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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十四章
103/118

~誠実~ すれ違いと疑義、膨らむ不安

 太陽が空高くに上がり、大地を照らす。


 修道騎士団領にある耕地は雲の切れ間から差し込む光を浴びて、まだら模様を浮かべていた。領内に生きる農家は牛馬を従えて、収穫を終えた畑を掘り起す。牛や馬は犂を引いて歩くたびに、地面は耕起されて土壌が反転されていく。そこに堆肥を撒いては、鍬を手にした少年たちが混ぜ合わせる。


「ほれ、腕だけで使おうとするな。足腰に力を入れろ」


 その中に第十八聖騎士であるヴァルミナ・ハトゥリアが、農夫のように簡素な服を着て鍬を奮っている。


 今朝は剣を持ち血にぬれていた手であったのに、今では鍬を握り、爪の間にまで土が入り込むほど泥だらけの手をしている。


 こんなことは鎧を纏う屈強な騎士の印象ではないだろう。


 しかし、彼は嫌な顔をするどころか周りにいる少年少女を見回りながら畑の手入れを教えている。


 それもまだ年端もいかない子どもたちが多く、木製の鍬でも体が振り回されて四苦八苦。それでも投げ出すようなことはせずヴァルミナの教えを実践している。


「難民の子どもたち……、か」


 フォノはその光景を横目に見てつぶやく。


 彼女もまた籠に入ったカブの種をまきながら、整えられた畑にいた。周りではカートルと呼ばれる農作業着に身を包んだ修道女たちや、女の子たちが同じように秋蒔きをしている。ニンジンや玉ねぎ、キャベツなど仕切られた畑ごとに春に向けての備えを行っている。芽吹きの春と共に訪れる収穫を心待ちにするように、彼女たちも熱心であった。


 不思議な光景である。


 ノード教会の文武関わらず世俗から切り離された禁欲的生活を送るはずの男女が畑仕事をしているのだ。本来ならば、教会の規則を学び、深めるのが修道者であろう。しかし、この土地では市勢に彼らは溶け込み、町全体が救貧院的働きを持っていた。


「皆さん、そろそろ休憩しましょう」


 すると、農地にぽつんと立つロングハウスから女性の声が快晴の空に響き渡る。


 それに呼応して、ヴァルミナやフォノたちは仕事の手を止めてロングハウスへと歩を進める。ロングハウスは牛舎と納屋が一緒になった建物で、周辺の農地の管理棟的役割をしている。


 フォノはロングハウスの整った地面に足を踏み込み、小走りにいく子どもたちの背中を見送った。


「あ――」


 そこで足が止まってしまった。


 ふっとフォノの頭の隅っこにあった記憶が目にしている光景と重なる。


 外に広がっている茣蓙に農具を置く子供たちとそれを迎える大人たち。和やかな雰囲気に包まれて、本当に戦いとは無縁な世界。以前は当たり前であった自分の生活が平然とある。


「……ここなら」


 ぽつりと言葉をこぼした瞬間、とめどもない期待に胸が満たされていく。


「どうした? 疲れたか?」


 フォノが佇んでいるところに、ヴァルミナが肩を叩いて先を進む。


「い、いえ――」


 と、フォノは背後からくる牛の荒々しい鼻息に背中を押されて小走りにヴァルミナの大きな背中を追った。


「あの――、あの子供たちは?」

「ん。ああ。難民孤児だよ」


 ヴァルミナは鍬を茣蓙におろして納屋の前にある水瓶で手を洗う子どもたちを見た。


 フォノも籠を置いて、ヴァルミナと子どもたちを見比べる。


「大変、なんですね?」


 フォノはヴァルミナのほほ笑む横顔に惹かれて、ぼんやりとした言葉をこぼした。なぜか、彼の表情は柔らかく朝に見た野生的な雰囲気は感じられない。そのギャップが彼女の心をくすぐるのだ。


「きみが思っているよりも家のない人はずっと多い」


 ヴァルミナは水瓶の方へ歩み寄って、休憩に入る子どもたちを横目に見送った。彼らは簡単な水分補給と堅いパンのかけらを修道士たちからわけてもらうと各々好きな場所に散らばった。


 納屋の壁際。ぽつりと立つ枯葉を落とす樹の木陰。畦道の端などなど……。彼らは汗を着ている服で拭いながら、ほんの少しの食料をおいしそうに食べる。


 フォノもその光景が微笑ましいと思った。


「彼らは――」


 フォンはばっとヴァルミナの方に視線を変えた。ちょうど彼がカップの水を手に掛けて、手を洗っている。その横顔は物憂げで、陰があった。


「街道荒らしやフライハイトなんかの革命集団に土地を失って、親と離ればなれにされてしまった子ばかりだ」

「あぁ……」


 フォノはそんな、月並みな返事しかできない。自分も似た境遇にありながら、ヴァルミナの話が対岸の火事のように遠い出来事のように感じられた。


 そう思うのはこれまでの旅の経験からくるものだ。


「それで聖騎士様は救済された、と」

「救済というほど大層な事はしてない」


 ヴァルミナは照れ隠しをするようにいって、升に水をくんでフォノに向いた。


「手を」

「あ、ありがとうございます」


 フォノは彼の意図を瞬時に理解して、細い両手を差し出した。その上に水が滴り落ちて、両手をもむように洗った。水が地面ではじける音が涼しげに響く。


「俺のしてきたことを思えば、これくらいはしなければならないのだからな」


 フォノはヴァルミナの重たい声音に息をのんだ。


 あやふやで、しかし心に重くのしかかる言葉の意味を想像する。だが、フォノにはその真意を明確にとらえることなどできない。


 知りたい、と彼女の心が揺れる。ぽっと熱くなる頬と心音。


 手を洗い終えると、フォノとヴァルミナは隣り合って歩き、修道士の元にいってコップ一杯の水とパンの切れ端を与えられた。


「聖騎士様はどうしてこの領地を開いたのですか?」


 フォノはヴァルミナのそばについて、思案した言葉をひねりだした。


 二人は納屋を囲う柵にに背中を預けて座り、広大な農地を眺める。視界の端には〔十八番目の城アハツェーント・ブルク〕が見える。物言わぬバイン・シフは今や古風な居城で、装甲を取り巻く緑色が年月の長さを物語っていた。


「必要だと思ったからだ」


 ヴァルミナの視線が〔十八番目の城アハツェーント・ブルク〕に向けられているのを、フォノは瞬時に見極める。


 そして、彼の悲哀と後悔、懐かしさを含んだ横顔が乙女の瞳には魅力的に映った。


「どうして……?」


 フォノは顔を伏せながら、コップの水をすする。小さく丸まってコップを傾ける姿は小動物のようにで、はたから見ても緊張しているのがわかる。


「そうだな。昔はここにふつうの町があった。が、俺たちとフライハイトとの戦いで壊滅した」


 ヴァルミナは包み隠すことなく、自らの罪を告白する。


 過去のことをいつまでも引きずる男でもない。そのときの負の感情、自責の念は少しでも前向きに実行しなければならない。齢四十を迎えようとする男の信条であった。


「そんなことが……」


 フォノは喉の奥が詰まって、ぐっと堅い息を飲み込んだ。


「町を復興しようとしたのは、バイン・シフが動かなくなったこともある。だが、それ以上にあの戦いの傷跡を残すのは嫌だった」

「だから、開墾をしたのですか?」

「血と火薬が染み込んだ土地でも実りがあるのだ、と証明したかっただけかもしれないがな」


 ヴァルミナは冗談混じりにいうと、パンの欠片をかじった。パンというには堅く、一度かじっただけでぼろぼろと崩れてしまう。そのパサパサした口当たりを水で流し込み、彼はほっと一息入れる。


「素敵なことではありませんか?」


 フォノには彼の自虐的な口振りがよくわからなかった。


 苦しんでいる人々に生活を提供できるのは偉大なことだ。なにも卑下するようなことではないはずだ。


 荒れた土地を実りのある大地に還すのには何十年という歳月が必要であっただろう。きっと生半可なことではなかったはずだ。


「そういってもらえると嬉しい」


 ヴァルミナは社交辞令気味に返す。


 フォノには彼の言葉を鵜呑みにして照れる。ヴァルミナの表情や口調は自然で嘘らしくない。だから、処世術の一つ、二つを覚えたくらいの女の子では体裁か本心かを見破ることは不可能だった。


「あの、ここにはいろんな人が来るのでしょうか?」

「ん? どういう意味だ?」


 ヴァルミナは小首を傾げた。


 少女の唐突な問いかけの意図が分からず、ただ何か引っかかる感覚に肩肘がこわばる。


「いえ、難民の方々をこれだけ受け入れているのですから。方々からそういう人たちが、たくさんいるのではないでしょうか?」


 フォノの遠慮がちな口調は、探り探りである。何かを警戒するように顔色を窺う上目遣いや、言いにくそうに歪む唇。


「ああ……」


 邪推すべきではない、とヴァルミナは思いながらもフォノの様子に眉をひそめる。そして、彼女の美しい金色の髪の中にあるカチューシャが目に入った。黒く艶やか色合いが際立っていた。


 その時、彼の頭の中で今朝の報告が蘇った。


 黒いアーデル・ヴァッヘの接近。そして、その操縦者の一人に金髪の少女が含まれているのを続けて思い出す。


「そうだな……」


 ヴァルミナは顎に手を添えて、思案する。


 フォノの問いかけに対してではない。自分の中にある真偽を見極めるため黙考だ。


 まさか、と笑う飛ばすのは簡単だ。しかし、と疑っては難しい。枢機卿からの報告のタイミングといい、フォノとの邂逅の時間といい、妙に話ができすぎている。


「ここは交通の便はあまりよくないからな。だが、噂を聞きつけた人々が大挙をなしてくるという前例はあった」


 ヴァルミナは目の前の少女がただ純真であるだけなら、疑義を持つことはなかった。フォノの仕草に含みのあるものさえなければ。


「本当ですか?」


 フォノは素直に喜びの声を上げた。ぱっと顔を上げて、朗らかにほほ笑む。


「そういう余裕は持ち合わせなければ、何もできないからな」


 ヴァルミナは立ち上がると、残りのパンの欠片を口の中に放り込んだ。そして、水を飲み干す。


「しばらく、席を外させてもらう。もう少しばかり、畑仕事の手伝いをしてくれ」


 フォノは明るい声で返事をした。


 それを見たヴァルミナは笑顔を作りながらも、内心複雑な気持ちでいっぱいであった。コップを返そうそうと、納屋の方へ歩む。そして、返却の際に食事係にささやいた。


「今日来た金髪の女の子、見張っておけ」

「了解。何か、あるんですか?」


 食事係の修道士は離れた場所で遠くを眺める美少女を一瞥して言う。


「黒いアーデル・ヴァッヘとの繋がりがあるやもしれない」

「そういう報告は聞いてますけど。勘ぐりすぎでは?」

「そうだと思いたいのが、情というものだ」


 ヴァルミナは修道士の肩を重くたたいて、厩の方に足先を向ける。


 何一つ物証があるわけではない。ただ彼の頭の中に散らばっている情報の破片が妙に合致する。単なる思い込みなら一蹴して、もっと慎重になっていたはずだ。


 ではなぜ、脳髄は危険とざわめきたつのか。


 それはかつて栄誉に甘んじていた第十八聖騎士の自責と後悔。楽観的な考えが起こしてしまった悲劇を繰り返さないためにも、彼は冷血に疑義を徹底するようになった。


 疑わしきは罰せず。そんな言葉は法律の上での話だ。


 もし町ひとつ、多くの人々の命が危険になる場合は騎士として果たさねばならない役目のために心を鋼と化す時もある。


               *     *     *


 フォノ・アインリヒはこの修道騎士団領が気に入った。


〔エクセンプラール〕で生活をしていて忘れていた土の匂いや踏みしめる感触、鳴り響く教会の鐘が胸を震わせる。鳥が高く跳べば、冷たい風が追いかけて枯葉が攫われていく。この解放感は船室の中では味わえない。


「久々だわ。こんなに気持ちがいいの……」


 フォノは午後の種まきをしながら、そよぐ風の心地よさに微笑んだ。


「ここに住むことが出来たら――、そしたら(マサキ)たちだって」


 今まで畑の手入れをして、牛や豚、羊たちの世話をして生活していたのだ。


 それが炎の中に消えて、町も住む場所もなくなった。根無し草の鉄箱の中で住む息苦しさは厳しい。郷愁の念は絶えず、その思いは焼けた町以前の忘れようとしていた生まれ故郷までも思い出してしまう。


「昔のことも、機械のことも忘れられる」


 フォノには友人や知人が機械の中で生きていく感覚に順応していくのが不快だった。


 なぜ、冷たい鉄板に囲まれた中で生活をしていけるだろうか。送風機によって生まれる風や足に響く硬い床、さらには定期的なメンテナンスをしなければ動くことすらできない居住空間。


 その機械に行わなければならない手間と四季をめぐる農地の手入れは同じ摂理と知りながら。


 フォノは籠にある種子を軽く一掴みして、指先で掌で転がす。サラサラした感触に浮き足立っていたのもつかの間、足元を転がっていく寂れた枯葉に心は冷めていく。


「どうして、こうして暮らせなかったの? わたしは何か、悪いことをしたのでしょうか?」


 神様、と唇を震わせて種子を握りしめる。その拳を額に押し当ててうつむく。目頭までも熱くなる。


 フォノは堅く瞳を閉じて考える。


〔アル・ガイア〕を所有しているから?


 それとも修道騎士団のバイン・シフを私物化してしまっているから?


 自問しても答えはなかった。これまでの道のりを振り返っても、善悪で測れるようなことではなかったはず。ただ生きるために、自分たちの信じる道を行くために、歩みを止めなかった。


「どうして……」


 フォノには自分の立っている場所がいつの間にか後ろめたさに変わった。


 その時、青い空に甲高い音が鳴り響く。汽笛のように鋭い音で、続いて鈍い低音が地面を這う。


「――――っ」


 フォノは血相を変えて顔を上げ、大きく目を見開く。


 彼女の視線の先には町の居城がある。その居城の一部、機首の部分が開門されて白煙と共に人影が出てくるのが見えた。


「アーデル・ヴァッヘ……。どうして?」


 フォノの顔は引き攣っていた。ただの警邏出動や慣らし運転で出たと思いたい。


 しかし、白日の下に現れる鋼色の装甲は伊達ではないと彼女の瞳は逃さなかたった。


 気だるそうにハッチのふちを掴んで起き上がる機体。その装甲には無数の傷が刻み込まれ、死線を潜り抜けたことを物語っている。


 そして、甲板に放置されていた得物を掴んで一振りする姿は力強く、重々しい圧力が巻き起こる。長剣と短剣の二刀流。そこから巻き起こった風圧が背にしているマントを広げ、遠くで作業をしているフォノの小さな体にまで届いた。


 ビリビリと肌を震わせる一陣であった。


「ナイト級がわざわざ出るなんて――」


 フォノの表情は青ざめていく。


 ナイト級がただの慣らし運転で出ていく機体だろうか。わざわざ警邏に参加する得物であろうか。


「ここにも、もう、〔アル・ガイア〕のことが――、まさかっ?」


 自問してもそのドツボにはまって悪い方向に思考が回転していく。


 フォノは籠を落として、震える足に鞭うつようにして走り出した。


「ああ、こらっ」

「ここを離れちゃ駄目よ」


 そこに常に傍にいた女性たちがフォノの腕を掴んで、引き留める。


「は、離してくださいっ」

「聖騎士様がご出陣されるのだから、ここを通るのよ。踏みつぶされてしまうわ」

「そんなに怖い物でもないでしょう?」


 女性二人は同僚から聞いていたことが事実ではないか、と視線で合図を送りながらフォノの小さな体を拘束する。


 フォノは涙目になりながらきょろきょろとあたりを見回し、拘束を振りほどこうと身体を揺する。


 嫌な予感がますます膨れ上がる。その絶望感から、彼女はひざから崩れてその場にへたり込んだ。


(マサキ)結子(ユイコ)、ミトさん、みんな……」


 もしかしたら、という悪夢が頭の中に浮かび上がる。


 フォノは頭が熱くなって、息苦しさにその場で丸まってしまった。

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