第3話 夏祭りの二人
日が暮れた境内はすっかり夜に沈んでいる。
提灯の灯りが揺れ、太鼓と笛の音が重なり合う。
神社と祭りの明りが辺りを照らしていた。
祭事がたけなわになり、境内には、ますます沢山の見物人で溢れている。
その中で、周囲の人々の視線が、近くに現れた二人に集まる。
つば広の帽子、白い長めの洒落たワンピースを着た、すらりとした長身の娘が立っている。優しい雰囲気の、感じの良い青年がそばに居る
浴衣や軽装が多い中、襟や袖にレースの縁飾りが付いた、凝ったデザインの白いワンピースは、ひと際目立った。
つば広の帽子は、流行のスタイル。
帽子を被った頭を時々傾けて、傍らの連れの青年に微笑んで、何か話している。
帽子を被った頭を傾けるとき、整った綺麗な顔が見える。
彼女がこうして人目を引くのは、いつものこと。
群衆の中に居ても、彼女の姿は、はっきりわかる。
何故かそこだけが、他より明るく感じられるからだ。
彼女も青年も、何となく垢抜けていて、その一帯に光があたっているように見えた。
「碧伊さんと和史が来てる」
陸は、かき氷を食べるのを忘れて、そちらを見ていた。
通り過ぎる人も振り返るようにして、連れ立って歩く、その二人の方を見ている。
(あの二人と、今の俺たちは、雰囲気違いすぎだよなあ)
陸は思う。
中学生を連れて、神社の石段にすわり、かき氷を食べている自分達3人と、彼らの雰囲気には、同じ地域の学校の顔見知りの仲間とは思えない、落差があると思う。
「あーあ、和史はいいな、碧伊さんと一緒で」
陸は、羨ましそうに、思わず言った。
陸だけではない。周りの青年たちは、碧伊に憧れていたし、実際、彼女に声をかけた者も沢山いた。
中学生の美夜も、そのことはよく知っている。
碧伊さんは、美人で有名なのだ。それに、とてもおしゃれで、素敵だった。
「小学校の頃から、よく一緒にいたな、あのふたり」
碧伊の周りには、彼女に憧れる男の子達がいたが、今一緒に歩いている青年は、彼女と最も親しい間柄なのを、みんな知っている。
碧伊の家は、この土塀の町にあり、連れ立っている青年の家も、彼女の家の近くだった。
そして、彼らが幼馴染みであることも、みんな知っていた。
幼馴染みと言うばかりでなく、碧伊さんと和史が仲が良い理由も、何となくわかるような気がする。
「和史って、育ちが良さそうな感じだし、礼儀正しいし、性格もいいもんな」
隼人は、客観的な感想を言って、あとは黙々とかき氷を食べている。
「そうなん?」
と、妹の美夜も、話に加わる。
特に親しいわけではなくても、子供の頃からこの地域に住んでいるので、みんな何となく顔見知りになる。
2人は、見た目にも、お似合いだった。
ただ彼らは、昔からよく一緒にいたし、恋仲といった感じもしない。
和史が朗らかで淡々としているので、二人は気の置けない、いとこ同志といった感じで、みんな納得している。
陸兄さんは不服そうに言った。
「碧伊さんは、うちへお茶を買いに来るんだ。だから、時々話もするんだけどなあ」
およそひと月に一回くらい、碧伊はさくら茶舗に、まとめてお茶を買いに来ている。
祖母が新茶や、種類の違う茶葉を淹れてあげると、樫の木のテーブルに座って待っている碧伊は、礼を言って綺麗な所作で飲む。
茶道もしているとのことで、抹茶や茶道具を購入することもある。
そんな時、陸がたまたま店にいて、手伝ったこともある。
《近くで見ると、もっと綺麗だ》
そう思う。
実際に話をすると、碧伊は見た目の華やかさとは裏腹に、生真面目な受け答えをする人で、時々心細そうな、儚げな表情をすることがあった。
陸は一瞬それを不思議に思ったが、すぐに美しい微笑みでそれはかき消される。
碧伊は、さくら茶舗に来た後、隣の和菓子屋に寄ってお茶請けを買って帰ることもあれば、右隣の呉服屋のウインドウを佇んで見ていることもあった。
人混みの中、碧伊と和史がぐるっと境内を周って、こちらに近づいて来ていた。
和史と手を繋ぐでも、寄りかかるわけでもない。やはり二人は仲の良い仲間や身内のように見えるだけだった。
でもニコニコと笑って楽しそうだ。和史の横で、儚げなところは消えて、美しい女神様のようだ。
「和史と、特別な約束してるわけではないらしいし、誘ってみたらいいじゃないか」
隼人は、陸にそう言った。
美夜も、そう思う。
兄は、男性的とは言えないが、垢抜けてる方だし、優しくて頭がいい。
兄自身は嫌がっているが、お伽話の挿し絵に出てくる王子様も、どちらかと言えば、兄のように色が白くて睫毛が長そうな感じだと、美夜は思う。
だから兄も、都会的な碧伊さんと居ても、釣り合うと思う。
身内贔屓と言われたらそれまでだが。
隣家の和菓子屋のお姉さんは、兄より四つ上だが、
「陸ちゃん」
と言って、兄のことが好きみたいだ。
それに、時々、学校や近くの店の女の子に、兄のことを尋ねられることもあった。
「陸さんは、今日どうしてるの?」
「陸さんが好きなものは何?」
など。
でも兄は、あまり女の子に愛想良くない。そんな兄が唯一憧れているのが、碧伊さんだ。
しかし、隼人の言葉に、
「そんな簡単にできたら、苦労しないよ」
と、自信無げに、言っていた。
兄自身は自分の容姿を引け目に思っている。
子供の頃、兄はよく女の子に間違われていた。
大人から
「陸さんは女の子だったら綺麗だっただろう」
とさんざん言われて、嫌がっていたこともある。
美夜は、毎年繰り返されてきたこの夏の祭りに、幼い頃から何度も来ていた。
でも、美夜は何故か、この夜の夏祭りを、後でよく思い出した。
大好きな兄と兄の友人、自分で選んだお気に入りの浴衣の柄も、ワンピースを着た美しい碧伊さんとその友人。
古い城下町の夏の夜を、熱気に満ちた境内で、笑顔で楽しんでいる沢山の人達。
美夜の人生に多少の差はあれ、関わってくる人々。
そしてこの頃遠い所では、戦争の渦が巻起こされてつつあって、それは、次第に大きくなりながら、この町の人々をも、巻き込もうとしていた。
この時、夏の境内に集まった人々は、その行方を知ることもなく、祭りの夜を楽しんでいたのだった。




