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土塀の町でわたしは兄の親友に恋をした。凍る国からの帰還兵はメープルホテルで出会う。  作者: レモン


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第22話 華やかな日々 1

そこは、かつて日本に存在した、最も美しく激動の「異世界」だった。


お茶の香りと、西洋の風と、十五年だけ存在した幻のホテル


びわ色の土塀が続く古い城下町。木立に囲まれた螺旋階段の洋館「メープルホテル」。


「兄の親友」へのひたむきな想いを抱えた少女時代。


凍る大地からの帰還兵を待っていたのは、戦後の光を放つ「メープルホテル」と、変わった故郷、そしてずっと変わらぬびわ色の道だった。

誰を愛し、誰と生き、誰を永遠の記憶に刻むのか。


後半に入りました。

時々、ちょっとした定例音楽会や文化的なサロンの申し込みがあり、メープルホテルは集まりの場としても、賑やかになっていた。


遥佳は、そうした催しものをまとめる担当を母から頼まれている。


彼女も、学校の音楽部や演劇部の活動程度の知識しかないが、他に頼む人材がいなかった。


長い間、娯楽のない時代が続いてきた後で、人々はそうした催しを欲していたこともあり、メープルホテルのサロンは毎回好評だ。


ある日、遥佳の父母とも知り合いの、海産物の卸会社の社長の家族が食事に訪れていた。

夫妻と、その母親らしい高齢の女性、30代手前に思われる男性4人が席に着いている。


「やっと、シベリアから戻った長男が元気になって、会社の仕事も主人から引き継げるようになったので、久しぶりに皆で食事に来ました」


「よかったですね、ほんとうに」


母が答えた。


「まだ、左手に少し後遺症が残っていますが」


その男性が言った。


料理を運んできている遥佳を、


「こちらは遥佳さん。このホテルのお嬢さんよ」


と、夫人は、横にいる息子であるその男性に言った。


「こんにちは」


その男の人は、少し痩せて、彫りの深い顔をしている。そのせいか、その眼差しも深く感じられた。しかし彼は、遥佳に挨拶をして、にっこり笑った。


「よろしくお願いします」


遥佳も、お辞儀をして言った。


彼らが帰るとき、遥佳は見送りをしながら、その夫妻と男性にも、次の催しとなる、『ジャズの夕べ』という音楽会の案内を渡して、


「ぜひいらしてください」


と言った。


「こういうのもあったんだな……」


その男性は、感慨深そうに呟いて、その催しに申し込んでくれた。


遥佳は、芳名帳に、住所と名前を記入してもらったが、彼は名刺もくれた。


「また次のご案内をお送りしたいのですが」


と言うと、


「じゃあ、会社の方に」


と、彼は言った。


それから、その人・・水島氏は、遥佳が案内を送ると、時々来てくれるようになった。


水島は、遥佳が挨拶をすると、いつも穏やかに、にっこり微笑んだ。

不思議な微笑をする人だと思った。

その研ぎ澄まされたような頬の線と、落ち着いた眼差しが、遥佳の心に残る。


そこには、遥佳の関知し得ないものがある。


木立に囲まれた洋館の中や、庭で開催されるサロンは、現実とは別の世界のように存在し、人々を癒した。

ただ、企画から開催までの期間が短かったり、主催者の都合で急遽内容が変更になったりすることもある。


まさにその日、そうした問題に直面していた遥佳は、出席していた水島に、次のサロンの案内を渡して言った。


「今日はありがとうございます。楽しんでいただけましたか?

あの、次のはどうでしょうか? ご家族の方もご一緒に」


「ああ、会社にも届いていましたね。でも次回はちょっと来れないかもしれません」


水島は言った。


「・・・・・」


「・・・は? どうかしましたか?」


遥佳のがっかりした気持ちが顔に出ていたのだろう、水島が尋ねた。


「次回のは、急に決まって、来られる方がちょっと少なくて….」


遥佳は、思わず本当のことを言ってしまった。


水島はふっと笑って言った。


「珍しく苦戦ですね」


そして、


「僕は来れないけど、誰かにあげましょう。従業員にでも」


そう言って、数枚チケットを買ってくれた。


それからは、複数枚頼んでくれることも多くなった。


水島の姿がない時でも、会社の人達らしきグループが、楽しそうにやってきたり、水島家の家族の人たちが来たりしていた。


水島自身が、事務員らしき人や、祖母を同伴することもある。

遥佳は、彼の心遣いに感謝した。

水島は、遥佳に妹のように、微笑みかけてくれる。

それが親近感を持つきっかけになった。


遥佳は、催しの度に、水島の姿を探してしまう自分に気付いていた。

彼の眼差しや微笑が好きだった。

それは、遥佳にとって、担当している催しの時間の中での、ひとつの励みになっている。


サロンでは、参加する人々も、お互いに顔見知りだったりする。


水島も、復員してきて時が経つにつれ、仕事もしているし、色々な人から声をかけられ、近況の話などをしている様子だ。


季節は巡っていった。


その日は、プロの演奏家による室内楽と、フルコースのディナーの催しがあ日だった。

水島氏は、ドレスアップをした女性を伴い、二人で参加をしていた。


窓際の席に、二人は向かい合って座っていた。








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