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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十四章
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~誠実~ キャラバンと街道荒らし、騎士団と少女

 小鳥のさえずりを聞きながら、フォノは二脚式バイン・アウトーを運転する。がくがくとギアが不協和音を立て、一歩踏み出すごとにスキップを踏むようにして車体が浮き上がる。そのたびに彼女の小さな体は水ヨーヨーのように弾んだ。


「もうっ。どうしてこうダメなのかしら」


 フォノはぎこちない手つきでクラッチを切ると、足探りにシフトペダルを引き上げてギアを下げる。その間にもエンジンの回転数が落ち込んでバイン・アウトーは傾いていく。


「あららっ。あらららっ?」


 フォノはクラッチを入れて、ステップで踏ん張ってハンドルを起こす。背筋を目いっぱい使って機首を上げるが、ついにエンジンがエンストしてしまう。


 プスンッと虚しい音と同時に関節のロックがかかる。


 バイン・アウトーは傾いた姿勢で停止し、フォノもため息とともに力を抜いた。


「またエンジンをかけ直さなきゃ」


 これで三度目。


 フォノは慎重に機体から降りると、荷台に乗せている荷物と猟銃を一瞥する。スカートの裾を払う。


「これじゃ、猟師だわ」


 フォノは変装用の頭巾を目深にかぶって、シートカバーを開く。クランクを展開させて、力一杯回していく。


(マサキ)がいたら、こんな苦労しなくて済んだのよ。まったく、もうっ」


 文句を垂れて、その怒りをぶつけるようにクランクを回すフォノ。


 いつもバイン・アウトーの運転をしているのは(マサキ)だ。見て覚えるにも限界がある。実際に乗ればシフトチェンジのタイミング、クラッチの加減、エンジンの回転数調整など、瞬時にやらなければならないことが多い。


「わがままなんだからっ」


 フォノは自分に返ってくるような言葉を吐き捨てて、勢いのついたクランクから手を離してスターターレバーを掴むと思い切り引っ張った。


 瞬間、エンジンが息を吹き返して唸りをあげる。


「よしっ」


 フォノは思わず喜びの声を上げる。三度目ともなれば少しはコツがわかってきて、達成感があった。


 気持ちが浮き足立つと彼女はクラッチを力一杯握りつつ、シートをてきぱきと片付ける。そして、傾いているシートに跨る。続いてゆっくりとクラッチを戻し、アクセルグリップを軽くひねりながら出発する。


 バイン・アウトーは大股で歩くようにして走行し始める。


 木漏れ日の差し込む林道を進み、木々の感覚が狭くなってくるとおっかなびっくりに、その合間を縫うようにして歩いていく。


 操縦しているフォノからすれば、ステップの下で伸びている雑草や茂みがざわつく感覚やいつもより高い視線が心地よくて、上手い下手などどうでもよかった。


 ただ一転の不満だけが彼女の頭に居座っているのだから。


「少しくらい、わたしのわがままだって聞いてくれたっていいのに」


 フォノはまだ(マサキ)に対するイライラで気が立っている。


 修道騎士団領へ行くことは自決しに行くようなもの。そんなことは彼女もわかっている。だが、精神的な疲れを〔エクセンプラール〕だけで癒すにも限界がある。


 もともと教会の教えに従順だった少女だ。刷り込まれた習性だとしても、祈りや信仰によって救われると信じる気持ちを消し去ることはできない。


 縋る者がないのではない。己を見続ける絶対的な客観性をフォノは欲しているのだ。


「神様が必要な時はあるのよ……」


 フォノは心の隙間を埋めるかのようにつぶやいた。


 零れ日の差し込む方角を逐一確認しながら、修道騎士団領を目指す。


 のっそりと進んでいくバイン・アウトーのせいでお尻が痺れてきたころ、やがて前の方からガタゴトと荷馬車が揺れる音が聞こえてくる。


 ふと東の方向へ目をむければ、開けた街道がありシーツで隠した荷物を結わえた荷馬車の列や、アーチ状の布天蓋を張った荷馬車が列をなしている。その縦隊を守るように、銃を持った人たちが周りを歩いている。傭兵たちだ。


「キャラバンかしら?」


 フォノはハンドルを茂みの方に倒して、バイン・アウトーを日陰の方向へ進ませていく。合流するのも考え様であったが、傭兵たちの威圧感に近づくことが出来なかった。


「あれについていけば、町にはつけそうね」


 フォノがほっとした瞬間、銃声が鳴り響いた。


 思わずブレーキを握りしめると、バイン・アウトーはお辞儀をするように大きく前に傾いた。腰が浮き上がったフォノはそのまま前転して機体から転げ落ちた。


 その間にも銃声が、二回、三回と起きた。


 荷馬車を引く馬たちが悲鳴を上げる。キャラバンは街道で固まるようにしながら防衛する。


「銃声?」


 フォノは仰向けになっている体をひねり、頭を下げながらバイン・アウトーに背を預ける。


「騎士団領も近いかもしれないのに――っ」


 文句を言いながらも、その手は荷台にくくられている猟銃へと這い上がっていく。自衛できなければ、こちらも危ないのだ。


 キャラバンの位置は茂みの下からではよくわからない。


 だが、キャラバンを守る傭兵たちが抵抗しているのは銃声の数や怒号からもわかった。それに、茂みの中で銃口から吹き出しただろう閃光が確認できる。


 しかし、一気に逃げ出そうという感じはしなかった。それもそのはずキャラバンの商人たち全員が荷馬車に乗っているのではないのだ。馬たちを引っ張っていく馬丁とて銃声で混乱する馬をなだめるので必死なのだ。


「こんなところで……。どうしよう……」


 フォノは荷台から猟銃を強引に引っ張り込み、腰にしている巾着袋(オーモニエール)に手を伸ばして中にある弾丸の数を指先で確認する。それはつい習慣的にしてしまうものであった。


 瞬間、銃声に交じって男たちの野太い雄叫びが上がる。街道荒らしたちがキャラバンへと飛び込んでいったのだ。


 銃撃戦の比ではない人の悲鳴、気勢が静かな朝焼けの中に響き渡る。


「どうしよう……っ」


 フォノは人々の阿鼻叫喚に震える。歯の根が合わず、カチカチと嫌な音を立てて不快感だけがたまっていく。


 どうすればいい。何をすればいい。


 ぎゅっと猟銃を抱きしめる。身体をおしつぶす強固な触り心地と体温を奪っていく鉄の冷たさ。その存在感が少女の胸の内を燃え上がらせる。


「何のために、これを持ってきたのよっ!」


 フォノは自身を叱咤して猟銃を握りしめる。


 何もできないのが嫌で、少しでも力をつけたかったのではないか。そのために銃を手にしたのではないか。


 苦しむ人を助けるための、力ではないのか。


 瞬間、フォノは上体を丸めるようにして、茂みの中へと走り出す。体の震えはいつしかなくなっていた。彼女の耳は鋭敏に銃声の方角を聞き分け、その足は風のように駆けていく。


 静かな足運び、柔らかい風の流れは狩人の動きだ。


 そして、近くで真っ赤な光が膨らんだ。


「――っ」


 フォノは咄嗟に倒れこむようにして伏せた。


 服が汚れようと関係ない。自身も危険な位置にまでいるのだ。さらには、豪快に茂みをかき分ける音も耳に入っている。


「キャラバンが乗っ取られちゃう……。けど、人を撃てるの? わたしが……」


 フォノは喉の渇きに口元を苦しげに歪めながら、ゆっくりと跪く姿勢へと移行する。


 茂みから少し頭を出せば、街道では剣が朝日の光を吸って煌めいている。そして、膝から崩れ落ちるようにして倒れる人が見える。


 その光景から目をそらせば、暗い梢の合間をうごく人影が飛び込んでくる。その手に握る刃物が茂みからちらりと覗かせれば、朝日の光を反射させて光った。


 一気に畳みかける気か。キャラバンの傭兵たちも義理堅いようで、商人たちを裏切るようなそぶりを見せない。街道荒らしたちと激闘を繰り広げている。


「できるのっ!?」


 フォノは背筋が凍り付いて目を泳がせる。


 氷柱で胸を貫かれたかのような悪寒と息苦しさ。朝の澄んだ空気が淀んで感じられた。


「末端をねらえばーーっ」


 ぎらつく刃物の光が街道にでようとしている。


 キャラバンの方はまだ増援が来ることを察知していない。フォノにできるのは、少しでも街道荒らしをキャラバンの方向に近づけさせないことだ。


「手、肩――、足が見えれば――」


 フォノは冷たい汗を流しながらこわばった四肢で銃を構える。狙いは茂みからでようと腰を屈めている人影だ。


 その姿はのそのそと歩くイノシシのようにも見える。が、足運びは穏便で相手に悟られまいと細心の注意を払っている。銃声にまぎれて進む様は相当場数を踏んでいる証拠だ。


 だから、フォノにはその陰を獣とは思えなかった。思いこむこともかなわない。


 髪の根本から汗が噴き出して、頭巾の中が蒸れて仕方ない。


 気持ちが悪い。


「どこを、狙う?」


 フォノは混乱して自問する。


 中腰の姿勢だ。狩りの中なら確実に心臓を撃ち抜くように思考は働く。頭を狙って狙撃する時は一撃必中を要求されるときだ。


 その感覚で引き金を引くべきだ、と興奮する脳髄がささやく。


 だがしかし、指先は引き金を引くことをためらう。


「撃ちなさいよっ」


 フォノはひきつった喉で叱責する。


 耳は刃がすれる音を拾いあげる。目は瞬時に梢の中で動くものを捉える。彼女の感性は見事だ。その未熟さにはもったいない才能だ。


 彼女が逡巡している間にも、キャラバン側と街道荒らしの気勢が勢いを増していく。炎が燃え尽きる前の、一瞬の盛りのように。


「もう、時間が――」


 フォノはマズルフラッシュの数がまばらになったのを目と耳で感じ取る。震えが沸き立ち、今にもへたりこんでしまいそうだ。


 だが、変動は怒濤の蹄鉄の音とともにやってきた。


「茂みの中だ! ガベルたちは荷馬車を守れ。残りは俺に続け!」


 梢のざわめきを突き破る男の声にフォノはとっさにその方向に銃口を向ける。


 彼女の目に飛び込んだのは、軽装の鎧の輝きと馬上筒の閃光、そして、ヴァルミナ・ハトゥリアの勇ましい顔つきであった。


 先発の騎馬がキャラバンへと突進して、その鋭い槍で街道荒らしたちを蹴散らしていく。駿馬は感覚の狭くなった道にもかかわらず勇敢に突き進み、キャラバンの縦隊を先頭か最後尾まで駆け抜けていった。


 ヴァルミナたちは颯爽と馬から降りると馬上筒を手に茂みの中へ牽制射撃。


「うわっ」


 フォノは頭を下げて、どこに飛んでいくかもわからない弾丸から身を守る。


 茂みの中でうめき声が上がる。倒れていく人の重みで枝葉が派手な音を立てる。


 街道荒らしたちも木々を盾にしてやり過ごす。進行速度が一気に弱まった。


「キャラバンを移動させろ。慌てるなよ」


 騎士団のヴァルミナは叫びながら、剣を引き抜いて暗がりの茂みへと果敢に入っていく。草陰に入るようなそぶりはない。剣を構え、馬上筒を定めて進む。こちらを狙えとばかりに茂みを踏み倒していく。


「あの人――、狙われてるのに」


 フォノは騎士団の牽制射撃をかいくぐりながら、ヴァルミナの動きと木々の陰に隠れる人影とを見比べる。


 この状況はまずい。


 フォノは汗の滲んだ手で猟銃を握りしめると、茂みから銃身を突き出す。


 狙うはヴァルミナを狙う一人。距離は五〇メートルとない。彼も騎士をしとめるために可能な限り距離を縮めさせている。


「落ち着いて……」


 フォノは茂みをかすめる銃弾に肩を揺らしたが、すぐに大きく息を吸って集中力を高める。


 彼女の銃身のブレがぴたりと止まると、迷うことなく引き金が引かれた。


 ドッと肩に当てている銃床から鈍い衝撃がきた。銃身が跳ね上がった。


 そして、彼女の放った弾丸はヴァルミナの視界を横切り、タイミングを伺っていた街道荒らしが身を隠す木を穿った。


 互いの緊張が一気に振り切れる。


 街道荒らしが脅かされたように木の陰から飛び出す。


 対して、ヴァルミナは冷静に身を低くしてその男へと突進する。街道荒らしが引き金を引くよりも早く、騎士の強烈な体当たりが胴体を押し倒した。


 フォノはいつも以上に痺れる肩に顔をしかめながら、硝煙の向こうで輝いた剣に目を見張った。


 ヴァルミナが剣を降りおろした瞬間、何かが茂みの中で一瞬暴れた。少女がその何かを直視しなかっただけ、幸福といえただろう。


「うっ――」


 しかし、想像するのはたやすい。


 フォノは口元を押さえて、その場にうずくまる。細い喉からこみ上げてくるものを必死にこらえる。


 その間にも、雑木林をかき分ける音がいっそうざわめき立つ。


「退け! 退けぇ!」


 野太い声が森林の中にとどろく。


 街道荒らしたちは撤退指令に素直に従って森の奥深くへと撤退していった。銃弾だってバカにならない。銃声は騎士団の脅しの空砲ばかりが響きわたる。


「深い追い無用! キャラバンの護衛に回れ」


 その中でヴァルミナが頬についた返り血を手甲で拭いつつ、立ち上がった。


 茂みをかき分けて追撃をしていた部下たちは警戒しつつ、街道の方へと戻っていく。


 ヴァルミナは隊の動きと街道を進むキャラバンの進行速度をみると、血に濡れた剣を払って鞘に収める。


「確かこっちか……」


 そして、彼は足下で横たわる男など見向きもせず、ある方向に顔を向ける。


 それはフォノが射撃した方角だ。


 彼はまっすぐにフォノの元へと歩み寄る。


 一方フォノはその足音を気にしている心の余裕はなかった。


「……?」


 ヴァルミナにしてみれば、近づけば近づくほど嗚咽に聞こえるフォノのえづく声に首を傾げる。


 そして、茂みをそっとかき分けてみると赤い頭巾をした少女が猟銃を抱えてうずくまっているのを発見した。


「こいつは、驚いたな」


 口ではおどけていても、ヴァルミナの心中は感心できることはできなかった。


 その少女が顔を上げて潤んだ瞳を向けてくればなおのことである。白く青ざめた顔は怯えて憔悴しきっていた。


「こっちにおいで。もう怖くないぞ」


 ヴァルミナは優しい声音でフォノにそういった。

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