第4話 碧伊
「碧伊ちゃんは、別嬪さんねえ」
「うちの◯◯のお嫁さんになってね」
その言葉を、碧伊は何度聞いただろう。
親戚の集まりでも、知らない大人に囲まれたときでも、
必ず誰かが同じことを言う。
笑って、頷いて、やり過ごす。
小学校に入ると、男の子達から、手紙をもらった。
イタズラの手紙もあるが、
「あおいちゃん、おとなになったら、ぼくとけっこんしてください」
そんな言葉が書かれていることが多かった。
「うん。あのね、わたし、かんがえておくね。」
碧伊は、そう答える。
その頃から目が合うと、男の子がよく顔を赤らめるようになった。
どうしたのだろうと、最初は驚いて不思議に思った。
自分が何か変なことをしたのだろうかと。
一緒に遊びたいと言ってきた少年と、放課後遊んだ。後日他の男の子と話をしていると、
「碧伊ちゃん、どうしてほかの子と・・・」
責めるような目だった。
(どうして……?)
同じように遊んだだけなのに。
うまく言えない碧伊は、誰かと特別に関わるのをやめた。
女学校に入った頃。
級友の佐々木志穂がやって来て、申し訳なさそうな様子で碧伊に言った。
「あの、お願いなんだけど。」
「何?」
「お兄ちゃんが、碧伊ちゃんに言ってくれって言うの。付き合ってほしいって。」
彼女の兄は、確か《タカシ》と、友達に呼ばれている、男子校の上級生だ。
「ええ? よく知らないし、私にお付き合いとか無理です」
「一度でいいから。今度家に遊びに来て。お兄ちゃんが私にずっと言ってくるの」
そう頼まれて、碧伊は日曜日に、志穂の家に遊びに行った。
よく来てくれたとばかりに、志穂は喜んだ。
玄関で、志穂の兄のタカシに
「こんにちは」
と挨拶すると、彼は上級生にもかかわらず、耳まで赤くなった。
居間に通されて、志穂と並んで座った。志穂の家は、長椅子やテーブルが置かれて、モダンな感じがする。
志穂の母親が、お菓子や飲み物を出してくれて、
「碧伊ちゃん、ほんとに美人さんなのね」
と言った。
出されたお菓子を食べながら、志穂と話していると、居間のドアが開いて、
タカシと何人かの男子学生が現れた。
「ほんとに来てる」
「すげえ」
男子生徒達は囁いている。
座って菓子を食べている碧伊に、視線が一斉に集まっている。
《帰りたい……》
何を話せばいいのか分からないまま、ただ時間が過ぎていった。
帰るころには、ひどく疲れていた。
数日後、妙な話を聞かされた。
碧伊が「自分の彼女」だと、志穂の兄が言っているという。
「碧伊」と、自分の物のように、事あるごとに、呼び捨てで話をしている。といった内容だった。
その日、碧伊は和史とともに、学校の帰りに門前町の文房具屋に立ち寄って、帰宅しようとしていた。
ちょうど、偶然通りかかったタカシと、鉢合わせをした。
「こんにちは」
と、碧伊はびっくりしながらも、挨拶をした。
タカシは、碧伊を見て、頬を紅潮させたあと、横に、長閑な表情で並んでいる和史を見て、また顔を赤くした。そして、
「碧伊」
と、呼び捨てで呼んだあと、
「何で、こいつと居るんだ?」
と、和史を睨んだ。
「何でって言われても」
二人は、キョトンとした。
「和史くんは、ずっと前から友だちですけど」
碧伊は答えた。
そして、少し考えて、話した。
「あの、家には、志穂ちゃんに頼まれて行きました」
一度、息を吸う。
「でもあなたとは、付き合いません」
横で、和史が穏やかに笑った。
「碧伊ちゃんはね、昔からこういうの、いっぱいあるんだ」
別のとき、ある少年に、一度一緒に学校から帰ろうと言われ、一緒に帰った。
おずおずと話しかけてきたその少年は、大人しくて優しげだった。
ほとんど話題もなく、ただ歩くだけだったのに、次の日も、また次の日も、その少年は、校門で待っていた。
「あの、今日は習い事があるから」
「あの、今日は、班の人たちと帰るからごめんね」
「うん」
少年は、静かに頷いて去っていった。
その小さな背中を見ていると、なぜか胸が痛んだ。
文句を言ってきた少年よりも、こちらの方が気になった。
《何か、悪いことしたみたいな気がする》
でも、どうしたらいいのかはわからない。
人の気持ちが、少しだけ自分の中に残る。
碧伊は、そういう娘だった。
同級生の女子とは、普通に付き合っていた。
仲が悪くもないし、喧嘩したり、いじめられたりもしない。
でも、特に親しい友だちは、なかなかいない。
女子ばかり、何人かで行動していても、たまたま出会った大人達の声が聞こえる。
「あの子、きれいね」
そんな声が聞こえると、場の空気が少し変わる。
碧伊も、周りの子たちも、どうしていいかわからなくなる。
それに、他の女子が、男子と仲良くふたりで歩いている時、碧伊に出会うと、連れの男の子が、頬を赤らめたり、碧伊に見惚れて視線が奪われたような表情になるのを、誰も見たい女の子はいない。
碧伊には、尊大なところも、自分をひけらかすところもないので、碧伊が悪いわけではないということも、みんなわかっていたが、何となく敬遠されていた。
「碧伊ちゃんが居ると、そっちばかり目立ってイヤ」
「碧伊ちゃんが居ると、〇〇君が、碧伊ちゃんの方ばかり見る」
そう言う女の子達もいた。
親しい同性の友人が少なくなったような気がした。
大きくなるにつれて、碧伊の表情は静かになっていった。
けれど、和史と話しているときは、昔のように、よく笑う。
碧伊は思春期になって、周りの男の子たちから告白される度、相手に不快な想いをさせないよう、気を遣っているように見えた。
近所に住んでいて、家族同志も親しいため、和史には、彼女の家族の事情も、何となくわかっている。
碧伊が家に帰りたがらないことにも、気付くようになった。
彼女が、何か煩わしい人間関係に、時々巻き込まれていることは、和史も感じていた。




