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第六話『 お姫さま、おそろし谷をくだるのまき、した 』

 この作品は、舞さんのホームページ、Arcadiaにも投稿しております。

 http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=21573&n=0&count=1




 最初の目印は、怒りんぼう岩でした。

これは普通の人にとっては馬車ぐらい、小さなお姫さまにとっては家ほどもある岩で、大きな裂け目のある岩肌は、怒ったときのお母さまのしかめっ面にそっくりです、。

 二つ目の目印は、ひょうたん池。

 その名の通り、ひょうたんみたいな形をした池で、のぞき込むと澄んだ水の底で、お猿みたいな顔をした人面魚たちがこちらを見つめ返してきます。

 三つ目の目印が、カエル石、これは……。


「さっきからきょろきょろ、何をやっとるんじゃい?」隣を走っていた小人が、お姫さまに声をかけました。

「あたしのお父さまが言うにはね。冒険で大事なのは行きより帰り、どこへ行っても何をしても、ちゃんとお家に戻れるのが良い冒険家なんだって。だから、こうして目印になりそうなものに名前を付けて覚えているの。それにね……」あたりを見回しながら、お姫さまが言いました。

「それに?」

「気のせいなのかな、何か変な気配がするのよ」


 オパーレはその虹色の眼で、じぃぃっとカエル石を見つめました。

 三つ目の目印になったこの石は、ガマガエルに似たごつごつした石で、親カエルの上に子ガエル、子ガエルの上は孫ガエル。

 そして、孫ガエルの上には本当のカエルが乗って、ゲコゲコ鳴いておりました。

 

 お姫さまはおちびですが、お城にいた頃から、にらめっこで負けたことはありません。

 その目つきがあんまり鋭いものだから、見つめられるうちに、石のカエルたちはバツがわるそうに体を縮め、本物のカエルは背中を向けると、どこかへ逃げてしまいました。

 オパーレは再び視線を前に向け、走り始めました。

 

 これで納得したわけではありませんが、こんなところに長居をするわけにもいきません。

 怪物との約束は明日の夜、そう、ときは一刻を争うのです!


 お姫様の手に持つ松明の明かりが、飛んだり跳ねたり、蛍の光みたいな小さなオレンジ色の点になったころ……。

 子ガエルの上の孫ガエルがやおらに立ち上がるや、地面に跳び下りました。

 月の明かりをてらてら反射する油っこい毛皮、意地悪そうな黄色いどんぐり眼。

 なんと、石のカエルに化けていたのは、ガマガエルよりも不細工な化け猫だったのです!

 

「やれやれ、なんて目つきをした女の子だろうね! もうちょっと睨まれていたら、飛びあがって、ばれちまうところだったぜ。まったく親の顔が見てみたいよ」


 お姫さまの視線に刺された毛皮が、まだちくちくします。

 性悪猫は、後ろ足で背中をばりばり掻くと、音もなく二人のあとを追いかけました。




■ ■ ■




 さて、カエル石から、しばらく走ったところに『ふさふさ将軍のお髭』とオパーレが名付けた場所がありました。

 これは普通の男の人の腰ほどの高さの草むらですが、小さな女の子と小人にとっては、ジャングルも同然でした。

 鉄のように固くて黒くてがんこな草たちを、龍の鱗のナイフでざくざく切りながら、二人は住んでいきます。


「ねえ、いつになったら、『月酔草』のところに着くの?」お姫さまが、隣を歩く小人に文句を言いました。

「もうすぐじゃよ」

「もうすぐっていつよ」

「あと三つ数えたぐらいかのう? 一つ、二つ、三つの……ほうれ着いたわい」


 気づけば、二人は奇妙な場所に足を踏み込んでいました。

 そこは草原の中に空いた広場のようなところで、お母さまがいつも舞踏会を開く、お城の大広間ほどもある原っぱには、草はおろか苔すら生えていませんでした。

 そして、月明かりに白く照らされ舞踏場の真ん中に、花の女王が立っていました。


 色黒の召使いたちに囲まれながら、女王はたおやかにその顔を空に向けておりました。

 葉と茎は月から剥がれおちたような透き通った白、星明かりにはえる花は、玻璃のように色と言うけがれを知りません。

 ワイングラスのような花弁の中に、銀色に輝く蜜がまんまんと湛えられておりました。

 風が少し花の盃を揺らすたびに、頭の中が痺れそうなほど甘い香りが漂ってきます。


 これぞ、探し求めていた『月酔草』に違いありません!

 お姫さまは、大喜びで花のもとへ走りよりました。

 ところが、透き通った茎にナイフを当てた瞬間、指を止めて


「あのさ……この花って、ずっとここに生えていたのよね?」躊躇いがちに聞きました。

「わしの知る限り、このお嬢さんがこの地に降りてから、数千年は経つはずじゃのう」

「私がこの花を摘んだから、何か悪いことが起きたりしないかな?」

「ほう、こりゃ驚いた! 龍も恐れるオパーレ姫が、後先のことを考えてとるぞ!」

「もう、まぜっかえさないで!」お姫さまは白いほっぺをぷーと膨らませます。「はやく何が起こるの教えてよ」

「わしはお前さんをほめたんじゃよ。あの火の玉みたいなおちびさんが、いやはや大した進歩じゃわい」小人はにやにやしながら、言いました。「そうじゃのう……悲しいことも起こるし、喜ばしいことも起こるじゃろう。悲しいと言うのは、こういうことじゃ。この花が長いこと、この地に根を下ろし、蜜の香気は多くのあやかしを育んできた。力の源たる『月酔草』がなくなれば、妖怪たちは次第に力を失い、少しばかり賢くて強い動物たちに戻っていくじゃろ。それが、このあたりのお百姓さん達にとって、どれほど喜ばしいか、あとは考えなくてもわかるじゃろ?」

「つまり、私たちにとって、都合の悪いことは何も起きないのね!」


 ちょっと力を込めただけで、ナイフは何の抵抗もなく茎を通り過ぎました。

 『月酔草』は、まるでずっと待っていたかのように、オパーレの手の中に収まりました。

 



 ◆  ◆  ◆




 夜の恐ろし谷を小さな流れ星が走っていました。

 先頭を行くのは、ランプみたいに『月酔草』の花をかかげたお姫さま。

 銀の光の筋を引きながら、手まりのように、ぽんぽんと大地の上を弾んでいきます。

 その後ろに続くのは、両手に松明をかかげた、年寄りの小人。

 えっさおいっさと走るたびに、ふっくらしたお腹がたぷたぷと弾みます。


「ひふぅ、ひっひふふぅ」と小人が喘ぎます。「なあ、お姫さまや、もう少しスピードを落としたらどうじゃ? わしゃ、今夜一晩で一生分走った気がするぞ」

「だめよ!」オパーレは即答しました。「妖怪たちが戻ってくる前に、恐ろし谷を出るのよ。ほら、もうちょっと頑張って、この谷を出たら、花の蜜を飲ましてあげるから……」


 口では慎重なことを言いながらも、このときのお姫さまはちょっとのぼせていました。

 物事があまり順調に進み過ぎて、警戒心を失っていました。

 月の花の光に目を奪われたせいで、後ろから忍び寄る気配に気づかなかったのです。

 ところが、カエル石を急ぎ足で通り過ぎ、ひょうたん池の端っこに差しかかった、その時……。


『気をつけろよ、おちびさん……誰かがお前らのあとをつけているぜ』


 身も心も浮かれていたお姫さまの耳元に、夜風がささやきかけました。

 ちらっと、鏡のような池の水面に目を走らせた途端、冷たい驚きが、おのぼり気分を跡形もなく吹き飛ばしました。

 なんと、黄色い目を見開き、火のように真っ赤な口を開けた黒い影が、じわじわと背後から近寄ってくるではありませんか!

 お姫さまはできるだけ声を潜めて、後ろの小人に話しかけました。


「ねえ、誰か、あたしたちのあとをつけているわっ!」

「ああ、そいつの生暖かい息が、わしの首筋にあたっとる。おお、なんと言うことじゃ、こいつは間違いなく歯を磨いとらん!」


 お城にある家畜小屋の空気を何倍も濃縮したような匂いが、どんどん近づいています。

 胸の中で心臓が痛いほど震えて、頭の中にどんどん血が上ってくるのを感じました。


 このまま、一気にスピードを上げて逃げるべきなのでしょうか?

 いいえ、駄目です。

 弱みと背中を見せた時こそ、ケダモノはいっきに襲いかかってくるものなのです。

 

 ならば、足を止めて、小人と一緒に戦うべきなのでしょうか?

 いいえ、駄目です。

 それでは、後ろでぱっくり開いている口の中に、自分で飛びこむようなものです。

 

 ……なら、どうすれば良いのか。

 

 「ちょっと、これを持ってて」オパーレは手に持っていた花を小人に手渡しました。

 「わかった! あのドラ猫に、目に物を見せてやるんじゃな?」

 「いいえ、あの可愛いねこちゃんに、たっぷりごちそうしてあげるのよ」

  ぶっそうな笑顔を浮かべながら、背中のリュックを下ろしました。

 



 ◆  ◆  ◆




 さて、そのころ、化け猫はそろそろ我慢の限界を迎えようとしていました。

 晩ご飯を抜いたせいで、お腹と背中がくっつきそうですし、お姫さまの甘いにおいが、さっきから食欲をくすぐり続けているのです。

 そして、化け猫を誘うように揺れる、あの蜜の白い光……。

 

 百年に一度、花開くと言う『月酔草』。

 『おそろし谷』のあやかしたちの力の源であり、命そのものである魔法の花。

 それ故、谷の長老たちは、恐ろしく、力の強い妖怪たちを護衛にたて、昼夜を問わず、この花を護り続けてきました。

 

 ところが今夜、その護衛らは逃げ出し、宝の花は盗み出され……。

 お姫さまと一緒に、無防備に化け猫の目の前を走っているではありませんか!

 もう、カモネギどころの話ではありません。

 豚と牛が野菜を背負い、料理人を連れてやってきたようなものです。

 そして、料理人の手には、デザートの皿と王冠が乗っているのです。

 

 そう、『月酔草』の蜜を独占できれば、王さまになることだって夢ではありません。

 『おそろし谷』の主、妖怪の王……なんと良い響きでしょうか!

 今まで、化け猫を馬鹿にしてきた仲間たちも、彼を恐れ敬うようになるでしょう。

 いよいよ、獲物に跳びかかろうと、化け猫が下半身に力を蓄え始めた、その時でした。

 

 先を走るお姫さま達の方から、何かがこちらに飛んできました。

 それは月の光を白く反射しながら、化け猫の足元に落ちて砕け散り、飴色のどろっとした液体を撒き散らしました。

 

 用心深い年寄り猫は、その液体をよけて、お姫さま達の後を追いかけようとしました。

 ところが、不思議な液体のそばを通った途端、香ばしい匂いが鼻の穴から頭の中に入り込み、化け猫の注意を根こそぎ引きつけました。

 ためしに舐めてみると、何とも言えない美味しさが舌の上に広がるではありませんか。


 それもそのはず。

 化け猫は知らない事でしたが、オパーレが投げたのは、松明につけるための燃料。

 お父さまが可愛いお姫さまのために取り寄せた、最高級のクジラの脂だったのです。

 

 この時、もうひとつ明るく光る物が、お姫さまの方から飛んできました。

 しかし、無我夢中で地面の油を舐めている猫は、そのことに気づきませんでした。

 それは、バチバチと燃える舌で空気を舐めながら、夜空を横切り、化け猫が頭を突っ込んでいる油だまりの中に落ちました。


「ぎにゃああああああああああああああああああっっっ!!!」


 続いて盛大な悲鳴が、夜の静寂を台無しにしました。

 松明を投げ込まれた油は、たちまち夜空を焦がす火柱となって、猫を呑み込んだのです。

 天国のてっぺんから、地獄の底に投げ落とされた化け猫は逃げ出しました。


 走る、走る。

 泣きながら目指すのは、ひょうたん池。

 逃げる、逃げる。

 でも、毛皮とひげを焦がす臭いからは逃げられない。

 ようやく見えてきた、鏡のように静かな水面。

 火花とくさい煙をまき散らしながら、いっきに飛びこみました。

 ――ぱっしゃんっ。

 

 そのまま一つ、二つ、三つに四つ……。

 三十を数えたぐらいのことでしょうか。

 突然の闖入者に驚いた、ひょうたん池の人面魚が様子を見に戻ってきた頃、池の水面を突き破って、化け猫が姿を現しました。

 水鏡に映った自分の姿を見て、思わずうなり声を洩らします。

 

「ち、ちくしょうぅ! あのおちびは悪魔か! なんて酷いことをしやがるぅ……」

 

 自慢のお髭はちりちり、焦げた毛皮は水を吸って何倍にも膨れ上がっております。

 黄色かった両目は血走り、怒りに燃え、今にも火を吹きそうです。

 池の水を掻きわけ掻きわけ、化け猫は猛然と、お姫さま達を追いかけ始めました。


 ところが、お姫さま達の後ろ姿が、うっすらと見え始めたころ……。

 またしても、何かが風を切って、こちらの方へ飛んできました。

 火だるまにされた恐怖の記憶が、怒りを圧倒しました。

 化け猫は、悲鳴を上げながら、走ってきた道を逃げ戻りました。

 

 ひょうたん池の中に跳び込み、水の底で伏せること数十秒。

 そろそろ息が続かなくなったときに、化け猫は気づきました。

 あれ、いくら待っても、爆音もしなければ、火柱も見えないぞ?

 

 用心しいしい、安全な池から抜け出しました。

 濡れた尻尾をずるずる引きずって、お姫さまが投げた謎の物体のところまで戻りました。

 それは遠目には、石のように見えました。

 しかし、油断はできません。

 

 そろりそろり忍び足。

 おっかなびっくり近寄って、よぉく見てみます。

 その物体の色はまるで石のようであり、匂いも石みたいで、味は石によく似ていて……。

 おお、これぞまさしく!


「ただの石じゃねーか!」

 

 化け猫が石を蹴り飛ばしました。

 あ、小指に当たりました。

 痛そう……。


「くぅ、うおおお、あ、あのちび、もうゆるさん! 絶対にとっ捕まえて、食ってやる!」


 どう考えても、自業自得ですが……。

 怒り心頭に達した化け猫に、そんな理屈は通じません。

 頭から、やかんのように湯気を吹き出しながら、またもお姫さま達の匂いを追いかけ始めます。




 ◆  ◆  ◆




 さて、場面変わって、こちらは『おそろし谷』脱出を目指す、お姫さま達。

 谷の入口まであと少しと言う所で、聞き覚えのある雄叫びが、後ろから迫ってきました。

 火やら石で、時間稼ぎをしたと言うのに……なんとしぶとい化け物なのでしょう。


「どうするんじゃ、おちびさん! このままじゃ、じきに追いつかれるぞい!」

「もっと速く走って、あとちょっとであそこに着くんだから!」

「あそこでどこじゃ!」

「あそこよ!」


 指差したその先にあったのは、一つめの目印、『怒りんぼう岩』。

 そのしかめっ面に走る、大きな亀裂をめざして、二人は走るペースを上げました。

 最初に跳び込んだのは、すばしっこくて小さなお姫さま。

 続いて、でっぷり太って、ノロマな小人が滑り込み。

 最後に、巨大な猫の前足が、亀裂の中に跳び込み、手当たり次第に引っかき回しました。


 オパーレは龍のナイフを取り出すと、躊躇いなくその刃を化け猫の前足に突き刺します。

 ズブリとナイフは根っこまで埋まり、甲高い泣き声がびりびり岩肌を振るわせました。

 暗い岩の中で、お姫さまはじっと外の様子に耳を凝らしました。

 すると……。


「ごろにゃん。ごろにゃん。ちっちゃなお姫さまやーい?」


 文字通りの猫撫で声が、聞こえてきました。

 あまりの甘ったるい声に、小人は吐きそうなしぐさをし、オパーレも顔をしかめました。


「出てきておくれよぅ、おいらといっしょに遊んでおくれよぅ」

「……うそつきっ!」お姫さまはナイフを振り回して言いました。「出て言った途端、私たちを食べるつもりなんでしょ?」

「とんでもないっ!」傷ついたように岩の外の声が言いました。「おいらぁ、悪い妖怪じゃないんだよ、お姫さまと遊びたかっただけなんだよぅ」

「じゃあ、なんで黙って、私たちの後を付け回したの?」

「驚かせたくなかったんだよ! この谷には、悪い妖怪がいっぱいいるだろ? おいらが、大声を挙げたら、そいつらに見つかっちまっただろ?」

「さっき、岩の中に手を突っ込んできたのは何?」

「それは……おいら、猫だから……逃げる者を見るとつい追いかけちまうっていうか……その……なあ、ここにお菓子があるんだけど、出てきて一緒に食べないか?」


 こんな言い訳に騙される奴がいたら、そいつの脳みそはクルミ並みの大きさでしょう。

 そして、この化け猫の脳みその大きさは、間違いなくクルミ以下です。

 だったら、こんなやつ、ちっとも怖くないわ。

 闇の中で、オパーレがにんまりと笑いを浮かべました。


「ごめんねぇ、猫ちゃん」相手の調子に合わせて言いました。「わたし、貴方のことを悪い妖怪だと思い込んでたみたい」

「いいさ。誰でも間違いはあるもんだ」

「わたし、あなたに酷いことしちゃったけど、怒ってない?」

「いやあ、こんなの平気だよ。まったく、ぜんぜん、すごーく怒ってないさ!」


 何かの感情を押し殺したような、物凄い歯ぎしりの音がしました。

 その音を聞きながら、お姫さまは、目にも止まらぬ速さで手を動かしました。

 リュックの中から食べかけのクッキーを取り出しました。

 小人の手から松明を受け取り、岩に押しつけて、火を消しました。

 そして、松明の先っちょにクッキーを突き刺したのです。


「じゃあ、今からそっち行くわねぇ」

「ああ、おいでおいで、今すぐ、こっちにおいで!」

「あ、でもちょっと待って」

「ど、どうしたんだい?」 

「わたしまだ、貴方のことが怖いの。入口の所から十歩離れてくださる?」

「それぐらいお安御用だとも!」


 その場で、どしどし足踏みをしている音が聞こえてきました。

 お姫さまは、クッキーの上に怪物のガテガミで作ったかつらを被せました。

 『月酔草』の花を傾けると、白く輝く蜜がタテガミの隅々にまで滴り、オパーレの髪の毛そっくりの色に染め上げました。

 クッキーをひっくり返し、人間でいえば顔のところに隠し味。

 魔法使いからもらった、どんな魔法で溶かす混沌の水を一滴たらしました。


「もういいかーい?」外から、じれったそうな声が聞こえます。

「ごめんなさい。やっぱりちょっと待ってちょうだい」

「今度は、いったいどうした!」

「お外がまだ怖いの。五つ数えたら、出ていくから、それまで待っていてくださる?」

「待つ! 待つとも、だから早く出ておいで!」


 クッキーと松明で出来たをカカシを抱えながら、お姫さまは数をかぞえました。

 一つ、二つ、三つ、四つ……。

 五つ数えるのを待たずに、カカシの頭を稲妻のような勢いで、外に突き出しました。


 待ち構えていた化け猫は、不意を突かれて大混乱。

 白く光る頭が見えた瞬間、何も考えずに、ぱっくりとそれをくわえ込みました。

 その途端、口の中に広がる、極上の甘み。

 しかし、天上の美味を味わう間もなく、凄まじい吐き気が化け猫を襲いました。


 耐えきれずに口を開けば、真っ黒な煙が噴水のような勢いで飛びだしました。

 口を塞ぐと、煙は耳から噴き出しました。

 耳に指を突っ込めば、今度は鼻から煙が出てきます。

 鼻をつまめば、また口から……。


 あとはもう、穴の開いた風船も同然でした。

 体中から煙を吐き出し、転がり、しぼみながら、化け猫はその場から姿を消しました。

 そして、黒い煙、化け猫の力の源であった、妖気も風に吹かれて散った後、虹色に輝く小さな頭が岩の亀裂から、ちょこんと顔をのぞかせました。


「……あたし、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」お姫さまが首を傾げました。

「あいつはお前さんを食べようとしたんじゃぞ?」小人は鼻を鳴らしました。「こう言うのは、自業自得と言うのじゃ」

「それもそうね!」


 オパーレは新鮮な外の空気を胸一杯に吸って、空を見上げました。

 二人の頭上に浮かぶのは、星の侍女たちを率いて、夜を渡るお月さま。

 明日には約束通り、あの優しいお顔を怪物に拝ませてやることができそうです。

 お姫さまは『月酔草』の花を高く掲げながら、怪物の森に向かって、足を踏み出しました。




 ◆  ◆  ◆




 こうしてお姫さま達は、戻る者なし、と言われた『おそろし谷』を無事、脱出しました。

 さてこのとき、化け猫はどうなったのでしょう?

 文字通り、お姫さまに一杯喰わされた老いぼれ妖怪は、妖気を吐き出しながら、何分も『おそろし谷』を転がりまわりました。

 

 ようやく止まったころには、全身ボロボロ、手足はヨボヨボ。

 妖気の抜き切った体は、まるで何百年も年取ったように、力が入りません。

 しかし、お姫さま達への恨みだけは、衰えるどころか、ますます激しく燃え盛りました。


『ちくしょう、あのちび姫、絶対に、絶対に許さんぞっ! こうなったら、仲間たちに言いつけて、仕返しをしてもらうぞ』


 痛む腰を引きずりながら、他の妖怪たちを探しました。

 そして、谷の隅っこにある狭い洞窟の中で、ぎゅうぎゅう詰めになって隠れている仲間たちを見つけました。

 化け猫は洞窟の中に跳び込むや、前足を振り回して、龍も怪物もどこにもいないこと、盗人が『月酔草』を盗み出したことをわめき立てました。

 

 ところが、化け猫がいくら演説を打っても、妖怪たちは不思議な顔でこちらを見つめるばかり。

 そのうち、化け猫も何かがおかしいことに気づきました。

 そうです。妖気の全てを吐きだした今、彼は力も言葉も失い、ただの年よりのヤマネコになってしまったのです。

 じりじりと後ずさるヤマネコを見ながら、妖怪の一匹が笑いました。


「おい見ろ、兄弟。酒のつまみがやってきたぜ」

「ああ、こいつはありがてえ。ちょっと肉は固いだろうが、贅沢いうめえ」


 そして妖怪たちは、逃げるヤマネコを捕まえ、みんなで仲良く食べてしまいました。


 

 


実に久しぶりの更新……。

あまりの申し訳なさに目眩がしてきます。

もう、余計な言いわけはいたしません。

なるべく、早く、なおかつお喜び頂けるように、完結をめざします。


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