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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第二章
14/118

~旅立ち~ 夜のひと時

 夜の帳が降りて、撤退を余儀なくされたフライハイトは襲撃した町より北へ数キロ離れた地点で野営をしている。


 兵士たちは犠牲になった構成員の死を悼む暇なく、夕食を済ませるとすぐに〔AW〕の修繕作業に打ち込んでいた。


 バイン・シフが船底を開放し、天蓋の役割を担いながらいくつものケーブルを垂れ流しにしていた。それらは配電ケーブルなり、機体を支えるものであったり、はたまた作業をする人を吊るす命綱もあった。その上に爛々と照明器具が並べられ、淡い橙色の光を振りまいている。


 冷たい夜の空気に熱気が沸き立ち、白い蒸気が風で流れていく。


「早く作業を進めてくれよ。時間は少ねぇんだからな」


 船内のキャットウォークから作業を見下ろす初老の男が大声を張り上げる。


〔パンツァー・グランツ〕の整備班長で、長いこと〔AW〕の世話している男だ。技術士としては門弟身分だが、丁寧な仕事をする。


 しかし、今の彼はすぐれない。ポリシーに反した仕事をしているからだ。


「まったく一機撃墜され、二機を中破されて一週間以内だものな。艦長も無茶を言う」

「無茶でもやってもらわなければならない」

「か、艦長。これはご無礼!」


 背後から艦隊を指揮する艦長が現れ、整備班長はあわてて振り返り敬礼する。


 艦長は毅然として片手を上げて制する。


「いや、無理を言っているのは承知してる。だが、騎士団に報告にあった機体がわたるのだけは阻止しなければならない」

「例の巨大アーデル・ヴァッヘですかい?」


 そうだ、と艦長は言ってキャットウォークの手すりに手をつく。


 目下では格納庫の光に照らされた〔パンツァー・グランツ〕とその肩に乗って修繕にいそしむ整備員の姿があった。ひしゃげた肩部は〔AW〕同士で破損したとは思えない凹凸が目立つ。何か巨大なものに包まれて、圧迫されたように見える。


 整備班長も見下ろして言った。


「だいたい、何トンとあるアーデル・ヴァッヘを投げ飛ばすような機体なんでしょう? それにこの壊れ方。異常ですな」

「そういうやつだからこそ手中に収めたい」

「町を襲った罰なんじゃないかって噂になってますがね」


 整備班長もそう信じたいくらいだ。


 今さら迷信云々を持ち出して、神様に頼ろうとは思わない。正直な話、操縦者たちが見たという〔AW〕は常軌を逸している。だからこそ、わけのわからないものと括りつけて無理やり納得したいのだ。


 艦長は肩をすくめる。


「俺の判断ミスだと?」

「いいえ。めっそうもない」


 整備班長はおどけて見せて、不機嫌顔の男を見た。


 彼なりに何か思うところがあるのだろう。それこそ、迷信を信じてみたくなるような不安定さがあった。今回の作戦は修道騎士団の装備を奪取するためであったが、町一つ燃やし、あまつさえ貴重な〔AW〕一機を操縦者ともども失った。


「だったら、早く修理しろ」


 苛立った声とともに艦長は踵を返してキャットウォークを歩き出す。


 整備班長は空返事を返しながら、彼の体裁メンツのために働くのは釈然としない。功を急いてこの体たらくを演じれば名誉挽回の活躍だってしなければならない。


「人間、生き急ぐとろくなこたぁねぇな。今夜も夜勤か……」


 整備班長は重い足を引きずるように地上につながらす縄梯子へ向かう。地上で仮眠を取っている連中をたたき起こして、交代させなければならない。




 夜が深くなると残った木々のざわめきが一層強くなって、天蓋の代わりに張った布がバタバタと音を立てる。吹き抜ける秋の夜風が容赦なく肌に突き刺さり、誰もが毛布や上着、はてはカーテンにくるまって寒さをしのぐしかなった。


 教会の前に集まる人々を見守る様に〔アル・ガイア〕が跪いて見下ろしている。物言わぬ黒い鉄巨人は多少の風よけになったが、威圧感が凄まじい。周りにある松明の明かりでも、頭部は真っ黒な影となっている。


「嫌な感じね……」


 ミトは〔アル・ガイア〕から視線を外して、背後で横になっている三人の少女を見た。


 バチッと彼女の前で燃え上がる焚火が音を立てる。


 寒々しい中で(マサキ)、フォノ、結子(ユイコ)が寄り添いあって一枚の毛布を共有している。寝息も聞こえない。寝返りを打つ気配すらない。石のように横たわる。


「…………」


 死んだように眠る(マサキ)たちを思うと、ミトは寝付けなくて、だけど添い寝することもできなかった。


 本当に息が止まっていたらと思うと怖かった。


 彼女たちは襲撃してきた二つの勢力を追い払った。誰もが三人に感謝していたが、当の本人たちはずっと眠りっぱなし。夕食も取らず、ずっと目を閉じている。


 胸の内が落ち着かない。今にも奈落の底に落ちてしまいそうな不安感が沸き立つ。


 また焚火が音を立てる。


「ミトさん……」


 呼ばれて、ミトは我に返って焚火の向こうにたたずむ人影を見た。


 高身長の少年だった。すらっとしたモデル体型、短い髪、寝ぼけ眼の青い瞳、愛嬌のある顔をしている。身にまとう衣服は半そで短パンと見ている側が寒気を感じる様な快活な服装だ。


 ミトは呆れて、肩の力を抜く。


「カーヴァル。もう寝る時間でしょう?」

「うん。まぁ、そうだけど、寝れなくて……」


 そういって高身長の少年、カーヴァル・イスロットはミトの隣に回り込む。


 ミトの溜息は白い霧となって立ち上る。座り込むカーヴァルにひざ掛け代わりに使っていたタオルケットを彼の肩にかける。


「他のみんなは?」

「みんな寝てる。でも、ジジババが幅効かせて隅っこに追いやられてる」


 カーヴァルがそういうとミトは表情を暗くする。


 辛うじてミトたちの暮らす家は戦闘による被害はなかった。そのため怪我人や年寄り、子供に寝床として明け渡していた。寒い夜だ。とくに怪我人には辛い夜になるだろう。教会の礼拝堂も同じに違いない。


「夜は寒くなるから、ちゃんと着なさいって言ったでしょう?」

「だって、あいつらが————」

「上着もズボンも、あなたサイズのを作ったでしょう? 家に取り入ったはずでしょう?」

「…………だって、ダサいじゃん」


 その一言に、むっとするミト。


「だったら、自分でどうにかしなさい」

「俺まだ十二歳だから、無理」


 カーヴァルが大あくびをしながら言った。


 ミトは相変わらず彼が十二歳とは到底思えなかった。ミトを軽々超える背丈は同年代の少年少女からも浮いている。しかし、彼の裏表ない子供っぽさは同じ釜の飯を喰らう子供たちと変わりない。


 思春期ともなって、彼は他人の目を気にするようになった。ミトが夜なべして作った服を嫌がるのもそうした理由だ。


 ミトは傍に置いてある枝を折って、焚火にくべる。


「無理なら文句言わない。それに今はぜいたくは言えないの」

「わかってるけど……。嫌なものは嫌だ」

「はぁ……。そのガタイでよく言うわよ」


 ミトが呆れる傍で、カーヴァルは背後のテントを見た。


「誰が寝てるの?」

(マサキ)たち、ちょっかい出さないでね。疲れてるのよ」


 ふぅん、と言いつつカーヴァルがタオルケットを肩に羽織って四つん這いでテントの方へ。


 ミトが鋭い視線を射て、彼のズボンを引っ付かむ。


「何する気?」

「お姉ちゃんのお寝顔を見るだけ。ズボン、脱げちゃうよ」


 カーヴァルは苛立った声を極力抑えて、引っ張られるズボンを引き上げようとする。


 ミトは怖い顔をしながらズボンを引っ張る。


「カーヴァル。女の人が寝ているところに勝手に行くのは、男として最低なのよ」

「神父様もそういってたけど、いいじゃん。家族なんだし」

「そういうことじゃないの。マナーよ。教養よ?」

「大丈夫だって。起こさないよ」


 カーヴァルはミトの手を払いのけると中腰になってテントに近づく。


 ミトは深い溜息を吐いては、仕方なしに焚火に向き直る。全幅の信頼とはいかないまでも、カーヴァルは十代の子供だ。まだまだ社会のマナーについて理解が乏しい。(マサキ)のようにいろいろ経験を積んだわけでも、フォノのように熱心に勉学に励んでいるわけでもない。


「やめないと明日、(マサキ)に言いつけるし、朝ごはんも抜きだからね」


 ミトがそういうとカーヴァルはテントの布に手をかけた状態で凍りつく。


「それでよければ、どうぞご自由に。巨大な護衛も見てるわよ」


 ミトはすまし顔で言って、視線を上へあげる。


 満天の星空を覆うように跪いている〔アル・ガイア〕。


 その無言の圧力を感じたのか、カーヴァルがよそよそと戻ってくる。


「あんたが(マサキ)のことを好きだと思うなら、あの子を困らせるんじゃないよ。今まで馬鹿にしてたんだから」

「俺だって(マサキ)姉ちゃんくらい働いた。だから、お相子だ」

「あの機体が捕まえたバイン・シフから医療品や調度品を運んだのはみんな偉いわ」


 だけど、とミトは隣に戻ってきた少年に言う。


「あの子はそれ以上に辛いことをしていた。比べることじゃないんだけどね」


 ミトはまだ頭の中に残るあの町の惨状を思い出す。人が死に絶え、町の景色は一瞬にして瓦礫と化した。その中を(マサキ)は人を救おうと必死になっていたに違いない。


 簡単にできることではない。彼女は人を救うために、多くの人に触れてその中の一握りしか救えなかった。一緒に行動していた結子(ユイコ)でさえ、操縦席で見ているのがやっとだったと話していた。


「わーってる」

「だったら、変な気は起こさないでよ」


 カーヴァルが(マサキ)を異性として好いていることを咎めない。だが、彼のアプローチと言えば幼稚な子供のいたずらで気を引くことだけ。


 カーヴァルはミトの言っていることが理解できず、ムッとするばかり。


「ミトさんは時々おかしなことを言うな」

「わたしには余裕がないからね。色々と……」


 カーヴァルは知った風に返事して、しばらく彼女の隣に座った。


 カーヴァルにとってミトは母親とお姉さんの中間のような人。ここに流れ着いて世話になっているが、彼女に母性を感じたことはない。不思議な距離感を感じながら今日まで生活してきた。


「変な夜だ」


 カーヴァルはそうつぶやいて、夜空を眺める。


 満天の星は宝石のように煌めき、少年の恋慕する気持ちを落ち着かせる。

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