表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十五章
112/118

~山脈~ 閃きと雨の中の激戦〈後編〉

「船は傾斜を下って、渓流に向かっている。照明はそのままでいい」


〔エクセンプラール〕を追撃するポーン級〔AW〕は頭部センサーアイからハイビーム照明が発光し、宵闇を移動する四足の艦影を照らした。


 まっすぐな光が揺らめいて、丸くくりぬいた光の中でのらりくらりと〔エクセンプラール〕の後姿がさらされては闇に隠れる。


 その灯りが艦橋に鋭く差し込むたびに、艦を操る男たちは竦み上がる。


「いつまでも追ってきやがって……っ」


 操舵士は目を細めて、行く先もわからない真っ暗闇を見据える。


 ライトの煌々としたきらめきは周りの山肌や渓流の反射を見やすくもさせたが、人の目が順応するにはあまりにも強い光。気づいたときにはただ目に焼き付いた残光だけがぼうっと目の裏に焼き付いているのみ。


 正確に状況を把握できているクルーはいなかった。


〔エクセンプラール〕も傾斜を行くがために、不用意に深く踏み込んだ脚部がバランスを崩して地面に躓く。その衝撃が艦内を跳ね上げて、人々はぞっとする浮遊感を味わう。


「どうする? このままじゃ――」


 デスクにかじりつく航海士は増えた声で問いかける。視線は暗闇にぼうっと浮かぶクルーたちを追って、落ち着きがない。


「知るか! 逃げる以外に手はないだろうっ!」


 航海士の弱気な発言に、機関士長が怒鳴りつける。


 背後から連なる迫撃砲の轟き。真っ赤な大輪を咲かすように、暗闇にマズルフラッシュが瞬く。真夏に咲くハイビスカスのような光はあっという間に枯れ果てて、消えていく。


 そして、傾斜を滑り降りていく〔エクセンプラール〕の周囲に焼夷弾が降り注ぐ。盛大に上がる炎と爆風が艦体を揺さぶり、視界を奪い去った。


〔エクセンプラール〕が大きくよろめき、艦首から渓流に突っ込む。


「うわっ。水だぞ!」


 操舵士は目の前のガラスにとびかかった水飛沫の音を聞いてぞっとした。


〔エクセンプラール〕は鎌首をもたげながら体勢を立て直す。艦首は流れに押されて、下流へと方向転換していく。


「取り舵、二五。流れに沿って進め」

「もうなってる!」


 航海士の指示に操舵士は軽くなった舵を左に切って、艦の向きを整える。流れに逆らえば、舵は重くなって一人で支えていられる自信もなかった。


「艦内の被害、多数。収集つかないぞ!」


 通信士が伝声管から次々と響く各ブロックの非難の声に顔をしかめる。


 その時、艦橋のドアが開き、床を転がるようにして何者かがが入ってきた。


「うぎゃっ。イタタ……」

「誰だ!? こんなときにっ」


 再び舵を握りしめる操舵士は、足に重くのしかかる衝撃に怒鳴り散らした。


 その後も、ズボンをひっつかんで立ち上がろうとする重みに眉間に皺を寄せる。それを振り払おうにも、川の流れに乗り切れていない〔エクセンプラール〕を操っているさなかではどうしようもできなかった。


 操舵士は自分にのしかかる重みに苛立ち、頭が熱くなってくる。


「ふざけるなっ。死にたいのか!」

「今、艦はどうなってるの!」


 甲高い女の声。


 操舵士は加えて体に密着する柔肌の温もりを察知すれば、緊張もしたし、ちょっとした優越感も覚える。そして、体つきから何となしに誰だか想像もできた。


「ミト、か?」

「それが何か? ほら、ちゃんと踏ん張る!!」


 操舵士の気の緩みで、〔エクセンプラール〕が激流と爆発にあおられる。熱風が水を押し上げて、装甲を叩く。固まった水が窓を打ち付けて、鈍い音を響かせる。艦体がわずかに左に傾いている。


 クルーたちは冷や汗をかいて、思わず息を止める。その緊張が伝播したかのように艦内でも、人々が身を寄せ合ってこの困難に耐えていた。


 そして、真っ赤な光が艦橋に射し込んだとき、ほかのクルーたちも操舵士を支えるミトの存在に気づいた。


「艦長! 状況は――」

「戦闘中なのはわかるわ。(マサキ)たちはっ!?」


 ミトは操舵士の太い腕にまとわりついて、細い腕で舵をつかみ左足でどうにか支えていた。


「それが途中で甲板から落ちちまって……」


 航海士の弱気な声は船尾近くに落ちた砲弾によってかき消された。


 ミトは衝撃に体を緊張させて、操舵士の腕をぎゅっと抱きしめる。


「何? なんか言ったかしら!」

「各ブロック被害、多数!」


 通信士が繰り返す。


「男の人に荷物を固定させなさい! 女の人は子どもと老人を一カ所に集める! 船の頭の方に!」


 パッと思い浮かぶことをミトは叫んだ。


 それから、操舵士の顔を見上げる。


「いつまでもニヤついてるんじゃないの!」

「に、ニヤついてなんてっ」

「川の流れに乗って速度上げる。機関、出力上げ!」


 ミトは操舵士の反論など無視して、デスクにかじりつく機関士長に怒鳴って爆音が和らいだ瞬間を見計らって中央デスクに体を投げ出した。


 大きく上下する〔エクセンプラール〕にふわっと足元が浮いた。彼女はお腹を打ち付けるようにしてデスクに上体を乗せる。そして、デスクの収納取っ手を手さぐりで探す。


「艦長、このまま川に沿うにしても、こう暗くてはどうにもならんでしょ!」

「いつまでも甘えたことは言ってられないのよ。わかってる? 前の見張り台には先を照らすように指示を出しなさい」


 何だって、と同じくデスクにしがみつく航海士が目をむく。


 通信士も指示を疑ったが、斜面に砲弾が墜ちた衝撃にすくみ上り、迷いまでも吹き飛ばされる。


「こっちの位置を知らせる気か!?」

「相手だって光を出して、こっちを探ってる。同じことよ。後ろの見張りには敵に向けて光をむけさせなさい。攪乱くらい、できるでしょう?」


 ミトは指先に取っ手の感触を覚えると、すぐに引き出しを開けて中を探る。そして、コップ型の燭台を取り出して、続いてライターを出した。


「たかが照明だぞ?何の役に立つ。相手は機械なんだ!」

「操ってるのは人でしょう。それに、(マサキ)たちの目印だって必要よ」


 燭台に灯りがともると、デスクに広げられている地図が照らされた。


「艦橋の明かりはつけられないけど、断続的に見張り台の明かりを点滅させれば十分のはずでしょう?」


 航海士はミトの理屈に返す言葉もなかった。


〔AW〕といえど、操っているのは人間だ。暗闇の中で〔エクセンプラール〕の正確な位置を掴んではいない。断続的に続いていた砲撃が、徐々に出し惜しみを始めているのがいい証拠だろう。


〔エクセンプラール〕が川の流れに乗って、脚部で流れをかきながら進む音は雨音よりも豪快だ。その音を頼りに狙いをつけ始めているとも考えられる。


「河だって、いくつも分岐してるんだから幅だって……」


 ミトはそう言いながら、窓の外を見て前の見張りが探る航路を目で追う。川幅は広く、艦体が徐々に対岸へと反れているのが見て取れる。


 地図と見比べて、ここがどこの源流、あるいは支流かを考える。目印となる山々は霧雨と雲に隠れている。砲弾が水面を叩いて、水柱を上げるたびに乱暴な飛沫が艦橋の窓を叩いた。


「近いぞ、今のは!」

「後ろはちゃんと威嚇してるんだろう!」


 操舵士が目を白黒させて舵を取り、その横で機関士長は気が気でない様子で叫んでいた。


「してるはずだ。どうなんだ!」


 通信士はうるさい同僚に返して、伝声管に叫んだ。


 その声はすぐに後方の見張り台で仕事をする男に伝わる。


「指示通りやってるよ」


 男は麻布を被って、降りしきる雨から体を守りつつ投光器を左手の岸辺に向けて光を当て続ける。


 光の直線に霧雨のベールが波打ち、照らされた岸辺に一瞬〔AW〕の姿が映し出される。三機の縦列が白兵戦装備を手に川へと侵入し、その奥ではカノン砲を携えた縦列が岸辺を併進している。


 一瞬とらえるのがやっとであるが、その光が敵機のセンサーアイに飛び込んだ時は大人しくなっていた。砲撃機は明らかにタイミングを外されて、気を窺うようになっている。逆に、白兵戦機が猛進して決着をつけようとしている。


「これでほんとにいいのかよ……」


 男はシャッターを閉じて光を遮り、悴む手を揉んで次のタイミングをうかがう。


 とにかく、敵を翻弄しつつ、こちらの位置を悟られないようにするのはもはや自身の感覚だけが頼りだ。不安も恐怖も、猜疑心も押し殺して今は迫る敵に立ち向かわなければならない。


「死にたくはないんだぞ!」


 男が叫んだ途端、右舷に赤い閃光が川を斜めに引き裂いた。


 甲高い炸裂音と熱風が〔エクセンプラール〕の艦体を煽り、まくり上げられた水が側面を押し上げる。そして、引き裂かれた個所を埋めるように水が引き戻る。その勢いが艦の脚を鈍らせる。


「新手の攻撃!? 明かりを消して! 最大船速で振り切って!」


 ミトは目の奥に焼き付く残光に目を細めながら指示を飛ばした。


〔エクセンプラール〕から一切の発光がなくなり、エンジン音をとどろかせて船速を上げていく。


 光による攪乱作戦はもう使えない。腕利きの狙撃主がいるとわかれば、いい的になるだけだ。今は可能な限り距離を広げるのが得策だろう。


「ん? クイーン級ではないか……」


〔エクセンプラール〕を攻撃したアウドミラのナイト級〔AW〕は丘陵の頂に沿って移動を開始する。機体の単眼カメラは川を走る艦に向けられたままで、そこから発せられる機関の熱量を計測する。


 操縦者であるアウドミラはゴーグルモニタの端に表示された熱量を確認し、〔AW〕のものでないことを認識する。


「こちらに流れ着いてると思ったが……。気長に構えすぎたな」


 アウドミラは自身が待ちの姿勢で戦闘に臨んでいたことを反省した。そうでなければ、〔アル・ガイア〕の移動をもっと早くに察知して対処できたはずだ。


 攻めの姿勢に転じるのが難しい性格の機体であっても、照準がままならない状況下にあっても、操縦者の気持ち一つで状況は変えられるのだから。


「しかし、母艦の足をこれ以上進めるわけにもいかん」


 アウドミラはぼやきつつ、すぐに気持ちを切り替える。次いで展開する味方たちの動きを視認する。


 〔AW〕は基本的にバッテリー駆動である。熱量は上がるどころか、下がっていくのが常である。各機の熱量低下を把握すれば、味方がどれだけ働けるか一目でわかる。遠距離射撃をするアウドミラ・ルゥマスにとって、これらは自機を最大限活かすために必要な情報だ。


 味方の機体の活動時間を熱量で推し量りながら、なるほど、と顎を引いた。


「砲撃隊はいい支援をしている。白兵機、バルマの部隊か。前に出すぎだ」


 白兵戦機体が果敢に挑んでいるのを見て、射撃の位置やタイミング変えなければならない。


 白兵戦仕様の三機が川の中を進んでいく気持ちはわからないでもない。


「こちらの艦は山道には弱いから、焦ったか」


 アウドミラはバルマの短絡的な性格を推察して、操縦桿を固く握りしめる。


 後続のバイン・シフ艦隊はあまり山道に適した機構ではない。〔ガング〕は川の流れに乗って移動するのがセオリーであり、いかんせん渓流は曲がりくねっている。移動速度は〔エクセンプラール〕には及ばない。


 加えて、砲撃部隊が積極的になれないのも残弾を気にしだしたからであろう。


 白兵戦機がうまくアクションを取らなければ、勝算は望めない。本命の攻撃でなく、囮になる覚悟がなければできないこだ。


 水の中で機動力が低下している以上、白兵戦機は敵に撃破されやすい立場になっている。姿をくらませている〔アル・ガイア〕が奇襲を仕掛けるには絶好の相手だ。


 だからこそ、とアウドミラは確信できた。


「この状況なら、奴は来るっ」


 アウドミラのナイト級〔AW〕は〔エクセンプラール〕を三時方向にとらえて停止。ぐりんと腰を九〇度回転させて、狙撃体勢を整える。


 アウドミラはその遠心力に口をへの字に曲げながらも雨や風の情報を入力するとすかさずトリガースイッチを押した。次の瞬間にはガツンと正面から固く重たい反動が体を波打たせる。


 丘陵の頂から放たれた一射は、〔エクセンプラール〕の行く手を阻むようにして飛んだ。鋭い赤い線が直線の残光を引いて、着弾と共に巨大な波が傘を広げるように広がった。


〔エクセンプラール〕は流れに逆らって盛り上がる水を裂いて、直進する。その衝撃が艦内を再び狂乱させ、顎を跳ね上げられた艦は大きくよろめいた。容赦ない水が甲板に覆いかぶさり、派手な音を鳴り響かせる。


 その様子を暗視モニタでとらえていた白兵戦〔AW〕は向かってくる波に機体を上下させながらも、好機だと読んで一気に接近を図る。


「仕掛けるっ!」


 先行するポーン級〔AW〕が川底を強く蹴り上げて、〔エクセンプラール〕へと肉薄する。


 だが、その侵攻を阻む青白い閃光が水の上を跳ねた。流れに乗って水切りをする弾丸は鮮やかな青の光跡を残して沈んでいった。


「何!?」


 面食らった白兵戦機はその足を止めて、振り返る。


「クイーン級か?」


 ポーン級の操縦者は残光に目を細めながら、機体を川上の方へ向けた。


 三機の〔AW〕は居場所がばれるのも気にせず、センサーアイを発光させて汎用機関銃(ドゥーオ)を構える〔アル・ガイア〕を捉えた。その立ち姿からは覇気はない。苦しそうに左肩を下げて、汎用機関銃(ドゥーオ)を支える右腕部もどこか力が抜け落ちている。


「これ以上、近づかないでよ」


 (マサキ)は肩で息をしながら、眩しい照明に目を細める。


(マサキ)、潜って!」


 結子(ユイコ)は岸辺に顔を向けて、敵の砲撃隊を恐れた。


 その予想は的中。


 岸辺で手をこまねいていた砲撃機が〔アル・ガイア〕に一斉射を放つ。暗闇に浮かび上がったシルエットは照準をつけるのには十分すぎる。


 三人は息を止めて、身体を強張らせると各々の仕事に専念した。


 砲弾が降り注ぎ、周囲で水柱が派手に伸び上る。水流れが乱れて、〔アル・ガイア〕は機体を対岸へと流しつつ、汎用機関銃(ドゥーオ)によるセミオート射撃で牽制する。


「もう、弾が……」


 フォノは残弾ゲージを一瞥して、苦い表情を浮かべる。


 すでに機体に残されている液体金属の総量は僅か。リア・ラックにあるタンク一個分しか残っていない。これを汎用機関銃(ドゥーオ)に回すのは、厳しい選択である。


「最後のタンクは機体の修復に使いたいわ。これで、エネルギーがあれば――」

「わかってるわ」


 結子(ユイコ)の意見にフォノは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてトリガースイッチから指を離す。


〔アル・ガイア〕の射撃が鈍る。暗闇で緩い弧を描いていた残光が打ち止めになる。


 この瞬間を高みから見ているアウドミラが見逃すはずがない。


「左腕は使えないようだな」


 彼は今にも潜ろうと機体を沈める〔アル・ガイア〕の頭部を睨んで、操縦桿の引き金を絞った。


 アウドミラ機の強烈な一撃が鋭く川に潜った〔アル・ガイア〕へと突っ込んだ。水面下にいる魚を射止める海鳥のごとく、その一撃が左脚部を撃ち抜く。


 わずかに水の抵抗と〔アル・ガイア〕の速度でポイントがズレた。


 荒れ狂う気泡の嵐と乱流に〔アル・ガイア〕は泥にまみれて川底を転がる。


「ぐぅっ。この一撃。敵の位置はわからないの?」


 (マサキ)は機体を立て直して、川底を滑るように移動させる。頭上から降り注いでいたライトの光が消えると、真っ暗闇の水中がモニタを包んだ。


「左手の岸辺の――、高い位置にいるのはわかった。けど、今の一撃で足が……」


 結子(ユイコ)は努めて冷静に報告するが、〔アル・ガイア〕の左脚部の損傷を危惧した。修復機能は動いても、人間でいえば止血程度のことしかできない。


 機体のエネルギーはわずかだ。水の浮力を利用して、最小限の消費にしても長距離の敵を倒すことなど到底不可能だ。


「接近戦、やるよ」

「残ってる力すべてを使う気?」


 フォノは水面を叩く爆音に首をすぼめながら、激しい揺れに耐える。


「そうのつもり。結子(ユイコ)、全力で戦える時間はどれくらいになりそう?」

「そんな漠然と言われても……」


 結子(ユイコ)は操縦桿のスイッチを素早く操作し、情態と状況とを数値化してシミュレータに投げ込んだ。もちろん、そんな数式などが当てになるものではないが、気休めにはなる。


 立体モニタの一つが滝のように文字の羅列を流していき、結果画面を更新する。


「もって、三分くらい、かな?」

「十分っ」


 (マサキ)は額の汗を拭って、水の上にぼうっと輝く赤い光を睨み付けた。


 そして、その光が水面で破裂する。赤々と燃え上がる炎は川の流れに波紋を呼んで広がり、そして流れていく。


「次、発射準備! 奇数番は下がれ」


 川辺に並ぶ砲撃隊は少ない残弾で、同じく勝負をかけに来ていた。


「次で榴弾は最後だ」

「かまわん。敵も満身創痍」

「圧し切るぞ!」


 砲撃隊の操縦者たちは互いに鼓舞して、闘争心を奮い立たせる。


 砲撃を担当する偶数番機は抱えたカノン砲を持ち直し、ボルトアクションのレバーを引っ張り上げる。排莢、次弾装填。燃えカスが揺れる川に砲口を向ける。操縦者たちの瞳は水面下を蠢く敵機にそそがれている。


「船が逃げるぞ」

「どうとでもなる。そんなもの」

「上がってくるやもしれん。各自、ぬかるな」


 白兵戦機も味方の砲撃に乗じて、岸に上がって迎撃姿勢を取る。


 もはや〔エクセンプラール〕を狙おうとする動きはなかった。考えは素早く切り替えられて、砲撃部隊の支援だけを念頭に入れている。


 そして、水が大きく波打ち、弾ける音が轟いた。続いて、金属のこすれる甲高い音が響き渡る。


 誰もが息をのんだ。引き金にかかる指が思わず力を入れそうになった。


 だが、砲撃隊は撃たない。白兵機だけが得物を構えて、暗闇に奔るワイヤーを目で追う。銛が斜面に深々と突き刺さる。そして、水の激しい抵抗を力任せに押しのけて〔アル・ガイア〕が急接近してきた。


 水は〔アル・ガイア〕の体によって二手に引き裂かれ、轟音をかき鳴らして広がりを見せる。


「来るぞぉ! 構え!!」


 そして、白兵戦機のセンサーアイが一斉に発光する。


 サーチライトに照らし出された〔アル・ガイア〕は獰猛な勢いのまま、カタナを抜くと光へと斬りかかる。


 岸に足を踏み込む。唐竹一閃がハルバードを構える一機を捉えた。


 だが、ハルバードを操る機体は柔軟に剣線をいなして、距離を取る。俊敏な動きだ。堅実な足運びで、自機の損耗を最小限にとどめている。


「くっ――」


 (マサキ)はつんのめりながら、操縦桿を引きフットペダルを踏み込んで機体を起こす。


〔アル・ガイア〕はワイヤーが切り離されて、自由になるとスタック・スラスターの勢い任せに距離を取る一機に追いすがる。


 奔る剣戟は踏み込みもままならない今の〔アル・ガイア〕では重みがない。剣舞を披露するように右脚部だけで大地を蹴り、背部と肩部のスタック・スラスターでバランスと推進力を保つ。艶美で滑らかな太刀筋を描いても、そこに斬る力などは込められていない。


「闇雲だな」


〔アル・ガイア〕を目の前にしている操縦者であっても、そうした余裕ができていた。


 ハルバードが舞うように流れるカタナを弾き飛ばして、さらに距離を置く。その瞬間、高地に移動を完了した砲撃隊のサーチライトが注がれ、砲身すべてが〔アル・ガイア〕に向けられる。


 そして、息をつく間もなく一斉射が降り注ぐ。


「そこっ」


 フォノの鋭い瞳が注がれる光へと向けられ、操縦桿を起こした。


 ふらふらな〔アル・ガイア〕は機体を無理にひねると、肩部のマルチ・ハープーンを展開して投射する。


 傾斜に深々と突き刺さる銛。続いて、ウィンチがうなりをあげてワイヤーを巻き上げる。張りつめたワイヤーの衝撃が操縦席に走った。


〔アル・ガイア〕の機体がスタック・スラスターの勢いに乗って浮き上がる。が、その時には迫る砲弾が時限信管で炸裂。炎が辺り一面に膨れ上がる。


「んっ。各機、後退!」


 砲撃部隊を束ねる部隊長が、炎にきらめく銀色の筋を視認しドッと冷や汗を吹き出す。


「奴は、まだやるつもりだ!」


 それはほとんど直感であった。


 彼を臆病と罵ることはできない。その神経質さは機械で覆われた鎧の中で、どんな鋭敏なセンサよりもはっきりと危機を感じ取るからだ。


 そして、伝播する緊張を断ち切るように黒銀の巨人が炎から飛び出す。


「前に三機っ」

「わかった!」


 結子(ユイコ)(マサキ)はお腹のそこから声を張り上げる。全身の肉が引きちぎれんばかりの痛みが走って、目元に涙が浮かんだ。


〔アル・ガイア〕がカタナを突き出し、前へと進む。ワイヤーが切り離される。スラスターの圧力が最大限に噴射される。


 鋭い閃光が黒いシルエットを押し上げる。青白い光があたかも彗星の尾のごとく神秘的に揺らめいた。


 悲鳴や驚愕の声を上げる暇もない。


 ポーン級の操縦者たちは肉薄してきた敵を見ていることしかできなかった。戦慄し、全身が硬直してしまう。


 一瞬のうちに、〔アル・ガイア〕が横隊の懐に飛び込み、一機を貫く。


 腹を貫かれて、脚部が浮き上がるポーン級。


 周りが砲身を向けた時には、〔アル・ガイア〕は力任せにカタナを振って刺突した機体を別の機体に投げつけていた。


 激しい金属音。か弱い火花が散り、斜面を転げ落ちる音がこだまする。。


「これで、残り一機!」


 (マサキ)は身体をひねって、操縦席ごと動かす。その体裁きが機体に伝達されて、脚部スラスターが噴射される。足底が地面を抉っていても構うことなく反転する。


 右腕部に握るカタナが風を唸らせて、震えた。


〔アル・ガイア〕の背後を取っていたポーン級〔AW〕であったが、半歩下がって砲口を定めていた。自爆する距離であると確信していても、奮えるカタナの間合いを悟った時、躊躇などしていられない。


 勝敗は誰の目に見ても明らかだ。


 それを俯瞰する存在がいる時から。


「詰めが甘いんだよな」


 アウドミラは〔アル・ガイア〕の無防備な背中、正確には光り輝く右脚部を捉えて引き金を絞った。


 高地にて、アウドミラのナイト級〔AW〕が音の壁を突き破る弾丸を吐き出す。


 (マサキ)たちが気づいたときには、〔アル・ガイア〕の右脚部が射抜かれていた。スタック・スラスターから真っ赤な火花が血しぶきのごとく吹き出す。それが暴発し、黒い巨体が傾斜を転げ落ちていく。


 成す術もなく〔アル・ガイア〕は転がり落ちて浅瀬に突っ込んだ。


「動ける奴は標的を囲め。油断するな」


 アウドミラの声が機体の外部スピーカーから響き、いの一番に復帰した白兵戦機が得物を構えて〔アル・ガイア〕に距離を詰める。


 センサーアイから放たれる光が、黒い水面から突き出た角付き兜を捉え、カタナを握りしめる右腕、力なく水に浸された左腕を照らし出す。脚部などは言うに及ばず、どちらも皮一枚で繋がっているような有様だ。装甲にしても空中爆裂を起こした榴弾の中を潜り抜けてきたために、凹みや細かい破片が突き刺さっている。


「油断も何も、詰みだろうに」

「だが、ここまで苦戦させられたんだ」


 白兵戦機の操縦者たちは意思疎通をしつつ、得物の切っ先を〔アル・ガイア〕に向けてじりじりと周りを取り囲む。


「弾はまだあるな? 不審な動きを見せたら、発砲を許可する」


 陣形を崩されていた砲撃機がよろよろと立ち上がり、部隊長の指示に従って砲口を標的へ。機体が万全でなくとも、寝そべった状態で狙撃体勢に入っている機体もある。


 彼らの用心深さは、陣形の頂に立つナイト級の存在あってのものだ。緊張を解くことなく、冷徹にその銃口を標的の心臓に向けていた。


「奇数番は標的の首を切り落とせ。頭が操縦席になってる」


 アウドミラは指示を送りながら、コンソールスイッチを操作して仰角と長距離砲の調整をする。連射できない代わりに長距離での高威力射ができるこの機体最大最強の武器。連続使用はご法度ともいえる。


 一射必中を前提に強化されたものである以上、一機の標的に何発も撃つ思想は持ち合わせていなかった。それすなわち、操縦者が狙撃主としてこれ以上ない技術を持ち合わせることが義務付けられているのだ。


「ギリギリだったな……。残り徹甲弾二発じゃ、しまらないな」


 ゴーグルモニタに映るステイタスは正直ギリギリの数値であった。


 アウドミラは〔アル・ガイア〕を一発で仕留められる自信は初めからなかった。かといって、弾を浪費して隙を作りだす戦術は褒められたものでもない。


 焦燥感はなかった。誤算だったのは敵が耐えて、耐えて、耐えてきたことであろう。


「気は抜けない、けどな」


 アウドミラは肺に冷たい空気を送り込み、火照った頭を冷やす。それから浅瀬で上体を起こしたまま固まる〔アル・ガイア〕を見つめる。


「立てないの? もう……」


 フォノはモニタを右往左往するサーチライトに背筋が凍り付く。


「右脚部、破損。出力、減衰。ダメッ」


 結子(ユイコ)はポップアップする立体モニタに、涙を浮かべながら機体の復旧に全力を注ぐ。


 だが、〔アル・ガイア〕に残された力はほとんどない。


 両足を撃たれ、左腕も動くそぶりすらない。右腕部にしても、反応が鈍い。わずかなエネルギーを振り絞っても、脚部回復の足しにもならない。


 (マサキ)は操縦桿を強く握りしめて、揺らめく光から目を背けるようにしてうつむく。眩しい光は前後左右で降られて、鞠のように小さく転がり跳ねる。


 雨がちらちらと線を引いた。


 か細く、光の中に埋もれた滴はことごとく地面へと落ちていく。


「もう、ダメなの……」


 (マサキ)は指に込めていた力を緩めて、雨をたどり真っ暗な空を見上げる。


 その先に光はない。分厚い雲が覆い被さっている。


 そこへ水を踏みならす白兵戦機が得物をちらつかせる。間隔を狭めて、神経質ににじりよる。サーチライトを背にして浮かぶ機影はいつもよりも大きく見えた。


 かつて、人を殺める手前に見た光景に似ていた。


「何も――」


 その時、(マサキ)の目の端でハルバードの切っ先がサーチライトに煌めいた。


 反射した光はあたかも稲妻のごとく、強く閃いていた。


 (マサキ)ははたと顔を戻して、その光の正体を探ったが彼女の目にはわからなかった。見失ったのだ。


 そして、その瞳はまだ動くことが叶う右腕部へ注がれる。


「……」


 沈黙。だが、彼女の想像力がかき立てられて、胸を張り裂かんばかりに鼓動が強くなっていく。


 自信はない。可能性だけが膨らんで、とどまることを知らない。


「やってみるしかないっ」


 (マサキ)は体のうちに秘められた血潮に覚悟を決める。


結子(ユイコ)、フォノ。ここから、逆転するよ!」

(マサキ)、でも、どうやって?」


 フォノが上擦った声で問いかける。


 この状況からどうすれば逆転が望めるというのか。


 結子(ユイコ)も涙目のまま(マサキ)の指示を待つ。


「右腕にエネルギーを集中させる。この一撃で勝負に出る」


 (マサキ)は頬を伝う汗を拭って、操縦桿をひねる。


〔アル・ガイア〕が右腕部に握るカタナを離し、そのまま天へと伸ばす。


 アウドミラ部隊が一瞬身じろいだが、その所作を降伏のジェスチャーだと思った。彼らとてこの状況を覆す策など考え付きもしない。アウドミラでさえ、逆転の発想はなかった。あっても玉砕するか、自決するかの二択しかない。


「投降するのか?」


〔アル・ガイア〕に最も接近していたポーン級が問いかける。


 その声に(マサキ)たちはドキッとして、嫌な汗が下着を濡らした。震えが止まらない。息も荒くなって、苦しい。


「やるよっ。フォノ、出力最大。結子(ユイコ)は電気回路をチェック」


 もはや、フォノも結子(ユイコ)も迷っている暇はなかった。


 即座に入力される信号が〔アル・ガイア〕に最後の力を発動させる。


 掲げた右腕部が熱を帯びる。雨粒が蒸発し、白い湯気が立ち上る。


 操縦席に表示されるバロメーターは一気に天井にまで上り詰めれ、臨界に達する。同時にエネルギーは湯水のごとく減少していく。


 そして、右腕部から立ち上る湯気にパチパチと小さな閃光が弾ける。線香花火が徐々に燃え上がるようにその光もまた激しさを増していく。


 プラズマだ。


「――っ」


 アウドミラが危険を感じて、引き金を引こうとした。


 だが、彼の所作が一秒にも満たないものであっても、雷の煌めきには遠く及ばない。


〔アル・ガイア〕の右腕部が暴発したかのように閃光が走り、昇天する龍のごとく雷が空へと駆け上がった。そして、爆音とともに衝撃波が水を薙ぎ払い、ポーン級〔AW〕を圧倒した。


「ぐっ――」


 誰もが目をつぶり、機体の維持に努めた。


 雷を間近に受けた白兵戦機の装甲は迸った熱に装甲の一部が焦げ付いた。水が蒸発したのだろう白煙が雨に交じり、熱された空気が徐々に山の冷たい空気に溶けていく。


 アウドミラが目をしばたたかせ、頭を振りながらゴーグル・モニタを見た。幸いにもカメラが焼けついた様子はなく、ざらついていた映像も徐々に回復していく。


 そして、わずかに〔アル・ガイア〕の右腕部にまとわりつく電気を見ることが出来た。次の獲物を探る蛇のようにその紫電は頭部の方へと延びようとしては消えていく。


「こいつ、こんな芸当が出来たのか」


 アウドミラは忌々し気に吐き捨てて、機体を立て直す。


 ナイト級は長距離砲を持ち直して、再び〔アル・ガイア〕に向ける。


「やはり、危険か」


 電気の明かりでわずかに〔アル・ガイア〕の頭部が見えた。その光のない四つのセンサーアイと側頭部にある回折式カメラが青白い光を反射していた。


 すでに動く気配はない。だが、彼の耳の奥に残る雷鳴が脳みそを揺るがす。


 ここで始末しなければならない。あまりにも危険すぎる。


 ナイト級の円形レドームがゆっくりと回り、最後の情報収集を行う。湿度、仰角、風向き、風速……。電磁波による地形データの構成を行い、万全の射撃体勢を整えていく。


 ナイト級が重心を落とし、四脚が深々と地面に沈んだ。


 ポーン級の〔AW〕が徐々に体勢を立て直す。そして、互いの位置を視認し、耳鳴りに顔をしかめながら体勢を立て直そうとする。


 そして、ふと一人の操縦者が気づく。


「あれ? なんで他の奴の位置がわかるんだ――?」


 どの機体もサーチライトはつけていない。先の衝撃で自動的に供給が切られたからだ。


 光源がない状況だというのに他の機体を認識できる。先ほどまで互いの位置すら探り探りの、至近距離になってやっと互いの位置が分かったというのに。


 ポーン級のセンサーアイは光を吸って、暗視モードではあるが機体を識別していた。


 そして、その答えは空から振り下ろされた。


 無音。音を追い越した落雷の閃光がナイト級の円形レドームを直撃する。


 悲鳴を上げる暇もなかった。アウドミラの機体は雷でレドームがはじけ飛び、無数の火花がレドームの真っ赤に燃える破片と共に四方八方へと飛び散る。


「やった……」


 (マサキ)は肩で息をしながら、〔アル・ガイア〕がとらえている映像を拡張現実(AR)モニタとしてその瞳にとらえていた。


 機体の残されているエネルギーは皆無。動くことはもう叶わない。せいぜいあとは事の成り行きを見届けるためにカメラを数分動かすのが関の山だ。


 それでも、真っ赤に映る丘陵を見て勝利を実感できそうだった。


 その光が晴れて、再びカノン砲を向ける四脚式のナイト級を見るまでは。


 (マサキ)たちからさっと血の気が引いていき、その特徴的な単眼が怒りに燃えるように赤い光を点滅させる。レドームを支えるアームが砕けて、地面に落ちても、本体はほどんど損傷はなかった。


 四方に跳んでいった火花が消えていく。一瞬の燃え盛りも雨の中でかき消されていく。


「よくやるっ」


 機体に落雷がおちても、アウドミラの意思は健在。舌を噛んで、血の味が口に広がるにつれてその意志はさらに研ぎ澄まされた。


 体中の鈍痛も、三半規管が狂ったように歪んだ視界も、鋭く突き刺さる頭痛も関係ない。


 すでにナイト級は標的を捉えているのだから、彼の目が曇っていても鋭敏な彼の神経が確信していた。


 アウドミラ機が長距離砲を放つ。衝撃波が火の粉を払い飛ばす。


 それに呼応する様にして、再び空から青白い光が地上へと降り注いだ。


「――――っ」


 (マサキ)は目の前が真っ白になるのを感じた。


 死にたくない、という三人の強い意志だけが駆け巡る。


 瞬間、〔アル・ガイア〕のブレードアンテナに雷が落ちた。鋭い衝撃。シートが跳ね回る。周囲が昼間のごとく明るくなり、そこへ真っ赤に彩った弾道が突っ込む。


 すべてが白亜の光に消え失せて、轟雷の音にかき消された。


「これで、決まりだな……」


 アウドミラは目を細めて、残心を解いた。


 モニタはまだ白い残影を映しているが、やがて墨を垂らしたように深い闇が広がっていく。


 そのはずであった。


「な、何だと――」


 驚きの声を上げたのは、川にいる白兵戦機からだ。


 夜の闇が戻らない。いつまでも明るい光が川辺を照らしている。


 その正体は天と地をつなぐ眩いばかりの雷光。轟音はない。静かに抑制された青白い光が風に揺れる絹糸の様に揺らめいていた。


 その先端に繋がっているのは、右腕部を前に突き出した〔アル・ガイア〕のブレードアンテナである。


「バカな……」


 アウドミラは目を見開いて、射抜いたはずの〔アル・ガイア〕がいることを認めなければならなかった。


「完全に捉えていた。なのに、なぜ?」


 信じがたいことだ。


 アウドミラが先の一射は必殺であることを疑う余地はない。完璧なタイミングと計測だった。入力された数値にも異常はない。


 では、弾道を変えられたのか。それとも、避けたのか。


 否、そんな時間も隙もない。


 考えられるのは〔アル・ガイア〕は真っ向から必殺の弾丸を防いだ。それだけだ。


「どう、なってるの?」


 操縦者である(マサキ)たちですらこの状況は想定外であった。


 誰よりも〔アル・ガイア〕が動けないのを知っている彼女たちには、正面に延びた右の掌が不思議でしかたなかった。


 そして、生きている確証が重くなった体で実感できた。


「エネルギーが充填されてる。各部損傷箇所も急速に回復?」


 結子(ユイコ)はアナウンスしながら、自分が口走っていることが信じられなかった。横目に立体スクリーンの情報を見て驚いた。駆動できないはずの脚部と腕部がすぐにもコンディションを復旧させて、動作可能範囲にまで上り詰めていた。


 フォノは眩しい頭上を見上げて、手をかざして陰を作る。


「雷を使ってるの? 足も、それに手も」


 現実、ブレードアンテナに稲妻が集約されている。


 自然現象である雷を人工エネルギーに転換するのは並大抵の技術でできることではない。落雷の電圧、電流は周囲を一瞬で焦がす。その莫大なエネルギーを制御しているのだ。


〔アル・ガイア〕はまさに大地の女神(ガイア)の名に恥じない力を発揮していた。


「こんなこと、ありえるのか?」

「化け物が……」


 川にいる白兵戦機の操縦者たちは戦々恐々として、震え上がる。


「隊長っ!」

「怯むな。討ってでるぞ」


 アウドミラは怯える部下を叱咤して、水面から腰を上げる標的をにらんだ。


 風穴があいていたはずの脚部は銀色の塊で塞がっていた。鋼鉄の細胞が膨れ上がっては分裂し、人の筋肉や皮膚同様に治っている。その速度は尋常ではない。


「こいつ、生きているのか」


 アウドミラは毒づく。


 自分たちが相手にしているのは、機械ではないのか。自らが乗り込んで操る機械の鎧ではなく、操縦者を取り込んで動く生命体とでもいうのか。


「来るの……っ」


 (マサキ)は小刻みに揺れるシートに不安を覚えながらも、〔アル・ガイア〕に川底に沈んでいるカタナを取らせる。


 雷の糸に持ち上げられるようにして、ゆらりと〔アル・ガイア〕は立ち、構える。


 明るい視界に浮かぶのっぺりとしたポーン級の顔と丘陵で待ち構える砲撃隊の横隊。そして、その頂に立つナイト級が少女たちの視界に飛び込んだ。


 そして、堰を切って白兵戦機が川の水を弾いて突進しだした。


「正面、左右から敵!」

「お願い、動いてよ!」


 結子(ユイコ)の報告と共に、(マサキ)も挙動に入った。


 まだ足下がおぼつかない。左へ反転。水の幕をめくりあげて、青白く照り返す刃が袈裟斬りに振るわれる。


 左手から仕掛けたポーン級の操縦者は絶句して、その一太刀に身をゆだねるしかなかった。


 刃の風を切る音が雷鳴のごとく響いた。


 残光は的確にポーン級の肩から脇を抜けた下腹部を通り、赤い火花が血しぶきのごとくあがった。


「ちきしょうがぁ!」


〔アル・ガイア〕の背後よりハルバードを構えた一機が迫る。


「くっ」


 (マサキ)は手に残る感触に違和感を覚えつつ、フットペダルを蹴りとばした。


 すかさず〔アル・ガイア〕が機体をひねり、返す刃でハルバードをたたき落とす。甲高い接触音が渓谷を走る。続けざまに、左腕部がつんのめった敵の頭部へ拳を叩き込んだ。


 ポーン級は頭から川底へと伏して、沈黙した。


「まだ、左手に敵」

「わかってる」


〔アル・ガイア〕は右脚部スタック・スラスターを噴射して、無理矢理に機体を起こしながらカタナを薙ぐ。


 水しぶきが膨らみ、肉薄していたポーン級も得物の長剣を下げて飛び退いた。


 その一薙の剣風が装甲越しからもわかる風圧を生み出していた。川の流れが一瞬横へとさらわれて、岸辺に打ち寄せる。


「力任せの一撃で、これほどとは……」


 後退を余儀なくされたポーン級操縦者は冷や汗を流しながら、後ろを振り向いた。


「援護射撃、どうなってる!」


 長剣を構えるポーン級が丘陵を振り仰ぎ、砲撃隊の動きを窺った。


 それは(マサキ)たちも同じだ。


「砲撃隊、動くよ」


 フォノがわずかな砲口の照り返しの動きを察知して言った。


「時間はかけないよ」


 (マサキ)は大きく息を吸う。それにならってフォノと結子(ユイコ)も胸を膨らませ、肩をかすかに持ち上げる。


 そして、砲撃隊の砲口が定まった瞬間、三人の息を止めて手足を動かす。


 火蓋を切ったのは砲撃の嵐。月夜のごとく明るい山間で赤い火花が咲いた。


〔アル・ガイア〕はスタック・スラスターを噴かして走り出す。雷がたわみ、後を追うようにして一本筋が機体のブレードアンテナに追従する。


 一蹴りで一〇〇メートルは稼いだだろうか。


 機体が水辺を飛び出して、岸に踏み込む。その背後で赤いアーチが着水して、破裂した。


「早いっ。だが!」


 後退していた白兵戦機は驚愕し、条件反射で長剣を〔アル・ガイア〕へ突き上げる。


「――っ」


〔アル・ガイア〕は迫りくるしとつを身を屈めて回避。そして、次の跳躍とともにカタナで敵機の脚部を撫で斬りする。


 白兵戦機が崩れ落ちるとともに、黒い機体は傾斜に跳んで砲撃隊の懐へと飛び込む。


 次弾の装填に集中していた彼らは攻撃のテンポが遅れている。


 しかし、〔アル・ガイア〕の猛撃を阻む赤い線が斜面を滑り落ちてくる。


〔アル・ガイア〕が右肩のスラスターを展開して、緊急回避。直撃は免れても、その衝撃に機体がよろけた。


 (マサキ)たちは顔をしかめて、衝撃に耐えながらその眼孔に光を強く、鋭く輝かせる。


〔アル・ガイア〕もまたその四つのセンサーアイを発光させ、地に足を踏みしめた。


 勝負はまだ決していない。


 砲撃隊は装填をあきらめて、カノン砲を鈍器として殴りかかる。


 だが、それは付け焼き刃の一振りだ。


〔アル・ガイア〕は電光石火の速さで砲撃隊へと踏み込んだ。カノン砲が連鎖をかいくぐり、すり抜けざまにカタナが青白い曲線を描いて軌跡を残す。


 次々と倒れるポーン級。


〔アル・ガイア〕のブレードアンテナに集中していた稲妻が徐々に弱くなり始めて、あたりが暗くなっていく。供給されている量も減っている。


「ご苦労――」


 アウドミラは部下たちが決死の時間稼ぎをしてくれたのだと、信じた。


 彼のナイト級も弾を装填し終え、電荷のかかる銃身が湯気を立ち上らせる。単眼から赤いレーザーが走る。照準を定めるための光はもはや自分の居場所がばれてもよいという覚悟のあらわれであった。


 そして、全身全霊の一射である証。確実に仕留める殺意の眼光そのものだ。


「――――ッ」


 (マサキ)たちはモニタの側面で光る赤い輝きに目を向ける。息が苦しくなる。頭がピリピリして、喉がひきつったように痛む。


 それが集中力をつなぎとめる。


〔アル・ガイア〕は機体を起こしながら、背部の補助アームに懸架している汎用機関銃(ドゥーオ)を左脇に回す。左腕部が滑らかな動きでグリップを握りめる。


 重々しい機関銃の銃口が〔アル・ガイア〕の四つ目と同調する。赤いレーザーが機体の目と焦点が合わさった。


 ブレードアンテナに最後の雷の火花が散って、渓谷に暗闇が降り立つ。


 その瞬間、雷鳴と共に二機は引き金を絞った。


 赤と青の射線が暗闇に交錯する。そして、血しぶきのごとき橙色の火花が盛大に二か所で噴き出した。


 そこに照らし出されるのは、下腹部を貫通されたナイト級の崩れ落ちる影。


 そして、左肩部のマルチ・ハープーンの射出装置と左頭部の排気ダクトを粉砕された〔アル・ガイア〕の剛毅な顔つきであった。


 ナイト級の上半身が重々しい音を響かせて地面に転げ落ちる。


 その残響が物悲しく、雷鳴の尾を引く音と合わさって、雨の音にかき消されていった。


 しっとりとして、熱を冷ましていくその音に緊張しっぱなしの(マサキ)たちはようやくため込んでいた息を吐き出して肩で息をする。嫌な汗が噴き出して、かたい唾を飲み込んで節々の痛みに耐える。


 マルチモニタには頭部と肩部の損害状況を知らせるアラートが黄色く表示されている。


「終わった……」


 (マサキ)はぐったりとしてそうつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ