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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十六章
115/118

~弾劾~ 山間の小さな村にて

「準備いい?」


 (マサキ)はバイン・アウトーのエンジンを暖気させながら、山道から外れた渓谷を見下ろす。下は目もくらむ様な高さで、山影に隠れた渓流が静かな音を立てている。


 その岩肌に背中を預けて、〔アル・ガイア〕が山陰に紛れて駐機されている。山道を歩いているだけでは、簡単には気づかない。それこそ(マサキ)のように渓流をのぞき込まなければ、暗い山の陰に隠れた巨体と岩肌を見分けるのは難しい。


「ん。大丈夫!」

「ほんとにこれで、いいのかしら?」


 フォノと結子(ユイコ)が持ち出した幌を機体のでっぱりに縄で結び付け終え、渓谷を抜ける風に思わずしゃがみ込む。幌がはためき、身に着けているマントが大きく煽られる。


 容赦ない冷気が体を蝕む。


 フォノは背負っている猟銃を担ぎ直し、風が収まったのと共に立ち上がる。


「町まではかなりの距離があるとはいえ……」

「この時期、バイン・シフとかの大型船は少ないよ」

「どうして?」


 行く先を見据えていたフォノであったが、隣に歩み寄る結子(ユイコ)に視線を向ける。


 彼女は上にあるバイン・アウトーから垂れ下がっているロープを掴んで、グッと引っ張る。ゆるみがないか確かめるとともに、上にいる(マサキ)に合図を送った。


「交易事情は秋が一番盛んだし、食糧も衣類もまとめて送ってる。大量の運搬はこれ以上ないだろうし、船の点検とかもあるだろうし――」

「急用のキャラバンくらい?」

「たぶん。それにここは脇道みたいな感じ、する……」


 結子(ユイコ)がそう付け加えると、握っているロープが引き上げられるのを感じた。


 彼女はすぐに両手でロープを握り、凹凸の激しい岩肌に足をかける。ちらりと見える太腿が不釣り合いなほど白く見えて、フォノは目を細める。


「その格好、寒くないの?」

「着るもの、なかった」


 フォノは寒い場所でもショートパンツでいられる彼女の気が知れなかった。


 そんなこととは関係なく、ロープが巻き上げられ始めて、それに合わせて結子(ユイコ)が登り始める。その後姿を見ながら、フォノもロープを手に取って急斜面に足をかけて登る。


 少しでも気を緩めれば、急斜面を転げ落ちて渓流へとまっさかさまだ。


「二人とも、大丈夫?」

「平気ッ」

 フォノの返答が渓谷にこだまして、ハラハラと残雪が風に舞う。


 バイン・アウトーのスロットルを握る、(マサキ)は短く返答してスロットルを絞る。エンジンが鳴動し、直結しているクランクがロープを巻き上げる速度を早める。


 それから一分と経たなかっただろう。


 フォノと結子(ユイコ)はロープと自身の手足を頼りに崖を登り切った。峠道は踏み慣らされて、馬車のわだちが色濃く残っている。


「ここから町まで、どれくらいかかるかしら?」


 息を切らして猟銃を担ぎ直すフォノ。


「のんびりいこう。色々と詰めてきたんだから」


 (マサキ)はバイン・アウトーの後部についている革製のパニアを叩いた。中には軽食と火打ち箱などの雑貨が入っている。


「そうも言ってられない。船の人たちの体力もある」


 結子(ユイコ)の厳しい意見に(マサキ)はぐうの音も出ない。


 結子(ユイコ)はバイン・アウトーのクランクに巻き付いているロープを解いてまとめる。それから、さっさと後部のパニアへと回る。


「資材もあるかどうか、わからない。それだけでも早くハッキリさせよう」

「わかった。けど、山道なんだから安全運転をさせてもらうよ」


 (マサキ)が言い返せえるのはそこまでで、発動機をシートで蓋をする。


 エンジンが回っている機体は小刻みに震え、発進の時を待っている。


 (マサキ)が一番に跨り、バイン・アウトーのクラッチを強く握りギアペダルを調整する。


「よろしく」

「お願いね」


 次に結子(ユイコ)、フォノと続く。ぎゅうぎゅうに体を寄せ合って、シートからの伝わるエンジンの熱と互いの体温で寒さをしのぐ。


「それじゃ、出発」


 (マサキ)はスロットルを一度ふかして、クラッチをつなげる。


 そして、過重積載のバイン・アウトーはのそのそと歩き出す。峠道は冷たく、白い山肌は眩しく、影は深く暗い。


 崖下から立ち込める水の匂いは昨日までの雨の名残を知らせ、渓流の音も激しさを増していた。


 しかし、遠くの空を見上げれば澄んだ青色で、初冬の清々しい空気に満ちている。流れる薄い雲が山頂を掠めていく。


「ねぇ、本当に資材なんて手に入るのかしら?」

「今更、そんなこと言っても始まらないでしょ」


 不安なフォノに、(マサキ)は呆れ口調で言う。


「最悪、艦の修理に必要な備品があれば運航はできる」

「いうけど、それって本当にできるの?」

「エンジン一つ壊れたままでも、動かせるよ」


 結子(ユイコ)(マサキ)の言い分は、カタログスペックだけの物言いだ。


「みんなの生活も保障してってことよ?」

「それは……、我慢してもらうしかない」


 結子(ユイコ)が渋るように言う。


〔エクセンプラール〕の動力炉がひとつ使えない状況では、これまでのような運用はできない。たとえば、照明に回す電力も、空調システムも節約していかなければならない。暖房などはこれまで以上に節約していくことになるだろう。


 三人は体を重ねて互いの暖かさを思いながら、向かい風の冷たさに身を縮こまらせる。


「山を抜ければ、中央なんだから幾分かは暖かいと思うし。それまでの辛抱だよ」

「辛抱続きで頭がおかしくならなければ、いいのだけど」


 フォノの皮肉には(マサキ)結子(ユイコ)も笑えなかった。


 しばらくは辺鄙な道をバイン・アウトーが歩み、日差しも少しずつ傾いていく。


 すると、目的地の方角からリンゴン、リンゴンと重たい鐘の音がかすかに聞こえてきた。それは山びことなって渓谷に反響し、不思議な音色となって三人の耳を打った。


 そんな道中で(マサキ)たちはパニアに詰めた堅パンとザワークラウトをつまみ、幾分か薄くなったコーヒーを飲みまわして空腹を紛らわす。


 そして、峠が下り路に入り、渓谷が開けていく。日差しが淡くなり、白々としていた名残雪が橙色の暖かさを含んで道を示す。


 そして、ついに彼女たちの眼先に小川を挟んだ村が広がった。


「見えてきた」


 (マサキ)は堅パンのひとかけらを口に放り込んで、先を急いだ。


 村には雪が降り積もっており、屋根は白く家屋の壁がまだら模様に広がっている。煙突からは煙が立ち上り、村はずれの下流には小川を挟んで大きなクレーンが佇んでいる。鋼鉄製のクレーンは近代化の象徴のごとくそびえ立ち、近くには動力になる水車小屋やらボイラー施設があった。


 村全体は山影にすっぽりと隠れている。


 それでも目を凝らせば、川下の方には何隻かのバイン・シフが巨大な櫓上のドッグに身を納めているのがわかる。


「ここが交易町?」

「というよりも駅舎みたい」


 結子(ユイコ)の疑問に対して、フォノの率直な意見がかぶさる。


 実際、この町は貨物の受け渡しと船員たちの宿泊が主流の村だ。運搬船を修繕する設備もなければ、山を越えるだけの収穫物があるわけでもない。


 まるでバケツリレーのごとく、運搬船は定期的に村から村へ渡り積み荷を渡していくのだ。その過程で必要な物資が余剰で詰まれるのだ。アルプスより北側地域へ向かう道を上りとするなら、南側は下り。その上り下りからもたらされるモノだけで生活するのは厳しいことだ。


「ちょっと資材は望み薄かな……」


 (マサキ)は白い息を吐いて、バイン・アウトーを下り路に進まさせる。


 マントを引きはがそうとする風に身を縮こまらせながら、山影に沈む村に進むほどに気温はぐっと低くなっている気がした。


 シャキシャキとシャーベット状の雪を踏み鳴らし、(マサキ)たちを乗せたバイン・アウトーは町はずれに踏み入れる。


 山影に入り、一瞬三人は目を細めて周囲を警戒する。


 あたりを見渡しても、粗野な丸太組みの家々に雪の混じった軟な泥道。そこここで野太い山羊の鳴き声が響き、鶏小屋の方からはコッコッと寒そうなチャボの声が聞こえてくる。そして、わずかばかりの山になった藁がぽつぽつとある。


「暮らしていくのも大変そう……」


 フォノが目を瞬かせながらそんなことを呟くと、教会の鐘が鳴り響いた。


 今度は雷のような轟音で明るい山の頂から暗くなっていく山肌へと下り、村全体に反響する。


「なにか、あるのかな?」


 フォノは空を見上げて、太陽の向きを見ながら小首をかしげる。正午はとっくに過ぎている。礼拝の鐘はとっくに過ぎているし、何かイベントが催されると思った。


「教会の方、行ってみる?」

「それが賢明でしょう? 人もいないし……」


 (マサキ)の念押しに、結子(ユイコ)が答える。


「フォノは?」

「わたしも結子(ユイコ)に賛成よ」

「わかった」


 (マサキ)はバイン・アウトーを手近な古小屋の傍に駐機させて、電源を落とした。


 三人は泥道に降り立つと、まずパニアから幌を取り出してバイン・アウトーにかぶせた。あたかも詰まれた材木を守るかのような佇まいで、一目ではこれが機械だと気付かないだろう。


「それじゃ、行きますか」


 (マサキ)はマントのフードを被ると、先行した。


「フォノ、銃はおいていこう。危ないよ」

「そうする」


 後に続く結子(ユイコ)とフォノもフードを目深にかぶり、身支度を整えると(マサキ)の後を追う。


 町を通る風の冷たさは足元から震え上がってしまうほど厳しい。日光の少ない場所では太陽の温かみが恋しくなる。


 村の気温は顔まで凍り付くかのように冷たく、(マサキ)の鼻先はいつにもまして赤くなっている。


 三人は川のせせらぎのする方へ進み、やがて四角い丸太舟を繋げたような橋へと出て対岸へと歩を進める。次第に人の声が梢のざわめきのごとく三人の耳に流れ込む。


「なにかしら?」


 目ざといフォノがいの一番に教会の周りに集まる人だかりを見つけてつぶやく。


 対岸に渡れば、工場の多い一帯でそこに十字架を掲げた大きな屋根が中央にそびえ、人々が大きな扉の前に押しかけていた。この村の教会だ。


「紛れよう?」


 (マサキ)は二人を扇動して、小走りに人混みに紛れる。


 泥をはねてフォノと結子(ユイコ)も追従し、一番外側に位置して様子を窺う。ここで村人に事情を聴きたいところであったが、下手な質問はかえって自分たちを危険にさらす可能性がある。


 三人は黙って周囲に視線を配り、その時を待ち構える。


 集まった人たちのほとんどが厚手のコートに身をくるみ、パッと見では男か女か、年寄か若者かもわからない。しかし、子供ほどの背丈がちらほらと窺え、さらには(マサキ)たち同様に質素なマントで寒さをしのぐ人たちも目についた。


 すると、教会の正門が開かれ一人の司祭が従者と共に出てきた。


「おお、聖騎士様だ」


 最前列にいる信心深い人たちが口々につぶやき、膝をつく。


 それに倣って、集まった人たちは引いていく波のごとく膝を折り首を垂れる。(マサキ)たちもそれに合わせて片膝をつき、手を合わせた。


「聖騎士?」

「ここに来るの、知られてたの?」


 結子(ユイコ)の声に(マサキ)は疑問の声をつぶやく。


 だが、その疑念は憶測にすぎないと言い聞かせる。幾度となく修道騎士団は(マサキ)たちのいるところに現れては行く手を阻んできた。彼らの情報網が広く、素早く伝達されているのだと理解している。


「でも、こっちだって想定外の航路だったのにどうして……」


〔エクセンプラール〕の故障以前、アウドミラ部隊との戦いによって彼女たちの予定航路を大幅に外れることになった。


 それは(マサキ)たちの活躍だけはどうしようもなかった。逃げ切るので手一杯で周りの情報は全く頭に入ってなかった。


 だというのに、このタイミングと接触はあまりにも不自然だ。


「みなさん、ごきげんよう」


 と、従者を左右に着けた司祭が両手を広げて挨拶を述べる。


 (マサキ)はフードのふちに懸かる司祭の顔を見て、目を細める。


 異国の男性。それが最初の印象だ。顔つきは細く、浅黒い肌と澄んだ黒い瞳は若く見えた。身に纏うリヤサは純白で、首には十字架をかたどったアクセサリー。とても騎士の印象とは程遠いまっとうな司祭に見える。


「今日は突然の来訪でしたが、皆様の歓迎には我々も感謝の気持ちでいっぱいです」


 その声は暖かく、冷え切った空気に春風のごとく広がる。


 フォノも彼を盗み見ながら、つぶやく。


「聖騎士の中でも救済活動とかで叙任される人もいるって聞いたことあるけど……」

「あぁ、そういう人」

「これって布教活動の一環ってこと?」


 結子(ユイコ)は一人納得した声を漏らし、(マサキ)も肩の力を抜く。


 確かに修道騎士団とて何も武勲ばかりが功績ではない。救済活動も十分な信仰であり、人を救うことで聖騎士の称号を得るというのは別段珍しい話ではない。


「偶然にも、ね。そう考えましょう」


 フォノも連続して面倒事に巻き込まれるのはうんざりであったし、説教を始める司祭がとても武力でものを言わせる雰囲気を感じなかった。


 (マサキ)結子(ユイコ)も危険な匂いを感じなかったのは同感だし、司祭の説教も特別敵意のある文節ではない。


「しかし――」


 すると、司祭は少し迷った口調になり、民衆を見渡す。


 (マサキ)たちはハッとなって顔を伏せる。


「この地によくない噂があると主の啓示がありました。しばし、この地にとどまらせていただきます」


 その言葉は(マサキ)たちに厳しい現実を突きつける。


 ここに修道騎士団がとどまる。それは(マサキ)たちの航路を塞がれたも同然であった。


 見たところ〔AW〕などの武力は近くにないが、司祭が聖騎士の称号を持つ以上何の抗力も持ち合わせていないとは考えにくい。


 正面切って突破するか。


 (マサキ)の頭に物騒な考えがよぎる。


 それでも、何の解決にもならない。


 戦力はいかほどか。そもそも大っぴらに動いていけるものなのか。そして、なぜ自分から争いの火種をつけるというのか。


(マサキ)……」


 フォノの不安げな声と結子(ユイコ)の視線が(マサキ)に突き刺さる。


「少し、考えさせて……」


 すぐに答えを出せるはずもなく、(マサキ)はそう返すしかなかった。

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