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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第二章
15/118

~旅立ち~ 出発準備

 町の復興作業はもはや取り返しのつかない損害だった。多くの民家が踏み荒らされ、生活の要である水路も砲弾に抉られ機能していない。収穫間近であった畑にも被害が出ており、多くの人が悲嘆に暮れて三日間を過ごした。


 中でも家族を失ったことへのショックは大きく、必死に救助活動で確認された遺体の数は小山ができるほどだった。


 遺族の確認が進められて、一人、また一人と埋葬されて墓標が立つ。すすり泣く声が連日連夜聞こえ、大地へと帰る人を濡らした。


 また、重態の怪我人には安楽死が勧められて家族の前で息を引き取っていくこともしばしば見受けられた。


 教会で怪我人の看病をするフォノはそうした光景を目の当たりにしては、やるせない気持ちでいっぱいになる。


 そして何より心に堪えるのが、家族の見送りもなく一人で死んでいく人。ちょうど担架で運ばれていくシーツにくるまれた人がそれである。


「ご苦労様。彼もまたあなたに見取られて、天に召されました。安らかな顔をなさっていましたよ」

「あ、はい……」


 フォノは横につくシスターに覇気のない返事をしながら、礼拝堂を出て行く担架を見送る。木の香りが漂っていた礼拝堂もいつの間にか、薬のつんと鼻に来る臭いと血なまぐささを消すためのお香の甘ったるい匂いでおかしくなっていた。


「身寄りのない人、まだ、いるんですよね?」


 フォノは失礼だと思う余裕もなく、礼拝堂で横たわる怪我人を見回した。今は看護の手伝いをしている人が見受けられる。だが、彼彼女らは交代で世話をしている人たちである。


 見舞いに来て何か言葉を交わす人はいない。


 介抱するシスターも暗鬱とした表情を浮かべて声を小さくしていった。


「怪我をした方はまだいいんですけど……。ただ年寄りの方々がちょっと、ね」

「まだ居座ってるんですか?」


 フォノも小さく言って、シスターともに長椅子に置き去りのままの血で汚れた寝具や糞尿の入ったバケツを持って出入り口へと向かう。


「家をなくされた方もいるから仕方ないのだけれど。召使のように扱うから……。シスターだって人間なのよ。我らが主とて、このような仕打ちは致しません」

「それはごもっともで」


 フォノはひきつった笑みを浮かべながら、出入り口を出る。


 丘陵から見下ろす町並みはまだ壊れたまま。しかし、町はずれには鹵獲したバイン・シフとその横に立つ〔アル・ガイア〕の姿が見える。


「本当に移住するのかしらね?」

「他の町は刈り入れだから、余裕ないみたいですよ。いきなり何人も受け入れられないでしょうから」


 シスターがそうよね、と肩を上下させる。


 フォノも浮かない顔をして遠くに停泊する船を見つめる。本当にこの町を離れて、別の土地へ旅立てるのか不安で仕方ない。ここは流浪人が築いた土地。だから未練などないのかもしれない。


「でも、この町を出て行くとなると寂しいです」


 この町へ流れ着いて、フォノも(マサキ)もミトに拾われて生きながらえることができた。愛着がある。見知らぬ新天地を目指すことは、ここで培った思い出を置いていくような寂しさがあった。


「町の人たちにはもう再建する力は残ってないのよ。家畜も畑も家も、家族だって失ったんだから。さ、わたちたしも乗船の準備を進めないとね」

「前向き、なんですね?」

「神のご加護があるから、ね」


 シスターは茶目っ気たっぷりに言って先を歩く。


 フォノは複雑な心境をかかえて、その後ろについていく。どんなにこの場所から離れたくなくとも、怪我人をこのままにしておくわけにもいかない。


 今は自分を無理やり納得させて、一旦は無用な悩みを頭の隅に追いやった。そういう空気があったから、我がままを言ってはいけないと強く言い聞かせて。




 バイン・シフは〔アル・ガイア〕に引きずられて郊外にまで運ばれた。脚部のアクチュエーターや伝達系に支障があるらしく、まともに立ち上がることもできないこともあって、わだちが克明に地面をえぐっていた。


 秋の晴れた日差しが平べったい甲板に降り注ぐ。


 その上を歩く壮年の男たちはタンクトップとズボンの涼しげな姿で汗を流していた。彼らは艦内に残されていた補給部品を運び出してはクレーンで脚部の関節に取りついて作業をする人たちに流している。


 脚部の一つには(マサキ)も姿もあった。マフラーはなく、Yシャツとぶかぶかズボン、腰には工具の詰まったウエストバックをしている。


 脚部の側面ラインに沿って取りつけられたパイプにフックをかけて、命綱で体を支える。高さ数十メートルは下で働く人が豆粒のように見える。


「これで、どうかな? んっ」


 彼女は命綱を引き付けて、狭い隙間に手を入れて最後の調整をする。大腿部と頸部の間、膝に位置する場所で小さな体を小さな隙間に入れてさらに奥へと手を伸ばす。


 手先の感覚だけで、セッティングするユニットをはめ込もうする。


「すまないな。俺たちの手じゃ、狭すぎてな」


 作業を共にしている男性が(マサキ)の小さなお尻を支えながら言った。


「ちょっと、どこ触ってんの?」


 (マサキ)は言いながら身体を外へと出す。バイン・シフの整備経験はなかったが、艦内に残されたマニュアルを見た限り複雑な構造ではなかった。


 バイン・アウトーの関節駆動に使うアクチュエーターの大型版に近かったのも整備を可能にする要因でもあった。


 睨みつける小さな女の子に、屈強な男はたじたじになって愛想笑いを浮かべる。彼女の煤に汚れた頬と赤い鼻頭が何とも幼く感じられた。


 (マサキ)も深くは追及せずに、脚部の上で待機するもう一人に顔を上げた。

 

「とりあえず回してもらって」

「あいよ」


 返事を聞いて、(マサキ)設営されているラッタルで上がる。傍にいた男もその後ろについていった。


 座っている男性が関節部手前の装甲盤を開いて、電気式の通信機を取り出す。


「こちら、第二脚部。関節の修理が完了した。動かしてみてくれ」

『了解。少し待ってくれ』


 受話器から響いた声を聴いて、(マサキ)は機械が露出した関節部に飛び乗る。伝達系のケーブルが複雑に絡み合って筋肉のように構成されおり、それに守られるようにドラム型のアクチュエーターが三機埋め込まれている。


 と、ビリリッと足の裏に静電気が走った。ブリッジが配電を行ったのだ。


 そして、徐々にドラム型アクチュエーターが唸りを上げ始める。一発目が唸りを大きくするとそれにつられて、二発目が起動する。続いて修理に手こずった三発目が徐々に回転数を上げていく。


 ゴゴゴッ!! 何かが詰まるような音が振動とともに響いた。


「うわっと」


 (マサキ)は揺れる足場で必死にバランスを取りながら、共振しだすアクチュエーターを確認する。


「成功したっ! ってちょっと!」


 (マサキ)が成功の報告をしたと同時に関節部が盛り上がる。人間で言えばひざを曲げる様な動作だ。引き寄せられる巨大でよがった脚部が引き寄せられる。


「ま、股が裂ける……っ」


 年頃の女の子とは思えない発言。


 (マサキ)は大腿部と頸部の装甲を跨いで、徐々に広がる関節の間隔に伴って大きく足を開く。


 作業をしている男たちは急角度をつける脚部の装甲にへばりつく。


「な、何をしてる。止めろっ!! 嫁入り前の子なんだぞ!」

『わかってるよ!』


 通信機に怒鳴りつける男。


 そして、動作が止まり急斜面のようになった脚部で男たちはそれぞれ装甲の凹凸に足を引っ掛けて体重を預ける。嫌な汗が全身から吹き出す。


 (マサキ)は限界まで広げた両足では耐えきれず、関節部にしりもちをつく。滑り落ちそうなのを手で必死にこらえて、大きく息を吐いて安堵する。


「ピリピリする」


 ドラム状のアクチュエーターに乗って、全身の毛が逆立つ漢字を覚える。


「作業完了、戻るぞ」

『そうしてくれ』


 ブリッジとやり取りする声を(マサキ)は聞いた。


 騒音をまき散らすアクチュエーターが少しずつ回転数を下げていくと同時にピリピリした感覚も消えて行った。




 艦内に次々と運び込まれる物資を確認しながら、結子(ユイコ)はバイン・シフを観察した。修道騎士団が投入した新型艦なのだろう。マニュアルには〔エクセンプラール〕の呼称がやっつけでつけられている。いわゆる試作輸送貨物艦らしい。


 積み荷のほとんどが医療品や非常食、毛布などの補給物資だった。おそらく、布教をかねての救済活動用の品々だ。


 結子(ユイコ)は船底の貨物室で、後部ハッチから乗り込んでくる人たちを横目に見ながら木箱のラベルを確認する。


「お年寄り優先なんだ……」


 手元の木の板で作ったバインダーと藁半紙に記載されている番号にチェックを入れながらつぶやく。


 本当にこの土地を捨てて、別の土地に移り住むつもりだ。特にわがままな年配者たちが息巻いて、多くの人たちを巻き込んだのが原因だろう。それに頭が上がらない町人もどうかと思うが、彼らもまた復興できない状況に絶望している。〔エクセンプラール〕があっては藁にもすがる思いなのだろう。


 冷え切った空気に身震いしながら、確認作業を急ぐ。


「そこの黒コートの子。ちょっと、いいかい?」


 と、背後から若い男性の声が聞こえて、結子(ユイコ)は振り返る。


 その男は愛嬌のある笑みを浮かべて、短い赤みがかった金髪を撫でる。背が高く、鍛え抜かれた肉体を薄着で覆っていた。艦の修繕に当たっていたのか、煤けたにおいが流れてきた。


「あなた、どこかで……?」


 結子(ユイコ)の中で既視感が過る。


 それを聞いた男は悲しそうに首を振って、彼女の前に立った。


「同じ偵察員だよ、フライハイトの。覚えてないか?」

「…………あ」


 結子(ユイコ)は吐息を漏らして、男を見上げる。この町を調査するにあたって、彼女を含め数人が派遣された。その中に彼のような人懐っこそうな男がいたことを思い出す。


 男も安心したように微笑む。


「生き残りがいてくれてうれしいよ。知り合いがいないじゃ、大変でね」

「何をしているの?」

「君と同じさ。この船の修理を手伝っている。いつまでもくすぶってられないからね」


 そういって木箱に腰を預ける男。


 結子(ユイコ)は周囲の目を気にしながら、小声で話しかける。


「本隊から連絡はないの?」

「ないね。派手な戦闘まで仕掛けたんだ。見限られたんだよ、俺たち」

「そう……」


 薄々感じていたこととはいえ、結子(ユイコ)は信じてきたものが壊れてしまうのが心苦しい。自由を求めて日々活動してきたとはいえ、所詮は一構成員。場合によっては理想に殉じて切り捨てられることもある。


 男も憤慨した様子で膝を叩く。


「まぁ、こうなった以上はこっちもこっちで動くしかないな。他にも何人かいた。協力はしてくれるさ」

「え……」


 結子(ユイコ)の不思議そうな顔に、男は野心を湛えた瞳を向ける。


「機会をうかがって、この艦か表のアーデル・ヴァッヘをいただく」


 結子(ユイコ)は肩をゆらして、視線を逸らす。


「ほ、本気?」

「コケにされた以上はそれなりの成果を上げてやるだけだ。だから、君にも協力してほしい」

「考えさせて……、時間をください」


 結子(ユイコ)は怖くなって、その場をそそくさと離れる。どうして怖いと感じるのだろう、と疑念が湧き上がる。今までならきっと組織のためにその提案に乗っただろう。それに付随する緊張や恐怖は何度もあったし、乗り越えてきた。


 だが、この胸を穿つ気持ちの悪い感覚は戻りたくないと叫んでいる。


 (マサキ)とフォノと再会したことが、後ろ髪を引いて簡単に踏み切れないのだ。


「ちょっと、君、せめて名前を————、俺はセルネル。セルネル・シャーオス」


 男、セルネルの声を背中に受けながらも結子(ユイコ)は振り返らずに光のもとへ小走りに向かっていく。


 そして、午前の涼しげな空気と暖かな陽気に体を晒すとようやく胸につかえていたものがお腹に収まるのを感じた。まだ落ち着かない動悸に冷や汗が頬を伝う。


 結子(ユイコ)は胸に手を当てて、手のひらで固いものがあるのを認識する。コートの内ポケットに〔アル・ガイア〕の小型デバイスだ。


「どうしよう……」


 混乱する頭で結子(ユイコ)は直立する〔アル・ガイア〕を見上げる。


〔アル・ガイア〕は明後日の方向を見つめたまま、微動だにしない。何も答えてはくれなかった。

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