~旅立ち~ 緊張の説得
〔パンツァー・グランツ〕八機は二列の横隊をなして、停泊中の〔エクセンプラール〕へ向けて行進していた。暗闇にまぎれ、鋼鉄の脚は一歩一歩傾斜がかった丘を越えていく。
「砲撃隊は射程ポイントを押さえろ。白兵隊は俺に続け」
〔パンツァー・グランツ〕の隊長機がその手にもつ長剣を掲げて、一列目の横隊より一つ頭抜けだして先陣を切る。呼応して一列目を固める白兵戦機が陣形を変えて、互いの間隔を広げながら隊長機に追随する。
二列目の砲撃機四機も丘の頂に到着するなり、それぞれ散らばって狙撃ポイントにつく。
「…………来るか」
砲撃隊の一人がつぶやく。
砲撃隊が各所定の位置につき機体をうつぶせにしてカノンを構える中、標的が白兵隊と接触しようとしていた。顔を覆うゴーグルが瞳孔の動きを察知して光を調節。操縦者に標的の影をくっきりと映し出していた。
丘を下る白兵隊に対峙するように残骸と化した町を跳び越えて、〔アル・ガイア〕が平原へと躍り出る。武器はない。その巨躯が雄々しく佇む。
「あれって、修道騎士団と戦ってたアーデル・ヴァッヘかしら?」
「フライハイトの〔パンツァー・グランツ〕……」
「フライハイトって――――、わざわざ田舎まで来てっ」
柾たちは操縦席の中で正面から近づいてくる〔パンツァー・グランツ〕四機を凝視する。
操縦方法は完熟とはいかないも、動かすには問題ない。戦闘さえなければ彼女たちでも対応できる。
敵の刃が月光に煌めく。戦闘態勢だ。
「…………」
柾は震える手のひらに力を込めて、恐怖する心を抑える。嫌な思い出が頭を過って、息を飲んだ。
フォノも結子も恐怖と緊張に顔を強張らせて震えの止まらない体を引きずっていた。
しかし、引き下がっては何が起きるかわからない。
〔エクセンプラール〕から十分に離れたのを確認。草原が波立って、冷たい風が足の間を駆け抜けたような錯覚があった。
「止まってっ! 話を聞いて!」
柾は声を振り絞って外部スピーカーで呼びかける。
〔アル・ガイア〕は大手を広げて、制止するように態度で示した。
フォノと結子は緊張の面持ちで、〔パンツァー・グラインド〕の進行速度が緩くなっていくのを注意深く観察する。前衛が四機、後衛に四機待機している。
「後ろにいるのは、砲撃隊、かも」
「狙われたままで話し合いだなんて、嫌な気分ね」
フォノと結子の不満を内線で耳にしながら、柾は操縦桿をしっかりと握りしめる。
前衛の〔パンツァー・グランツ〕各機が行進をやめ、〔アル・ガイア〕と距離を取る。警戒しているのは間違いない。
「わたしたちは戦うつもりはないの。だから、下がって」
夜空に木霊する柾の声。
と、〔パンツァー・グランツ〕一機が一歩前に出て長剣の切っ先を向ける。隊長機だ。
「我々は圧政に苦しむ人々を救うために戦っている。ここで下がって、その機体、さらには奥にあるバイン・シフを見逃すことはできない」
「どうしてそうなるの? あの船にはあなたたちが争って怪我をした人たちがいる。お医者さんのところに運ばないと命が危ない人だっているの。自分勝手な言い分で人を救うとか、言わないでよっ」
柾は胸の奥が締め付けられる思いを抱きながら叫んだ。
どうして自分たちのしたことがわからないのだろうか。大義名分を口にして、そのせいで傷つき、家をなくした人がいると罪の意識はないのだろうか。
〔アル・ガイア〕は背後で閑散とする町の跡を振り仰ぐ。
「あの町を見て。あたしたちが暮らしてた町よ。明かりも、何もないでしょう? 畑も家もなくて、みんな不安なのよ」
「町一つくらいの損壊では計りえない理想をお前はわかっていないだけだ」
隊長機が月に長剣を高々と掲げる。切っ先が星のようにきらめき、獰猛な巨人たちの瞳が一世に輝きだす。
その言葉、そして、敵の姿に柾はかつて抱いたどす黒い感情を思い出す。理想のために人を犠牲にする。剣を奮い、人の五体を刻み、正当化する。血を流すことすべてが正しいはずがないのに、蒙昧に盲信する。
柾たちは顔を強張らせて、姿勢を前のめりにする。
〔アル・ガイア〕は彼女たちの姿勢と体調を感知して、丘の斜面に立つ〔パンツァー・グランツ〕に向き直る。堂々とした佇まいで、四つのセンサーアイと二つの回折式カメラを稼働させる。
「助けるべき人がいるからこその理想でしょう?」
「そうだ。我らフライハイトは教会とそれに与する領地に虐げられた人々に平等と、そして自由を与えるために組織された」
「その結果が人を殺した!」
柾は感情的になって言い放った。
「だが、放置すればさらに多くの人が朽ち果てる。教会と領主が結託して、領民を苦しめ、衰弱していくのを黙ってみていろというのか? 衰退を留め、繁栄を築くためなら多少の犠牲を止む終えないのだ。個人主義の、そも、青臭い女子供の言うことにどれほどの真実がある!?」
その言葉に柾とフォノは頭に血が上って怒髪天になる。
犠牲が止む終えないと声高々に宣言する彼らに、救済の力があるとは思えない。自分たちの目的の前に踏みつぶされる町や人をなんだと思っているのだ。犠牲だのと訓示を述べて、それを正しいことのように蔓延させるつもりか。
「そんなことで————、そんなことで平等とか自由とか言わないでよ!」
柾は隊列を組む〔パンツァー・グランツ〕を睨んで操縦桿を強く握る。
〔アル・ガイア〕が右腕部を突き出して牽制する。
それを見た白兵機は怯んだように、半歩脚部を下げる。彼らは〔アル・ガイア〕が持つ力を知っている。突き出した右腕部はその象徴ともいうべき代物だ。
「お願いだから下がって。来るなら、この手であなたたちも溶かしちゃうよ? いいの?」
できることなら使いたくない。
脅しをかけて、怖がって、逃げてくれればそれで済む話。柾は胸の奥で彼らが引いてくれることを願いながら、それが甘い考えであると自負している。
フォノも結子もそれを願いながら、組織に与する人たちの盲目さを知っていた。
三人は覚悟のなさを浮き彫りにされて、身を切り刻まれるような思いだった。殺生の問題もある。だが、根本的に戦う意思がないというのは危険なことだ。
「柾…………」
「何か、動いてる」
結子は立体スクリーンに映し出された索敵画像を見て静かに言う。
機体が震動を探知する。〔AW〕とバイン・シフが移動する重厚で、かすかな揺れ。震源は波紋状に広がって、連なっていく。
〔パンツァー・グランツ〕と思われる震源が控える丘の向こうで左右に散開しだしている。
もう三つ、バイン・シフ〔ガング〕のものと思われるリズムは大きく迂回する軌道を描いている。
フォノもその画像を横目に見て、静かに息を吐く。スロットル式の操縦桿にあるスイッチに軽く触れて、いつでもハープーンを展開できるように準備を進める。
「柾、何か仕掛けてくるわ。気を付けて」
「…………」
二人の心遣いに柾は奥歯を噛み締めて、身体を強張らせる。ここで攻勢に出てはいけない。じっと耐えて、無益な争いを避けなければならない。
〔パンツァー・グランツ〕隊長機がさらに一歩前に出て言う。向こうも自軍の動きを感じ取ったのか、どこか余裕のある動作だ。
「では、こちらも条件を出そう」
「何?」
「その機体を渡せ。そうすれば後方のバイン・シフには手を出さない」
柾たちは覚悟していたとはいえ、いざ面と向かって言われてはどっと悩みが押し寄せる。
〔アル・ガイア〕は危険だ。第一発見者の柾でさえ、その全容を把握し切れてはいない。だが、彼らフライハイトあるいは修道騎士団ならば機能のすべてを暴くことができるかもしれない。組織の力とは特異な事象に対して柔軟に対処できる側面がある。人員も、知識も、柾一人の中途半端な専門学よりもずっと有意義のはずだ。
鋼鉄を溶解する右腕、自動で修復される機体、見ないものをもとらえる感覚、圧倒的な力。
彼らが脅威と畏怖を抱くと同時に興味を示さないわけがない。どれだけの戦力になるか、彼らは舌なめずりして計算をするだろう。
どれだけの敵を殺せるかを。
「この機体を渡したら、あなたたちは何をするの?」
「解放運動のために使う。何ならお前も我らの同志として迎え入れる用意もしよう」
それには結子が反応して、柾に告げる。
「そう、しよう。ここで争うより、みんなを逃がさなきゃ」
「けど、そうなったら町の人は————、ミトさんたちはどうするのよ。あれって修道騎士団の船なのよ。フライハイトも修道騎士団も敵として攻撃してくるかもしれない」
フォノは結子の考え方を否定する。
仮に〔アル・ガイア〕をフライハイトに渡したとしよう。そうなった後、〔エクセンプラール〕一隻で新天地を目指すことになる。過酷な旅になるだろう。茨道を覚悟している。
加えて修道騎士団から奪い取った船だ。修道騎士団がそれを見逃すはずがない。窃盗したのと同じなのだ。彼らは規律を守るために、攻撃を仕掛けてくるだろう。
結子は表情を曇らせてフォノのイメージ映像を睨んだ。
「フォノ、考えすぎ」
「柾、もうどうしようもないのよ」
フォノの言葉に柾は腹の底が気持ち悪くなるのを感じながら、敵の要求を呑むか否か逡巡する。
結子の意見もフォノの意見も叶えられるなら叶えたい。だが、それはどちらかを選ぶしかないのだ。フライハイトの人たちを敵として見まいと必死に保ってきた思考も今や意味をなさない。
「…………ごめん、結子。この子は渡せないよ。見つけちゃった責任があたしにはあるんだ。もう、逃げたくないの」
「柾…………」
結子は彼女の名をつぶやいて、悲しい表情を浮かべる。友人の言い分を理解しながら、世話になった組織への郷愁の念はもやもやと嫌なしこりを残した。
けれど、ここで道を譲ることも、〔アル・ガイア〕を譲ることもできない。三人が持つ本音だ。
柾は〔アル・ガイア〕に腕を下ろさせると相手に結論を苦々しく伝える。
「条件は飲めない。あんな死に方をする人を増やしたくない」
遺体すら残さず溶けて行った人を思うと胸が苦しくて、それで脅しをかけていた自分が醜く思えた。
「虚勢を張っておいて、その臆病……。ならば、交渉決裂だ」
瞬間、〔パンツァー・グランツ〕隊長機が掲げていた長剣を振り下ろした。
遠くで連続して爆発音と閃光が瞬き、ミトは〔エクセンプラール〕の後部ハッチからその方向を見た。
「あの子たち……」
嫌な予感が寒気となって全身を駆け巡る。
交渉は失敗した。そう考えるのは容易だったが、〔アル・ガイア〕を駆って飛び出した柾たちの安否までは想像できない。
ただ無事を祈るしかない。
瞬間、足元を揺るがす激震とともにモーターの駆動音が格納庫内に鳴動する。
ミトは縁にしがみつきながら、中に避難した人たちに呼びかける。
「動くわよ! みんな、近くのものにつかまって————、うわっ」
ミトが言い切るよりも早く、〔エクセンプラール〕の船体が浮かび上がる。細い四脚が胴体をぎくしゃくした動きで持ち上げて、移動態勢を整える。
その動きは船内にいる人にとって、岩礁に乗り上げたかのような振動だ。身体を突き上げる浮遊感、傾く床、わずかに連れ込んだ養鶏がばたばたと翼を羽ばたかせて呻き声を響かせる。
多くの人が固定した荷物にしがみついて、次に来る落下に備えた。
ミトも縁につかまりながら、足が床から離れたのには冷や汗がどっと沸き立つ。
外の視界が一気に落下し、残骸と化した町を見下ろす風景がハッチの外に広がる。さらにその奥、丘陵地帯では月光によって反射する何かが煌めいていた。
〔エクセンプラール〕が鎌首をもたげるように船首を上げて、さらに船体が揺さぶられる。
悲鳴があちこちで上がり、誰もが振り落とされまいと必死になっていた。
「なんなのよっ!! 落ちる、落ちるって」
ミトは体がハッチの外へ投げ飛ばされそうになる。必死に耐える。足元が宙ぶらりんで手の力を緩めた瞬間、地面にたたき落とされることは必至だ。
さらに遠くで爆音が響いて、心臓が跳ね上がる。
すると、まるで尻を叩かれた馬車馬のように〔エクセンプラール〕は姿勢を立て直して歩行を始める。
「きゃっ、もうっ!」
ミトは船尾が上がると同時に格納庫内に投げ出されて、強かに打った尻を擦った。
「揺れが小さくなったのはいいけど、これ、動いてるの?」
揺り籠のような優しい揺れ心地にミトは怪訝な表情を浮かべながら、立ち上がって改めてハッチへと右足を引き摺って向かう。
心拍数が上がりっぱなしだが、遠くで起きている閃光と爆音は頭に鮮烈なものをぶつけてくる。
月を背景に飛び上がる人影が見えた。地上ではいくつもの閃光が瞬き、吐き出された火球が宙へと放物線を描く。
「お願い、無理はしないで」
ミトは心の底から祈ることしかできない。
今はただ柾たちを信じるほかない。




