~山脈~ 追撃、窮追、消耗戦
カーヴァル・イルスロットは今、興奮のまっただなかにあった。心臓は高鳴りっぱなしで手足も武者震いをしていた。
「すごい。すごいよ」
カーヴァルは自分の見ている景色に声を漏らす。
彼は今〔アル・ガイア〕の頭部操縦席にいる。降機姿勢とはいえ、十数メートルはある高さからみる景色は圧巻である。
普段見ている景色がより色濃く、小さく頭の中に入り込んでくる。これが霧雨の灰色の景色でなければもっと彼は高揚感を覚えていただろう。
「カーヴァル、わかってるよな?」
と、映像付きの内線が開いて、胸部にいる友人たちの顔が映し出された。
二人とも不安げに視線を動かして、肩を小さくしていた。
「俺たち、戦えないんだからな!」
青ざめた顔をした短髪の少年が裏返った声で訴える。
さらに、今にも吐いてしまいそうなほど暗鬱な表情を浮かべる小柄な少年は酷く震えて俯いていた。
「この状態で戦える、のか……っ。うっぷ」
「我慢しろ。これくらいの高さ、どうってことないし、操縦方法だってばっちりだろ」
カーヴァルは怖気る二人に言いながら、手首につけているアクセサリを軽くさすった。
「わかるだろ?」
「だから、気持ちが悪くもなるし、怖いんじゃないか。敵だって近くにいるかもしれないんだ」
「それを見つけるのが仕事だろう」
短髪の少年はぐっと喉を鳴らして押し黙る。
「柾姉ちゃんたちが休んでいる分くらいは働かなきゃいけないだろ。ミトさんだって頼りにしてくれてる」
「たんに、カーヴァルが煩かったからだと思うけどな」
小柄な少年はせり上がってくるものを無理くりに胃に押し戻し、ぼやいた。
カーヴァルはそんな弱気な友人を睨んだ。
「勝手に言ってろ。だけどな。こうしている以上はミトさんの信頼ってのはあるんだよ。結果を出せば、子の機体だって俺たちがもらえるかもしれない」
「能天気な奴……」
短髪の少年は小声で言うと、操縦桿の感覚を確かめる。特に違和感や触り心地に問題はない。しかし、自分の座席が火器管制であることを思うと、気持ちは穏やかではいられない。
ミトが〔アル・ガイア〕を操るのに必要なアクセサリを預けた理由は今でもわからない。
〔アル・ガイア〕は僅かにマニピュレーターを左右に半回転ずつさせ、背部の補助アームに懸架している汎用機関銃を小刻みに動かす。折り重なるようにして収納されている補助アームが伸縮を繰り返して、動作確認をしているのだ。
その様子を艦橋で見守る大人たちは不安な顔つきをしていた。
「よかったのか? 子供に任せて」
「今は下手に動くわけにもいかないし、あの機体の目は必要だわ」
ミトも深くため息をついて、胸を支えるように腕を組んだ。その手には拳銃型の照明器が握られていた。
「それにやる気になってるカーヴァルだもの。男の子にはこれくらいの冒険はさせてあげるべきでしょう?」
「言うがね。また戦闘になるかもしれないんだぞ?」
操舵士の男がミトの心中を思いながら言った。ミト・ハルルスタンは好戦的な性格ではない。まして、我が子のようにかわいがっている少年たちならばなおのこと、戦闘からは遠ざけておきたいはずだ。
ミトは操舵士に力のない笑みを浮かべて、両腕を腰に当てる。
「気は進まないけど、少し彼らにも実感というものを持たせた方がいいのよ」
「命がけだな」
機関士長が冷やかした。しかし、誰一人として笑うことはなかった。
ミトも肩をすくめた。
「そういう橋をわたしたちは渡ってるのよ」
面白くもない話だ。
〔アル・ガイア〕がミトたちにとって最後の城壁であり、最強の兵器。それに頼らなければならない歯がゆさと共に、操る者の義務や責務に胸が痛むばかりだ。
その部分をカーヴァルはよくわかっていない。〔AW〕を動かし、敵と対峙することの恐ろしさやそれ以上の苦悶を知らなければ彼はいつまでも独りよがりな考えを改めないだろう。
「でなきゃ、ほかの人にでも頼みたいんだけれど?」
「冗談。あんなものに乗りたがる酔狂な奴はいないよ」
通信士が艦内の男を代表するように言った。
これにはミトも目頭をもんで、重いため息を吐き出す。
「これだから、ここの男どもは――」
君子危うきに近寄らずのつもりなのだろうが、そこまでの教養と状況判断ができていない。
ただの言い逃れと怠惰の口実である。そういう人間の背中を見せられるミトは愛想もつきてしまう。それ以上に屁理屈ごねる大人の背中を見る子どもたちの心中が気になる。
ミトは再び外に跪いている〔アル・ガイア〕に視線を向ける。それから、腰にぶら下げているホルスターから銃型の照明器を手にする。
照明器具はさながら小型のラッパ銃のようで、大きめの薬室には油を浸した縄が備え付けられている。銃床に油があり、撃鉄には燧石が挟まれて薬室内の鋼にぶつかるようにできている。
ミトは空気を送り込むために銃身の脇に備え付けられた火皿のような部分を開けると、鋼が呼応して薬室内で倒れる。
それから、撃鉄を何度か引いて、バネの反動で薬室へと叩き付ける。照明器具の中で火花が散る。そして、その火花が何度も縄を焦がし、火をともす。
それから照明器具を水平に持ち上げて、外へと向ける。
「定時報告されたし、と」
ミトが照明器の引き金を引いて、ライトを遮るブラインドを開閉する。せわしなく、カシャカシャとタイプライターのような音を響かせる。
それから発光口を見て目を細める。
「これでいいのかしら?」
ミトは自信がなかったが、顔を上げて〔アル・ガイア〕の返信を待った。
いつもなら四つのセンサーアイが発光するはずだが、一向に返ってくる気配がない。
「返信、こないわね? やっぱりあたしのせい?」
「カーヴァルたちもまだ扱いになれてないだけじゃないのか? 返信の遅れくらい、気にすることでもないだろ」
機関士長が脳天気にいうが、ミトは自分に向けた猜疑心を一旦取り払った。
霧の向こうには自分たちを追ってくるだろう敵がいる。そのことが緩んでいた思考を引き締めた。
「なにか、あったんじゃないかしら?」
ミトは神妙な顔つきになると、照明器具の脇に備えられている火皿のような部分を閉じる。すると撃鉄にも鋼が蓋をして中は密閉されて、火は鎮火される。
ゆれゆらと焦げた煙がわずかな隙間から立ち上る。
中央にあるデスクに移動しながら、端にいる通信士にいう。
「見張りからの報告、何かない?」
「いや、何も。確認する」
通信士は伝声管に向かい直り、確認をとった。心中では報告がないことは何ら問題がないことだと思っていた。
だが、それを裏付ける根拠もなかった。
「船を動かす準備はしておいたほうがいいわ」
「もう?」
「早く移動した方がこの霧だもの、相手も見失いやすくなるでしょう?」
しかし、機関士長や操舵士はあまり乗り気にではなかった。
「動かすのか? やめとこうな」
「危険じゃないのか? 機体の目は何も見つけてな――」
瞬間、真っ白い霧を切り裂いて真っ赤に燃えた砲弾が〔エクセンプラール〕の横を通過した。
ドッと熱風が〔エクセンプラール〕に叩きつけられる。
艦橋のガラスが呻くように鳴り、冷えきっていた空気まで熱せられた気分である。
「ほら、来たわよっ」
ミトはデスクにしがみつきながら、次に来る砲撃に身構えた。
第二射が〔エクセンプラール〕の艦尾近くに落ちた。地面が大きく揺らめき、尻を蹴りあげるように飛び散った土塊が装甲を叩く。
「エンジン始動。脚部に伝達。カーヴァルには船内に戻るよう伝えて!」
ミトが矢継ぎ早に指示をとばす。
「ったく! 機械の目はどうしたよ!?」
機関士長が怒鳴る。
艦橋は一瞬にして熱を帯びて、各々が口を動かした。〔エクセンプラール〕の危機は艦橋にいる人だけでなく、一発目の爆音で乗艦している人すべてが察知していた。
「警報発令! 回線、回して」
ミトは通信士に言うと、デスクにある艦内放送用の受話器を掴んだ。
通信士はすぐさま艦内放送の電源を入れて、回線をつなげた。そして、警報が鳴り響く。
「どうぞ!」
「総員に連絡。本艦は追撃部隊と接触。これより、戦闘航行に移行します。荷物の固定、および周りの人の確認を最優先にされたし。繰り返す――」
ミトの声は警報が駆け巡る艦内にあっても、響き渡り乗員たちを緊張させた。
「敵の数は?」
「わかりませんよ。この霧じゃ」
操舵士の問いかけに通信士は言った。見張りからは正確な射撃ポイントなどわかるはずもなかった。
何しろ、視界を覆い尽くす霧と雨だ。人の目ではとても測れるものではない。
「機関出力、六割を維持。エネルギーは足に回すぞ! いいな!」
「了解。節約できるところは供給を切っていい」
艦内放送を終えたミトは機関士長の提案に同意し、続いて航海士の方に目を向ける。
「針路は?」
「針路も何もあるか。山沿いをいくだけだ」
「そのつもりだ。発進する」
航海士の頼りない発言など何のその、と剛胆な操舵士は〔エクセンプラール〕を発進させる。
ググッと脚部がきしむ音と地面におろしていた艦底があがり出す。
艦の格納ブロックに対比している人々はふわりと上下する振動と怪物の腹がいななくようなふるえた音に身を寄せあう。
「周りの人を確認しあって。貨物の方には近づかない!」
格納庫ではミトの指示が伝播し、老若男女問わず神様に祈りながら外の爆音に身を小さくした。
歩きだした〔エクセンプラール〕の横に砲弾が落ちて、泥が甲板に雨霰と降り注ぐ。
甲板にひざまずく〔アル・ガイア〕の中で、カーヴァルたちは上下する感覚に肝を冷やした。
「どうするんだよ。なんでわからなかったんだよ」
カーヴァルは小刻みに震えるシートの居心地の悪さに表情をひきつらせつつ、索敵を担当する小柄な少年にどなった。
〔アル・ガイア〕の広範囲に及ぶ索敵性能を当てにしていたというのに、敵の奇襲にあっては意味などなかった。
「そんなこと言われても、反応はなかったんだよ!」
小柄な少年は次々とポップアップする立体スクリーンに目を走らせながら反論した。
事実、センサは一発目の砲撃で感知したのだ。それ以前は全く反応はなく、敵影や動くものなどなかった。それだけの長距離射撃を受けたのだと彼は思った。
「早く、降りよう。見張り台からも信号が出てる」
「戻れっていわれてもな」
友人二人は泥をひっかぶった見張り台から発光される信号を見て困り果てた。
「この状況で降りれるかよっ」
カーヴァルは正面から飛来してくる真っ赤な砲弾に目を見張った。
砲弾が〔アル・ガイア〕の右肩部に直撃。火花が炸裂し、黒い巨体が甲板にたたきつけられる。
〔エクセンプラール〕も背中から押しつけられる衝撃に艦体を深く沈めて、腹の底を地面にこすりつけた。
艦内のあちこちで阿鼻叫喚が沸き上がる。格納庫の人たちは床を転げて、艦橋にいるミトたちも体が浮かんだ。
「こらえて!」
ミトは叫んだ。
操舵士と機関士長が必死の形相で艦を復帰させる。操舵士は重たい舵を野太い腕で引っ張り上げ、機関士長は冷や汗を流しながら機関の出力バルブも一気に解放される。
瞬間、〔エクセンプラール〕は四つの脚に力を込めて、腹を打ちつけた弾みとともに前に加速していく。
甲板で〔アル・ガイア〕が滑った。金属のこすれる不協和音をたてて、後部近くで停止した。
「クソッ。なんだよ」
カーヴァルは操縦席で毒づいた。周りには赤く染まった立体スクリーンが並び、小うるさい電子音を響かせている。
それが何を示すかを、少年たちは理屈ではなく肌で感じた。
たった一発の砲弾を浴びただけで少年たちは震え上がり、内容などはこれぽっちも頭に入ってこない。当然だ。被弾した衝撃はまだまだ細い骨身に染み渡り、戦意をそぎ落としたのだから。
「当たった!」
短髪の少年が叫ぶ。
モニタに表示される損傷報告に目を白黒させる。
「野郎っ! こっちもやってやらぁ!」
「冗談!?」
頭に血が上ったカーヴァルの発言に小柄な少年が半べそをかいていった。
カーヴァルは友人の抗議など無視して、〔アル・ガイア〕を起き上がらせる。
艦橋にいるミトも窓に映り込んできた〔アル・ガイア〕の武骨な横顔を見て表情を曇らせた。
「やるつもり? カーヴァルに伝えて。攻撃はするなって! そのまま機体を寝かせておけと!」
しかし、彼女の指示が伝達されるよりも早く〔アル・ガイア〕は背部に懸架している汎用機関銃を展開する。起き上がった上体の右脇を回って、損傷している右腕部がグリップを握り、銃身を支える。
損傷した右肩部は装甲が剥がれ落ち、基部がむき出しになっている。果ては漏電を起こして、ちりちりと火花が散っていた。
〔アル・ガイア〕は肩部の支えなしに、汎用機関銃を握り構えた。
「照準、わかってるな?」
カーヴァルの声を受けて、短髪の少年はモニタに映し出された照準線に目を合わせる。
汎用機関銃の照準器と同期したモニタの表示は微かに揺れて、定まらない。霧のむこうの敵を補足しきれず、瞬くマズルフラッシュと飛び込んでくる砲弾にひきつけられて動きまわった。
「撃てよ! 操縦桿握ってやれば、できるんだろうが!」
カーヴァルは嫌気がさして叫んだ。
周りでは重く、くぐもった砲弾の音が響き渡る。
「クソォッ」
短髪の少年は迫る攻撃に委縮しながらも、操縦桿を握りしめる。命がかかっているのだ。あとに引こうにもこの砲弾の中を走って、しかも、移動する〔エクセンプラール〕の上を走れる自信もなかった。
だから、少年は必死に考え、悩み、そして決断する。
〔アル・ガイア〕の揺れていた照準が一点に絞られた。損傷している右肩部でどこまで持ちこたえられるか。そのようなことはカーヴァルたちの知ったことではなかった。
「撃つぞ!」
短髪の少年は操縦桿をさらに強く握りしめると、トリガースイッチを押し込んだ。
そして、〔アル・ガイア〕の握る汎用機関銃は咆哮を上げる。甲高い爆裂音を響かせて、青白い残光が霧の中へと溶けていく。移動する〔エクセンプラール〕の上であり、なおかつ照準すらままならない弾道は渦を巻くようにして光跡を残した。
弾丸は丘陵地帯を跳ね回り、〔エクセンプラール〕を追撃するアウドミラ・ルゥマスたちも一時射撃の手を止める。
「ん。来たか」
アウドミラの〔AW〕は熱気を帯びた砲身を抱えて、姿勢を低くした。四つ脚を広げ、上半身を沈める。リング状のレドームが頭上で周り、射撃観測を強化する。
「もう少し粘ると思ったが……。やはり、焦りか」
アウドミラは嵐のように飛んでくる弾丸を見て、相手の心情を推察する。先の戦闘よりも攻撃が雑で、慎重さにかけている節がうかがえる。
そして、周囲に目を配る。
左右に散っている部下たちの機体は跳ね回る敵の弾丸に腰が引けていた。わずかな傾斜を盾にして、鋼の機体が寝転がっているのがよく見えた。
「落ち着け。乱雑な射撃だ。あたりはしない」
四つ脚のナイト級の頭部が左右に振られて、搭乗者の声は光に変換されて光信号となる。単眼のセンサーアイに含まれている発光ランプが赤く、チカチカと光る。
「こちらで引きつける。ハン、バルマ。左右に広がれ!」
アウドミラはそう伝えるなり、機体の視線を瞬き続けるマズルフラッシュに集中させる。
「了解っ」
「頼みます」
部下たちも指示を受けて、すぐ横をかすめる弾丸に身震いしながら機体を展開させていく。
「距離はまだ行けるはずだ。索敵、妨害」
アウドミラは操縦桿のスイッチを押し、音声入力を起動させる。
彼の命令を受けた〔AW〕は頭上で回転するレドームから超音波を発振させる。人の耳には聞こえない繊細で小さな音は雨の音に溶けて地形を読み、同時に機械の目を欺く。それが一重、二重に重なってなだらかな山に反響し、進んでいく。
それが〔アル・ガイア〕に到達するのに時間はかからなかった。
ババッとひび割れた音とともにカーヴァルたちの視界に歪みが生まれる。
「何だ?」
カーヴァルが声を上げるが、目の錯覚か、歪んでいたモニタはすぐに復旧して閃光の絶えない映像が映った。
しかし、〔アル・ガイア〕の照準がいつの間にか見当違いの箇所に注がれているのに気づかなかった。
そして、銃口を向けられていたアウドミラたちから見れば、一目瞭然のできごとだ。
「ん――っ」
アウドミラは衝撃に備えて全身をこわばらせ、息を止めるとトリガーを引いた。
連動して、彼の機体も単眼の光学カメラを固定し、長身のカノン砲を放った。
機体を中心に波状の衝撃が地面へと逃げていく。四つの脚部がしっかりと地面をとらえて、抜群の安定性を示した証拠だ。カノン砲の砲口があがる。しかし、腕部への負担は最小限に力強いバネが支えきった。
アウドミラはがつんと前からたたき込まれる衝撃に苦悶の表情を浮かべるが、確信していた。
「当たるっ」
事実、そのなだらかな放物線を描いた砲弾は霧を突き破って標的へと迫った。
「――っ!」
最初に気づいたのは小柄な少年である。
彼は肌に走る悪寒とわずかに空をひっぱたく音に反応していた。
その危機察知能力に〔アル・ガイア〕が動く。弾倉が尽きた汎用機関銃からマズルフラッシュが消える。
砲弾が〔アル・ガイア〕の出っ張った胸部に着弾。
「ぐぁあ!」
少年たちは思わず悲鳴を上げて、身体を小さくした。激しい衝撃に頭が前後左右に振られた。
が、砲弾は〔アル・ガイア〕の胸部をうがつことなく軌道をそらされて明後日の方向に飛んでいった。
その代償に黒い巨体が再び甲板に強く叩きつけられた。
〔エクセンプラール〕の胴体が沈む。再び艦内に悲鳴が轟く。
「うっ。状況、報告!」
ミトは床にへたり込みながら、叫んだ。
「カーヴァルたちが派手にやられた!」
「畜生っ! 右からも来やがった!」
操舵士の目は右手でかすかに光るものを見逃さなかった。
アウドミラ部隊の片割れが丘陵一つ挟んで、艦砲射撃をしているのだ。わずかに霧の区切り目から砲口が火を噴くのが見える。
霧雨の中で火山が噴火したような音が轟いた。
大きく弧を描く砲弾の軌跡が、やがて流星群のように〔エクセンプラール〕に向かって飛来する。
「取り舵、三〇! 速度あげて!」
ミトは立ち上がると、窓から差し込む砲弾の光に目を細めた。
〔エクセンプラール〕が艦首を左に向けて、大きく脚部を伸ばして走る。
「カーヴァル!!」
「来るぞ!?」
「やられてたまるか!」
少年たちもまた仰向けにしてみる無数の明かり光に目をむいた。
小鳥がさえずるような耳の心地は一瞬のことだ。すぐに砲弾の風を切る音は猛禽類が獲物に吼えかかる獰猛な気色を帯びて迫った。
〔エクセンプラール〕が逃げに入る。だが、十数の砲弾を回避できるのか。それが榴弾による広範囲に炸裂するものであれば、いかな戦艦でも只ではすまないだろう。
「直撃だけは避ける」
カーヴァルは損傷している〔アル・ガイア〕を起こし、汎用機関銃の弾倉を交換。数秒を要して、迫る砲弾の雨に銃口が天を仰いだ。
当たるか当たらないかなどは考えない。時間がない。
照準線は勝手に迫り来る砲弾を追ってくれている。
「やれ!」
その声を聞いて短髪の少年は再びトリガーを引いた。
空に向かって青白い連弾が飛翔する。先の連射よりも早く、強烈に弾丸が空にはじけ飛んでいく。
ブレ続ける照準を小柄な少年がつたない手で修正をし、短髪の少年も操縦桿から伝わる強い振動を力付くで抑え込んだ。
そして、連弾がまるで光の糸のように揺らめいて迫る砲弾の雨を次々と落としていく。
爆発に次ぐ爆発。薄暗い、灰色の空が真っ赤に燃えて夕暮れのような明るさを振り撒いた。雨雲が渦を巻く。霧雨が横殴りに吹き荒れた。
しかし、撃ち漏らした榴弾が〔エクセンプラール〕の右舷二〇〇メートルのところに落ちて、爆風が艦体を仰いだ。
「もうおしまいだ!」
格納庫内では絶望の声。
外の様子が見えない彼らには終末が来た、と感じられた。だが、いまだ生きている。自分を苦しめる神童と爆音が途切れていない。
それが生きている実感であるなら、なんと残酷なことか。耐え続ける乗員たちの精神も限界に近い。
だからといって、艦橋はその絶望に屈するわけにはいかない。
「エンジンを止めない! 走り続けろ!」
ミトの激など爆音の中で誰が耳にできない。窓を打つ雨音は激しく、さらに爆音は遮っている壁や窓を超えて空気を震わせる。
だが、クルーたちは同じ気持ちであった。〔エクセンプラール〕を止めるわけにはいかない、と必死に艦体の安定に努めて航行させる。
榴弾の花火が十数発、空中で炸裂し霧雨にかき消されていく。
その轟きの残響が警告にしみこんでいく。
〔エクセンプラール〕は左舷に見える細い谷間へと進入していき、そこでようやっと周りをみる余力がもてた。
「追撃は、なし? 見張りは?」
「攻撃の手はないっていってる。が、爆音で耳をやられたらしい」
通信士も耳を押さえながら、苦悶の表情を浮かべる。
「艦内状況のチェックが終わり次第、見張りを交代させてあげて。手の空いてる人、いるといいけど」
ミトも頭を振って、眩暈を振り払う。
酷い操艦をしたものだ、と自分自身呆れかえるばかりである。
「針路は?」
「南西を向いてる。してやられたよ」
航海士は自身の前に広げた地図と艦橋に備え付けられている方位磁針とを見比べて顔を手で覆った。
ミトもデスクに広げた地図と先ほどまでの予定航路、そして、窓の外に見える切り立った岩肌を眺めて肩を落とす。
「追い立てられたってわけ……」
思わず重たいため息が出る。
「仕方ない。針路修正。しばらくは道なりに進んでいきましょう」
「船速は?」
「一五ノットで、様子見ってところかしら? 異存は?」
ミトが問いかける。
しかし、操舵士、航海士、機関士長、通信士を含めて誰も反論しなかった。敵の出方も追撃もわからない状態だ。今はこちらからアクションをかけられる余力もないのだ。
ミトは彼らの無言の肯定に一つ頷いて、窓の外に映る〔アル・ガイア〕の汎用機関銃を見た。弾丸を撃ち尽くしたのだろう。火を噴くことも、動く素振りすら見えない。
「少し出るわよ」
「どうして?」
通信士が野暮なことを聞いた。
ミトは機関士長がゆっくりと出力を落としているのに一瞥し、出入り口の方へ体を向ける。
「カーヴァルの救護。あの様子でしょう?」
それだけいうと彼女は右足を引きずりながら、艦橋を後にした。




