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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十四章
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~誠実~ 思い合うが故に

〔アル・ガイア〕は自動修復で半身を泥沼に沈めたままで、(マサキ)は機体から離れていた。機体にプログラムされたシークエンスがあとは勝手に進めてくれる。身体が新陳代謝を行うように。ただ、動物との違いを挙げるなら〔アル・ガイア〕は操縦者の操作なくして、鋼の肉体を直す機能を発揮できないことだろう。


 空は低く、すじ雲が流れては暖かな日差しが大地を照らす。


 午前中、(マサキ)たちは〔エクセンプラール〕で溜まっている仕事を片付けることから始まった。


「今日中にはクレーンの調子直さなきゃならないんだからね。気合入れなさいよ!」


 ミト・ハルルスタンが指揮する中で男たちは艦についているクレーンの補修をしていた。いつもは吊るされている汎用機関銃(ドゥーオ)も地面に置かれている。


 参加する人たちも少なく、そもそもウィンチの伝送系やワイヤーの点検が主なのだから人数も必要とされない。


 甲板には人がまばらにいるが、クレーンの内部に入っている人間はごく限られている。


「無理やり取ったり、つけたりしたからギアもボロボロね」


 クレーンの内部、エンジンルームで(マサキ)は腰の高さまであるコンビネーションレンチを下ろして、支柱を止める掌サイズのナットを引き抜いた。どっしりとした重さに腰が落ちる。


「まったく、大仕事だよ」


 (マサキ)はため息交じりに言って上体を起こすと、ワイシャツの胸元を緩めて煽った。


 クレーンの根元の土台部分の中は精密機械の密林である。〔エクセンプラール〕から供給される電気の配線とそれらを動かす複数の電動機やら精密に組みこまれているギアの数々。空気は重く、焦げ付いた臭いが漂う。


「…………ねぇ。こんなことしてて、いいの?」


 結子(ユイコ)は支柱についていたナットを下ろす。腰のベルトにねじ込んだ手拭いを取って、首周りの汗を拭きながら(マサキ)に言った。


「どういうこと?」


 (マサキ)はワイシャツを煽るのをやめて、腰に手をやる。


 しゃがんだ姿勢から立ち上がる結子(ユイコ)が弱った表情を浮かべる。


「どういうことって――」


 エンジンルームは冷え冷えとした空気だというのに、チューブトップの結子(ユイコ)はお腹周りに手拭いを握る手を下ろしながら肩を落とす。


「フォノのこと、どうするの?」

「またその話?」


 (マサキ)はうんざりして、首を左右に振る。その顔はマフラーをしていない分、不機嫌な表情が結子(ユイコ)にも筒抜けであるのも気にしない。


「でも……。朝、声かけられたんでしょう? ならどうして――」


 煮えきれない表情で結子(ユイコ)は言う。


「ハンマー取って」


 遮るようにして、(マサキ)の鋭い声が飛ぶ。


 結子(ユイコ)はむくれて、足元にあるハンマーを取る。しかし、すぐに渡す気になれなかった。虚しくその工具を握りしめる。


「そういう態度がフォノは嫌なんだと思う」


 結子(ユイコ)ははっきりと(マサキ)の不満げな顔を見つめた。


結子(ユイコ)のが近かったから頼んだだけでしょう?」


 (マサキ)はいらついた声を上げて、身体ごと結子(ユイコ)に背を向ける。そして、ワイシャツの袖をまくり直すと、大小様々なギアが並ぶ隙間に手を突っ込んだ。ギア同士の噛みあいは非常に強く、彼女の細い手一つでは引き抜けそうにない。


 (マサキ)の素っ気なさにリボンの少女は眉間にしわを寄せる。


「言い訳でしょう?」

「違うよ」

「絶対そう」

「だから、違うって」

「そんなにフォノのこと嫌いになったの?」


 結子(ユイコ)のしつこい質問責めに(マサキ)も気分が落ち込んだ。盛大にため息をついて、ギアの隙間から腕を抜き出す。それから、手袋をした指先をこすり合わせながら結子(ユイコ)の方に向いた。


「大丈夫だって」


 (マサキ)はずり落ちてくるワイシャツの袖を口で上げ直す。


「そこまで心配ならみてくればいいでしょう? それでこういうの」


 (マサキ)はすっと顎をあげて、胸を張る。そして、笑顔を作ってみせると演技口調で言うのだ。


「フォノ、ずっと心配してたんだから。早く帰りましょう。もうどこにもいっちゃダメなんだから――って」


 その小馬鹿にするような言い方に結子(ユイコ)は鼻の穴を大きくして息を吸い込んだ。肩が上がり、頭に血が上るのが自分でもわかった。


 彼女の息づかいを聞いた(マサキ)は調子に乗ったようにしていう。


「そういうことでしょう?」

「そこまで過保護をしているつもりはない」


 結子(ユイコ)が怒りを押し殺した声で反論する。


「どうだか……。フォノだって自分のしたいことがあるなら、そうさせてあげるべきじゃん。他人がとやかくいう資格ってないよ」


 その言葉は確かに正しい。


 しかし、(マサキ)の独りよがりな主張でもある。結子(ユイコ)が気にしているのはそんな放任する意志ではない。


「そういうことじゃ――、はぁ」


 否定をしながらも結子(ユイコ)は次に続く言葉が出なかった。重たいため息をこぼして力んでいた体が弛緩する。それ以上の問答は無駄だと悟り、彼女の手にハンマーを渡した。


 (マサキ)は何ら疑うようなそぶりもなく、ハンマーを手にして仕事に戻ろうとした。


「あたしも好き勝手やってるし。結子(ユイコ)もあるならそうしたって全然かまわないよ?」

「……嫌な言い方」


 結子(ユイコ)は怨念でもつぶやいたようにはき捨ててそっぽを向く。


「何なのさ?」


 (マサキ)結子(ユイコ)の態度にカチンと来て、怒気を押し殺した声で言った。いつまでも恨み節を聞いていられるほど辛抱強くはない。心臓が締め付けられるような不快感が増して、仕事に戻る気力すら失せた。


 互いの視線は交わらず、是中合わせの一方的な怒りのぶつかり合い。寒々しいエンジンルームの空気が凍てつく。


 (マサキ)には後ろめたさなど微塵もなかった。とにかく自分の言ったことは正しいと思えたし、反論するからにはそれなりの事情があるものだと考えている。


 逆に結子(ユイコ)は徐々に陰気な表情に変わっていく。怒鳴られた子供のように頭を垂れて、言いたいこともうまく伝えられない自分に歯噛みする。


「あ、こらっ。サボってるんじゃない」


 そこに様子を見に来たミトが乱入してきた。熱を帯びた風が吹き込んだように、(マサキ)結子(ユイコ)の視線はその方向を自然と向いていた。


「別に――っ」


 (マサキ)はすぐにミトの怒り顔から目を背けて、ハンマーを軽く掌で回す。それから、一瞬結子(ユイコ)に視線を戻すと目が合って、気まずさに表情が曇った。


「別に、じゃないわよ」


 ミトは作業に入ろうとする(マサキ)の腕をひっつかんで、無理やり体の向きを変える。


 (マサキ)のむくれ顔と結子(ユイコ)のむくれ顔を見比べて、ため息をつく。


「まったく、なんで喧嘩してるのよ。あんたたちは?」

「喧嘩なんかしてないもん」


 (マサキ)が反射的に言った。


「そういうところがダメだって言ってる」

「いちいち結子(ユイコ)は細かい。それにしつこい」


 売り言葉に買い言葉で、二人は再び睨みあう。


 その合間にミトは割って入る。


「よしなさい。揃ってみっともないわよ」


 ミトは中腰になると、背の低い少女たちの目線に合わせる。


「訳を聞かせてちょうだい」

「ミトさんには関係ない」


 結子(ユイコ)がツンケンした言い方をした。


 ミトは初めて結子(ユイコ)のわがままを聞いた気がした。普段から自発的に意見するような娘ではなかったから一瞬驚いた。しかし、すぐに真剣な顔つきになってまっすぐ彼女の黒い瞳を見据える。


「だから、話を聞くの。二人とも冷静じゃないでしょう?」


 気丈なミトの口調に、(マサキ)結子(ユイコ)は喉を鳴らして、互いを牽制するように視線を向け合った。


「何があったの?」


 優しく諭す声を聞いた二人は不承不承に口論になった経緯を話した。


 フォノが一人、修道騎士団領に出かけてしまったこと。それを止めなかった(マサキ)の対応や結子(ユイコ)の考えを一つ一つ追っていく。


 それは(マサキ)結子(ユイコ)が互いの主張を再確認できる作業でもあった。


「なるほどね」


 ミトは二人の話を聞き終えて、顎に手を添える。呆れたわけでも、頭ごなしに否定する様子はなかった。少女二人の相違をしっかりと受け止めて最善を尽くそうという姿勢であった。


「あたしも騎士団領に行くことはフォノから相談されたわ」

「どうして止めなかったの?」


 結子(ユイコ)は静かに言った。ミトの言葉であったなら、付き合いの長いフォノは素直に従っただろう。(マサキ)ほど反抗心が強い女の子ではない。我慢もしてくれただろう、と結子(ユイコ)は考えている。


 しかし、ミトは顔色一つ変えず返す。


「もともと教会の教義を信じている子だもの。今の生活じゃ、落ち着かないところもあるのよ、きっと」

「落ち着かないって、例えば?」


 結子(ユイコ)は問う。


 すると、(マサキ)が気まずそうに口を開く。


「あの子、今でも御祈りの時間はちゃんとしてるし。毎週日曜日になれば、神父様のお説教も聞いてたんだよ。結子(ユイコ)も知ってるでしょう?」


 (マサキ)に言われて、結子(ユイコ)は苦い表情になる。

 

「でも、本当にそれだけ?」

「無理に人の考えを分析しても答えなんてでるものじゃないわ」


 ミトは結子(ユイコ)の方に触れる。ランプに照らされる彼女の顔はあまり気色がよくない、と思えた。


「だから、危険は承知だってフォノもわかってた」


 ミトは結子(ユイコ)の追求にそう答えて(マサキ)に視線を向ける。


「けれども、一人だと心細いかもしれないわ」

「あ、あたしには関係ないでしょ」


 (マサキ)は一瞬瞼を伏せたが、空元気を振り絞ってつっかかった。


「本当は(マサキ)に一緒にいってほしかったんだよ」


 今度は結子(ユイコ)が声を張り上げる番であった。一番知りたいこと、してほしかったことはその一点だけであった。


 そのことは(マサキ)が一番痛感していることである。


「だからって……」

「あんたも散々フォノと結子(ユイコ)を巻き込んできたでしょう?」


 ミトの一言に(マサキ)はばつが悪い顔をする。


「だって、仕方なかったもん……」


 (マサキ)の口にする言葉は空虚な言い訳でしかない。取り繕おうとも、起きてしまったことを変えることはできない。


 ミトは聞き分けの悪い彼女をじっと見つめる。


「だから、自分は何もしてあげられないの?」

「……わかんないよ」


 (マサキ)は弱ったようにつぶやいた。


 最近のフォノとのいざこざを振り返っても、(マサキ)は自分の落ち度をうまく理解できていなかった。漠然と自分にも非があると思いながらも、その要因や起因がわかっていない。


 改善しようにも原因が分からないでは明確な解決策も浮かばない。


「わからないならなんで、フォノに聞かないの?」

「だって――、だって……っ」


 結子(ユイコ)は右も左もわからず、あたふたとする(マサキ)の姿に胸が痛んだ。


 気を張っていても、中身は同い年の友人だ。悩みもするし、うまく感情をコントロールできないときだってある。


 振り切ることができず、逃げることすらできない。そんな不器用な心が(マサキ)に二の足を踏ませるのだ。


「行ってきなよ」

結子(ユイコ)……、でもっ」

「でも、じゃない。はっきりさせたいなら行動する。いつもの(マサキ)ならそうでしょう?」


 結子(ユイコ)は真剣な眼差しで(マサキ)を射る。


 その瞳を(マサキ)も誠実に受け止める。


 いつもの信頼してくれている瞳だ。どんな時も、どんな状況でも支えてくれる力強い意志を宿している。だから(マサキ)は最善の方法を取ってきたつもりだ。


 またみんなで楽しい日々を送るために。


 ランプの揺らめく光がエンジンルームの冷たい壁を照らす。


「ほんの少しでも前に行くにはそうするしかないでしょう?」


 ミトが結子(ユイコ)にあわせて言葉を重ねる。


 (マサキ)は二人を見比べて、自分の臆病さがむなしく感じられた。立ち止まり、くすぶっているよりも、当たって砕けてしまった方が清々しい。


 いつまでも暗い場所にとどまってはいられない。


 (マサキ)の潤んだ瞳に微かな勇気の光が灯った。


「わかった。行ってくる」


 (マサキ)は手に持っているハンマーを結子(ユイコ)に帰すと、エンジンルームを駆け抜けて出て行ってしまう。


「いってらっしゃい」


 僅かに声が震えているのを結子(ユイコ)は聞き逃さなかった。だが、止めることなどできるはずがない。


結子(ユイコ)も行ってきていいのよ?」


 ミトは立ち上がりながら結子(ユイコ)を促した。三人一緒が当たり前なのだから、きっと結子(ユイコ)も行きたいだろうと思った。


 対して、結子(ユイコ)は首を横に振った。


「いいえ。わたしは待ってる。少し、考えたいことがあるから……」


 結子(ユイコ)はそう言って渡されたハンマーを胸元で握りしめた。

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