西宮理華
「さあ、出来ましたわ。」
ハルは足置きに乗って文月の蝶ネクタイを整えて言った。
「ありがとう。」
文月は少し照れたようにそう言った。ハルは今年14歳になるとは思えないしっかりさでテキパキと文月の身なりを整える。彼女は割りの良い西洋人の女中として働きたいと思っているようだ。その為に西洋風の礼儀作法や、習慣、英語などを学ぶ為、この屋敷で頑張っているのだそうだ。
ハルは東北の宮大工の家の10人兄弟の真ん中で、兄弟や家の手伝いをしていたのでテキパキしていて、男性の裸にも慣れがあって動じなかった。
服の着替えに困惑する文月の気持ちも、面倒くさがりだからだと考えているようだった。
文月は積極的に着替えを手伝うハルをやっかいに思いながらも好感を持っていた。甲斐甲斐しく手伝う姿に、さっちゃんとの新婚生活を思い夢を見る。
が、椅子に座らされて爪の手入れを始めた時は少し混乱した。
「ありがとう、でも、これで、もう綺麗になったからもう、いいよ。」
文月はハルの右手の横のマニュキュアの瓶に不穏を感じてやんわりとそういった。
「いいえ、お嬢様と朝食を取るのですから完璧を目指して頂かないと。」
ハルはキリッとした顔で圧してくる。
「え?でも、綺麗じゃないか。爪の間にゴミも入ってないし。」
文月の何気ない感想は春のやる気に火をつける。
「当たり前ですっ。爪のゴミなんて…お嬢様にお会いになるのですよ?庭に咲く『戦少女』ですら、お嬢様の食卓を飾る為には全ての棘を抜いて整えられるというのに、男性が同じ卓を囲むとなれば、それ以上に磨かなければいけません。」
ハルはそう言って芸術的な丸みのあるマニュキュアの瓶を開け始める。文月は少し困惑しながら、爪を丸めてさらに抵抗数する。
ここ西宮家の庭のお嬢様を記念して作られた新種の真紅の薔薇『戦少女』と比べられても、あのマニュキュアの瓶の桃色の液体を自分の爪に塗られるのは抵抗がある。
「でも、僕は薔薇じゃないし、男子がそんなチャラチャラしたものをつけるのは、逆におかしくはないのかな?」
これでハルが納得するとは思えなかったが、一応、抵抗はしてみる。そして、どうして逃げようかを考える。そんな文月の様子を疑わしそうに見つめながらハルは心配そうに文月をみる。
「でも、文月さんはこれから商談を兼ねて食事をとるのですよね?大変な交渉をするのであれば、やれると思ったことは全てしておくほうがよいのではありませんか?」
と、春に言われて文月はハッとした。確かに、朝食をただ、食べるためにお嬢様が呼ぶわけもない。
文月が書いたシナリオの話を聞くために呼ばれるのだ。その仕上がりを考えると、イメージは極限によくした方がいい。そう思い返して文月は春に爪を任せた。
そう、こんな事はしていられないのだ。そして、この家の当主、西宮理華は、我が編集部、もとい、出版社の重役に『お願い』をしてそれがまかり通る人物なのである。
彼女を説得できなければ、会議に出ることもなく2日も潰した文月の、この先はあり得ないのだ。




