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土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


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第31話  美しい夜の花あかり 2

美夜は、隼人から、思いがけず出征の時の話が出たことに、驚いた。


彼女は頷いた。


そして、鞄の中から、見送りの日に、隼人がくれた万年筆を取り出して、彼に見せた。


「あっ、それまだ持ってたのか?」


「火事のときも、これは、私の鞄に入っていたから無事だったの。いつか会えたら、隼人くんに見せようと思ってた」


隼人はふっと思い出すように言った。


「美夜は、あの時すごく泣いてたな」


あの日、遠ざかってゆく姿を、追いかけて行きたかった、あの切ない記憶が甦る。

美夜は今、彼が目の前にいるのが不思議な気がした。


隼人は、続けた。


「あの時、ずっと待ってる、って泣いてたよな」


「 ・・・・・・」


ここにいるのは、あの時と同じ隼人なのだろうか。


隼人が変わっても、自分の心の中で好きなのは構わない。ずっとそう思ってきた。


でも・・・本当は、


「わたし、ずっと待ってた。」


そう、美夜は言った。

言うと、涙が出てきた。


辺りは、夕闇が迫り、街灯が灯り、川面と、川沿いを照らし始めた。


あの日のように、一度溢れた涙が、なぜか止まらない。


隼人は、美夜の顔を覗き込むようにして凝視めた。

そして、ゆっくり、話し始めた。


「もっと早く、一番先に、美夜のところに帰って来れなくてごめんな」


「そんな状態じゃなかったんだ」


美夜は頷いた。


「わかってる。兄さんから、具合が悪いって、少し聞いてたから」


戦争から戻った隼人は酷い精神状態だったと、兄は話した。


「今は?」


「ああ、だいぶマシになった。」


隼人は、昔、美夜の肩に手を置いたように、今は、あの頃より、背の高くなった美夜の肩に手を置いた。


当時の、小動物のように華奢で、小さな肩は、今は柔らかな、若い女性の肩に変わっていた。


「帰ってきてからも、ずっと、待ってたの」


美夜の瞳から、また、涙がはらはらとこぼれ落ちた。


「そうだろうな、美夜のことだから」


隼人は、美夜の肩を今度は深く抱いた。


美夜は、泣きながら、隼人の胸に、顔をうずめた。


どこまでも、走って追いつきたかった人の胸だった。


すでに夕方から夜に向かい、街灯が点々と灯り、白や薄桃色の花あかりが夜空に浮かぶ。


二人はその下に立っていた。


あの日、金平糖の入った巾着をくれた無口な少女は、桜の花になっている。


彼女の体温と涙が温かく、隼人に伝わった。


「また、美夜に会えて良かった」


隼人は言った。


隼人は、未だ闇が滲み、薄暗闇の空にも似た心を抱えたままだった。


しかし、周りの暗闇を照らす、川沿いの桜の花あかりのように、美夜は、自分の心を照らす、美しい、彼の花あかりだと思った。


隼人は泣いて熱った美夜の頬に、そしてその唇に口を付けた。


温かく、優しい涙の味がした。



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