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土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


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第38話  骨董市

教師として働き始めて数年が過ぎ、隼人と結婚した美夜は、今日、門前町にある神社の境内に来ている。


今度学校に赴任した、米国人講師のキャサリンと一緒だ。

職員室で、アンティークの好きなキャサリンに、

「日本の古い雑貨や置物が欲しい」


と言われて、美夜はこの骨董市を思い出して、一緒に来たのだった。


何年か前から、毎月第3日曜日には、境内で骨董市が開かれるようになったことは知っていた。


すぐ近くで行われているにもかかわらず、美夜はあまり興味がなくて、これまで来たことがなかった。


日曜日の午後、キャサリンと来てみると、骨董市は結構な賑わいで、一般の人々のほか、同業者も買付に訪れるらしく、午前中は、特に人が多いということだった。


骨董市の日は、門前町へと流れる人も多く、さくら茶舗や隣接の和菓子屋でも、普段よりお客が多かったし、骨董品を購入し、帰りに高級茶を求める人も多いということを、陸から聞いていた。


キャサリンと一緒に、出店した店先を見て回る。


茶道具や大皿などの和陶器に、大きな壺、装飾品といったものが多いが、戦前の大正や明治の頃使われていたような洋食器も並んでいる。

金彩や華やかな図柄の茶碗、銀食器、リキュールの瓶。ランプもある。


人々が多く集まるので、盆栽や植木の苗、古い弓矢など武道具の店までならんでいる。


キャサリンは、早速、興味深そうに選んでいた。自分の部屋に置くものを買うという。


彼女は、古伊万里の茶碗と一輪挿しを、選んでいる。


骨董品とは別に、日常の中で残されてきたような、生活雑貨やおもちゃが並べられている場所があった。過ぎた日々の、日常の断片のようだ。


美夜は、大きな木製の算盤に目を止めた。

以前は門前町で、商店の人々がよく使っているのを見かけていたな、と思う。


戦禍や、この町の大火など、試練を免れて、残ってきたような品々を見ていると、あの昭和の戦前の賑やかな夏祭りの夜、この同じ境内に集まっていた、大勢の人々を思い出した。


あの夜、境内に集まっていた沢山の人々は、皆どこに行ったのだろう。


もしかしたら、あの人々の日常使いの品々も、今日の市に集められた品物の一角に並んでいるのかもしれない。


美夜が知っている人たちが使っていたものもあるだろう。


子供の頃から何度も、ここにも夏祭りにも来ているのに、記憶の中で甦るのは、いつもあの、戦前の熱気に満ちた夏祭りの夜の境内だ。


あの夜、大好きな兄と隼人がいて、自分はお気に入りの浴衣を着ていた。

大きな時代の波が押し寄せる前夜、集まっていた沢山の人々の笑顔。


大火の火と同じように、あの祭りの夜の日々の熱気は消えて、今はまるで何事もなかったかのような、平和で長閑な日曜日の午後だ。


昼下がりの今は、少しづつ人が引き、静かに時が流れている。


境内から、石段を降りて、近くのもみじの道の辺にあるベンチに、キャサリンと座る。

やはり、近くのベンチには2人、婦人が座って世間話をしている。


この町の人で、何となく見たことがある人だと思う。


婦人の一人が話しているのが聞こえてきた。碧伊さんの話だ。


あの碧伊さんが、36歳の若さで、夫と二人の娘を残して病気で亡くなったことを、連れの人に話していた。

碧伊さんの親戚の人のような気もする。


《碧伊さん……》


昔、碧伊さんに憧れていた兄だったが、縁があって、碧伊さんの妹の翠さんと結婚することになった。


だから碧伊さんは、美夜達の親族繋がりになった。


兄の陸と翠の結婚式の日、花嫁の姉として、黒留袖を着た碧伊さんが出席していたのを思い出す。


美夜は、新郎の妹として出席し、振袖を着ていた。


隼人も、新郎の陸の友人として出席していた。


碧伊さんは、顔立ちのとても整った、二人の女の子を連れていた。二人は、お揃いのワンピースを着て、嬉しそうに碧伊さんの手を握っていた。


横には都会的な雰囲気の、立派な男性が寄り添っている。碧伊さんの夫だ。

その人は、時々碧伊さんや、小さな娘達に話しかけ、その度に碧伊さんは、優しく微笑んで答えていた。


碧伊さんは、家族とともに、輝くように幸せそうな様子だった。


碧伊さんは、あんなに楽しそうによく笑う人だったんだと、美夜は初めて思った。


翠さんから、その何年か後の、碧伊さんのことは聞いていた。


今は、あの夏祭りの夜の人混みの中で、そこだけ明るく照らし出されているかのように、際立っていた碧伊さんと水島さんの姿を、思い出す。


「佳人薄命ね・・・」


と、相手の人がしみじみとした口調で言った。


風が、もみじの葉を揺らした。



キャサリンと、ベンチから立ち上がり、門前町の方へ向くと、隼人の姿が見えた。

彼は軽く手を振った。

隼人は、今日すぐ近くの実家の修道館で、剣道や弓道を教えていた。

もう終わったのだろう。

美夜が骨董市に行ってくると伝えていたので、そろそろ迎えに来たようだ。


休日なので、今からさくら茶舗で、兄夫婦や両親と皆で食事をする予定だ。

キャサリンも誘っている。


隼人が尋ねてきた。

「美夜、何か気に入ったものはあったか?」


「うん。キャサリンは、お湯呑みと花瓶を買ったの」


キャサリンは、美夜に


「美夜の夫は、ナイスガイね」


と言って笑った。


さくら茶舗に戻ると、母が天麩羅を揚げている。


「ベンさんたちも、好きだったから」


キャサリンが来ることを知っていたので、ベンさんたちが好きだったメニューにしようとしているらしい。


ベンさん達、進駐軍の人々は、駐留した後本国へ帰って行った。 


もっと後のことになるが、ベンさんは当時を懐かしんで、この土塀の町を再訪したことがあった。

家族連れで、再来したベンさんを、美夜の父や、親しくしていた人々は、最寄りの空港まで迎えに行った。


ベンさんは、かって駐留した町を、彼の家族にも案内したかったようだ。

そうして、以前のように皆で一緒に食事をして、旧交を温めた。


美夜は、父が裏庭のもみじの木の下にある椅子に座って、お気に入りのシガレットケースから葉巻を取り出し、美味しそうに吸っているのを見かけた。


それは、ベンさんがお土産に持ってきてくれたものだ。


シガレットケースの蓋の裏には、「ベンより」という文字が書かれていた。

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