~弾劾~ 村に潜むモノ
キャメロット・ザセット率いる修道騎士団が柾たちと同じ宿場町に立ち寄ったのは偶然でしかなった。
実際、修道騎士団の動きは実に簡素なもので従者たちが町の方々を練り歩いては、説法や貧しい者には連れてきた馬たちの積み荷からパンや塩を渡して回っていた。
それを物陰から見ていた柾たちは小首をかしげる。
「塩をあげるだなんて、気前良すぎない? 地中海からでしょ?」
「だから、みんなから好かれもするし、警戒心がない」
結子は家の中へ従者を引き入れる町の人たちを顎で示す。
「町全体が歓迎ムード。軽い餌でつられて」
「そういう言い方、よくないと思うわ」
否定的な結子に対して、フォノがむくれる。
「フォノの信仰心を責めてるつもり、ないけど」
「善行をしているだけでしょう。人聞きの悪いっ」
フォノは肩を上げて、泥水を跳ね上げながら裏道へと進んでいく。
「結子、今回は言い過ぎ」
「でも、考えて見て」
フォノの後についていく柾に並んで、結子は周囲に目を配る。
裏通りと言っても石造りの家々が集合してできた細道だ。屋根は低く、水道が行き届いていないこともあって寒々しい空気に交じって嫌な臭いが立ち込めていた。
「フットワークの早い騎士団とはいえ、初冬のアルプスにわざわざ……」
「あの口ぶりは意図的にここか、あるいはもう少し先を目指してる風ではあったけど」
柾はキャメロットの口振りを思い出して、緩んできたマフラーを少し正す。
寒さも日が暮れだすとともにまして、路地に吹く風もひどく冷たい。
「山風の厳しい場所だから、心配してる人だって中には入るんでしょう」
すべての修道騎士団会員が利己的ではない、はずだ。
本当の意味で清貧を貫き、人の善のため尽くす志を持っている人も中に入るだろう。
フォノはその言葉を背中で聞きながら、張っていた肩の力を抜く。変なところで意地になっていてもしかたないし、自分の信じた教義を全うするべきである。
人に言われて揺らぎ、他人を矯正しようとするのはまだまだ自分が未熟だと思わされる。
「世の中にはいい人だって、いっぱいいるわ。ただ知らないだけよ」
フォノは後ろの二人にそういって、裏道を抜ける。
ちょうど村の中心を流れる運河に面した道に出た。水の流れと共に吹く風は一層冷たく、向こう岸は山影に隠れて暗い。運河は濃い青色をして、それなりの深さがあるのが見て取れる。
さすがに体一つでこのまま渡河するわけにもいかない。
「どうする?」
フォノは振り返って、柾と結子に指示を仰ぐ。
「資材調達は無理そうだし、帰って修理――」
柾は言いかけて、対岸で動く人影に目を止める。
人影は数人。山陰を利用して、何か焦った様子で下流へと走っていた。走る先には停泊しているバイン・シフのドッグがある。
その人影とバイン・シフが柾の中で根拠もなく結びつく。
「どうかしたの?」
フォノがぼぅっと対岸を目で追う柾を見て小首をかしげる。
「ん? いや、なんていうか、向こう岸を人が走ってたから」
「そんな理由で?」
結子も彼女の漠然とした言い分に呆れながら、対岸に目を凝らす。
「だって、なんか怪しいから」
勘、と言ってしまえばそれでおしまい。
柾の胸中は小石につまずいたかのような、ほんの些細な引っ掛かりを覚えるばかりで胸騒ぎがするほどでもなかった。
「わたしたちの方がどうかと思うけど……」
フォノは日差しにさらされているテルテル坊主のような自分たちの姿を見直して肩を上下させる。
「騎士団の調査対象があるとか? それも見られたら危ないような」
結子は顎に指を添えながら推察する。
「それならそれで……。今のうちに帰る支度したほうがいいのかな? 長居してると、こっちまでボロが出そうだし……」
柾は結子の意見を受けて、歯切れの悪い言葉を紡ぐ。
「柾にしては慎重な意見ね。首を突っ込みそうな話だと思ったけど」
「今はそんな気分じゃないだけ……、それだけ……だとおもう」
柾はフォノの意見に目を細めながら、上流の方へ体を向ける。
フォノと結子は互いに顔を見合わせて、小首をかしげる。様子のおかしい柾に心配と疑問を拭いきれない。
神経過敏になったり、センチメンタルになったりと忙しい彼女であるが、いつにもまして情緒不安定な気がする。
「どこ行くの?」
「どこか寒さがしのげそうなところ。騎士団に見つかるの、さすがにマズイ」
「顔を知られてるからね」
「じゃあ、町を出るのは夜中になるのかしら?」
結子とフォノの付け足しに柾はふっと短く吐く。
白い吐息が揺らめいた。
「そういうこと。煙突の近くとか、どこかの納屋にでも間借りすればどうにかなるでしょ」
「納屋って言われてもね……」
フォノは落胆のため息を吐き、歩き出す柾の背中を見つめる。
「日暮れまで我慢するのよ?」
「大丈夫。慣れると思う」
対して、結子はフォノの手を引いて、気を引き締めるように長く息を吐く。
彼女らの吐息は川風に流れて、下流の方へと消えていった。
* * *
村人たち、とりわけ運送業を生業とする人々は慌てていた。
「こっちだ」
バイン・シフが停泊するドックで一人の男が町から戻ってきた仲間を出迎える。
午後の冷たい風にせかされるようにして、男女の集団が小走りに周囲を警戒しながら出迎えの男の下へ駆け寄る。歳はまばら、しかし、違うきちっとしたシャツやコ―トは山岳民にしては都会風を吹かしていた。
彼らが頼りにするドッグの倉庫の通用口からわずかな明かりは山陰の下ではあまりにも乏しい。それでも明星のように彼らには眩しく感じられた。
「明かりを消せっ」
「尾行はされてないだろうな?」
出迎えの男は仲間の神経質な声など無視して、そう問いただした。
最初に入った一人が出入り口の光源であるランプを手にして、倉庫の奥へと進んでいく。
「ええ。こっちは大丈夫」
「ならいい」
最後尾の妙齢の女性を通用口に通すと、出迎えの男は辺りを一瞥してから自身も倉庫の中へ入る。
「修道騎士団が来るなんて、聞いてないぞっ」
「誰もそんなことはわかってる。巡礼の周期も中央の方からの連絡船の航路だって調べた」
前を進んでいく仲間たちは口々に不安を漏らし、早足で奥へと進む。そのうちに各々自分の懐や腰回りに手をやって、軽武装の確認をする。
彼らは修道騎士団の動きを非常に勤勉に調べつくしていた。聖騎士二十七艦隊の半数を把握しているつもりだ。しかし、残り半数を取りこぼしていたと思えば、遭遇した程度のアクシデントで慌てふためいたりしなかっただろう。
倉庫内を行く男女たちを焦らせるのは、修道騎士団にとってあまりにも都合が良すぎる展開だからだ。
「北のあの轟音がやはり原因じゃないのか?」
「たった二日前のだぞ」
仲間内で納得のいく答えを模索するが、混乱が冷めることはない。
「それほど早く動けるものか」
倉庫には高く積み上げられた木箱の数々が肩身狭く並んでいる。
彼らはその合間を進み、やがて先頭に立つ男がランプの明かりに照らされた傷だらけの木箱を見つけて立ち止まる。
「動かされた跡はないな」
「よし、動かすぞ」
ランプを手にしている男が床を入念に観察し終えると、後に続いていた屈強な男たちが木箱を移動させる。
ほかのメンバーが不安げにその様子を見守る。冷え切った倉庫に響く床をこする音が彼らの精神をも削るようで不安感が膨らむ。
「修道騎士団を呼び込んだ連中がいるって思うと、やはりフライハイトとか――、女王級のアーデル・ヴァッヘの噂……」
「本当なのかも。だけど、向こうにだって聖騎士はいるはずよ」
「南に腰を据えている連中がなだれ込んでくるのも面倒だ。当分は動けなくなるかもな」
彼らはフライハイトとも修道騎士団とも違うグループだ。
思想や教義とは違った理念のもと自分たちの仕事を遂行する寄合である。だが、それは違法的な物であり組織として確立している二つの勢力に目をつけられては彼らの生活は苦しくなる。
「やっと東洋との話がまとまったっていうのに」
「アレが見つかったらどうしようもない」
仲間たちは先々の不安に押しつぶされそうに、頭をかきむしり唇をかみしめる。
そして、不安の種となるモノは決して仲間以外に悟られてはいけない。それは彼らにとって一獲千金の資産でもある。
木箱をどかすと、床に一体化した地下へ通じるドアが現れる。ランプを持つ男がドアを照らしながら、丸い蓋をスライドさせ鍵穴を見つける。それから持っていた鍵で開錠。
男は開錠の手ごたえに少しだけ安心した。
もしこのドアが仲間以外の者が開けるとしたら、ピッキングか鍵を壊すしかない。ピッキングによってあけられたのなら、僅かな変化を開けた感覚でわかる。古い錠だ。少しでもピッキング技術が低ければ、古いバネなどはへし折れるか、はじけ飛んでしまうだろう。
床をはがすようにしてドアを開けると、うっすらと寒い空気が立ち込め石造りの階段が暗闇へと続いている。
「お前たちは先に行け。ここで見張る」
「心配しすぎじゃないのか? やつらはただ布教熱心な司教たちだ」
ドアを開けた男は手の感触を確かめながら、不安そうな仲間たちを見上げる。
だが、そんな不確かな楽観視を仲間ができるはずもない。
「とても剣をぶら下げてる連中とは違う」
ドアを支える二人も苦い顔をしながら、ランプの男が降りていくのを見送る。
その後ろを女性二人が地下へと進んでいく。あたりはすぐにも暗闇に包まれ、天窓からの月明かりもあまりにも細々としている。
「殿、頼むぞ」
ドアを支える一人がいまだ暗闇に視線を注ぐ最後の一人にいう。
「ああ。念には念をいれる。ブツは持てるだけにしておけ。無理に運ぶ必要はない」
「わかってる」
見張り役を残して、ドアを支えていた二人も地下へと潜っていった。
「あまり時間をかけないでくれよ」
見張りの男はキリキリと痛む腹を抑えながら、周囲を警戒する。そして、もう片方の手は無意識に懐に隠している拳銃に伸びていた。
静寂が倉庫内を支配し、暗闇はにわかに人に目には厳しい濃さに満たされる。ネズミ避けの猫も眠りこけているのか、あたりでは何かが動く音もない。
見張り役は耳に全神経を集中して、床に膝をつく。
この中を物音を立てずに動ける者などいない。それこそ研ぎ澄まされた狩猟術を身に着けた獣くらいのものだろう。
ピリピリと一人、彼は暗闇の中で精神が勝手に擦り減っていくのに耐えながら仲間が戻るのを待つ。
一方で地下へと下った仲間たちは急勾配な階段を下り終えて、底冷えするような地下室へと足を踏み入れる。
低い天井には太い梁が巡り、ランプに照らされる冷たい石壁が四方を囲う。そして部屋にぎゅうぎゅうに詰められた木箱はひっそりと鎮座している。
「誰かが来た様子はないようだけど……」
「ブツは?」
女性陣を押しやるようにして、最後尾の二人が階段の前で部屋をのぞき込みながら、ランプを持つ男に言った。
ランプの男は手近な木箱に明かりを置いて、木箱の一つに手を伸ばす。閂が一つされただけの無防備な錠を外し、天板をずらす。
「問題ない。数も減っている感じはない」
男は箱の中の一つを手に取り、ランプの光に明かした。
それは瓶詰された黒い半液状のモノ。焦げ付いてしまったべっこう飴のような塊が詰め込まれており、瓶の側面にもべっとりと張り付いている。
「加工前だって一目見ただけじゃわかるものか」
「それこそ、こういうものを専門に扱ってる連中でもなければ――」
途端、地上の方でなにかが倒れる音共にドアが蹴破られる破壊音が地下に伝播した。
「何の音――」
出入り口にいる二人が慌て、ズボンにねじ込んでいた拳銃を抜いて階段を見上げる。
だが、それよりも早く何者かが飛び出し、二人の男を床にたたきつける。
「ご――」
二人の男は口から水が詰まったような声を零して、動きを止める。
一瞬のできごとだ。
飛び込んできた人物は素早く身を起こし、男たちの喉元から刃物らしいものを引き抜いた。
残された三人も応戦しようと各々に隠していた拳銃を手にしようとした。
だが、侵入者の手の動きの方が圧倒的に早い。
その手は刹那のうちに蛇の様にしなり、仕込まれていた刃が飛ぶ。鎌鼬でも起きたかのような妙に涼やかな風を切る音が部屋に起きた。
瞬く間に、女性二人が喉を貫かれて、苦悶の声を挙げながらふらつく。ランプの明かりが彼女らの喉元から伸びるむき出しの刀身の茎が光った。
「クソッ」
残る一人が狙いも定めず引き金を引く。
拳銃から放たれた弾丸は侵入者を捉えるどころか、ふらつく仲間の一人に命中。その人物は衝撃で倒れこむ。
侵入者はローブらしい上着を揺らして、低い姿勢のまま疾駆する。
一拍と間をおかず、彼我の間合いは詰まる。
そして、侵入者は一瞬にして腰に据えていた短刀を引き抜く。その切り上げは銃を持つ男の手首を刹那に切断する。
「――――っ」
男が痛みに頭が真っ白になり、悲鳴を挙げそうになる。
それよりも早く伸びた侵入者の大きな掌が男の口をふさぎ、木箱の上にたたき伏した。
男は顎を砕くかのような握力に目を白黒させながら、フードに隠れた侵入者の深い闇のような貌から目を離せなかった。そして、その耳に次々となだれ込んでくる人の足音と何かを突き立てる鈍い音が聞こえて戦慄する。
地下室が入ってきた人の持つランプの明かりで満たされ、男の視線の先もまた暴かれる。
その顔に男は目を大きく見開いた。
「調べろ……」
男を組み伏せる侵入者が視線を変えることもなく、入ってきた仲間に告げる。
全員が同じような薄暗いローブと身に纏い、顔はフードで隠していた。その挙動は実に鮮やかで素早く、木箱を開けるなり中を瓶詰されているものを観察し、一人はその欠片を口に含んだ。
そして、すぐに吐き出して忌々し気に告げる。
「間違いありません。ケシです」
破片を含んだ一人は仲間から水筒を受け取り、口の中を濯いだ。
黒い半液状のモノはケシの原液が凝固したものである。加工前の純度の低いものであるが、それだけでも毒薬としてこのヨーロッパ世界では厳しく取り締まられている。
「ご苦労」
組み伏せる男は労い、恐怖している相手に神経を注ぐ。
「これらの運搬航路と依頼主を話すか?」
対して、密輸者の男は力を増す侵入者の掌にもはや話せる手合いでないことを悟っていた。
話したところで自分が死ぬ運命に変わりはない。
ならば、黙って死んだ方が人徳的に精神的に楽な気がした。切り落とされた腕の痛みもあって、それがいいと精一杯に自分に言い聞かせる。
ローブの男もそれを瞬時に悟ったのだろう、有無を言わせず密輸者の喉を短刀で掻っ切る。滾々と血が流れ落ちて、男は苦しみ喘ぎ全身を痙攣させながら絶命していく。
見ていて愉快なものではない。だが、誰一人として気にも留めない。路上で死にゆくセミの最後の喘ぎを見た程度の感覚しかない。
「やはり、主の啓示は本当であった」
ローブの男は血にぬれた手も気にせず、フードを取る。
ランプに照らされる浅黒い肌と黒髪、毅然とした顔つきはキャメロット・ザゼットのものであった。彼の視線は周囲にいる従者たち一人一人を捉える。
「アルフたちの方で証拠は掴んでいるのであったな」
「はい。村の者たちから密告者が数人」
「なるほど……」
従者の報告を聞いて、キャメロットは無味乾燥に畜生でも見るように散乱する死体を眺める。
「異端者には罰を下さねばならない。まして、神を欺き、善良なる信徒を苦しめる元凶を野放しにはできない」
「では、手筈通りに?」
キャメロットは血にぬれた小瓶を手にして忌々し気に睨みつける。
「このような毒をつくる魔女の住処はその土地すらも汚れている」
キャメロットの言葉に従者たちに頷く。
「この村は焼き払う。後方にはそう伝える。準備を急ぐ」
彼らにとってここは魔窟。
排斥すべき異界の辺境であり、神が造った世界を冒涜する背徳の局地。そして、堕落し怠惰と無関心で肥え太った畜生以下の存在を許すわけにはいかない。
「神の世界に悪徳のモノはいらない」
キャメロットはそう口にして地下室を後にする。




