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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十四章
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~誠実~ 朝日を浴びて

 アルプス山脈を地平線にとらえた〔エクセンプラール〕は、朝露を吸った森林の中に潜んでいた。白んだ幻影のような稜線はおぼろげですぐにも朝の空気の中に溶けていってしまいそうだ。


「この辺でいいかな……」


 (マサキ)は〔アル・ガイア〕を操縦しながら、森林の中の開けた土地を見渡す。操縦しているのは彼女一人だけだが、簡単な移動や機能の行使には三人乗る必要はないのだ。右腕部を地面につけて、機体はゆっくりと跪く姿勢を取る。


「修復、開始」


 (マサキ)は操縦桿にあるコンソールスイッチを押してつぶやいた。


 すると、〔アル・ガイア〕の右腕部に備わっている機能が作動。見る見るうちに地面を液状化させて、その範囲を広げていく。波紋が広がるように右腕部を中心に円形に地面が液状化し、中心部が深く沈んでいく。


 泥沼化していく地面で水の煮える音がこだまし、操縦席にいる(マサキ)は深みにはまっていく〔アル・ガイア〕の状態を確認する。立てている膝が泥につかるところだ。


 周りでも広がった液状化にともない、森林が根元から倒れる。朝から盛大泥しぶきをあげ、森の動物たちは一斉に逃げ出していく。


「朝からごめんね。後は発生する振動を一定方向に限定させて、カタナを使えば――、と」


 (マサキ)は操縦桿とコンソールスイッチを操作しながら、一人動物たちへの謝罪の言葉を入れる。


 ゆっくりと沈んでいる〔アル・ガイア〕はサイド・ラックにある鞘を反転させると、カタナをパイルのようにして地面に突き刺す。その刀身が右腕部の振動と共振して、泥をさらに分解して振動の指向性を高めていく。


〔アル・ガイア〕の周りからは湯気が沸き立ち、泥が沈殿し水が表層に浮かび上がっていく。


「これで必要な液体金属は吸収できるけど――。以前はこんなことできなかったのに、知らないうちに機能拡張してるなんて」


 (マサキ)はあくびをかみ殺して目に浮かんだ涙を指先で払うと、左右に浮かんでいる立体スクリーンに目を走らせる。


 表示されている立体モニタの情報量が以前よりも増えている。右腕部の機能がカタナの流体金属と共振して相乗効果を発揮できると知ったのはここ最近のことだ。


 まるで眠っていた記憶がよみがえったかのように。


「ううん。そもそもこの子はいろんなことを記録しているんだ。何かのショックで思い出すってことも……、ありえるのかも?」


 (マサキ)は自分に言い聞かせるように言いながらも、猜疑心をただ深めるだけであった。


 機体そのものが一つの巨大なデータバンクとして機能して、さらに戦闘をする兵器として運用され、加えて歴史の断片を保有している。


「誰が何のために作ったのか。ますますわからなくなる」


 (マサキ)は〔アル・ガイア〕に搭乗している者として、いつもその疑問と対峙しなければならなった。根を詰めて解が得られるものではない。しかし、〔アル・ガイア〕の証明には引き付けられるものがある。


「この子、意志があるみたいで……、なんだか……」


 (マサキ)はシートにもたれて、薄い空色を見上げた。マフラーに隠れた唇は小さく震えるも、その先の言葉は声にできなかった。してはいけないのだ、とも少女は心のうちに命じた。


 戦うたびに思わされる。


 機械は明確な理由をもって生まれてくるものだ。どんなものであれ、人が製造したのであるなら、そこには運用思想や目的があるはずだ。


 機械には不明瞭な目的などあるはずがないのだ。目的が無ければ生まれる理由もないからだ。


 そこでふと(マサキ)は思った。


「わたしはどうして生まれてきたのだろう?」


 自己の存在証明などはいつ決まるのか。


 十四歳の少女は稚拙な知識を総動員して思考する。機械的に自分が生まれた理由を自分の中に探し求める。だが、頭は熱を持ち、脳髄に響き渡る頭痛を引き起こすばかりで答えなど出せるはずもなかった。


「ダメだー。全然わからない」


 一人頭をかきむしる(マサキ)は嫌なことを思い出す。


「あのヴァイスとかいう奴に聞くしかないのかなぁ……。でも、嫌だなぁ」


 プロヴィランで遭遇したターバンの男、ヴァイス。


〔アル・ガイア〕の秘密を知り、今もどこかで暗躍しているだろう要注意人物。しかし、どこにいるのかわからない。


「あの人、戦いが好きそうだもんなぁ」


 (マサキ)は頭を抱え込みながらつぶやく。


 ヴァイスは修道騎士団やフライハイトの事情に精通している節があった。そして、二つの組織を〔アル・ガイア〕にぶつけてその捕縛を確固たるものにしようとしている。


 その意図を考えたとき、自分たちの想像力はひどく乏しく感じた。


 (マサキ)の瞳に映る目覚めたばかりの青空にはまだ星が輝いている。名残惜しそうに、その輝きは一層煌びやかに見えた。


〔アル・ガイア〕の修復作業などは、あとは機体自身が進めることで(マサキ)にすることはない。


 ぼんやりとしているとアラームメッセージが受信される。表示されたのは、フォノからの通信である。しかも機体が表示する彼女の現在位置はすぐそばであった。


 (マサキ)はむすっとした顔をして無線を開いた。


「おはよう。何かよう?」

「出かけてくるから」


 フォノの険のある声に(マサキ)はシートにもたれていた体を起こして、モニタを見回す。


 そして、左手の森林にバイン・アウトーに跨る人影を見つける。崩れていく樹木から遠ざかりながら、泥沼化した地面のふちで足踏みをしている。


「勝手にしてよ。あたしは教会のお祈りなんていかないんだからね」

「そんな言い方をする」


 (マサキ)は湯気の向こうに立つバイン・アウトーを見つめて、搭乗しているフォノを睨み付ける。


「修道騎士団領だから行きたくないんでしょう?」


 フォノの逆なでする言葉に、(マサキ)も眉間にしわを寄せる。


「あたしたちの立場わかってる? お尋ね者だよ?」

「失敗はしないわ。いつもいつも無茶ばっかりしてこの子に助けてもらってるあなたとは違うわ」


 フォノの皮肉たっぷりのいいように(マサキ)はカチンときた。


 ハッチを解放して勢いよく這い出ると、〔アル・ガイア〕の頭部に立った。そして、出っ張った胸部の曲線と重なりかけているバイン・アウトーを見下ろす。


「自信満々で何さ! 嫌味を言いたいがために来たの?」


 (マサキ)の声が沸騰する泥沼の鈍い音を切り裂いて、朝の森に響き渡る。


 今度はフォノが堪忍袋の緒が切れて、〔アル・ガイア〕の頭部にあるブレードアンテナと並ぶ小さな影を睨み付ける。


「そっちが喧嘩腰だからでしょう? もう勝手させてもらうからっ」

「どうぞご自由に」


 フォノは〔アル・ガイア〕から視線を外すと、バイン・アウトーのスロットルをひねって発進させる。


 (マサキ)もイライラしたまま操縦席へと引っ込んだ。


 幼いころより一緒であったがために、互いの思いやりが時に大きく裏返ってしまう。そのことを頭で理解できても、少女たちの心はいまだ相手を許せるほど寛容ではなかった。


                *     *     *


 その日もまた雄鶏の甲高い鳴き声が響き渡る。いつものように平穏で安心できる生活が幕を開けるのだ。


 その町は足を失い、動くことを忘れたバイン・シフ〔第十八目の城アハツェーント・ブルク〕を中心として生まれた領地である。護衛艦である〔ガング〕も力強く生きる蔦に足を取られて、ぽつぽつと佇む砲台となっていた。


 第十八聖騎士団が取り仕切るこの土地は長く、平穏な日々が続いていた。土着した騎士たち、流れてきた人々は互いに開墾をして十数年の年月を経て領地としての利権を獲得した稀有な町だ。


 ザッザッザッ……。


 町の人々は早く起きて、仕事を始めている。秋の冷たい空気の中で、農夫は鶏や牛たちを放牧地へと誘導し、女性は家事に勤しみ、子どもたちは水くみや干草を崩して納屋へと運んでいく。


 ザッザッザッ……。


 白い息を吐き、居城から町の外へと続く大通り。


 その道を修道騎士たちが行列を組んで下っていく。


 鷲と十字架をかたどった旗を掲げて、鎧に身を包んだ騎士たち。彼らは四脚式のバイン・アウトーや馬にまたがって悠々と朝の領民たちの様子を見ながら寒さに顔をこわばらせていた。


 ただ一人、通行人たちが恭しく首を垂れるのを笑顔で答える男がいた。


「気にするな。仕事に精を出してくれ」


 男は実に伊達男で、意気揚々と答える。


 ウェーブの入った硬い髪や整った眉、顎髭は色艶があった。騎士の清潔さというよりは野性味のある風体であったが、この伊達男にかかれば騎士の雄姿ともてはやされる。馬にまたがる姿はまさに英雄、と詩人も歌うだろう。


 それもそのはず、この男、ヴァルミナ・ハトゥリアは何を隠そう第十八聖騎士であるのだから。


「また街道荒らしですかい?」


 表に出てきた老人が問う。


「それを防ぐための警邏だ。今日はキャラバンが来る日だからな」


 ヴァルミナは老人にそういって、自信満々の笑みを見せる。彼にすればいつもの日課。街道荒らしがこの辺りをうろつくようになっては生活もできなくなってしまう。


「無事であることを祈ってくれ」


 ヴァルミナはわざわざ表に出てきてくれる領民たちに大手を振って答える。その姿はレッドカーペットを歩く俳優のような輝かしさがあった。


 そんな華やかな一団に、軽装の騎士が脇道から現れてヴァルミナの乗る馬の横についた。馬は横から現れた存在に不機嫌そうに頭を振るが、乗り手のヴァルミナに諌められる。


「何だ?」


 ヴァルミナは軽装の騎士を一目見るなり、声量を抑えて問いかけた。


「聖騎士様、こちら枢機卿より」


 軽装の騎士は布袋から書簡を取り出すと、ヴァルミナに渡した。


「本部のジジイども、か」

「例の黒いアーデル・ヴァッヘの討伐命令が下されました。こちらに接近しているとの情報です」


 軽装の騎士は早口に言う。


 書状などは単なる命令実行を認める保証書に過ぎない。詳しい内容は使者の口から離されるのが普通だ。


 ヴァルミナは眉をひそめて、口をゆがめる。


「了解した。城に行け。そこで褒美と休息を取ってくれ」


 伊達男は不承不承ながら書状を見もせずに腰のポーチに詰め込み、手を払った。


 軽装の騎士は一団から離れて、深々と頭を下げる。


「まったく、面倒だ……」


 ヴァルミナはそうつぶやき、正面に向きなおる。


 正面には小さな森。枝葉が盛り上がって、林道には馬車のわだちが残っている。


 先頭のバイン・アウトーが速度を速めた。続く馬も歩調を速めて軽快に動く。ヴァルミナの馬も白い息を吐きながら、鎌首もたげて早足になる。その上下振動が大きくなると、大の男の体が弾む。


 そして、騎士の一団は領内に点々とする森林のパトロールに出かける。


 木々の合間をすり抜ける朝日を浴びる行列は回転のぞき絵(ゾエトロープ)のような幻想的な描画を連想させる。その規則正しい動きは修道騎士団の熟練度の高さを物語っていた。

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