推理ショー3
「1921年の物語…でも、外国の物語は飛躍しすぎではありませんか?」
岩井は少し困った顔をする。
「でも、アナタは真実を知っている。この物語の原文はドイツ語で綴られていたものですよね?」
明智の追求に岩井は降参したように肩をすくめた。
「はい。確かに。でも、それではなぜ、この物語を日本舞台に改変して発表なんてしたのでしょうか?」
岩井は不思議な顔をする。そう、物語はあの有名な作家の平井先生が連載したものなのだから。
「それは、0から日本の物語を作り出すことができなかったからですよ。」
明智の言葉に岩井が驚いた。
「まさか!あの有名な平井先生が日本語の物語を0から作り上げられないなんて、そんな馬鹿なことがあるわけはない。」
岩井の言葉は少し迷っていた。そう、あの有名な平井先生が人の手紙の束に手を加えてそれで連載するなんて、と、いう気持ちも湧いてくる。
「本物の平井先生ならね。でも、今回の連載をしていた平井先生は別人なのですよ。」
明智は苦笑する。
「べ、別人?なぜ?」
岩井が叫び、ノアが意味ありげな苦笑をする。そして、明智が話を続けた。
「書けなくなったのです。まだ確定はしていませんが、既に亡くなっている可能性もあります。」
明智の声が鈍く響く。
「な、亡くなったって!それでは新連載なんて書いている暇は…まさか、もしかして、出版社の人間が先生の連載計画を続行するために捏造したのでしょうか?」
岩井が不安な顔になる。書けなくなった作家の代わりに物語を書く影の作家がいる話は聞いたことがある。
西洋では 幽霊作家と呼ばれるそうだけれど、これでは幽霊役が逆である。
「いいえ、もっと深刻な理由です。幽霊になってまで彼は本国に帰りたくなかったのですよ。」
と、明智はノアを見る。ノアは全てを受け入れるような顔で頷いた。
「ユダヤ人だから、ですね。」
岩井が鈍い返事をする。1933年ヒトラー内閣が発足していた。これはドイツに、否、ヨーロッパに住むユダヤ人の命の危機を表していた。
「そうです。そして、私は全てに嫌気がさしたのです。そして、カール・グスタフ・ユングの存在にも。」
ノアがうめいた。ユングはドイツの有名な心理学者でユダヤ人である。そして、1933年ヒトラー政権の国で国際心理療法医学会の会長に就任するのだ。
「ユング先生は関係ないのではありませんか?」
岩井は少し困ったようにノアにいう。ノアは絶望的に理解しあえない人間を見つめるように岩井を見る。
「そうでしょうか?でも、私には関係があるのです。私にはこれから沢山の人間が亡くなるのがわかるのです。とても、辛くて大変なことが起こる予感がするのです。私はもう、あの国に希望も愛情も湧いてこないのです。
平井先生はこんな私の心配事を聞いて、そして、癒してくださいました。
私は先生の為にドイツ語の翻訳の手伝いをしていました。」
ノアは昔話でもするように穏やかに話す。が、その様子を懐疑的に岩井が見つめた。
「理解が追いつかないのですが、あなたは何者なのでしょうか?」
岩井の言葉にノアは首を振った。
「私はノア。ドイツ人の貿易商の息子として生まれて、世界を旅し、主に日本で育ちました。日本語の教師が優秀だったので日本語の方がドイツ語より上手だと思っています。」
ノアは穏やかに答えた。
「で、あなたが平井先生を、殺したのですか?」
岩井は混乱しながら聞いてみた。平井は微笑んでそれを否定する。
「いいえ。先生は深夜の執筆中に亡くなったのです。その時、私はドイツ人の仲間に追われていました。どうしても逃れたいと思っていました。そんな時に編集者の人間と名乗る人が現れました。私は咄嗟に先生は執筆中で誰も部屋に入れないと言いました。
私はたまにこの家で翻訳の手伝いをしていたので信用されました。だから、私は…」
ノアの言葉尻をとって明智が話した。
「だから、ドイツ語の手紙の綴りを日本風の物語に書き換えたのですね?」
明智の言葉にノアは頷いた。
「でも、それは、推理小説のネタではありませんよ。」
岩井が話す。それにノアが苦笑で受ける。
「そうだね。これは僕たちユング派の小さな遊びだったのだからね。」
ノアの言葉に岩井が懐かしそうに目を細める。
「ええ。ユング先生の秘密の綴りを真似して我々も 赤い本 なんて言いながら夢の話を記録していましたね。」
岩井の言葉に、ノアが苦い顔で、自分に説明するように話し始める。
「ああ、あれは殺人事件のファイルでも、小説でもない。夢の話なんだ。」
ノアの言葉に鞠子が笑い出す。
「まあ、都合の良い言い振りですこと。いいえ!いいえ…あれはメルヘンの物語ではありませんわ。
あなたは確かに私たちを殺してしまったのですもの。」
鞠子の言葉にノアは狼狽える。そして、岩井がノアを支える。
「鞠子ちゃん、それはどういうこと?」
岩井に問われて鞠子は肩をすくめる。
「言葉の通りだわ。貴方もユング先生の講義を受けたのならわかるでしょ?私たちはみんなここで生まれて育ったのですもの。」
鞠子が当たり前の事でも問われたような呆れた感じで岩井を見る。
「ここで、生まれた?」
「そうよ。私たち、みんなノアの心に住んでいる妖精なのだもの。貴方は他にヒトとは合わなかったようだけれど、私はたくさんの人と会ってきたわ。そして、ノアの目で外の世界を見て、そして、外の世界をここで作り上げてきたのよ。
そうして、ノアが空想知るたびに人が増えたり、死んでしまったりしていたのだもの。」
鞠子はそう言って明智に近づく。
「彼は時間が短いから、簡単に消えてしまうわ。さあ、こちらにいらして。」
と、鞠子は明智を誘った。そして、床に置いてある丸い金具に明智を立たせるうと、布を筒状に縫い付けたものを勢いよく引き上げた。
華やかな紫の布の中に明智の姿が消えて、布が下に落ちる頃には明智小五郎の姿は消えていた。




