第35話「外縁」
鈍く輝く鎧に身を固めて。
パパギリス・ボヤッジュ・ヴィランガードはサイアスの私邸の前で馬に乗り、その門を睨みつけていた。
高い石璧に分厚い観音開きの門。
その向こうにいるはずの自らの娘の事を、そして戦うべき相手の事を思い、パパギリス伯の喉がゴクリと鳴る。
「パパ」
響く声が一つ。
彼の隣にある二頭立ての馬車。
その中から女性の声が響く。
開いた窓からはパパギリス伯の妻、ママリィースが横顔を見せていた。
不安げな色を顔に浮かべ――
「代わって差し上げましょうか?」
――否。
夫以上に覇気の籠った表情を浮かべ、見目麗しい金の刺繍が入った赤い狩衣に身を染めて、側に愛用の短弓と矢筒を備えた美傑がそこにはいた。
その姿に苦笑いを浮かべながらパパギリスが答える。
「いやいや。君はそこにいてくれ。これは僕の仕事さ」
「フフッ。そうですか? ならよしなに」
そう笑い顔を引っ込めるママリィースを見送って、パパギリスは自らの周囲に視線を送った。
周囲を固めるのは別宅に詰めていたヴィランガードの衛兵たち、そしてセバスチャン・ロードレイクを筆頭に戦える使用人たちを含めた30人弱。
それが最前線に立ち。
その背後を固めているのが、王都の貴族たちが供出してくれた私兵約450人である。
(でも、うちの身内以外は烏合の衆に近い……)
一人、パパギリスがそう思う。
レイリィース救出のためと強い意欲を持ち、士気も高いヴィランガードの兵たちに比べて。
主の命により送り出されたとはいえ、王族に歯向かう事を本能的に恐れている私兵たちは、攻勢を受ければ容易く崩壊する危険性があった。
(戦いたくない。戦いたくない。戦いたくない。戦いたくないなぁ……)
そう脳裏に言葉が何度もこだまして。
ゴクリとまた喉が鳴り。
それを見てか、馬車から場違いな軽やかな声が響いた。
「ヴィランガード卿。それほど緊張する必要はありませんよ」
「ッ……。そう……ですな……、ディスパーション嬢」
馬車の中にあるもう一つの影。
流れる銀の髪に白いドレス。
猛禽類を思わせる力強い金色の瞳。
ティアラ・エルモンド・ディスパーション。
あの『会合』の日、レイリィースにクロムウェルへの協力を依頼された女性がママリィースの対面に座っていた。
そして彼女こそが、この乱の影の支配者と言っても過言ではなかった。
サイアスの乱心を受け混乱する貴族たち。
そして、その報告を受けレイリィースを、クロムウェルを助けようと動き出す者たち。
それらをまとめ上げ、この場に集わせたのがティアラであった。
(まぁもっとも、私もこんな大規模な話になるとは思っていなかったのだけど……。ちょっと、あの子を舐めていたかしら……)
そう一つ、ティアラが息をつく。
ディスパーション家は王国の諜報・防諜を秘密裏につかさどる家である。
アイリス王国の各地に『目』と『耳』を持ち、その気になれば全ての貴族の朝食さえ調べられる力を持っていた。
そんな彼女をして、これほど貴族たちが動き、兵が集まるとは思っていなかった。
(すべては『結果』ね。これは全て、あの子がこれまでして来た事の結果……)
クスリとティアラが笑みをこぼし、金色の瞳をジワリと歪める。
(その行動が今日、全てを動かした。お見合いに参加したご令嬢達、そしてその親、兵士……。そして――)
馬車の外、ゴゴゴッという地鳴りのような音が鳴る。
サイアスの私邸の門が開かれようとしていた。
内側に門が開いていく重たい音が響き。
そして一人の人間の声が聞こえる。
「お待たせいたしました、皆様方。それでは屋敷の中にどうぞ」
若い男性の声。
その声に、ティアラはまた笑みを深めた。
(――国家を動かすまでに至る。さぁ、この舞台はどんな結末を迎えるのかしらね。フフフフフッ……)




