表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/43

第42話  再会

和史が碧伊に再会したのは、メープルホテルの庭だった。


その日は、会合で昼食会に参加する予定があった。


今日は、婚約者となった遥佳も、ホテルを手伝うと言っていたから、顔を合わせるだろう。


いつものように、駐車場に車を停めて庭の方へ歩いてゆくと、大きなもみじの樹々の葉が、朱や茜に染まったメープルホテルのガーデンで、いつもより沢山の人々が、テーブル席に着いていたり、散策したりして、秋の庭を楽しんでいた。

それぞれのグループで、テーブルの周りに集い、秋の庭の中で、お茶の時間を楽しんでいる。


秋の日差しのもと、色づいた紅葉の枝が人々の上に、日陰を作り、木漏れ日がきらめいている。


ホテルのアプローチに向かって歩いていると、赤い紅葉のガーデンのテーブル席に、一際目立つ若い女性が端然と座って、こちらに何となく視線を向けている。

黒い縁取りのベージュのコート、洗練された美しい姿で、彼女は座っていた。


《碧伊……!》


遠目にも、すぐにわかった。


足早に近づいてゆく。


碧伊も、誰だかわからないままに、こちらを見つめている感じだ。


そうだ、面変わりしていると、昔の知人に言われたな、と思い出す。


近づいて、


「碧伊!」


と、言った。


「和史……君」


碧伊は目を大きく見開いて、言った。


そして驚きながら、立ち上がった。


「碧伊、元気そうだ。結婚して、遠方にいるって聞いてる」


碧伊は、以前より、穏やかな美しさで、顔色もいい。


彼女は、幸福なんだ。

それがよくわかる。


「うん。和史君、帰って来てたのね、良かった。全然知らなくてごめんね」


「シベリアに抑留されてた」


「だから……帰れなかったんだ。大変だったのね。でも、必ず無事で帰って来るって思ってた」


「左手に後遺症が残ってるけど、元気だよ」


「和史君、感じも変わってて、すぐにはわからなかった」


和史は背広姿で、学生の頃とは全く違う雰囲気だ。


「僕達、二人共もう、大人だよ」


顔を見合わせて笑った。

時を経ているのに、ずっと会っていなかったのに、昨日まで会っていたようだ。

少し話しただけで、全て分かち合える、空気が溶けてゆく。話し始めると、尽きないのもわかっている。


昼食どきで、人々が入れ替わり流れてゆく。


周りの人々が、ふと足を止めて、碧伊に目を向けていた。


でも、今の彼女は堂々として、輝いていると、和史は思った。


何処か不安気だった碧伊は、自分のあるべき場所を見つけたのだろう。


「今日は、こちらに帰郷したの?」


「うん。法事があって。そういう時、ここへよく泊まるの。実家は兄が戻ってきてるし、ここの方が気楽だから」


「そうだね。僕はいま、父の会社にいる。今日は、会合がここであるので来てるんだ」


「私は今日、名古屋に帰るの。フロントに預けてある荷物を取りに行くわ」


「だったら、とりあえず中に入ろう」


碧伊を振り返る人ばかりでなく、和史の顔見知りもいる。


今日の会合仲間の人が、挨拶をしたり、話しかけたそうにしている。


二人を取り巻く環境も変わっている。


横を歩く碧伊を見つつ、碧伊は背が高かったな、と思い出した。


シベリアからもっと早く帰還していれば、抑留されなければ、早く戻って来て、碧伊と今日のように話をできていたのだろう。


今日の偶然があったからこそ、お互いの今を知り合えた。


ホールに入ると、水島の会合参加者が、早速話しかけてきた。


その間に、碧伊はフロントへ向かい、預けていた荷物を受け取っている。


フロントの向こうには、遥佳がいた。


遥佳は、急いで碧伊のところへやって来て、笑顔で、丁寧にお辞儀をしている。


碧伊も笑顔で話している。


二人は、ホテル側と客以上の顔見知りだったのだろうか。


それから、遥佳がこちらを見て、和史に気付く。


今日は、水島が参加する会合があることも知っている。


和史が、二人の方へ行きかけると、遥佳がにっこり笑って、そばに来て言った。


「あ、あの碧伊さん、実は私も婚約したんです」


遥佳は碧伊に和史を紹介しようとしているようだ。


「こちら、私の婚約者、水島和史さんです」


彼女は、恥ずかしそう笑って、碧伊に紹介した。


碧伊は、とても、びっくりしたようだ。

和史と遥佳を交互に凝視めた。


「それから、こちらは茶道の先輩の……」


今度は碧伊のことを紹介しようとしかけた遥佳に、和史は優しく笑って遮った。


「遥佳、知ってる……。碧伊さんと僕は、同級生で幼馴染みなんだ。さっき庭で偶然会って、びっくりしたところだ」


「え? そうなんですか。」


今度は、遥佳がびっくりして、キョトンとして水島と碧伊をかわるがわる見た。


「今日は本当に、偶然にも和史君に会えて、元気で、遥佳さんと婚約していて驚いたけれど、おめでとうございます。

和史君、幸せね、良かった」


碧伊が二人に美しく微笑みかけた。


そして、もう出発するからと言って、二人に挨拶をして、出口の方へ歩いて行く。


遥佳と水島は、その後ろ姿を見送っていた。


水島は、すでに昼食会が始まっていたが、またしばらくは会えないであろう、碧伊の姿に、すぐに立ち去る気にはなれなかった。


そして、出口の方へ行きかけていた碧伊だが、一旦立ち止まると、踵を返して二人の方へ戻ってきた。

碧伊は、


「あの、遥佳さん。〇〇先生にも、もしお稽古で会われたらよろしくお伝えください。なかなかご挨拶に行けないので」


微笑しながら言った。


「じゃあ、また……ね」


碧伊はゆっくりと言った。


水島も、

「また……」

と、言った。


最後に視線が合った碧伊は、あの頃の碧伊だ……と和史は思った。


今度は本当に、彼女は玄関の向こうへ消えて行った。


「碧伊さん、茶道で先輩だったのですけれど、相変わらずというか、ますます綺麗……」


と、遥佳が感心したように言った。


「じゃあ、僕は会食に行くから。また後で」


水島は、そう遥佳に言って、ホールの階段を上がって行った。


2階に上がると、今日会合がある部屋の扉が開いていて、従業員が出入りしていた。


「遅くなってすみません」


「やあ、先に始めているよ」


水島は、案内係から、窓のそばの席に案内された。


席に着いた。食事をしながらの会合だ。

窓外を見ると、そこは洋館の正面にあたるので、ゲートの方へ通ずる道や、さっきのテーブルのある庭が、2階まで届くもみじの木々の間から見えた。


そしてゲート近くの車寄せでタクシーを待っている、碧伊の姿も見える。

ベージュのコートに、バッグとスーツケースを持っている。


間もなくタクシーが到着し、ドアが開く。

碧伊は一度だけ、建物の方を振り返り、静かに乗り込んだ。


車は、ゆっくりと門の方へ動き出す。


周りの音も消えたかのように、彼女の乗り込んだタクシーを、和史は見ていた。


カトラリーを手にし、隣の席の参加者の話に適当に相槌を打ちつつ、その車が、ゲートへ続く木立の中の道へ消えてゆくまで、和史は見送った。


明日が最終話になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ