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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十四章
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~誠実~ 許し合うこと

 なだらかな地平線に夕日が沈んでいく。


 その大地を六本足のバイン・シフ、〔エクセンプラール〕が傷ついた〔アル・ガイア〕を乗せて進む。


〔アル・ガイア〕も満身創痍で、甲板に片膝をついて自己修復機能を活発化させていた。静かに呼吸するかのように機体のあちこちからは熱風を吐き出し、冷たい空気を取り込んでいく。


「結局、修道騎士団の追っ手はいないのか……」


 長い間見張り台にかじりついていたカーヴァルも、いよいよ飽きてきてあくびをかみ殺す。


「姉ちゃんたちがうまく巻いてくれたんだって、言ったじゃないか」

「バカ野郎ッ。いつまでも姉ちゃんたちの尻の後をついていけるかよ」


 カーヴァルに付き合わされている男の子は眠たげな眼をこすって艦の長い影法師を目で追う。


 (マサキ)たちの帰艦後しばらくは緊張感が艦内を満たしていたが、その気分も日が沈むごとに弛緩していった。


「夜が来れば、騎士団も何もないだろ」

「夜は夜でまた別だっての」


 カーヴァルは相棒の頭を小突くと、むっとした表情で〔アル・ガイア〕の方に視線を移す。


 太陽が出ている限りは〔アル・ガイア〕も修復にエネルギーを注げるが、日が完全に沈んでしまえば自己修復機能も著しく低下する。


「俺だっていつかやってやる」


 少年の野心は感情に突き動かされた青臭いものである。思慕だとか、苛立ちからくる感情には一切の理知がない。


「何度目になるんだか……」


 相棒の男の子は小指で耳の穴をほじりながら呆れかえるばかりだ。


               *     *     *


「あぁ、今日も疲れたぁ」


 (マサキ)は自室に戻るなり、すぐさまワイシャツ一枚になってベッドに仰向けになる。堅いベッドであっても、素肌を撫でる布団はよい心地だ。


 首につけていたマフラーも取っ払い、開放的になってくると、ワイシャツのボタンをはずして胸元を大っぴらにしても恥じらう気配は微塵も感じられない。


「そうだね」


 続いて、結子(ユイコ)が入りそうつぶやく。彼女の頭には包帯が巻かれており、薄手のコートを脱げばわき腹には大きめの青あざが目立った。


「あ……」


 フォノが部屋の照明をつけて、結子(ユイコ)生々しい傷跡をみて思わず声を漏らす。


「どうかした?」


 結子(ユイコ)からそういわれては、フォノは気まずさに閉口して愛想笑いを浮かべることしかできなかった。


 そうした気持ちを悟られまいと散らかった(マサキ)を拾い上げて、ベッドの反対側へと移動する。


「……?」


 結子(ユイコ)は小首を傾げるも、ベッドの上で転がる(マサキ)の声に反応する。


「夕ご飯、まだかなぁ?」

「まだ、だと思う」


 結子(ユイコ)は返しながら、自然と部屋の隅にある机についた。コートは椅子にかけて、机の棚から自分の日誌を出し、広げる。


 彼女のいつもの日課だ。習慣になった動作は結子(ユイコ)の気持ちも関係なかった。


「もう書くの?」

「今日は疲れたから、早く寝ようと思って」

「マメだよねぇ。フォノもそう思うでしょ?」


 (マサキ)は寝返りを打つと、反対側に腰掛けるフォノをみた。


「うん。そうね……」


 彼女は肩をすぼめて、申し訳なさそうに俯いていた。


「フォノ?」


 (マサキ)はしばらく彼女の背中を見た後、腕をつっぱって上体を起こす。背中を反らして、改めてフォノの様子をうかがった。


「大丈夫?」


 ぴくりとも動かないフォノに(マサキ)はいっそう心配そうな声で呼びかける。


 その(マサキ)とフォノの様子を結子(ユイコ)はインク壷の蓋を開けながら見守った。


「具合、悪い?」


 (マサキ)の問いかけにフォノは首を振った。さらさらと金色の髪が揺れる。


「ううん。そうじゃないわ。そうじゃないのだけど……」


 フォノは思い詰めた声で言うと、一度区切って大きく息を吸った。そして、息を吐き出すとともに堰を切ったように罪悪感が肩にのしかかる。


 今日のことが頭の中でフラッシュバックして、胸が痛んだ。


「ごめんなさい」

「何でよ?」


 (マサキ)はおどけた声で言った。


 結子(ユイコ)は肩の力を抜くと、羽ペンを取ってインク壷に浸す。それから、日誌に筆を走らせた。


 さらさらと、小気味のいい筆跡の音が部屋に響く。


「だって、わたしのせいでまた戦うことになったじゃない」

「そんなのフォノがどうこうの問題じゃなかったもん」


 (マサキ)は気を使ったつもりでその言葉を口にした。


 しかし、それはフォノにとって少し辛い響きを持っていた。


「わたしのこと、どうでもよかったの?」

「どうでもよかったって――」


 (マサキ)は同じ言葉を口にして、のばしていた足を引き寄せてベッドの上に座り込んだ。


「そんなわけ、ないじゃんっ」


 フォノはそっと肩越しに(マサキ)を見た。


 じっとのぞき込む(マサキ)の黒い瞳は心なしか潤んでいる気がした。


「ちっちゃい頃から一緒の親友なんだよ? そりゃあ、あたしってばフォノに怒ってほったらかしにしちゃったりしたけど、さ……」


 (マサキ)は早口に言って、自分でも考えなしに口走っていると感じた。だが、言葉を選んでいられるほど落ち着いてられない。


 フォノの悲しそうな瞳の色が胸に刺さって、(マサキ)まで悲しい気持ちになっていくからだ。


 そこに因果関係で動く論理はない。ただ感情的につき動かされる。


 心臓が早鳴り、急く気持ちを抑えられない。


「だからって、心の底からどうでもいいだなんて思ってない。フォノだって、結子(ユイコ)だって、それにミトさんたちだって、あたしは大好きだもんっ」


 直線的な好意の言葉。


 フォノは嬉しさと恥ずかしさのあまり、まともに(マサキ)を見ていられなかった。


 結子(ユイコ)もまた顔を赤らめて快調だったペンを止めてしまう。


「そういうの、恥ずかしい……」


 結子(ユイコ)がぽつりとつぶやくので、(マサキ)は身体を捻って机で俯く異邦人の親友を見た。


「どしてさ?」


 彼女はまったく恥ずかしがる様子もなく、むしろむくれえた顔をしていう。


「少しは状況を考える」

「いつも挨拶で言ってるじゃん。何さ、今更」


 (マサキ)には結子(ユイコ)の羞恥心が全く理解できなかった。


「これだもの……」


 フォノは呆れながらも、彼女の頬はわずかにも緩んでいた。


 上手に取り繕って円滑な関係を築くことは大切だ。でなければ、いつの間にかはじき出されて孤立してしまう。


 (マサキ)は、いや、フォノも結子(ユイコ)も自分の気持ちをうまく包んで偽ることが苦手だ。それはまだ子供である証拠なのかもしれない。


「何よぉっ」


 (マサキ)はフォノの背中にのしかかると、両腕を首に回す。


「ちょっと――っ」

「いつまでも辛気くさいの禁止ぃ」


 慌てるフォノを無視して、(マサキ)は身体ごと彼女を横倒しにする。


 そんな風になったら、疲労している身体で起きあがる気力など出るはずもなかった。


「疲れてるときにごちゃごちゃ考えていたって、しようがないでしょ?」


 (マサキ)はそういってわずかに身体を丸めて、フォノの頭を胸に当てる。親鳥が卵を温めるように、優しく包み込む。


「……もう」


 フォノは後頭部に当たる感触とか、心音とか、温かさとか、が懐かしくて力んでいた肩の力が抜け落ちる。


 こう言うときばかり、(マサキ)は大人びている気がした。少し甘酸っぱい匂いが鼻をくすぐる。母親の匂いに似ていて、フォノは気持ちが穏やかになっていった。


(マサキ)って、小ズルい」


 結子(ユイコ)は嘆息して、日誌の書き込みに戻る。その横目が心底いやらしいと言わんばかりに細染まる。


「なんでよぉ?」


 (マサキ)はごろんと仰向けになって、結子(ユイコ)の方を向いた。


「ジゴロっていうでしょう」

「それってパリでの流行言葉じゃん。あたしは女です」


 憤慨したようにいう(マサキ)であるが、結子(ユイコ)はふぅんとテキトーに返す。


 彼女の目にはワイシャツ一枚で寝転がる彼女に、女性らしさなお微塵も感じられなかった。太股も露わにして、気を抜けば布地に隠れている淡い桜色の蕾の先が顔を出しそうだ。稚気な愛らしさと表現すべきか。はたまた、艶めかしさに非常識なだけか。


「よく言うよ……」


 結子(ユイコ)は呆れて頭を振る。こればかりは友人であっても、計りかねることである。そんな不用意な考えをして頭を振るものだから、ツンと頭痛がしてこめかみを抑える。


「怪我してるんだから、気を付けないと」


 (マサキ)があっけらかんと言う。


(マサキ)、もう少し言い方っていうものがあるわよ」


 寝ころんでいたフォノが寝返って、(マサキ)の頬をつねった。


「イテテッ。もうやめてよ」

「今日のことはいい教訓にすることね」

「そうだね」


 フォノの意見に結子(ユイコ)も賛同した。


「あの人たちにも生活があったし……」


 フォノは瞳を閉じてつぶやいた。


 のどかな街並み、教会の鐘の音、ふっと鼻をかすめる土の香りが蘇る。聖騎士ヴァルミナが守ろうとした世界。フォノもその世界に憧れながらも、踏み入れてはいけない今を少しばかり後悔した。


 今は許されぬ身であり、世界の異質的脅威である〔アル・ガイア〕を操る魔女と蔑まされよう。


 いつか許される日が来ると信じて、世界を渡ろう。


 贖い、償い続けて生きていこう。


 それがフォノ・アイリンヒにできる生き方なのだ。胸にわだかまっていたものが溶けていくように、意識は緩やかに沈んでいく。夢と現の狭間にいるようなまどろみの頃は、とても心が安らぐ。


                 *     *     *


十八番目の城アハツェーント・ブルク〕の一室の前に聖騎士は立っていた。日の光も届かないこの機械の城の中では照明の平淡な光しかない。


「気を付けてください。自害する恐れがあります」

「わかった。そういう奴らだという噂は聞いている」


 血にまみれたエプロンをした修道士は会釈すると、扉を開けてヴァルミナ・ハトゥリアを中に案内する。


 灯りは廊下よりも弱々しく、暗がりにあった。むせるような汗と血の臭いがこもって、息を吸うたびに肺が焼けるように疼く。


 ヴァルミナは顔をしかめると、中へと足を進めた。


「こちらに……」


 中で器具を片付けていた修道女が頭を下げる。彼女の手には水の入ったバケツ。その中で鈍く照り返すギザギザの刃物が目に入った。


「ご苦労だった」


 ヴァルミナは修道女にねぎらいの言葉をかけつつ、ベッドの方に目をやって、その人物を見下ろす。


 血のにじんだ包帯に巻かれ、血走った隻眼がぎょろりとあたりを見渡している。四肢を、正確には片足と片腕をベッドの支柱にくくられて固定されている。右腕をなくし、右足を切り落とされて間もないというのに彼の目のぎらついた光は衰えていなかった。


「口は利けるな?」


 ヴァルミナが冷徹に問いかける。


 ベッドの上のミイラ男は猿轡をされている状態で、敵意のこもった唸り声を上げる。あるいは呼吸を乱して興奮している状態だ。


「はい。しかし、施術して間もないので……」

「話ができればそれでいい」


 ヴァルミナは案内をしてくれた修道士に冷たく言い放つと彼の横へと移動する。


 彼が近づくにつれてベッドが揺れる音が激しくなる。ミイラ男が残った手足と体で暴れ回っているのだ。


 その反応が聖騎士を忌避する意味合いにも思える。


「捕虜として扱われるか、同胞として扱われるか。好きな方を選べ」

「選べ、だと?」


 ミイラ男はくぐもった声で言って、胸を大きく膨らませて呼吸をつづける。そこでようやく暴れるのをやめて、じっとヴァルミナの目を見据えるようになった。


 どういう意味か彼はすぐに了解できたのだ。


「一応、裏はとってある」


 そういうなり、ヴァルミナは懐から血の付いた指輪を取り出した。


 弱々しい明かりの中にあっても、その銀色の輝きはすがすがしい色を放ち、見る者の目に強く焼き付いた。


「それは?」


 と、修道士が恐る恐る問いかける。


「この男の服に縫いつけられていたものだ。操縦席が半分つぶれていたので、見つけるのに苦労させられたよ」


 ヴァルミナは飄々として、手元でその指輪を弄んだ。


 ミイラ男の目の色が変わる。何かにおびえたように瞳孔を開いて、ヴァルミナの厳しい顔を睨み付ける。


「こいつがどういうものか。お前はわかっているな?」


 同じ場にいる修道士の男女は息をのんだ。


 ヴァルミナは指輪の内側にある刻印を見つめて、それを読み上げる。


「我、神の代行人なり。神の下僕なり。神の御心なり――。心底、神様にご執心だな」


 ヴァルミナは嘲るわけでもなく、実直な感想をいう。


 そして何よりも恐ろしい。神の剣と称される修道騎士団の中にあって、ここまで偏った信仰心を持つ人はいないだろう。


 だが、裏を返せばこの装飾品はすべての罪から逃れられる意味合いもある。


 ミイラ男は呻くばかりで何も言葉にしなかった。


「魔女狩り部隊……。いよいよ教会内部も強行手段を出すか?」


 ヴァルミナは誰にいうでもなくつぶやいた。


 修道騎士団の中でも悪名名高い一派『魔女狩り部隊』。その実体を把握している騎士は少なく、聖騎士の位にあっても、風の噂で聞いた程度の認知度である。


 だが、その部隊が行ったとされる戦闘の傷跡は後にも先にもないほど凄惨な土地となっている。


「しかし、それはフライハイトが流しているでっち上げの部隊でございましょう?」


 修道女が半信半疑に言った。


 これが普通の信者、民の意見である。教会を唯一の正義と信じる者には、新興集団の策略だと疑うのが自然であった。


 故に、ヴァルミナは思う。その心理につけ込み、虚を突くからこそ『魔女狩り部隊』は行動に制限がなされていないのだ、と。そして、内部で後ろめたさを持った者には死神のような存在と恐怖と不安を姿を見せずに与え続けるのだ。


「それを確かめるためにも、彼の身の証明が必要なのだ」


 ヴァルミナは疑心にかられていた。


 自分たちが異端者と決めつけるのはまだ早い。教会にも面倒なことに派閥がある。そのどこが『魔女狩り部隊』に命令を下し、実行に移させているのかまだ見えてこない。


 だが、はっきりとしていることは権益のためにノード教会も改革を始めたということか。


 そこでふと、ヴァルミナは思った。


「まさか、あの女王(クイーン)級を討伐する伝達……。あの機体がいるかぎりは、教会も好き放題にできるわけか」


 接触した女王(クイーン)級は確かに難敵である。早々に捕まえるか、破壊するのに越したことはない。


 しかし、あの機体はただ戦いをかき乱すだけで直接的に破壊や殺生をする動きには見えなかった。


「だが、わからないな」


 ヴァルミナには明快な回答は見えない。


 教会の権益拡大のために黒い機体が利用されているのは間違いない。が、それが果たして教会が放った囮なのか、それとも迷える羊なのかはわからない。


「あの子がそういう子なのか?」


 金色の髪をした小さな女の子。信仰に厚い子であった。


 そのことが余計にヴァルミナを悩ませるのであった。

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