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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第二章
13/118

~旅立ち~ 夕焼けの痕

 地響きが伝わる。冷たい空気を震わせて、耳の奥へと入り込んでくる。


 ミトが目を覚ましたのは、礼拝堂の古びた長椅子の上だった。天窓から西日が差し込み、礼拝堂を照らしている。


「う、うぅ……」


 額に手を当てるといつもしているバンダナがきつく巻かれていることに気が付く。少しばかり湿った感触が手についた。


「ここは……、いたっ」


 ミトは上体を起こそうとしたが、背中を走る激痛と頭痛にもう一度固い長椅子へと横たわる。ぼやけた視界が明瞭になりだすと、高い天井の梁の層を確認して目を細める。急造で作った教会らしい、美的センスのないものだ。


「あたし、どうしてここにいるのかしら?」


 大きく息を吸い込みながら、ここに来るまでの経緯を思い出そうとする。


 だが、記憶は火の海と子供の泣き顔を最後にぷっつりと切れている。


「そうだ。あの子は——!」


 ミトは慌てて再度体を起こす。多少の痛みは仕方ないと覚悟して、骨身が軋むような痛みに耐える。


 すると、礼拝堂に入ってきた母子が背もたれに手をかけて起き上がる彼女を見つけて駆け寄る。母親の手には桶と濡れ布巾があった。


「いけません。安静にして」

「おばちゃん、無理はダメだよ」

「お、おばっ!?」


 ミトは子供のおばちゃん発言に目を剥いて、近づいてくる母子を見る。二十代半ばの彼女はまだまだおばさんと呼ばれるような歳ではない。


 しかし、その子供の顔を目に入れたとき、怒鳴りつける気は失せていた。あの泣きじゃくっていた子供だ。天窓の日差しに照らされたその顔は綺麗で笑顔を浮かべていた。


「あなた、無事だったのね」

「うん」

「息子を助けていただいてありがとうございます」


 母子が深々と頭を下げる。


 ミトはいいえ、と手を振って愛想笑いを浮かべる。助かったことがわかっただけで十分だ。しかし、周囲に目が移って、他にも長椅子に横たわる人や隣に付き添う人たちの姿があった。誰もが包帯や布を宛がって、苦悶の表情を浮かべている。


「あの、アーデル・ヴァッヘは?」

「ええ……、撤退しました。怪我人も多く出たようで……」


 母親が桶を床に置いて、布巾を絞る。ぽたぽたと水が滴る音が反響する。


 もの寂しく、重々しい空気が礼拝堂に漂う。


「どうぞ。これで、お顔を拭いてください」

「どうも……。あの、ここに孤児院の子たちはいませんか?」


 ミトは布巾を受け取りつつ、膝をついている母親に問う。冷やっこい布巾で汗でべとつく顔を拭いて、首筋も撫でるようにした。


 すると、母親がああと合点がいったように声を漏らして笑いかける。


「大丈夫ですよ。猟友会のお姉さんが面倒を見てましたから」

「猟友会の……、フォノが?」


 ミトは煤と汗を拭いてさっぱりすると彼女の言葉に安堵する。


 別行動をとっていたフォノがいるということは(マサキ)結子(ユイコ)もまた無事である可能性がある。孤児院の子たちのことですっかり忘れていた。


 忘却していたことを恥らいながらも、ぎゅっと布巾を両手で握り締めて喜んだ。


 しかし、開け放たれた出入り口から吹き込む風が焦げ臭いにおいを運んで、不安な気持ちを加速させる。


「その子以外に、マフラーをした子と黒いコートの子を見ませんでした?」

「えっと……。その子たちでしたら、町の方へ救助活動に出ましたよ」

「すっごいんだ。大きな巨人を使うんだよ」


 子供が両腕で大きく輪を描いて、その大きさを表現する。


 ミトはそうと小さく頷きつつ、床に足をつける。それからゆっくりと立ち上がると木造の床がぎしぎしと嫌な音を立てる。


「あっ。大丈夫ですか?」


 母親が慌てて支えようとするも、ミトは手を翳して制する。足元が今にも崩れてしまいそうだったが、力を込めてどうにか立ってみせる。


「大丈夫ですよ。それよりもわたしたちが助かったのって――――」

「はい。この子が言っている巨人がここまで運んできてくれました」


 母親は怪訝な顔つきで、自分でも信じられないといった風だった。


 ミト自身、巨人によって助けられたなど信じられない。しかし、証人である子供の方は浮足立った様子で疑いを持っていなかった。


 その姿を確認しなければならない。


「ありがとう。少し、表の空気に当たってきます」

「わかりました。わたしは他の人のこともありますので、これで。本当にありがとうございました」


 母親はミトから布巾を受け取って再度頭を下げる。ここにいる人の介抱があるらしく、そのまま桶を持って子供を連れていく。


「ありがとう、おばちゃん」

「あたしはまだお姉さんだって」


 子供の発言にミトはそう言いかえして、ゆっくりと出入り口へと向かう。西日が差しこんで、扉の先は真っ赤に燃えているようにしか見えない。いや、実際まだ燃えているのかもしれない。


 右足を引き摺って鼻につく焦げ臭さと地面を揺るがす地鳴りを聞きながら、出入り口に達する。


「あ……」


 ミトの視線の先に広がったのは、丘陵から見下ろした燃え立つ町の姿。ところどころで、黒煙が上がっている。それらは山風に流されて、黒い旗のように宙で揺らめいている。山間に沈んでいく夕日が濃い山陰を落として、衰えない火の勢いが顕著に窺える。


 空は群青から青紫へと夜の帳を下ろし始めて冷たい風を運ぶ。


 少し目を落とせば教会前の広場では焚火が行われて、避難してきた人たちが囲んでいる。野営の準備をしているのかそこここで布張りのテントや炊き出しの準備まで行われている。


「ミトさん!」


 と、枝葉を抱えたフォノが子供たちを引き連れてやってくる。子供たちも枝の束を持って彼女の手伝いをしている。


「フォノ。無事でよかった」

「ミトさんこそ。みんなは拾った枝を向こうに持って行って」


 フォノは顎で枝葉が積まれた小山を示して、ついてきた子供たちを促す。彼らは返答するとすたすたと指示された場所へ歩いていく。


 普段なら不満の一つも零すところだが、状況が状況なだけにわかっているのだろう。


 ミトはフォノの頭の見慣れないヘアバンドに視線を向けながら言う。こんなものを作ってあげたか、と疑問に思ったが彼女の安堵する表情にその感情はどこかへ吹っ飛んで行った。


「あたしが寝ている間、みんなをまとめてくれたの?」

「いいえ。神父様が取りまとめてくださいました。わたしは何も……」


 フォノが疲れた顔を隠すように微笑んで肩をすくめる。


 そこへ丘陵から這い上がる様にして〔アル・ガイア〕の影がそそり立つ。マニピュレーターには二人ほど人を乗せていた。


 ミトはその大きさに驚愕して、フォノから手を放す。広場に影を落とし、巨体が今にも覆いかぶさってきそうだ。


「ああ、大丈夫ですよ。(マサキ)結子(ユイコ)が操ってますから」

「これを……」


〔アル・ガイア〕の凶悪な四つ目と鋭い角がじっと見つめてくる。


 まるで台座のようなマニピュレーターをゆっくりと広場に降ろすと待機していた人たちが担架を持ってくる。マニピュレーターに乗っている人を素早く担架に移し、礼拝堂へと運んでいく。


 ミトとフォノはそのうちの一人を見てぞっとした。炎に巻かれて皮膚は黒く焼かれ、爛れ落ちた皮膚からは油っぽい光沢を放つ肉が見えた。夕日がさえぎられていなければ、もっと生々しいものを見ていただろう。


『ミトさん? ミトさんだよね?』


〔アル・ガイア〕の強面から(マサキ)のはきはきした声が響いた。


 ミトはその大音量に顔顰める。


「そうだよ。(マサキ)結子(ユイコ)も降りてきてよ」


 フォノは涼しい顔で〔アル・ガイア〕の顔を見つめてそう言った。


 了解、と(マサキ)の返答とともに機体が跪く体勢になり、頭部と右胸部のハッチが展開する。頭頂部に現れる人影と右胸部の装甲が開放されると、そこからまた人が現れる。


(マサキ)結子(ユイコ)さん、なの?」

「そうですよ。二人ともご苦労様」


 フォノはワイヤーリフトに乗って降りてくる二人に大声で労いの言葉を投げかける。


 頭部から降りる(マサキ)が手を振って答え、右胸部から降りる結子(ユイコ)も小さく手を振って返した。


「あなたたち、本当に……」


 ミトは降りてくる二人と隣のフォノに視線を配りながら、歯切れの悪い声しかでなかった。


 目の前で恭しく跪く巨人は確かに三人の忠実な下僕も同然に見える。だが、ミトにとってそれを操っているのが家族同然に暮らしてきた女の子たちというのを信じたくなかった。


「ミトさん。大丈夫? 頭とか痛くない?」


 (マサキ)は地面に降り立つと一瞬ふらつき、それからミトたちの方へ歩み寄っていく。そのあとを無言でついてくる結子(ユイコ)の姿があった。


 ミトは自然と前へと歩んで(マサキ)結子(ユイコ)を迎える。


(マサキ)結子(ユイコ)さん……」

「えへへ……。無事でよかった。本当によかった……」


 (マサキ)は屈託のない笑みを浮かべる。鼻水を啜り、赤い鼻頭をマフラーで隠す。煤に汚れたマフラーは焦げた臭いが染みついて脳裏に焼き付く。


 ミトは彼女の前に立ちどまると苦しそうな顔をする。(マサキ)たちは見るからに疲れ切って、立っているのもやっとの様子だ。後ろから結子(ユイコ)の心労極まった表情が見えてさらに胸が締め付けられる。


 それでも普段通り、彼女たちを迎える。覆いかぶさりそうな〔アル・ガイア〕からとにかく話したかった。


「疲れたでしょう? ゆっくり休みなさい」


 ミトの質問に、(マサキ)はうんと一つ頷く。


「おかえり、(マサキ)結子(ユイコ)


 フォノが優しい瞳を向けて軽く膝を折った。


「ただいま、フォノ。ただいま……」


 すると、(マサキ)はふっと気の抜けた表情をして膝から崩れ落ちる。


 ミトが素早く抱き寄せて、一緒に地面にへたり込む。


「無理をしたのね、やっぱり……」


 喉の奥が熱くなり、這い上がってくる嗚咽を堪えてミトは言った。


 抱きかかえる(マサキ)はまるで砂の詰まった麻袋のように重たい。死んだように瞳を閉じて、その顔は煤に汚れ、涙の流れた跡がくっきりと残っている。その手は血や油、埃にまみれていた。服も赤黒い血にまみれ、汚れている。


(マサキ)、たくさんの人に触れてたから……」


 結子(ユイコ)が申し訳なさそうに呟く。


 (マサキ)とは対照的にきれいな姿をしている彼女は一度だって怪我人に触れていない。触れる勇気などなかった。炎にのまれた街で行き倒れの人を救うには〔アル・ガイア〕の手は大きすぎた。だから、直接マニピュレーターに運ぶ作業が必要だったし、生死の確認も必要だった。


 そのすべてを(マサキ)が請け負って救助活動をしていたのだ。彼女自ら進んで、傷ついた人たちに触れた。


 結子(ユイコ)は怪我人の凄惨な姿に口元を押さえて耐えることしかできなかった。〔アル・ガイア〕の機能を活かして人探しをするのは困難ではなかったぶん、発見できた人は多い。そのすべてが助かったわけではないが。


 ミトは顔を強張らせて、(マサキ)は引き寄せて抱き上げる。脱力した小さな体はずっしりと重い。片足に力を込めて、腰を上げる。


「…………フォノ。寝床の用意をお願い。結子(ユイコ)さんも手伝って」

 

 ミトの指示にフォノと結子(ユイコ)は素直に従って、先に野営地へと歩き出す。彼女たちも疲れている。その上で雑用を頼んだのは後ろめたい。


 耳元に聞こえる寝息は弱々しく、息が今にも絶えてしまうのではないかと思ってしまうほどだ。


「どうして、こんなことになっちゃったんだろ?」


 ミトは忌々しげに〔アル・ガイア〕を見上げてつぶやく。

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