プロローグ
優れた悪役とはなにか。
「第一王子、ギルバルト・フォン・エリザベルクが告ぐ。
ヴィクトール・グレーツェル……高貴なる臣民に極めて残忍な拷問を繰り返し、此度の大虐殺を扇動して王都を血に染め上げた、お前の罪は、重い。
……。
──今、ここに!
貴殿とシュディ・キルフェンツ公爵令嬢の婚約を破棄し、市民権剥奪及び国外追放を宣告する!」
ハッピーエンドの舞台装置であるヴィランに求められるものとは。
指ふりひとつで世を動かす権力?
凡愚を従わせるカリスマ?
目的のために全てを踏み躙る覚悟?
誰とも相容れぬ信念?
──否。
「マルク兄さま。あなたも、あなたも私を……。
……いえ、ええ、すべては過ぎたこと。
殺しませんよ。終わらせるものですか、愚か者。
我らの家を、あなたを汚した吸血鬼どもは、一片残らず私が殺します。その日まで、あなたは……ああ。いらない舌と四肢を斬り飛ばしておきましょうか」
観衆の同情を誘う凄惨な過去も、読み手のヘイトを集める破綻した人格も、彼の演じる役には必要ない。
「国王陛下、本日はお日柄もよく。凱旋式の折、魔王討伐の褒賞になんでも申してみよ、とおっしゃいましたよね。不躾ながら、お願いがございます。
──彼の声を、聞きたいのです。
勇者たるもの生かす殺すは得意でも、そういった魔術には疎くて、いやはやお恥ずかしい。無茶をお願いする手前、今回は彼の首をお持ちいたしました。お預けすることはできませんが、なにか少しでもお役に立てればと。
……え? もちろん、死んでおりますよ。なにしろ私がこの手で首を刎ねましたから。
それにしても、おかしなことをおっしゃる。魔王を殺していなければ、私は勇者などと呼ばれておりません。
で。
陛下。
私、彼の声を聞きたいのです。できますよね。
……できないんですか?」
優れた『悪』とは、人の皮を愛したバケモノであるべきだ。
その真の正体を知る者はおらず。幾万の言葉を交わそうと、その本質が揺らぐことはなく。
監禁されようが手足をもがれようが、死体の薬液漬けを連れ回されようが、真の意味で死ぬこともまた、ない。
とある物語の幕引きのあと。ケロリとした顔で、遠く離れた舞台に再び立っている。
そういうバケモノこそ、『悪』を演じるに相応しい。
「お前じゃない、お前じゃないの、死ぬのはお前じゃない!
なぜそこにいるの!?どうして答えないの!? お前なら、お前ならこんなもの、こんな……ッ!
いやっ、だ、誰か、火を──」
今宵も舞台の幕が上がり、下りてはまた上がる。
こんにちは、ヒーローの皆様方。
出来たてホヤホヤ、皆が笑顔になれるハッピーエンドをお届けしました。エンドロールは流れましたか?
これにて彼はお役御免、どうか末永くお元気で。
こんばんは、ヴィランの皆様方。
本来のバッドエンドですが……彼が台無しにしてしまったようで。こちら、お詫びのハッピーエンドとなります。お気に召しましたか?
これにて彼はお役御免、どうか末永くお幸せに。
人類の善悪など、バケモノにとってはどちらも不可解で等しく好ましいものなのかもしれない。
つまりはヒーローもヴィランも、大差ない。
脆く愉快な人類諸君。君らに、巨悪の役は似合わない!
青年はバケモノだ。どれほど人間らしく見えたとて、勘違いにはご注意を。
彼は鼻歌交じりに脚本を書き、アドリブまみれのダンスホールで死ぬまで踊り狂う。
魔女との契約が終わるその日まで。
これより記すは、バケモノの、バケモノによる、バケモノのためだけの悪役譚。
そして。
ハッピーエンドに踊らされたヒーローヴィランらが紡ぐ、世にも奇妙な復讐譚でもある。




