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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十四章
105/118

~誠実~ 衝突する信念〈後篇〉

 (マサキ)とフォノが結子(ユイコ)の元にたどり着いたときには、まだ弱った火が燃えていた。


 焼き畑の最中のようにその土地は焦げ茶色の地面をむき出しにして、冷たい風に炎が揺れる。


「こんな風になってるなんて……」


 フォノは(マサキ)の背中にしがみつきながら震える。


「修道騎士団を相手にすれば、こうなることくらい――」


 (マサキ)はバイン・アウトーを砲撃でえぐられた地面の合間を歩かせながら、まっすぐに一点を目指す。


結子(ユイコ)、返事をして!」


 (マサキ)たちの行く先では〔アル・ガイア〕が岩のようにクレーターの縁に横たわっていた。


 アクセサリの通信圏に入って結子(ユイコ)の生体反応を察知しつつも、返答がないことが不安を煽る。


「返事して!」


 バイン・アウトーは燃えカスを踏みしめて、踊る火の粉を押し退ける。


 フォノは目にしみる薄煙と肌を焼く火の強さに身を縮こまらせ、ストールで口元を覆った。


結子(ユイコ)は大丈夫なんでしょう?」

「そんなこと、見なくちゃわからないよ。機械の情報だけじゃ、信用ならないわ」


 フォノの意見を(マサキ)は突っぱねて、目元に涙をためながらいう。それが煙のせいか、自責の念かはフォノにはわからない。


 バイン・アウトーはクレーターを慎重に下り、〔アル・ガイア〕の胸部に回り込む。少女たちには巨大な岩壁がそそり立つように見え、細かな凹凸や鋭く走る溝の数々がここまでの激戦を感じさせる。


「どう?」

「開けるにしたって色々とあるんだから」


 (マサキ)はバイン・アウトーを斜面に停止させる。それから、降りるもやけ焦げた地面に一瞬足を取られてよろける。


「うわっ」

「大丈夫?」

「ん。問題ない」


 (マサキ)は首筋のアクセサリに触れながら胸部ハッチの開閉信号を送る。


 すると、地面に半場めり込んでいる右胸部ハッチがきしんだ音を立てながら開いた。機体が傾いているせいで、ハッチと地面の合間にはほんのわずかな隙間しかない。


「ごめんなさい」

「何であやまるの?」

「だって、わたしが一人で出てったせいでしょう?」


 フォノは〔エクセンプラール〕を守るために単身で騎士団と戦った結子(ユイコ)のことを思う。


「フォノの信心深さとかは、別に責めるつもりはないよ」


 (マサキ)は一瞬肩越しにフォノを見やって、開放されているハッチと地面の隙間をのぞき込む。それから、少しでもスペースを取ろうと地面を掘りだした。


 まだ熱が土に染み着いており、深く爪を立てると焼け石に触れたかのような熱さが痛烈に走る。


 (マサキ)の表情は一瞬歪んだが、ぐっと堪えて掘り進める。


「教会の教えとか、習慣とかをそう簡単に忘れるなんてことできないし。現に、あたしの思う正しいことだって協会の言う通りなんだろうからね」

「ねぇ、機体は動かせないの?」


 フォノはそう言いながら、彼女の隣についた。


 だが、(マサキ)は土で汚れる手を止めることはなかった。その指先は腫れ上がり、痛々しく赤くなっても熱された土を掻き出すことをやめない。


結子(ユイコ)もわかってくれてる。フォノが全部悪いんじゃないってこと」

「…………」


 フォノは(マサキ)が冷静でないことがすぐにわかった。


 マフラーからかすかにのぞかせる青ざめた表情や苦しげな息遣い。居ても立っても居られない気持ちに駆られて、その手は動き続けていた。そうすることでどうにか絶望せずにいるのだ。


「あたし、バカだから。何にも、先のことなんかわからないよ……」


 (マサキ)の口から零れる苦悶と後悔の言葉。


 爪の間に小さな砂利が入り、爪が割れても痛みを感じている余裕はなかった。


「今日を生きるので精一杯なんだよ……」

(マサキ)……」

「それでも、みんなと一緒がいいから。絶対に見捨てるなんてできないっ」


 立ち向かい続ける理由はいつだってそうだ。


 今ここにいる自分を否定したくない。この先、どんな風に生きていきたいなど考えている暇はない。振りかかる災厄も、発生してしまう問題も、後回しになどできないのだから。


「……うん」


 フォノも効率など考えずに、(マサキ)を手伝う。


 機械を使えば手も汚れない。時間だってもっと短縮できる。もっと早くに結子(ユイコ)の状態を確認できる。それがどんなに無駄で遠回りなことでも、その手にしたかった。


 汚れた手で土を掻き出して、汗を流して、不安と期待とを力にする。


 そして、ようやく小さな溝を掘りきって微かに光る内側をのぞき込む。


「よしっ」


 (マサキ)は額の汗を拭って、頭を溝に突っ込んだ。土の臭いが鼻を突く、腹ばいになれば熱が肌を焼く。


「気を付けて」

結子(ユイコ)、大丈夫!?」


 ミュウの声を聞きながら、泥まみれの(マサキ)は操縦席に踏み込むなり叫んだ。


 手がハッチの縁をつかんだ。


 操縦席にはぐったりとうなだれる結子(ユイコ)の姿があった。ノイズの走るモニタには亀裂が走り、一部は剥がれ落ちている。


「う、ん……」


 エアバックに体を支えられていた結子(ユイコ)(マサキ)の声を耳にして目を覚ます。


 気だるい頭を動かし、歪んだ視界に(マサキ)の心配そうな顔が映る。同時に体を支えていたエアバックが収縮して、体を支える支柱に収まった。


結子(ユイコ)、ありがとう」


 (マサキ)はめいっぱいに背伸びをして、結子(ユイコ)の頬に触れた。


「……、うん。どうってことない。んっ」


 結子(ユイコ)は強がって見せたが、あとからじわじわと沸き立つ脇腹の痛みに顔をゆがめる。


 (マサキ)結子(ユイコ)の手の動きをすぐに察知して、顔色と脇腹を見比べる。


「痛いの?」

結子(ユイコ)、怪我はない?」


 フォノもスカートのすそを引っ張って操縦席に潜り込むと状況を確認する。


「大丈夫。それよりも、修道騎士団……」


 結子(ユイコ)は脂汗を流しながらも、脇に当てていた手を操縦桿に戻して立体スクリーンを呼び出す。


「その体でなんて、無理よ」


 フォノは結子(ユイコ)の苦悶の表情に胸が痛んだ。


「敵は〔エクセンプラール〕から離れてる。けど……っ」


 結子(ユイコ)は腹に力を入れて、脇腹の鈍痛に耐えながら立体スクリーンに情報を更新する。


 それは修道騎士団と思しき〔AW〕の移動振動元と別方向からくる振動元の方位だ。


「何か別の部隊が動いてる……、みたい。とどめをさされなかったのはこのおかげでしょうね」

「この針路、騎士団領だわ」


 フォノは立体スクリーンに映る情報を見て、血相を変えた。


 まっすぐに修道騎士団領を目指す一団。加えて、その進行を阻もうと横間から接触しようとしている一団をフォノはヴァルミナ率いる修道騎士団だと理解した。


「侵略目的でどこかの誰かが動いてるってわけね。この動きが騎士団?」


 (マサキ)は苦い顔つきになって、立体スクリーンの横間から迫るマーカーを指でなぞった。


「うん。けど、どうする? 一応、〔エクセンプラール〕が逃げ出すにはいいタイミング、だけど」


 結子(ユイコ)は客観的な意見を述べる。


 騎士団の注意は正体不明の部隊に向いている。彼らに高性能のセンサがない限り、〔アル・ガイア〕と〔エクセンプラール〕の動向を知る由もない。


 逃げ出すには絶好の機会。ここで修道騎士団にしろ、所属不明部隊にしろ、針路を一転してこない限り傍観していることが(マサキ)たちにとって有益な動きだ。


 しかし、フォノは頭でそれを理解していてもお腹の底が落ち着かなかった。


「あの土地がなくなる……」

「いいところを荒らされるのはあんまりいい気分はしない、かな」


 フォノの暗鬱な声に(マサキ)ももどかしさを抱く。


 修道騎士団は敵対関係にある。だが、(マサキ)も豊かな土地と人の暮らしの一端を垣間見てしまった。その人たちに罪はない。だとしても、戦火は無情にすべてを消し灰にしてしまう。


 結子(ユイコ)にはピンと来なかったが、彼女の心は決まっていた。


「このまま、負かされたままなのは嫌」

「けど――」


 フォノが心配そうに口を開くも、結子(ユイコ)はすぐに割ってはいる。


「心配しないで。ちゃんとやれる」


 騎士団は〔アル・ガイア〕をいつでも討伐できると踏んでとどめを刺さなかった。


 結子(ユイコ)にはそれがたまらなく嫌だった。かつて奴隷階級として、幾度となく経験した蔑み。侮蔑の言葉の数々がよみがえって、脳天が鈍い痛みを覚えていた。。


 何もできないだろう。何も成し遂げられないだろう。


 力がないのだから、価値はないと決めつけられた。


 屈辱的で、事実そうであった自分が嫌だった。


 しかし、その現実を〔アル・ガイア〕とならば覆せる。


「…………」


 (マサキ)はしばらく黙った。


 そして、決断をする。


「よし。正体不明のアーデル・ヴァッヘを叩いて、修道騎士団を怖がらせてやろう!」


 まるで子供が悪戯を敢行するかのように(マサキ)の声には活力があった。


「うまくいくの?」


 いつものフォノの待ったがかかる。


「うまくいくようにするの」

「いつも通りに、ね」


 (マサキ)の言葉に結子(ユイコ)がのっかる。


 フォノはまだ煮えきらない表情で口元を歪める。個人的にヴァルミナと戦いたくない気持ちもあるのだ。


「騎士団は嫌いだけど、人が死ぬのはもっと嫌だもん」

「勝手すぎるわ」


 フォノは自分でいってあきれる。


 いつもいつも自分勝手に場を混乱させてばかりいる。そこにはきっと大義名分もなく、得難い名誉もない。


 しかし、(マサキ)は悩むことなく言う。


「誰かの顔を立てて生きられるほど、あたし、器用じゃないもん。見過ごせないことは当たっていくしか、ないでしょ?」


 それを聞いてはフォノも言い返す言葉はなかった。


 いつものように。


「わかったわ。けど、聖騎士と戦うようなことになったら――」

「受けてたつ」

「――だと思った」


 フォノはそういってこわばっていて頬をようやく緩めた。

 

               *     *     *


 ヴァルミナの駆る〔リッター・ヴァルミナ〕には他のナイト級ほど特出した武装はない。かといって、機体そのものが他のナイト級よりも高水準かと言えばそうでもない。


 他のナイト級が才覚を発揮する中で、この一機だけは何の才能も持ち合わせていなかった。


 それでも、ナイトの名を冠する機体の中でも手練れの機体と恐れられている。その身に刻まれた無数の傷痕は伊達ではない。


 あまたの敵を討ち取り、一対の刀剣だけで戦場に飛び込み、多くの騎士たちの前を走り続けた武勲の誉れ。


 百戦錬磨の末に磨き上げてきた剣技は他のナイト級にない『強さ』であり、才気である。


 そして、今もまた〔リッター・ヴァルミナ〕は先陣を行く。


「また、来るか……」


 ヴァルミナの見る景色の先では、ポーン級の機体が行進ているのが見える。〔パンツァー・グランツ〕の角張った装甲があると思えば、〔カヴァレリー・ポーン〕の流麗なシルエットも見える。


 その団体はまっすぐに修道騎士団領へと向かう道を歩み、馬鹿正直に正面から突撃していた。


 行く手を阻むように膨らむ森すらも意に介さず、直進を続けてひっかくような梢の音がヴァルミナの耳にも届いた。


「こりない連中だ」


 ヴァルミナは混成部隊に疑義を抱くよりも、毎度のこと来る悪党と断じてフットペダルを踏み込んでいく。


 つま先を倒すごとに操縦席内が激しく揺れて、フライホイールの回転数が上がる甲高い音が内壁を伝い、全身を揺さぶった。


〔リッター・ヴァルミナ〕がさらに歩幅を広げて速力を上げる。踏み出すごとにマントが上下に波打ち、両腕部は大きく振られる。


 続く〔カヴァレリー・ポーン〕部隊はぐんぐん離されていく。


 しかし、誰もヴァルミナを呼び止める声を出すものはいない。止める理由がどこにあるというのか。


 先陣を行くのは、誰もが認める聖騎士であるのに。


 それは侵攻する者たちにとっては脅威の象徴でもある。


「ナイト級が出ているのか?」

「聞いてないぞ!」

「しかも、この方角――」


 組織的に動いていた侵略者たちに動揺が走る。


 彼らは侵攻する足を止めると、左舷から迫る〔リッター・ヴァルミナ〕に向いた。森を盾に部隊が分散し始めるが、あまりにもお粗末な挙動である。


「ん――?」


 ヴァルミナは機体を走らせながら、敵の構成に違和感を覚える。


「こいつら……」


〔リッター・ヴァルミナ〕は腕部を交差させると、左サイド・ラックの長剣、右サイド・ラックの短剣を抜き放つ。


「敵は一機だ。包囲、殲滅!」


 敵部隊の隊長の野太い声が北の青空に響く。


 侵略者たちの砲撃機がカノン砲を水平に下ろした。森の中にいた機体などは、木々を砲身でへし折って狙いを定めた。


 横隊による一斉射撃が来る。


 しかし、鋼色の機体は走る。


 侵略者たちに緊張が走り、かける鋼色の装甲がまっすぐに突っ込んでくる様に目を奪われていた。


「ってぇ!」


 その声は、南から吹き上がる風に乗って轟いた。


 一拍。


 続いて、ヴァルミナ部隊の砲撃機が牽制射撃を敢行。鈍い音が空に轟いた。砲弾が緩い放物線を描いて〔リッター・ヴァルミナ〕の頭上を通過する。


「しまった――っ」


 敵部隊が狼狽する。


 息をつく間に十数発の砲弾が周囲に着弾し、爆音と激震を巻き起こす。森が大きく揺れ、〔パンツァー・グランツ〕数機が横転、あるいはしりもちをついた。


 白兵戦仕様の機体も砲撃隊に変わって前に出ていくが、爆風と閃光で思うように入れ替わりができない。


「遅いっ」


 ヴァルミナは低く唸ると、身体を力ませて正面の砲撃機を睨んだ。


〔リッター・ヴァルミナ〕が一瞬にして敵の懐に飛び込む。踏み込みと共に長剣の一突きが〔パンツァー・グランツ〕の左肩を貫いた。そして、力任せに引き抜いて追い打ちの蹴りが炸裂する。


 その機体は成す術もなく倒されて、動きを停止させた。


 単騎強攻。


 ナイト級と言えど、これほどの自信を持って挑む操縦者はそうはいない。己の技量、機体の剣技、そして何よりも後ろを任せられる部下のサポートがあってこそ、〔リッター・ヴァルミナ〕は二つの剣を奮えるのだ。


「クソッ。白兵機は前へ! 敵は、二刀騎士ヴァルミナだ!」


 懐に飛び込まれ、狂乱する部隊の中から怒号が上がる。


 砲撃機と白兵機の入れ替わりがもたついている合間に、〔リッター・ヴァルミナ〕はもう一機〔パンツァー・グランツ〕を切り捨てた。


 精緻な足運び。豪胆な体裁き。それでいて、二刀を巧みに操る手腕。


 修道騎士団の砲撃部隊が行う牽制射撃の雨の中、ヴァルミナは引くことも怖気ることもなく迫りくる敵に向かっていく。


「こいつを取れば、出世できるんだろう!」

「金が来るなら、やってやらぁな!」


 その野心むき出しの声が〔パンツァー・グランツ〕、あげく〔カヴァレリー・ポーン〕からも吐き捨てられた。


 彼らの機体は薄い黒煙にまみれて、マニピュレーターが握る得物には炎の光が赤々と反射していた。


「貴様らぁ……。恥を知れ!」


 ヴァルミナは取り囲むようにして展開する敵白兵機をさっと見渡して叫んだ。


 地位だ、名誉だとのたまえば幸せが舞い込んでくると思っている連中。そこに大義も信義もない。あるのは野心と利己。ただ自らの渇きを物欲で満たすだけ。


 そんなものを追い求めて、ヴァルミナ・ハトゥリアを討つなどとは笑止千万。


〔リッター・ヴァルミナ〕は正面から突っ込んでくるハルバードの刃を短剣で突き上げ、長剣が敵である〔パンツァー・グランツ〕の脇腹を深々と刺突。そのまま機体の出力任せに、豪快に左へと〔パンツァー・グランツ〕の巨体を投げ飛ばす。


 ポーン級の巨体が数秒、宙を舞って豪快に地面にたたきつけれた。


「野郎っ!」


 左から攻め込む敵機は味方がやられようとも、その屍を超えて突撃する。


〔リッター・ヴァルミナ〕はマントをひるがえし、次に来る〔カヴァレリー・ポーン〕の長剣を短剣の峰で捕まえる。短剣の峰には凹凸の溝が施されており、刃を捉えるようにできている。


 もつれ合う刃がギチギチと音を立てる。


「お前たち、どこの部隊だ?」

「関係ないだろうが! 騎士団の領土なら俺たちにだって権利はある」


 その言いぐさは不満の爆発である。身分を隠す様子もない。


 ヴァルミナは虚しさを覚えながら、修道騎士団の内政が不安定になっているのを痛感させられる。


 だからといって、この蛮行を容認できるわけがない。


「わざわざ身内から奪うのかっ」

「第十八聖騎士には職権乱用嫌疑もあるんだよっ」


〔カヴァレリー・ポーン〕から吐き出される興奮した声にヴァルミナは眉をひそめる。


「本部の見解がそうならばお前たちは――ッ」


 ヴァルミナが操縦桿とそこに備え付けられているスイッチとを巧みに入力した。


「背信者を討って何が悪い?」

「魔女狩りなら、相手が違うだろう!」


〔リッター・ヴァルミナ〕は相手の刀身を一気に引き寄せると、右腕部の肘鉄と短剣とで敵の剣を砕いた。


 鋳造した剣は脆くも中程でおられて、切っ先が地面に落ちた。


 そして、短剣を握るマニピュレータを回転させて切先を敵機に向けると、その首元へと突き刺した。


 その一撃は操縦席を的確に貫いて、〔カヴァレリー・ポーン〕は仰向けに倒れていく。


「とうとう、味方にも愛想をつかされたか……」


 ヴァルミナはそうつぶやきながら、続く敵に隙を見せることなく戦いを繰り広げていく。


 気を抜けば、一瞬で命など消えてしまう。


〔リッター・ヴァルミナ〕は二刀を奮い、迫る白兵戦機体を相手にしていく。


 敵とて素人ではない。ヴァルミナに引け劣らない剣線の数々が繰り出され、刃の軌跡が銀色に尾を引く。


 その間を紙一重にかわし、ヴァルミナの鋭い目が世話しなく動く。


〔リッター・ヴァルミナ〕もまた頭部を動かして、常に敵の動きに気を配る挙動をしながら、敵の剣撃を弾き落とし、重い回し蹴りをお見舞いする。


 マントが美しく渦を巻き、各アクチュエーターからは熱風が甲高い音を立てて排出される。


「か、数では押してるんだぞ!」


 敵部隊は〔リッター・ヴァルミナ〕の戦闘力に度肝を抜かれて、動きが単調になりだしていた。


 運動性能はポーン級よりも格段に上だ。それを考慮してもなお、ポーン級の物量と渡り合う〔リッター・ヴァルミナ〕の強さは単純な機体性能の差だけではない。


 腕の立つ操縦者であっても、百戦錬磨の聖騎士を前にしては子供も同然。


「勝てるのか?」


 敵部隊に恐怖が伝播する。ヴァルミナを支える増援部隊が近づく足音。ナイト級の猛攻。


 それだけでも敵部隊は震え上がっていた。


「あ、あんなものまでーーっ」


 一人の操縦者は途方に暮れたように空を見上げた。


 そこには蒼い空に似つかわしくない黒い巨大な影が浮かんでいた。その影は風を切る音とともに、戦場へと突っ込んでくる。


「黒い、アーデル・ヴァッヘだ!」


 距離を離していた修道騎士団の砲撃隊も敵陣の真ん中に落ちる〔アル・ガイア〕を認める。


 青白い燐光が瞬いて、黒い機体を包む。


「衝撃に備えて!」


 (マサキ)は激しく揺れる操縦席でフォノと結子(ユイコ)に叫んだ。


「チィッ。こんなところにまで出張ってくるのか!」


 ヴァルミナは〔アル・ガイア〕の存在を確かめるなり、機体を素早く後退させる。


 そのすぐ前を黒い塊が滑り込んだ。そのわだちは修道騎士団と侵略部隊とを分かつ境界線となり、双方の刃を迷わせた。


「思った以上に着地点がズレちゃった」


 (マサキ)はおどけた声で言う。


〔アル・ガイア〕は土煙を払って、四つのセンサーアイを巡らせて戦況を見極める。


 戦の渦中に起こる静寂と不穏な空気におどけた(マサキ)も顔を引き締める。


結子(ユイコ)、フォノ、いける?」

「長い時間は動けない。一〇分が限度」

「出力が上がらない。汎用機関銃(ドゥーオ)も使えないわ」


 (マサキ)たちは情報を共有しあって、苦々しく口元を歪める。


 無理を承知で動かしているが、予想以上に〔アル・ガイア〕は消耗している。


 しかし、カタナを抜こうと腰だめに右腕部を回せば水を差された〔AW〕たちも警戒の挙動を見せる。


「どうする?」

「どうするもこうするもないだろっ。撤退だ」


 侵略者たちは〔アル・ガイア〕の介入で完全に委縮し、撤退の動きを見せた。


 ただでさえ〔リッター・ヴァルミナ〕に押されていたのだ。〔アル・ガイア〕が味方として戦ってくれるなら彼等とて持ち直しをしただろうが、そんなことがあるはずがない。黒い機体はたった一機で戦場をかき乱す天の邪鬼。


 逃げに徹するのが妥当の策であった。


「逃げてくれる?」


 フォノは劣勢に立たされていたポーン級の一軍を見てつぶやく。


「けど、向こうは逃がしてくれるつもりはない」


 結子(ユイコ)は修道騎士団の〔カヴァレリー・ポーン〕とそれを従える一回り大きい〔リッター・ヴァルミナ〕を見据える。


 彼らは武器をおろすことなく、機械の瞳を〔アル・ガイア〕に集注させている。簡単に逃がしてくれるような態度ではない。


「当然っ。こうなるのはわかっていたもの」


 (マサキ)は赤々と輝く〔AW〕のセンサーアイを見渡して、操縦桿を握りしめる。ピリピリと赤く腫れた指先が痛み、嫌な汗が頬を伝う。


〔アル・ガイア〕は〔リッター・ヴァルミナ〕とそれに続く〔カヴァレリー・ポーン〕部隊を牽制するようにして、カタナを引き抜いた。


「ここに来て、部隊を逃がす作戦をするか?」


 ヴァルミナは〔アル・ガイア〕の登場をそう理解していた。


 すると、〔アル・ガイア〕から快活な女の子の声が発せられた。


「これ以上戦うつもりなら、今度は本気で相手をするよっ」


 その声は余りに場違いで騎士たちは目を丸くする。


〔アル・ガイア〕は勝った気でいる。しかも、年若い女の子のいう軽い声で、だ。噂に聞き知る以上にうぶな気質があった。


 だが、〔リッター・ヴァルミナ〕はその声を宣戦布告と受け取り駆け出す。


「――――っ」


 (マサキ)は操縦桿を引いて、肉薄する〔リッター・ヴァルミナ〕の迫力に背をそらした。


 来るのはわかっていた。わかっていながら、構えていながら、ナイト級の熟達した挙動を捉えきれなかった。


〔アル・ガイア〕は飛び込んでくる〔リッター・ヴァルミナ〕にカタナを奮う。


 風を切る音が鳴った。袈裟斬りに走る剣線が輝く。


 が、〔リッター・ヴァルミナ〕は逆手持ちにした短剣の峰でたやすく受け止めてしまう。激しい金属音。弾ける火花が散るとともに鋼のきしむ音が大きくなる。


「よほど、あの連中を逃がしたいらしいな」

「そんなつもりはないんだけどっ」


 (マサキ)は聴覚センサが拾ったヴァルミナの声に言い返した。


〔アル・ガイア〕は受け止められたカタナに自重をかけて、〔リッター・ヴァルミナ〕を圧していく。だが、すでに損耗している機体では圧し切ることは難しい。関節のアクチュエーターが不協和音を奏でる。


「なら、戦う理由もないだろう!」


 ヴァルミナは〔アル・ガイア〕の損耗を見抜いて、即座に操縦桿を切り返す。


〔リッター・ヴァルミナ〕はあっという間に機体をひねると、短剣を引いた。その勢いは一瞬にしてカタナをへし折り、肉薄する。


「剣を折る!?」

「理由もなく奮う武器など、壊れて当然」


〔アル・ガイア〕は後退しつつ、折れたカタナで〔リッター・ヴァルミナ〕の長剣を弾いた。


 それでも両機の間合いは開かない。


〔リッター・ヴァルミナ〕が短剣で牽制をしつつ、長剣で翻弄する。一歩、また一歩と脚部の足運びを詰めて追いやるのだ。


「隊長殿!」


 部下たちの〔カヴァレリー・ポーン〕が応援に駆け付けようとする。


 しかし、ヴァルミナはそれを許さない。


「お前たちは逃げる部隊を追撃しろ! なんとしても、奴らを捕らえるのだ!」


 その攻撃的な命令は部下たちも驚愕するものであった。


「かつての聖騎士に戻られたというのか?」


 今の聖騎士からは考えられない追い打ち命令。かつて、敵部隊を殲滅戦と躍起になっていた時代を思い出させるものである。


「急げ! こいつは俺が抑える!」


 ヴァルミナの怒号を受けて、部下たちは自機を撤退していく部隊へと走らせる。


〔カヴァレリー・ポーン〕の足音が落雷のごとく響きわたる。


「あの気迫は本物だっ」


 彼らはその声に畏怖した。言い知れない覇気が込められて、騎士たちの体を震わせた。


「追撃をするなんて――」


 フォノはヴァルミナと面識があるがゆえに、そんな命令を出すことに失望した。


「このぉ!」


 (マサキ)は剣を奮う相手に怒りを覚える。フットペダルを切り替えし、痛む手に力を込めて操縦桿を倒した。


「そこまでして、戦いがしたいの!?」


〔アル・ガイア〕は〔リッター・ヴァルミナ〕がほんのわずかに長剣を引いた瞬間に、左腕部の盾を展開。一方にだけ伸展した盾は鋼色の装甲を突き飛ばした。


「ぐぅううっ」


 ヴァルミナは突き飛ばされた衝撃に顎を引いて機体を立て直そうともがいた。


〔アル・ガイア〕は折れたカタナで追撃に出ようと脚部前に踏み出そうとした。


 だが、〔リッター・ヴァルミナ〕がよろけたのは一瞬ですぐに軽やかに機体を後ろに運び、突き出されたカタナを長剣ではじき返した。


 その一連の動作で互いに仕切り直しの距離を取ることになった。


 (マサキ)たちは息を荒げながら、二刀を構える〔リッター・ヴァルミナ〕を睨んだ。


 背中にシャツが張り付いて、じわじわと冷たい感触が肌をなめるように広がる。もし、あともう一歩踏み込んでいたら返り討ちにあっていただろうことが、体はわかるのだ。


「聖騎士っていうからもっと立派な人かと思ってたんだけど?」

「ついさっき倒した相手が随分というじゃないか?」


 (マサキ)とヴァルミナの間には明らかなすれ違いが生じていた。


 互いの持つ道理が食い違い、双方で曲解してしまう。


「だから、何?」


 (マサキ)は開き直った声で言い放つ。


〔アル・ガイア〕は折れたカタナを一度納刀。そして、再び抜き放つ。新しく形成された刃がきらめき、カタナが正眼に構えられる。


〔リッター・ヴァルミナ〕に動揺は窺えない。想定内の動きだと機体の半身を沈めた。攻防一体の構えだ、と(マサキ)は思った。


 すぐにも飛び出していける足運び。何より突き出した左腕部の短刀は、攻撃の先手、防御の返しの双方を担っている。そして、高く挙げられた長剣は一瞬にして急所を貫く突きを繰り出すだろう。


 少女たちはそこまで想像できてなお、全身から吹き出す冷たい汗を止めることはできなかった。


 型の特性を見抜く観察眼があっても、それを崩せる技量と剣線の組み立てがすぐにできるものではない。型とは往々にして一長一短。それを堅牢にして、強靭な武器に仕上げるのが武人というものである。


「あなたは何か誤解をしているだろうけども、わたしたちは逃げた部隊の仲間じゃない」


 結子(ユイコ)は肩で息をしながら外部スピーカーで呼びかける。


 ヴァルミナは一瞬口調が変わったことに眉をひそめたが、すぐに操縦者が三人である意味を思い出す。


「だとして、わざわざ騎士団に剣を抜いたことは変わらないぞ」

「一応、騎士団領を守るのを手伝うつもりだったんだけど?」


 (マサキ)は強がって言う。


 にらみ合いが続く中で、遠くでは砲撃と怒号の轟音が響いている。追撃した修道騎士団と襲撃者たちの交戦が激しくなったのだろう。


 ヴァルミナはその声を耳にして、気持ちが一層落ち着いた。


「その必要はない。魔女の乗るアーデル・ヴァッヘに守られたとあっては末代まで恥。それに祟られないとも、限らないからな」


 ヴァルミナの挑発する声に(マサキ)はムッとする。だが、同時に勘違いをしていたと痛感させられる。


「さすがにもう引けない状況……、か」


 (マサキ)は独り言ちて大きく息を吐き出す。


 剣を抜いてしまった事実や不特定多数に向けて言い放った参戦の宣言は修道騎士団にとっても戦いの意思を向けたことになる。あまりにお粗末な話だ。無計画に感情任せに動けば、ただやみくもに混乱は拡大していく。


「わたしたちはただあの、素敵な街を守りたかっただけなの。それをまた焼け野原にしたって、悲しいだけなのですよ」


 フォノはヴァルミナに訴えかける。


 修道騎士団領がどれだけの歳月をかけて、復興に勤しんだのかわからない。どんな苦難と苦悩を乗り越えてきたのかも、その感動すらも実感することなどできはしない。


 だが、町を失った一人の村娘には、彼が築き上げた領土は素晴らしく夢のような場所だと思えた。


 ヴァルミナはフォノの言葉になるほど、と小さく頷いた。


「道理の通らない連中。いや、あまりに純粋すぎるのか……」


 世の穢れを知らぬ無垢な気持ちを持つ少女らしい言い分だ。


 なるほど、と再度口の中でつぶやく。その言葉を噛みしめて、無理やりに喉の奥に押し込んだ。


「魔女と言われるのはこういうことか?」


 慈愛と博愛がこの世で賛美されながらも、現実はそのような言葉で救えるほど上手に出来てはいない。


 それが少女たちの信条であり、本心なのだ。


 無垢にして邪気を抱く存在。もっとも理性的な人を脅かす悪魔的な者と呼べなくはない。ノード教会の目指す信仰による理性主義が通じないのだ。道理などは経験を積み重ね、社会契約に基づく規則でしかない。


 しかし、子どもに一から十を理解しろというのは無理だ。そんな子どもが許されるのは無力であるからである。大人と同等の力がないからこそ、危険視などしないし、状況好転の見込みもあるのだ。


「力を手にした子どものわがままにしては過ぎている」


 ヴァルミナは〔アル・ガイア〕の操縦者たちが無知であると感じた。


 きっと育った環境が良かったのだろう。心根が優しく、一途に生きてきたのだろう。力さえ、無用な武器さえ手にしなければ、社会の中で生きる処世術を身に着けることが出来たはずだ。


 ならば、〔リッター・ヴァルミナ〕が握る剣は何を斬るというのか。そんなものはすでに彼の目に映り込んでいる。


「やはり危険だ……」


 ヴァルミナはつぶやくと、操縦桿のグリップを強く握りしめる。


〔アル・ガイア〕はカタナを正眼に構えたまま、右へ左へと機体を動かす。〔リッター・ヴァルミナ〕を中心に弧を描く軌跡だ。


(マサキ)、機体出力が上がらない。スラスター出力だけで離脱するのは無理」

「わかった。フォノ、悪いけどやるよ」


 結子(ユイコ)(マサキ)の冷静な声音に、フォノは一人胸元をぎゅっとつかんで〔リッター・ヴァルミナ〕を見つめた。


 これ以上言葉を交わしても、きっと相手の剣が下ろされることはないだろう。だとしても、今胸につかえている言葉を出さないと気持ちは収まらない。


「あなたは……、きっといい人なのでしょう」

「…………俺が敵として前にいることが不服か?」


 ヴァルミナは弱々しい声音を聞いて、言葉を選んだ。


 聞き覚えのある声であった。きっと金色の髪をした、優しい女の子。綺麗な手でこの土地に種をまいてくれた子だろう。


 フォノにもヴァルミナの柔和な笑みが頭をよぎって手が震える。


「いいえ……」

「ならば、自分の行いを悔やむことだ」


 ヴァルミナは修道騎士団の栄誉たる聖騎士として、危険分子を取り除かなければならない。


「その機体は、人を堕落させる!」


〔リッター・ヴァルミナ〕が電力を蓄えていたコンデンサーを解放して飛び出した。強い一蹴りが起こす衝撃にヴァルミナの体がシートに押し付けられる。


「勝手に決めつけないでよ!」


 (マサキ)が吠え、〔アル・ガイア〕は先手の短剣の剣線をカタナの切っ先で逸らす。


 互いの距離が一気に縮まった。


 だが、〔リッター・ヴァルミナ〕は踏み込みと共に大きく機体を沈ませて、伸び上るカタナの突きを紙一重でかわす。ナイト級の運動性を以てしても、難しい技だ。


 何よりも体格差がほとんどない二機の合間には苦しい。懐に飛び込んだ〔リッター・ヴァルミナ〕も長剣を活かせる間合いではなくなっていた。


「う、くっ」


 ヴァルミナは頭にガツンと血が上るのを感じながらも、フットペダルを目いっぱい踏み込んだ。


〔リッター・ヴァルミナ〕は踏み込んだ脚部と軸足のひきつけを急いで行い、左腕部を盾にして〔アル・ガイア〕を下から突き上げるようにして体当たりをする。


 ガゴォッ!!


〔アル・ガイア〕の脚部が地面から浮き上がる。


「この、力――」


 (マサキ)は突き上げられた衝撃と共に、足元のモニタに映る〔リッター・ヴァルミナ〕を睨む。


 迷っている時間などコンマ数秒も費やせない。


〔アル・ガイア〕は右脚部のスタック・スラスターを噴射して、機体のバランスを無視して蹴りを放った。


 黒い巨体が空中でくるりと仰向けに転がる。そして、大きく振り上げられた爪先が鋼色の兜を蹴り飛ばした。


〔リッター・ヴァルミナ〕の顎が跳ね上がり、後方へとよろける。


「なんて無茶苦茶なことをする――」


 ヴァルミナはスタック・スタスターの閃光に目をしばたたかせ、頭を振って、機体の状況を素早く確認する。


 そして視線を戻せば、〔アル・ガイア〕が仰向けに地面に落っこちる瞬間であった。豪快な音を立てて土にめり込む。


「首が緩くなったくらいでやられるものか」


〔リッター・ヴァルミナ〕は頭部を小刻みに揺らしながらも、長剣を振り上げて〔アル・ガイア〕に斬りかかる。


 重々しい一撃が振り落ちる。


「はぁ――っ」


 (マサキ)は迫りくる巨大な刃に思わず息を吸い込む。


〔アル・ガイア〕はとっさに地面を転げて、その一撃を回避。続けざまに機体を起こすと、カタナを寝かせて走る。


「こっちも本気だって言った!」


 (マサキ)の気勢と共に〔アル・ガイア〕のカタナが鋭く起き上がる。


 その太刀筋が太陽の光を吸って、弧の軌跡を空に刻む。


〔リッター・ヴァルミナ〕はその一閃を長剣で払いのける。火花が散る。マントが波打つ。


「鋭い!」


 ヴァルミナは操縦席を震わせる衝撃に歓喜にも似た声を上げる。


 剣をぶつけたときの腕の骨が痺れさせる感覚とは違った。


 カタナの一撃は鋭く骨を伝い、歯を、頭蓋骨までも痛めつける痛烈さがあった。


「ナイト級とは何度も戦ってきた! 負けはしない!」


 (マサキ)は同じく感じた操縦桿から伝わる痛烈さに顔を歪めながらも、声を張り上げる。


 指先はあぶられているような痛みがやまない。それを誤魔化すようにして、操縦桿を強く握りしめた。


〔アル・ガイア〕は間をおかずに、刃を押し返して攻勢に出る。


 相手は二刀流。手数では〔リッター・ヴァルミナ〕が上になるだろう。何よりもこれまでにない技量差を感じずにはいられない。


 繰り出す剣技はすべて叩き落とされ、弾かれ、隙あらば間合いを詰めて攻撃のタイミングを外してくる。


 横薙ぎ、唐竹、切り上げ、袈裟斬り、突き。〔アル・ガイア〕が基本の太刀筋を出せば、〔リッター・ヴァルミナ〕は短剣で掴み、払いのけ、長剣で正面から打ち返す。


 剣がぶつかるたびに、カタナの刃がかけて粉雪のように散る。


「何で決まらない?」


 結子(ユイコ)は左右に体を揺さぶられながら、〔リッター・ヴァルミナ〕の剣の流れを分析し続けている。


 だが、一向に崩れる気配がない。規則的な動きであり、打開策などはでていてもおかしくない。


 それでも、決めきれない。


 決められそうで決めきれない。押しては引く潮騒のように、あるいは緩やかに吹く風のようにつかみ所がないのだ。


 その一挙手一投足は聖騎士の名に恥じない技巧である。


「性能だけでものを言うか? 未熟者めが!」


 ヴァルミナは自分と共に戦う〔リッター・ヴァルミナ〕に強い思い入れがある。


 (たい)の崩れた〔アル・ガイア〕の胴体に長剣の横薙ぎが走った。装甲がひしゃげて、〔アル・ガイア〕の挙動が一瞬止まった。


「つっ。右脇に損傷。けど――」

「いけるっ」


 結子(ユイコ)の報告を聞いてフォノが答えた。


 彼女の目には〔リッター・ヴァルミナ〕の左腕部が握る短刀が引かれる瞬間が映っていた。


 その切先が輝いて、自分に向けられていると確信する。何もしないままでは刃に体をつぶされてしまう。


 背筋に悪寒が走り、フォノの頭の中でチカチカと光が瞬く。心臓が破裂しそうなほど、一拍跳ね上がる。


 その中でひときわ輝く鋭い光にフォノは目を奪われた。それは〔リッター・ヴァルミナ〕の短剣の切っ先であり、照準線は彼女の見開かれた瞳と同期して固定されていた。


「もらうっ」


 ヴァルミナが〔アル・ガイア〕の右胸部に狙いを定めた瞬間だった。


〔アル・ガイア〕の肩部にあるマルチ・ハープーンの射出装置が開放され、銀色の銛が飛び出す。


 銛が正確に〔リッター・ヴァルミナ〕の短剣を弾き飛ばした。


「仕込み武器かっ」


 ヴァルミナはすぐに機体を後退させて、体勢を立て直そうとする。動揺はなかった。短剣での一突きが失敗に終わったからと言って、一気に形勢が傾いたわけではないのだ。


「逃がさない――」


 (マサキ)は本能的に、距離を置こうとする〔リッター・ヴァルミナ〕を自機に追撃させていた。


 損耗している〔アル・ガイア〕が食らいつくように迫る。頭部側面にある排熱ダクトはひっきりなしに、熱風を吐き出していた。あたかも息苦しく喘ぐように、あと一歩とバッテリーのテンションを上げ続ける。


「――っ」


 ヴァルミナも迫る〔アル・ガイア〕の鬼気迫る勢いに息を止めた。


 そして、息を吐き出したうちに黒い機体が右側面に消える。咄嗟にヴァルミナは顔をその方向に向ける。


「武器を取って、おしまいにしましょう!」


 フォノはマルチ・ハープーンのワイヤーを巻き上げさせながら(マサキ)たちに言った。


〔アル・ガイア〕は脚部の先を切り返し、〔リッター・ヴァルミナ〕へと飛び込んだ。


「クソッ。カメラが――」


 ヴァルミナは一瞬〔アル・ガイア〕の姿を見失っていた。


〔リッター・ヴァルミナ〕の頭部がうまく動かず、反応が一拍遅れる。機体ごと向きなおった時には〔アル・ガイア〕はカタナを腰に回して、力をため込んでいた。


「ダメか……」


 ヴァルミナは一瞬で悟り、悔しさに顔をゆがめる。


 次の瞬間、光と見まごう〔アル・ガイア〕の斬り上げが放たれて、金属の不協和音が鳴り響いた。甲高く、断末魔のような切断音は双方の耳の奥にまで深く刻み込まれた。


 そして、カタナが振り切られても、その残響が頭を揺さぶった。


「く、うぅ――っ」


〔リッター・ヴァルミナ〕の右腕部が半ばまで斬られて、皮一枚、外装一枚で繋がっているありさまとなっていた。その断面は無理矢理に切断されてボロ屑のようになり、マニピュレータの出力も途絶えて長剣が地面に滑り落ちる。


「いい、勘をしている」


〔リッター・ヴァルミナ〕を後退させながら、ヴァルミナはつぶやいた。


 負けることは悔しい。自分を過信してしまったことが憎らしい。だが、それ以上に今渾身の力で向かってきた相手への敬意は忘れなかった。いいや、忘れようもないだろう。


 たとえ、この命が絶たれようとも。


 ヴァルミナからすればここで追撃を受けて、とどめを刺されるものとばかり思っていた。


 しかし、〔アル・ガイア〕は追撃せず、あろうことかカタナの切っ先を地面に落としていた。


「どういうつもりだ!」


 ヴァルミナは反射的にそう叫んだ。


 とどめを刺す絶好の機会を自ら捨て、あまつさえ戦意を捨てた姿を見せられたことはこの上ない戦場での冒涜だ。侮辱だ。強い敵に討たれたのであれば、それは騎士として最後の手向けだ。


 それすらも、〔アル・ガイア〕は否定する。


「あなただってそうしたから……」

「何だと?」


 ヴァルミナの声に結子(ユイコ)は苦い顔を見せながらも、立体スクリーンに視線を落とす。そこにはそれには〔アル・ガイア〕に接近する振動元の数が表示されていた。


 おそらくヴァルミナの部下の何人かが引き返してくるのだろう。


(マサキ)、こっちに接近してくる機体がいる」


 結子(ユイコ)の報告を聞いたフォノは立体スクリーンにある情報と方位を確認して、その方角に視線を向けて拡大画像を呼び出す。


「砲撃機が数機、来てるわ」


 (マサキ)も時間がないと知って、まだ戦う気でいる〔リッター・ヴァルミナ〕を視界にとらえながら〔アル・ガイア〕にはカタナを納めさせる。


「あたしたちは静かな土地が見つかるまではこの子を離す気はない」


 その(マサキ)の声が響いたと同時に遠くで砲撃音が轟いた。


 接近していた砲撃部隊が発砲したのだ。


「何っ」


 ヴァルミナは音の方へ自然と顔を向ける。しかし、ゴーグルモニタは撤退しようとする〔アル・ガイア〕を映し続ける。


「待てっ」


 そして次の瞬間、〔アル・ガイア〕の周りに砲弾が落下して、真っ赤な炎がバッと燃え上がった。


〔リッター・ヴァルミナ〕も激震に苛まれながらも爆風で後退を余儀なくされた。炎はすぐに濃い黒煙へと変わり、周囲が全く見えない状況となった。


 だが、そこにフォノの声が響く。


「ごめんなさい……」


 その寂しげな声が黒煙の壁の向こうから聞こえた。


 ヴァルミナは苦渋に満ちた顔で操縦桿を握る手を緩める。心臓が熱く響き、生きていることに言い知れない安堵を覚えた。

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