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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第一章
11/118

~再会~ 目覚めの時、復活の時

 紅蓮の炎が壁となって退路を塞ぐ。次々と踏み壊された家屋で埋め尽くされ、火の粉が鱗粉のように舞い散る。


 ミトは必死に足を動かして、焼けつくような肺で精一杯呼吸をする。例え息苦しくとも、呼吸を止めた瞬間死んでしまうと胸がざわめいた。


「大丈夫だから。大丈夫だから、ね?」


 ミトは泣きじゃくる少年の手を引きながら言う。


 教会を目指す途中、親と離れてしまい泣いていたところを連れてきたのだが、彼はたどたどしい足取りでずっと泣いている。


 無理もない。見慣れていたのどかな町が一変して火の海に変わったのだ。自分の家も、朝市でにぎわった広場も何もかもが赤く燃え上がる。


 体の芯から揺るがす足音にさらに気持ちが委縮してしまう。


「————隠れて」


 ミトは子供を引き寄せると、手近な瓦礫に身を隠す。


 黒煙を切り裂く烈風。骨身にしみわたる金属のぶつかり合う轟音。そして、家屋を軽々と踏み破る鋼鉄の脚がすぐ近くで踏ん張りを利かせる。


 彼女の見上げる先、ほんの十数メートル先で〔AW〕同士の斬り合いが繰り広げられる。一方が戦斧を振るえば、一方は短剣で受けて立つ。


 人間の殺陣。鎧をまとい、刃を奮う勇猛な姿はまさにそれだった。


 ミトは腕の中で震える子供を抱きよせて、瓦礫を背にして〔AW〕から離れる。


「落ち着いて、落ち着いて」


 震える子供に諭すように言いながらも、それは自身に向けた暗示でもあった。


 足の不自由な彼女には教会までの道のりは困難である。そして、時折見る逃げ遅れたヒトの骸が瓦礫の合間から覗かせているから、気が気でない。


 できる限り連れ立つ子には見せないよう死角を作り、頭を押さえつけて姿勢を低くさせる。舞い散る火の粉と煙に目が霞む。肺の奥はもう焼けついて呼吸をするたびに喉が苦しい。


 間近で〔AW〕同士がぶつかる事態は悪夢そのものだ。


「教会の方には、火の手はないみたいだけど……」


 常に指針となってくれる教会のとんがり帽子の屋根。黒煙の合間からでも窺えるその姿は被害がいないと見える。


 すると、すぐ近くで一機の〔AW〕が燃え盛る民家にしりもちをついた。黒ずんだ木柱ががらがらと音を立てて崩れ、火の粉が風船のように膨らんで飛散した。


「こっち。来てっ」


 ミトは火の粉から子供を庇いながら、腰を上げる〔AW〕の背後へ回る道へと急いだ。


 次には遠距離から降りかかる火球が彼女たちの背後に落下。


「————っ」


 ドッと熱風が吹き荒れ、彼女たちの体が紙くず同然に吹き飛んだ。悲鳴など上げている暇はなかった。焼けつく風にあおられて、地面を転げまわる。爆発で舞い上がった木片や礫が雨霰のように降り注ぐ。


「ぐっ」


 瓦礫の山に背中を強かに打ち付け、ミトは意識がもうろうとする。


 体中が痛い。抱いていたはずの子供の感触まで薄くなっていく。死んでしまうのではないか、と本気で思う。右耳はずっと耳鳴りが響いている。鼓膜が破れたのかもしれない。


「————っ! ————!」


 霞む視界の中で肩を揺さぶる人の影があった。連れていた男の子だ。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に何かを叫んでいる。


 ミトはうつろな瞳を向けながら、焼けついたような喉から言葉を振り絞る。


「にげ、なさい。早く……」


 このままでいたら、炎に巻かれて焼け死ぬか、〔AW〕に踏み殺されてしまう。


 だが、彼一人でならまだ希望はある。目立った怪我は窺えず、教会まで行けるだろう。勇気を振り絞って、歩み出せる足はまだくっついている。


 ミトは自分の体から血の気が引いていくのを感じながら覚悟を決めていた。


「行きなさい。わたしは、もう——」


 死ぬだろう。


 四肢に込める力が抜け落ちていくように、頬に伝うぬるい感触。流れ出る血が止まらない。意識はさらに遠のき、立ち去ろうとしない男の子の泣き顔が頭に焼き付く。


 この子だけは助けなければいけない。そう言い聞かせても身体は言うことを聞いてくれない。


 そして、後悔の念とともに彼女は気を失ってしまう。




 町で繰り広げられる戦闘の火は拡大の一途。


 フライハイトが九機の〔AW〕、ポーン級の〔パンツァー・グランツ〕で修道騎士団に対抗している。


〔パンツァー・グランツ〕は修道騎士団の〔カヴァレリー・ポーン〕の鹵獲改修機で、基本性能はほぼ互角。装飾こそ施していても、扱える得物も同規格。操縦者の技量がはっきりとこの戦闘の明暗を分かつだろう。


 フライハイトは投入した機体数ではわずかに勝っているものの、修道騎士団の〔カヴァレリー・ポーン〕は巧みな戦術を持ってそのわずかな差を埋めていた。


 砲撃機のカノン砲が走り回る〔パンツァー・グランツ〕を牽制しつつ、白兵機の有利な態勢を作り補助をする。白兵機も痛烈な一撃を繰り出していく。


 いくらポーン級と呼ばれる下級機体であっても、搭乗している騎士の腕はそれを補って余りある強さを持っている。組織戦の練度が違う。


「三番、五番、左舷に回れ。六番、八番何やってる? 撃てよっ」


〔パンツァー・グランツ〕を操るフライハイトの操縦者は操縦席で叫んだ。彼はフライハイト〔AW〕隊を指揮する立場であり、数度の戦に参加している。


 操縦席は単座の狭苦しい空間しかない。鋼鉄に囲まれ、視界は専用ゴーグルを介したリアルビューによって外の様子を見ている。簡略化された操縦系統と非常にアクティブな運動能力、演算機能によって〔AW〕の汎用性を確立している。


 通信手段は外部スピーカーによる直接会話か、頭部に装備している照明による暗号通信しかない。


 彼は相手をする〔カヴァレリー・ポーン〕の長柄の戦斧、ハルバードを盾で防ぎつつ周囲の動きに気を配る。


 指示通り、白兵戦をメインとする奇数番が展開を始めていた。しかし、後方にいるはずの砲撃機からは何の反応もなかった。艦隊からの遠距離砲撃も止み、敵からの砲撃が俄然強気になって降り注ぐ。


「クソッ。無茶苦茶だ」


 操縦者は外部スピーカーのスイッチを切り悪態をつきながら、フィードバックで重くなった操縦桿を倒す。


〔パンツァー・グランツ〕は競り合うハルバードを振り払って、一度距離を取る。重厚な足さばきが瓦礫を蹴散らし、地面にめり込む。


 衝撃緩和装置が故障したのか、操縦者には視界が大きく上下して見えた。


「敵艦隊が接近しているというのに、こちらはまるで素人だ」


 操縦者は部下の連携のなさを腹立たしく思いながらも、〔AW〕に乗って間もない操縦者では無理もないと同情の念もあった。


 首を振って、不安を頭から追い出す。〔パンツァー・グランツ〕の頭部がその動きに合わせて左右に動いた。丸いツインカメラが炎にのまれる街並みを映し出す。


 操縦者が一瞬罪悪にのまれそうになったが、迫りくる〔カヴァレリー・ポーン〕に身構える。


 咄嗟の動きに〔パンツァー・グランツ〕を体を開いて、その切っ先を避ける。胸部を掠った刃が火花を散らした。


「クソッタレが!」


 激震する操縦席で、操縦者は操縦桿についているスイッチの数々を指先で捌く。ピアノの鍵盤をたたいているかのような軽快さ。指に対応したスイッチを押し、組み合わせることで機体はコマンドに合わせた行動を実行する。


〔パンツァー・グランツ〕が戦斧で薙ぎ払う。


〔カヴァレリー・ポーン〕は怯むことなく柄で受け止める。力と力が拮抗し、軋んだ音が操縦席に響き渡る。


 周囲では敵の弾丸が飛び交い、すぐ近くに着弾しては瓦礫を吹き飛ばしていく。


 つい数分前まであった家々のほとんどが瓦礫となり、更地になろうとしている。残酷だとは思わない。そう思わないよう努めなければ、フライハイトにも修道騎士団にも明日はない。


 方や世界の自由のため。方や世界の秩序のため。


 互いの理念のぶつかり合いにおいて、町の一つが滅んだところで問題ではなかった。


「ぐ、ぐぅ……」


 操縦者が顔を顰めて、離れるタイミングを窺う。機体にぶつかる瓦礫の音が操縦席にまで響く。


 その中で腹の底に響く音を感知する。機体の集音装置が拾ったわずかで不気味な音。砲撃でも、走行を叩く音でもない。


「な、何だ!?」


 そして、彼の目に映ったのは、敵機の背後で突如として崩れ出した山の斜面だった。教会の裏にある小山が突如として地滑りを起こしたのである。


〔パンツァー・グランツ〕は戦斧から力を抜いて、敵機のバランスを崩す。互いの機体は交差して、立ち位置を入れ替える。


 対峙していた〔カヴァレリー・ポーン〕も振り返った先に見えた山の様子に、武器を引く。その時ばかりは両軍の戦闘は凍結して、怒涛のごとく滑る泥土の流れを見守る。


「あれは——」


 操縦者は息を飲んで、山腹で動く何かを見つめる。専用ゴーグルが瞳孔を検知して、望遠する。


「腕? 腕なのか?」


 溢れだす泥の中から巨大な腕が突き上げられる。


 そして、その腕はカーテンをさっと取り払うように、腕が横へ払われるとそのまま地面が削れていった。泥が滝のように流れ出す。泥土は森林をに見込んでいく。


 次にはもう片方の腕が伸び、大地を掴む。


 誰もが黙って、その様子を固唾を飲んで注目する。地の底から這い上がってくる存在に怖しながら、好奇心から目を離せない。何か得体のしれないものを呼び覚ましてしまったのではないか、と騎士も兵士も怯えていた。


 炎の揺らめき、黒煙の向こうでそれはついに出現する。


 大地を砕いて、巨躯が這い上がる。漆黒の兜、天に伸びる二本と地平線を指す二本の角、四つの瞳、強靭な四肢、流麗な鎧。


 山腹に立ち上がった三十メートル近くはあろう巨人は火の海と化した町を見下ろす。


 炎に照らされて濃い影を纏うその機体、〔アル・ガイア〕は激昂するようにその四つの瞳を赤く染めた。

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