前文明の痕跡③
「おいおい、そんな所通ろうってか……」
先に一人の少女と一匹が平然と進んでいく。
前日にパンサーから聞いた情報を元に再度下層に向かった。
そこから先、示されたのは大きく口を開けて水を飲み込む建物の亀裂。
その先に広がる地層の裂け目を通っていこうとしていた。
横幅は人一人は余裕に通れそうなぐらいだ。
アイラが光を照らしてみても水を飲み込む亀裂の深さが分からない。
試しにそこらに落ちていた小さな瓦礫を落としてみたがずっと壁に当たる音がしながら落ちていく。
落ちたら助からない。それだけは理解できた。
だが、そんなことを気にしないアイラとパンサーは壁面にある小さな凹凸を伝って平然と進もうとする。
現にすでに少し進んで早く来いと急かしてくる。
パンサーに荷物を預けているから身軽ではあるんだけど……
「早くしないと置いていくよ?」
「アスク殿も早く」
「いやいや、俺は人間だって! せめて命綱ぐらいはほしいんだけど?!」
釣竿に使っていた糸があるだろうと提案したが、アイラは首を振って拒否していた。
なんせその理由が、釣りに使えなくなったら困るから。だそうだ。
一応ほかに解決できる方法がないか考えてはくれているようだ。
「私が背負っていこうか?たぶんアスクを担いで進むことはできると思うよ」
とはいえかなり不安である。
アスクも負けじと考えた結果、前に聞いたアイラの能力が使えない条件を思い出す。
「あれ?この建物には使えないって話だったけど、そっちは使えないのか?」
あ。とアイラは思い出したようだ。
「そっか、建物から出たもんね。なら家を建てたみたいにできるよね」
一人と一匹はアスクの戻ってきて試すことにした。
「とりあえず、足場があればいい?」
「そうだな、崩れないように頼む」
アスクの要望に頷くと、アイラは亀裂の断面に触れる。
すると亀裂を跨ぐように緩やかな登り斜面の足場ができていく。
先にアイラが乗って飛び跳ねたりして足場が抜けないことを確認していた。
かなりヒヤヒヤしたが、足場はビクともしてないようだった。
「先がどうなってるか分からないし、私が先頭に立って作りながら進むね」
「ああ、助かる」
アイラの後ろにパンサー、そして意を決して足を踏み出したアスクが続く。
どれだけ進んだのだろうか。
ひたすらに少しずつ上に進んでいる。だが、一向に陽の光が差し込まない。
出発したのは日が昇ってすぐ、朝には出発したはずだ。さすがに日が暮れたとは思えない。
上を見上げてもアイラの明かり以外一切見えない。
「パンサーよ、本当にこんな所から逃げ出したのか?」
パンサーがここから逃げ出した奴がいるとのことでここを進んでいる。
「如何せんあの部屋からは出れなかったからな。出ていった所は見たがそれ以上のことは分からない。生存できたのか、ただ落ちただけなのか」
「まぁ、そうだよなぁ」
アスクはその答えにため息を漏らす。
「だが、最終手段としてアイラ殿に、上部を空けて出ればよいのではないか?」
「確かに。こうして足場も作れるんだから上に近づいたらできるな!」
そう言ってパンサーを撫でてやる。
こいつ昨日のうちにアイラによって洗浄されていたことで、手触りが良くて触り心地が良い。
しかもアイラの枕になっていたし、かなり仲良くなっているようだ。
今日の食料を調達するため釣っている時も横に居座って眺めていた。
時たまその魚を分けてもらっていた。俺が魚を捌いている内に……
「内臓は取った方がうまいな」
とか言いながら、何回もアイラから受け取っていた。
気を取り直してアイラに上に出ることを伝える。まぁ後ろで話してたことだし聞こえているだろうけど。
「よし、アイラ!もう少し上に向けて進もう。 それで行き止まったら上に穴をあけて出れる様にしよう!」
ほぼほぼアイラだよりだが、現状ほかに手立てはない。
「いいけど、どこに出るか分からないよ?」
「このままここにいるよりは進展があるだろ? このまま進んでも何かあるようには思わんし……」
「分かった。そうするね」
そう言ってアイラは足場の作りを変えて、斜面ではなく階段の様にして角度を上げた。
しばらく進んでいると、アイラが周囲の変化に気づく。
「ん、壁の感じが変わった」
そう言われて壁を確認してみると、若干壁がボロボロと崩れるようになっていた。
かなり地表に近いことが分かった。
さらに進んでいくと、木の根が進むのを邪魔してくるようになる。
「だいぶ近いぞ!」
アスクは嬉しそうに声をあげる。
木の根を避けつつ根が少なそうな場所を探した。
「うん、この辺りなら大丈夫そう」
そう言ってアイラは亀裂の上部に穴をあけ、押し広げつつ足場とつなげる。
一足先にパンサーは外に出て周囲を確認しに行った。
問題ないとのことで二人は階段を上って地上に出る。
アスクは大きく伸びをして地上に出れたことを喜ぶ。
「やっと出れたぞ!いやぁ久々のこの感じいいね」
地下に閉じ込められてだいたい一週間。
空を見上げると陽が中天を越えたあたりだった。
「さて、中央はどっちだ?」
そうして見渡していると、何かが風を切って横切った。
ヒヤヒヤしながら横切った先を見てみると矢が刺さっている。
パンサーは警戒して唸り声をあげていた。
「また?!」
「私の後ろに!」
アイラが慌ててそう告げるとアスクとパンサーはそれに従いアイラの背に身を隠す。
まぁ、大きさ的にほとんど見えているわけだが、アイラが守りやすいのは確かだ。
「ウール!また邪魔しに来たの?!」
弓を構える彼はウールというらしい。
構えたまま木陰から現れた。
「そいつをかばうのか?! 前もそうやって助けてひどい扱いを受けたじゃないか!!」
アスクは誰かと勘違い―――いや、これは前にいた人間だろう。
そいつがアイラに対して何かやらかしたらしい。それで危険だからと俺を引き離そうとしている……と。
「ちょっとまて!俺のことも知らないでそんなことは止めろよな!」
そう反論しながらアイラの前に出る。
すぐに彼の足元に矢が刺さる。
「おあっ?!」
「あ?それじゃ遅いからこうやってるんだろうが! 仲良くなったふりは長いこといた方が効果があるからな!」
はぁ。前回の人間は何をしたんだよ……。そんなこと言われるって相当だぞ?
アスクは手をあげて無害を主張し、説得を試みる。
「あー分かった。分かったら弓を構えるのは止めてくれ。せめて俺について知ってからにしろ?な?」
とりあえず人柄を知ってもらわないと何も始まらない。だから聞く耳を持たない今の状態から脱したい。
「チッ、アイラ!一旦離れろ! 攻撃はしないから」
彼がアイラに向けてそう言っているが、アイラの視線は疑わし気に彼を見ている。
「あーもう!分かったから!弓は手放す、それでいいな?」
そう言って彼は弓と背負っていた矢筒を放り投げる。
それを見てアイラがパンサーに合図して一緒に離れる。
そしてアスクとウールは距離を詰める。
「で、何を知ってほしいんだ?あ?」
ウールはかなり喧嘩腰だった。
だが、そんなことで怯んでいては付き合ってられないだろう。一回突き落とされているわけだし。
「俺はアイラにひどいことはしないし、無理強いもしない。まぁ助けてもらうことはあるだろうけど」
アスクの真剣な視線に彼は眉をひそめて疑ってくる。
「そんなこと言ってあいつに頼りっきりになる気だろ?」
俺もその辺りは気にしていて頼りっきりにしたくないというのは本音だ。
「そんなつもりはない。俺にもできないことはあるし、アイラにもしたくないことはあるだろ?」
「はあ?!あいつは何でもやろうとするだろ!」
彼はかなりアイラの事を知っているようだ。
確かに一理ある。
「そうだな。野営する場所を作らなきゃって行動していたら家を作り出したり、食料がないなとボヤいたら鹿一匹引きづって帰ってきたり……ありがたいが最初は困惑した」
そらみろと言った様子で彼はアスクを見ていた。
「だが、アイラも自分なりに考えての行動だってことは知っているよな?」
「あ、ああ。もちろん!」
若干ウールに戸惑いが生まれた。
「最近釣りにハマったらしいぞ。しかも釣るだけと来た。捌くのは全部俺がやってる。結構やりたいことばっかりやってるぞ?」
「へ、へぇ」
「それに俺が進めないから釣竿の糸を使って命綱にしてくれって言っても断ってきたぞ?」
「え?」
「アイラはアイラでちゃんと考えてるんだ。ちょっと強引にする輩がいたら確かに危ういが……」
油断というか、信頼されているというか、彼女に対しての行動に疑いを持たないのがたまに心配になる。
そう言った点をこのウールは気にしていて、守ろうとしているのではないだろうか。そういう気持ちに俺も共感する。
「アイラはちょっと……いや、かなり危機感が薄い。特に信頼を置いている者に対しては。それがお前が気にしている所なんだろ?だから遠ざけようとしている」
何やら図星だったのか、ウールは顔を真っ赤にして戯言を宣う。
「は?は?そんなんじゃねぇし!ただ、あいつが心配で助けてやろうって……決してあいつのことが気になっているとかじゃなくて……その……」
とはいえ気になっていることはある。このウールとはやらはアイラとはどういった関係なのか。
「そんなことより、お前はアイラとはどういった関係なんだ?」
直球で聞いてみる。
「は?そんなことって! 俺はあいつと昔馴染みってだけだ」
ということは、同じ施設出身って所か?
「ほかにもいるのか?」
その問いかけに素に戻った彼は縦に首を振る。
「ああ、それなりにいる。一応近くで集落を作って暮らしてる」
「そこにアイラは住んでいたのか?」
「一時期住んでいた。でも奴と出会ってからは放浪してた」
立場は逆転し、アスクがウールを質問詰めにしていた。
その後も他愛もない話、というか質問をし続けていたため、アイラとパンサーは近くの倒木の上に座って退屈そうに眺めていた。
質問攻めを受けたウールは少しやつれていた。
後半はウールやその仲間について色々聞かれた。
(こいつは前のやつとは違うな。我欲に溺れていないし堕落しきっていない。もしかしたら、新しい風となってくれるかもしれないな……)
ウールは話してみた結果、彼への感想は思っていたよりも好意的となっていた。
「危ないからそれ以上離れるなよ!」
「暇だったし。まだかかる?」
「もう終わるから」
「分かった」
だが、アスクがアイラの元に向かって話し始めた時、彼女の表情が退屈そうな表情から一転し、華やかな表情になっていた。
(畜生!あいつはやっぱりだめだ!)
ウールの中には、今までになかった感情……いや、自覚のなかった感情に気づく。
「おい! 俺もついていく。アイラに頼りっきりじゃないってとこを監視しないといけないしな」
弓と矢筒を拾い、アスクと一緒にアイラとパンサーの元に向かってからそう宣言した。
「は?なんで?」
アイラが冷たい目線でウールを見る。
それにしり込みしつつも引き下がらない。
「いや、ほら。俺がいないと―――」
「ううん、いなくていい。パンサーもいるし、そんな変なことはされないよ」
「がっ?!」
遮られて直球で断られるウールが攻撃を受けていないのにダメージを受けていた。
さすがに可哀そうという思いもあるし、ついてこられても困るという思いもある。
居たら戦力になっていいかもしれないとも考えたりもしたけど。
「まあまあ、アイラ。ついてきてくれるっていうならいいんじゃない?」
「え?私の道案内じゃ不安だった?」
「え?いや……そうじゃなくって……」
ウールのフォローをしようと口を挟んでみたが、アイラは悲しそうにそう告げた。
うーん、ウールを連れていくことは難しいかもしれない。ついてくるなら本人に頑張ってもらおう。
「お、俺がついていきたいんだけど。それじゃダメか?」
恥を捨てて素直にそう伝えるが、彼女は迷惑そうに眼を細めていた。
「え、まって。そんなに俺って嫌われてるのか?!」
「まぁ、強引さが目立つからな……」
「はぁ?!そん……な……!」
ぼそっと呟いたアスクの言葉にウールは膝から崩れ落ちて力なく手をついた。彼が嫌っている人間と同様に強引に事を進めようとしているという事実に衝撃を受ける。
「アイラ殿、とりあえず集落までは同行してもらって、それから考えるのはどうだろうか」
助け船(というか先延ばし)をパンサーが出した。
「ああ!それだ!集落まで案内させてくれ!」
だが、昔住んでいたわけで。
「いや、場所が変わっていないなら分かるんだけど……それに代替わりとかないでしょ?」
彼らには寿命というものがない。一応死というものはあるが、老いて死ぬというものではない。
だからこそ数十年外にいても帰ってきたらいつもの顔ぶれである。多少増減はあるかもしれないが。
ウールがついてくるという選択肢はなくなった。
強引についていくという選択肢は今のウールには取れない。
何せ嫌っていた奴と同じことをすることになる。かといって、言葉による説得もアイラの同意を得られなければできないだろう。
「どうする?」
このまま放置するわけにも行かず、困ったアスクがアイラに尋ねた。
「はっきり言う機会ができたから満足なんだけど……どうしよっか」
膝と手をついたまま俯いて今にも泣きだしそうなウールを見たアイラは、眉間に眉を寄せて首を傾げていた。
アイラなりの嫌なことに対する抵抗だったらしい。
「許してやったらどうだ? こんだけ落ち込んでるわけだし、反省はしたんじゃないか?」
「どうだろう……? それよりもアスクの方こそ足、矢に刺されたよね? 怒ってないの?」
許したらどうかとアイラに聞いていたら逆に怒っていないのかと聞かれたアスク。
「俺か? まぁ理由を知ってしまったし、必要以上に怒る気にはなれないかな。それにこんな状態の奴に怒る気も起きん……」
いつかは足に矢を刺した借りは返してもらうとする。が、今追い打ちをかける気になれない。
アイラがウールの前に膝をついて肩に手を置いて言葉をかける。
「ウール、今後は私の言うことは聞いてね?」
その言葉に彼は顔をあげて目を見開いてアイラを見た。
「も、もちろん!強引に言うことを聞かせたりなんかしないから!」
全力で彼が首を縦に振っている。
「私の頼み事はちゃんと聞いてね?」
「う、うん」
「なんでもね?」
「う、うん。……ん?」
彼は勢い余ってすべて頷いて肯定してしまった。気づいたときにはもう取り消せそうにない雰囲気をアイラが醸し出していた。
「じゃこれからよろしくね、ウール」
彼のこれからを決定づける瞬間だった。
********
ウールを含めたアスク一行は、アイラとウールの案内の元、二人と同じ境遇の者達が住むという、集落へと向かっていた。
その集落まで十日はかかるらしい。
道中の食料は三日目からはウールが仕留めた鳥類や小型の動物が主食となった。
俺には小動物の存在には気づけないのだが、アイラにはわかるらしく、隠れている場所をウールに伝えて弓で射貫く。
そうした狩りは必ず成功していて食料には困らなかった。
「なあ、俺にも弓を教えてくれよ」
「あ? そんなすぐ使えるようになるわけないだろう!」
「弓と矢を作る所から教えてあげてね?」
「グッ、仕方ねぇなぁ―――」
ウールが嫌そうな顔をしながらもアイラの言葉に従って俺に弓の作り方から構えに至るまで扱い方を教えてくれた。
教えられたからと言ってうまく扱えるわけじゃないんだがな。武器は多いに越したことはないだろう。
三日間の練習の末、五発に一発は的に見立てた丸太に当たるようになる。
(二十歩程度でこれだしな……)
二人が狩りに行っている間の暇つぶしとなった。
夜は矢の作り方を教えてもらいながら、集落について少し話をした。
「その集落は谷間にあるんだろ? なんか意味があるのか?」
「んー……」
ウールはすぐに答えずにアイラへと視線を送った。
目指す場所についての情報を含んでいると考えた彼は自身で答えることを控えて、彼女に答えさせようとしていた。
「そこは、私達の生まれた場所に繋がっているの」
「ん? それって……その研究所から外に出てきたけど、行く当てがないからそこで暮らしているってことか?」
「ほかにもあるけど、そんな所かな。行く当てがない者が集まる場所、それがこれから向かう集落だよ」
アイラが返事をしている隣でウールは串焼きを頬張って満足そうにしていた。
彼もこれまでに肉というものを食べていなかったらしく、取り始めてからは彼も積極的に食べるようになった。
なぜ今まで肉を食べていなかったのか尋ねると、
「え?こんなにおいしいと知っていたら前から食べてるよ」
「俺たちにとっちゃ毎日食べる必要もないし、必要になれば適当な物を口に入れれば過ごせるからな」
アイラも隣で頷いているということは同じような食事情だったのだろう。
彼らにとって食事はあくまで栄養補給であり、取れれば何でもいい。それぐらいの認識だったことで、食への興味がかなり薄い。
「どっかで落ち着いて料理できるならもっとおいしいものが作れるんだけどな……」
「ほんとか?!」
二人はぼそりと呟いた言葉に目を輝かせてアスクを見ていた。
それに気圧されながら食材と調味料、調理道具があれば作れるという。
(そんなにレシピを知っているわけじゃないから種類は少ないんだけどな)
外で探索していた時に見つけた端末にレシピや調理法が載っている場合もあり、時々真似て作ってみることがあった。ほとんどが何かが足りなくてそれっぽいってだけのものだったが。
「なら集落に着いたらできるんじゃない?」
「畑を作って皆の食料を作ってた奴がいたな」
彼らの集落には畑があるらしいが、ただ、彼らの食文化的に生野菜をそのまま食べているような雰囲気が漂っている。
「なぁ、その畑で作った奴はどうやって食べてるんだ?」
最近の事情まで比較的知っているウールが答えてくれた。
「ほとんどがそのまま齧ってる。けど、保存するために干したり漬けたりしてたよ」
その感じだと調味料や調理道具があるか心配だ。
「そうか……食料はありそうなんだな……それなら、鍛冶仕事をしているやつは?」
クレーターの外では簡単な鋳造ぐらいならしていたが、どうだろう……
ウールは首を傾げて聞き返してきた。
「鍛冶仕事ってどんな感じだ?」
「そうだな……鉱石を溶かして別の形に作り替える――みたいな仕事かな」
眉間に皺を寄せて俺の言った内容をしていた奴がいたか考えている。
「いなかった、と思う。そもそも石を拾ってくるやつがいないし」
「それなら仕方ないか。なら、当分はおいしい料理はお預けだなぁ」
「「ええー」」
アイラとウールは二人して残念そうに肩を落としていた。
そうして大きな諍いなく、アイラとウールが見知った集落へとたどり着く。




