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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第一章
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~再会~ 鼓動が奔った

 地中に広がる不思議な空間。その中に降着する〔AW〕について、(マサキ)がフォノと結子(ユイコ)に説明をしていた。


 暗がりに灯るランプの淡い光をかこんで、冷たい床に座りながら持参した弁当をパクつく。朝食の残りで作ってきたサンドウィッチだ。


「これ。あのアーデル・ヴァッヘの操縦席っぽいところにあったの」

「これ、大丈夫なのかしら?」

「…………」


 フォノと結子(ユイコ)は手渡されたアクセサリをランプの光に照らしながら観察する。C字型のもので、手のひらサイズ。デザインは見たことのない素材で、金属とも布きれとも取れる感触だった。


 (マサキ)は食べていたサンドウィッチを一度おいてマフラーを緩める。その首にはアクセサリをチョーカーのようにつけていた。


「少なくともあたしは問題なしだよ。他にもブレスレットとかヘアバンドになる」

「どうやるの?」


 半信半疑にフォノが質問して、(マサキ)にアクセサリを渡す。その横では、結子(ユイコ)が自分に渡されたアクセサリを手首につけていた。


 すると、ぴったりとアクセサリが収縮して結子(ユイコ)の手首に合わさる。瞬間、ビビビッと全身に静電気が迸ったような感覚が起きる。


 結子(ユイコ)は目を見開いて、肩を跳ね上げる。全身の毛孔が開いて、ピリピリした感触が残った。


「ビビッとした……」

「最初はね。けど、何か見えてこない?」


 (マサキ)が笑いかける。


 体の火照りとともに、結子(ユイコ)の視界にぽぅっと何かが浮かび上がる。薄いガラス細工のような細かい文字がつらつらと羅列されていく。


「うん……」


 結子(ユイコ)が上の空気味に言う。


 (マサキ)はよし、と一つ頷くと手元のアクセサリに視線を戻す。それから端っこをつまみ、飴細工のようにして引っ張った。


 アクセサリは伸展。ヘアバンドほどの大きさに早変わりする。


「すごいね、これ」


 感心しながらも、フォノはその機能性に疑義を抱かずにはいられなかった。どんな機械にもない、粘土のような作りは怪しさ満点である。


「ちゃんと外れるし、身体もなんともないよ」

「これ、どこの言葉かな?」


 結子(ユイコ)が宙に浮かぶ文字を指差してつぶやく。


 (マサキ)にはその文字が見えていたが、フォノにはただ彼女が適当な空間を指差しているようにしか見えない。


 怪訝そうな顔をして、フォノも騙されたと思ってヘアバンドとなったアクセサリを装着する。瞬間、結子(ユイコ)と同様の静電気が流れる感覚を味わう。彼女の綺麗な金髪がぞわぞわっと広がり、やがて落ち着く。


「たぶん、そのうちわかる言葉になるよ。けど、アルファベッドの並びが違うだけだから、案外近くの国なんじゃないかな? 確か結子(ユイコ)の故郷ってヒラガナとか、カンジとか、へろへろした文字を使うんでしょ?」

(マサキ)だって漢字の名前」

「だって角張っててよくわかんないもん」


 (マサキ)はマフラーを直して、おいていたサンドウィッチを口に放り込む。


 結子(ユイコ)も最後の一切れを食べて手についたパンくずを叩く。すると、〔AW〕から聞きなれない音が鳴った。獣の唸り声のような音が徐々に大きくなって、空間に反響する。


 目を皿にする(マサキ)結子(ユイコ)。そして、ぼうっとしていたフォノも耳に飛び込んでくる異音にきょろきょろとあたりを見渡す。


「どうしたの?」

「わかんないけど、動いたのかな?」


 (マサキ)は恐る恐る立ち上がって機体に近づく。淡い光に照らされた〔AW〕だが、音がする以外はほとんど反応はない。


「今までこんなことなかったのに……」


 結子(ユイコ)が申し訳なさそうに、自分の手のひらを見て言う。


「あたしのせい?」

「まさか…………。あれ?」


 振り返ろうとした(マサキ)だったが、すぐに〔AW〕に視線を戻す。


 すると、機体に重なるようにして幻影の文字が浮かび上がる。


『起動準備中……。搭乗者の生体反応を登録中……』

「何かしら……? 登録中って読めるけど?」


 フォノも〔AW〕に視線を向けながら目の前に表示された文字に困惑する。


 (マサキ)も初めてのことで戸惑い、呆然としていた。


「こんなの、初めて——」


 何度もこの場所に来ては目の前の〔AW〕を調べた。操縦席が頭部と胸部の左右、計三席あることと全体のシルエットがヒト型をしていること、動力を点火させる装置がないということ。


 普通バイン・アウトーのように発動機を回して、メインエンジンを起動させる必要がある。〔AW〕場合はバイン・シフなどの巨大な動力によって発動機を点火する。しかし、それらしい設備もなければ、まして内蔵されている風でもない。


 (マサキ)が一度頭を振って、頭部の操縦席へ向かおうとした。


 次の瞬間、壁を這う重低音が彼女たちのいる場所に響いた。ぽつぽつと天井から水滴が落ちてくる。


「今度は何!?」


 結子(ユイコ)が不安そうに胸元で手を組み、立ち上がる。


 フォノは(マサキ)の持ってきたザックに弁当の残りを詰め込んで、結子(ユイコ)のそばに立つ。残響が耳の奥まで届く。だが、次々と重低音が連なりやがて立っている床を揺すりだした。


「外で何か起きてるのかも…………。見てくるよ」


 (マサキ)は身を寄せていた手摺から離れて、通路へと戻ろうとした。


 胸騒ぎがする。〔AW〕はいつまでも駆動音を響かせるばかりで、それ以上のアクションはない。加えて通路から音は響いている。断続的に、腹の底を震わせる不快感が襲ってくる。


 フォノと結子(ユイコ)がどうしたらいいのか迷い、恐る恐る通路の入り口に差し掛かった(マサキ)についていこうとした。


 ピシッ————っ!


 (マサキ)の耳に不協和音が入り込んだ。


「————っ! ダメ、下がって!」


 (マサキ)が血相を変えて、振り向きそのまま後に続いてきた二人を押し倒す。


 いきなりのことにフォノも結子(ユイコ)も思考が追い付かない。


 一拍遅れて、通路に土砂がなだれ込んだ。大量の土砂が丈夫だったはずの通路の天井を食い破ったのだ。遅れていたら、その下敷きになっていたことだろう。


 (マサキ)は土砂の音が止んだのを見計らって、体をお越し通路を見た。


「完全に塞がってる……」


 絶望的な状況だ。ガスランプが照らす通路の入り口は土塊が軽い傾斜を作って壁を生成していた。


 その様子を見たフォノが半身を起こしつつ(マサキ)に言う。


「ほかに通路はない?」

「ここ以外ないよ……」

「そんな……、そんな……っ」


 (マサキ)の暗い声音に、フォノは顔面蒼白になって首を弱々しく振った。信じたくない現実が目の前で起き、二度と地上には出られないのだと認識させられた。


 フォノは胸の奥から這い上がってくる嗚咽とも嘔吐ともいえる感覚に涙目になる。


 結子(ユイコ)も不安な顔をして、立ち上がる。それから土塊の壁に歩み寄り、軽く触れた。湿った土の感触。爪を立てて削ろうものなら、逆に爪が剥がれ落ちてしまうだろう。


「スコップとかはない……、よね?」


 結子(ユイコ)の問いも、(マサキ)は否定した。


「そういう機材はないよ。手すりを壊せば使えそうだけど、それだって壊せないし」


 (マサキ)の言葉に、結子(ユイコ)は土塊の壁を見つめたまま立ち尽くす。


 八方ふさがりだ。このまま地下で生き埋めのまま、飢えて死んでいくのだろうか。 


 三人の心に絶望感が広がる。狂ってしまいそうで、急に息が苦しくなって、目眩までしてくる。希望を捨ててはいけない、と言い聞かせてもここにあるのは動かし方もわからない、それ以前に動くかも怪しい巨大な〔AW〕が一機だけ。


「これが動かせたら、出られるかも……」


 (マサキ)はすっと暗がりにある〔AW〕の巨大な顔を見つめた。


 切なくて、静かで、こんな風に物言わぬ骸に成り果ててしまうのだろうか。十五年という短い人生の幕引きがこんなものだと認めてしまうのか。


 そして、(マサキ)は胸倉をぐっと鷲掴み、大きく深呼吸する。


「ううん。今ある可能性はこの機体しかないっ」


 その瞬間、三人の視界にガラスのような文字が正面に浮かび上がった。


                      『Begrüßen Sei!, neue Piloten』


「ようこそ、新しい操縦者たち?」


 三人が瞠目して、その文字の意味を考察する。


 しかし、思考する余裕もなく視界一杯に文字の羅列がなだれ込んで、吟味などしている余裕はなかった。すさまじいまでの情報量が脳みそに直接たたき込まれる。ぐらりと歪むバランス感覚に、(マサキ)たちはその場にしゃがみこむ。


 体中の血が沸騰するような熱さが駆け巡る。視界に爆竹のような光が瞬く。


「う……、くっ」


 喉の奥がひりひりする。


 (マサキ)は白昼夢でも見ているような感覚を振り払うように頭を振って、フォノと結子(ユイコ)の方を見た。


「二人とも大丈夫?」

「え、ええ。まだ目の前がぼやけてるけど……」

「問題、ないと思う……」


 三人は四肢に力を入れて立ち上がる。筋肉痛のように節々が痛むも、足先や手先の痺れの方が気になった。長時間正座をされていたようによろよろと立って、少しずつ状態が回復するのを待った。


 すると、〔AW〕から空気の抜ける音がした。熱気を含んだ風が三人を撫でる。


 (マサキ)はガスランプを手に取って、足元に注意しながら〔AW〕に近寄る。


「キミは動けるの?」


 ガスランプに照らされた〔AW〕の顔。凛々しくも禍々しい鬼のような形相。


 (マサキ)は視界の端にスクロールしていく極小文字の羅列を気にしながら、勇気を振り絞ってその名を口にする。


「アル……、〔アル・ガイア〕……」


 なぜ自分がその名を知っているのか、(マサキ)は、いや彼女たちは不思議に思う。


 それでも聞いたこともないその名に信頼を寄せている。身体を駆け巡る血の流れに乗って、その機体の情報が駆け巡る。


 三人は物言わぬ巨人に近寄って、胸の内を突く刺激に確かな手ごたえを感じる。


「二人とも、この子を動かすよ!」


 (マサキ)の号令でフォノと結子(ユイコ)は真剣な顔つきで頷く。


 動かし方も、外の様子もわからないからこそ、彼女たちはがむしゃらになるしかない。

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