。手ごたえなし……」
「二番機、そちらは?」
「標的確認、健在です」
その声を聴いた他の機体は砲身の冷却が済んだのを見越して、四度目の砲撃に移行する。今度は外さない。再三にわたって行った射撃の手ごたえは操縦者も感じるところだ。
そして、煙の切れ間から〔アル・ガイア〕の赤い瞳が輝くのを彼らは見逃さない。
四度目の砲弾が爆音をうならせて、標的に殺到する。
柾たちは煙の向こうが明るくなったのを見て、もうだめだと固く瞳を閉じる。
〔アル・ガイア〕がその瞬間、三人の加速する鼓動を感じて左腕部を構える。そこには添えつけられた円盤がある。
刹那、円盤から四方にワイヤーを引っ張るユニットが射出された。そして、ひし形に銀色の膜が張られる。図面を引き延ばすようにして展開した円盤は鋼鉄の盾へと変貌したのだ。
次々とくる砲弾を〔アル・ガイア〕は盾を斜に構える。一発、二発と盾に衝突すると爆発、他の砲弾は見当違いの地面をえぐった。機体の足元が少しばかり沈んだ。
「すごい……」
柾は体に走る重々しい痺れに恐怖しながら、目の前に現れた盾に心強さを感じていた。
「どこから、何を出した!? 命中したはずだ!」
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者は目の前で煌めく銀色の光に混乱し、思考が混線する。確かに命中したはずだ。それが防がれた。ここまではいい。理解しよう。だが、砲弾を弾いた銀色の板をどこから取り出したという一点は理解の範疇を超えていた。
「やるしかないかっ!」
隊長機は〔アル・ガイア〕の様子を見取って、一気に自機を走らせる。砲撃が防がれた以上、白兵戦に持ち込んで敵の態勢を崩すしかない。
「盾ができてるの?」
「防ぎきったみたい……」
柾たちは激震が収まったのを見計らって目を開けてあたりをきょろきょろと見回す。モニタには突如出現した盾が降ろされて、視界を確保していた。
すると、トンっと背中を押すような振動が三人にかかる。
〔アル・ガイア〕が背部に隠していた補助アームで最後の武器を受け取ったのだ。
「最後の武器? これって、大砲じゃない」
「なんてこと……」
フォノは新しく出現したウィンドーに掲載された武器の詳細を見て目を見張る。
大砲というよりガトリング砲に近い。砲門は二つ。角ばった重火器らしいフォルムは柾たちから見れば、幾何学的な塊にしか思えなかった。
「汎用機関銃〔ドゥーオ〕……」
「何て名前なのっ」
「二重唱!?」
結子のナビゲーションに、柾とフォノがあきれ返った。
換装を終えると〔アル・ガイア〕の瞳から赤い光が消えうせる。
「操縦が、戻ったっ」
柾は操縦桿とフットペダルのロックが外れたのを確認して、右から近づく〔パンツァー・グランツ〕を視界に入れる。
「化け物めがっ!」
〔パンツァー・グランツ〕から発せられる気勢に柾たちは肌がピリピリした。
「そういうこと言わないでよっ!」
柾は機体を反転させて、盾で突きを繰り出す敵の長剣を受ける。
甲高い音と火花が散った。
〔アル・ガイア〕は力任せに長剣を弾くも、その動きをマニピュレーターの回転によって受け流された。半身を開いた〔パンツァー・グランツ〕が後ろへ体重移動をかける。
「がら空きだなっ」
隊長は盾を振り払ったことでがら空きになった〔アル・ガイア〕の懐を見て言った。
大きさなど関係ない。乾坤一擲の薙ぎ払いで、その胴体を真っ二つにする。間合いは一歩詰めればいい。それだけで、脇腹をえぐることはできる。
「柾、剣がつかえる」
「りょうっ、かい!」
〔パンツァー・グランツ〕が前に出している脚部を軸に体を一歩前に出す。遠心力に乗って、重たい薙ぎ払いが迫る。
その一瞬、〔アル・ガイア〕は右腕部のマニピュレーターで左サイド・ラックへ手を伸ばす。呼応して固定された鞘から柄が飛び出し、しっかりと握りしめる。
鋼が月光を返して煌めいた。重々しい恫喝のような金属音がこだまする。
「受け止められたっ!」
「間に合った!」
〔アル・ガイア〕は柄を握り、鞘から刀身を中ほどまで露わにしていた。白銀に輝く美しい細身の刃には波紋があり、西洋に見られる武具のどれとも似つかない片刃のデザインをしている。
間一髪のところでその刃の腹が長剣を受け止めたのだ。
そして、〔アル・ガイア〕は残りの刀身を表すように抜刀し、〔パンツァー・グランツ〕を払いのける。
「馬鹿なっ。その鞘に収まる刀身ではないはずだ」
隊長は機体を一歩二歩、後退させながら引き抜かれた刃と鞘の長さを見て狼狽する。
刃はどうみても鞘よりも長い。切っ先は確実に鞘を突き抜けているはずなのだ。
〔アル・ガイア〕は盾を前につきだし、刀身を隠すように構える。
「時間がないの!」
柾は遠くで追撃を受けている〔エクセンプラール〕のことを思って叫んだ。
フォノも結子も表情を引き締めて、敵を見据える。モニタに映る〔パンツァー・グランツ〕は長剣を正眼に構えて迎え撃つ準備をしている。月光だけでもそのシルエットははっきりしていた。
〔アル・ガイア〕が駆け出す。
盾を構えたまま突進。〔パンツァー・グランツ〕がうまい足運びで左へと避ける。すり抜けざまの一撃が〔アル・ガイア〕の左腕部を傷つけた。
切っ先が触れた程度で、火花は派手に散っても大した損傷はない。
「所詮はこの程度————」
〔パンツァー・グランツ〕の隊長は〔アル・ガイア〕の単調な動きを鼻で笑って、返しの攻撃に身構える。
だが、そのような動きはない。
〔アル・ガイア〕は迷わずそのまま走り抜けて、後方で構える砲撃隊へと接近する。
「あいつら、後方を潰す気か?」
してやられた、と先ほどまでの慢心は一気に覚めて隊長機が急いで脚部を切り返して、〔アル・ガイア〕を追う。だが、そこは大きさがものを言った。一歩の歩幅がまるで違う。さらに〔アル・ガイア〕の力強い蹴りは、〔パンツァー・グランツ〕の比ではない。
「結子、船の様子は?」
「まだ交戦中」
柾は動悸が早くなるのを感じながら、ペダルを踏み込んだ。〔アル・ガイア〕が加速する。砲撃隊は厄介だ。ここで止める必要がある。
「後ろからさっきの敵が来るわよ」
「それよりは、目の前の敵だよ、フォノ」
柾は降り注ぐ砲弾の嵐の中で言って、盾に接触する砲弾の衝撃に顔を顰める。
〔アル・ガイア〕は止まらない。集中砲火の中を駆け抜けて、一組目の〔パンツァー・グランツ〕の前に躍り出た。
「こいつっ」
「大砲持ってたら、動きも遅いでしょ」
〔パンツァー・グランツ〕が急いで砲口を〔アル・ガイア〕に向けるも、右腕部が持つ刃がカノン砲を真っ二つに切り裂いた。力任せの一撃で、刃が欠けた。
そのまま攻撃手段を失った機体を蹴りつけるとその背後であたふたとするもう一機に盾で突進する。味方機が近くにいては迂闊に攻撃できないのが、砲撃機というもの。
「た、たすけ————」
「うるさいっ」
〔アル・ガイア〕が〔パンツァーグランツ〕の命乞いを無視して、盾を間に挟んで地面に叩きつける。
柾たちは激震に耐えて、素早く〔アル・ガイア〕を横へ転がして体勢を立て直す。
「忠告を聞いてたら、こういう思いだってしなかったんだよ」
柾はイラついた声で吐き捨て、次へと機体を走らせる。
「来るぞっ」
「止む終えない。撃つぞっ!」
残っている〔パンツァー・グランツ〕四番機、六番機がカノン砲を構える。
「その角度、狙いどころよ」
フォノが敵機の位置と角度を見て、肩部に装備されているハープーンを展開。速射で銛を撃ち出した。
〔パンツァー・グランツ〕二機のカノン砲の砲口に銛が突き刺さり、砲身に食い込んだ。
さらに〔アル・ガイア〕は一度停止し、ワイヤーを巻き上げてカノン砲を無理やり二機の手から奪い取る。その力任せに〔パンツァー・グランツ〕のマニピュレーターが破損する。
「なんてことを——」
被害を受けた操縦者は打つ手はなく、忌々しげに声を振りぼるばかり。攻撃手段を失ってはどうすることもできない。接近戦を仕掛けようにも、相手は恐ろしすぎる。
奪われたカノン砲は砲丸投げのように遠くへと投げ飛ばさて、草原に落下する。
「これで、砲撃部隊は戦力にならない」
「じゃぁ、次っ」
結子の分析を受けて、柾は機体を切り返して追ってくる隊長機へと駆った。
「来るかっ。上等だ」
隊長は巨大な〔アル・ガイア〕が丘陵を駆け下りてくるのに冷や汗を流しながらもしっかりと操縦桿を握った。
勝負はすれ違いざまの一瞬。まさに一騎打ち。
緊張が高まる中で、隊長は呼吸をと問える。
「悪いけど、そこをどいてっ」
柾は駆けあがってくる〔パンツァー・グランツ〕を睨みつけてフットペダルを踏み込んだ。
〔アル・ガイア〕の背部にあるスタック・スラスターが展開し、一気に加速をかけた。
互いの呼吸が止まる。
〔アル・ガイア〕は急接近とともに刃を振り下ろして、〔パンツァー・グランツ〕の右脚部をあっさりと切り落とす。
「畜生ッ! 卑怯者が!」
「卑怯者はあなたたちでしょうっ!」
そういって、〔アル・ガイア〕は回復したスタック・スラスターを用いて長距離跳躍する。
〔エクセンプラール〕は砲撃晒されて、右往左往と船体をゆらしながらジグザグに走行する。そのたびに格納庫にいる人たちは固定された荷物や壁にしがみついて、その激震に耐える。
「気持ち悪い……」
「我慢してっ」
ミトはぶるぶると震える子供たちを強く抱きしめながら、壁にある手すりを離すものかと必死になっていた。
「みんな、ちゃんとつかまって離れないで。足でもなんでも、つかまってなさい」
そう声を張り上げながら、へたり込んでいるミトの腕や脚にしがみつく子供たちがさらに力を込める。
爪を立てられて体中が痛むも、ミトはそれで子供たちの無事を確認する。
まだ開きっぱなしの後部ハッチからは砲撃による爆風が時折吹き込んで格納庫内が鳴動する。上下左右に揺れることもあって、怪物の腹の中にいる気分だった。
漠然とした死の意識が首筋を舐めるように走る。
「————っ! あの影」
ミトは揺れる視界の中で空を飛ぶ人影を見つけた。〔アル・ガイア〕だ。無事だったという安堵と助かるかもしれないという希望が胸いっぱいに広がる。
「みんな、お姉ちゃんたちが戻ってきたわ。だから、大丈夫よ」
吉報を伝えても誰も答えはしない。
そしてミト自身、どこかやりきれない思いを拭い去れずにいた。
「敵の砲塔が動いたよ。こっちを狙ってる」
「接近戦は厳しい。距離を取って」
「柾、後ろの銃を使うわ」
〔アル・ガイア〕は左右に飛び跳ねながら、敵艦からの砲撃を避ける。口径は〔パンツァー・グランツ〕のカノン砲よりも一回りは大きい、盾で弾けるかどうか不安な大きさだ。
柾は着地の衝撃にお腹の底が浮つくのを感じつつ、フォノに言う。
「大丈夫なの?」
「足を狙えば動きは止まる、そうでしょう?」
フォノは〔ガング〕の構造を見て、問いかける。
柾と結子もそれには賛成である。
「了解。まずは右の二隻の後ろを取るよ」
〔アル・ガイア〕は展開していた盾と刃を解除する。どちらも形作っていた銀色の金属が泥のように溶けて盾は広がったワイヤーに吸収され、元の円盤状になった。刀は鞘に納刀した。
降りかかる砲撃を跳躍して回避しつつ、空中で背部にかけられた〔ドゥーオ〕と呼ばれる汎用機関銃の準備をする。補助アームによって肩に担ぐようになった銃床を両腕部がつかみ、補助アームの支えを解除して構える。
機体が着地する。
フォノは上下する視界の中で、モニタに表示された照準線を睨んだ。十字の線はフォノが狙いをつけていた〔ガング〕の脚部第二関節、大地を踏みしめる巨大な足と太ももに相当する部分を繋げる部位だ。モニタは何度かフィルターがかかってさらに鮮明な色をフォノたちに提供した。
「暗いのによく見えるっ」
フォノが操縦桿を捻って角度を修正すると、トリガー・スイッチを引いた。
手薄になった砲撃の中で、〔アル・ガイア〕は腰を落として汎用機関銃を発砲する。耳元でふくらました紙袋が破裂したような音が響く。
銃身があまりの衝撃に銃口を上げてしまうも、吐き出された弾丸は狙い通り第二関節へ。
だが、青白い光を放つ弾丸は着弾直前に急停止すると、無理やり上空へと跳ね上げられた。光が失せるとあの銀色の液体が泥団子のようになって地面に落下する。
「そんな、弾かれた」
「フォノ、あの場所には何か力が働いてる。狙ってもまた弾かれる」
「結子、なんでわかるの?」
柾は〔アル・ガイア〕を走らせて、〔エクセンプラール〕を追う二隻の右舷へと回り込む。奥の一隻と先頭を切る一隻は〔エクセンプラール〕への攻撃に集中し、狙いをつけた一隻だけが〔アル・ガイア〕を妨害する。
結子は操縦桿を操作しながら、柾とフォノに解析画像を転送する。二人のモニタに新しいウィンドーが表示される。
それは〔ガング〕をかたどった骨組みのような絵。その六つの脚の第二関節、船体に直接つながる第一関節には球体上に広がる波動があった。効果範囲は狭く、あくまで関節駆動周辺にだけ展開されている。
「この絵、わかる? 見えない壁みたいなのができあがってる」
「あそこにはただのモーターが三つまとまってるだけなのに」
〔エクセンプラール〕の調整に付き合っていた柾の認識だ。
〔アル・ガイア〕は重々しい汎用機関銃を走りながら構えて、照準も定まらないまま発砲。岩塊のような六つの脚部によく当たったが、損傷はうかがえない。やはり、走りながらでは角度と威力もばらけてしまう。
フォノは操縦桿を捻りながら、銃の説明文を横目に見た。そして、ある一文に目を見張る。
「これって————。柾、船の前に出て迎え撃つ態勢に」
「それだと機首の砲塔に狙い撃ちにされちゃうよ? いいの?」
「任せてっ」
フォノは自分の技量を信じて言った。
「柾、こっちでもサポートするから機体を前に出そう」
「結子も……。わかった。どうせだから、ミトさんたちと合流しちゃおう。二人とも信じてるからねっ」
柾は不敵に笑って、操縦桿を押し込みフットペダルを踏みしめる。
砲撃の中をかける〔アル・ガイア〕がスタック・スラスターを展開し、大幅跳躍。対空砲火の数珠つなぎが空へと線を引く。
その弾幕の中をスラスターを使い、うまく機体の角度を調整して避けつつ先頭の〔ガング〕の前に躍り出る。敵にとっても〔アル・ガイア〕の出現には驚きを隠せなかっただろう。
さらに一蹴りして、〔エクセンプラール〕の甲板へと着地する。脚部のフックで甲板を噛んでバランスを取る。
格納庫内では阿鼻叫喚が上がる。船体が急に沈んだのだ。彼らもまた体が宙へと舞って、立て直しの衝撃で体を強かに打った。
〔エクセンプラール〕が重たそうに腰を落として走行する。速度も目に見えて減速していた。
「みんな、耳を塞いでちょうだいっ」
フォノが外部スピーカーで呼びかける。
〔アル・ガイア〕は三隻の〔ガング〕を見下ろして、銃口を定める。今度こそ、その足を止めて見せる、と言わんばかりに機体中にある放熱機構から熱気を吐き出す。
「上下の揺れは想定内。フォノ、角度修正は大丈夫」
「わかったわ」
「砲撃が集中してる。一気に片を付けましょうっ」
月光の受け、陰影がはっきりとする〔ガング〕の船体。その先頭艦の月光を浴びて、青白く浮き上がる第一関節と第二関節の太ももに狙いを固定する。
格納庫内と〔エクセンプラール〕を操る町の人たちはとにかく目を固く閉じて耳を塞いでいた。柾たちのやることに不安と期待を抱いて。
「その足に連続射撃、いくわよっ」
フォノは体中が熱くなるのを感じながら、トリガー・スイッチを引いた。
瞬間、砲弾が飛び交う中で〔アル・ガイア〕の汎用機関銃が火を噴いた。
眩いマズルフラッシュをばら撒き、銃弾は〔ガング〕の脚部に殺到する。甲高い音がその場を支配する。鋼を砕く音、連射される弾丸の音、一本目の脚部が悲鳴を上げて折れる音。
先頭艦が脚部を失って、一瞬ふらついた。
そこへ〔アル・ガイア〕が怒涛のごとく二本目、三本目へと弾丸を叩き込む。足場が震える。〔エクセンプラール〕に微振動がびりびりと伝播する。
操縦席では表示された残弾ゲージが湯水のように減っていく。
もう少し、もう少し、と三人はそれを一瞥しながらも機体の保持、射撃、角度調整と力を合わせて困難に立ち向かう。
そして、〔ガング〕は右舷の脚部をすべて食い破られて横転。砲撃の射線もズレて、見当違いの砲口へと飛んでいく。
後続の一隻は前を走行していた〔ガング〕の横転に砲撃をやめて、踏みつぶすまいと急停止を始める。船体がつんのめりになったのが、柾たちからもよく見て取れた。
一度連射を止めて、〔アル・ガイア〕は銃口を移動させて〔エクセンプラール〕左舷後方を付きまとう一隻に狙いを定める。
すると、左舷で追撃をしていた〔ガング〕は砲撃をやめて、緩やかに停止し始める。
フライハイトは〔AW〕部隊の回収や艦体の損傷率を考えて、追撃を諦めたように見える。
「追撃をあきらめたの、かな?」
結子は肩で息をしながら、周囲の状況を見て言った。コートの下のインナーは汗でぐっしょりと濡れて肌に張り付いて気持ちが悪い。
「残弾残りわずか……。ぎりぎりだったわ」
フォノは大きく息を吸って、胸を張る。それからゆっくりと息を吐いて、エプロンドレスの第一ボタン、第二ボタンを開けて蒸れた胸元を仰いだ。
「だけど、大砲は下ろさないで、牽制して。はぁ……」
柾はそう言いつつ、首に巻いているマフラーを取って後ろに体重をかける。肩を支えらている感じと程よいバネの反発に力みが一気に抜けおちる。天を仰ぐように首を傾けて天井のモニタを見る。
そこに映る空にはひしめき合うように流れ星が尾を引いていた。
不思議な夜だ。そんな感慨ばかりが胸をついて、急に悪寒が沸き立つ。
柾はぶるりと震えると、腕を摩った。
「寒い……。こういうことしてるから……」
震えは増して、心が冷えていく。興奮していた気持ちはどこへ行ったのか、わからない。だが、終わってみればこの争いはあまりにも醜い。
〔アル・ガイア〕を乗せた〔エクセンプラール〕は宵闇を駆ける。とにかく遠くへ。どこか遠い場所へと。
争いの洗礼とともに、彼女たちは故郷を捨てて旅立つ。
行く先の見えない不安と期待を宿した旅が、幕を開ける。




