襲撃
「あんた、何で・・・・」
フレイリアは自分の命が助かったことよりも、レアルが助けに入ってきたことに驚きを感じていた。
「おい、大丈夫なのか。返事しろよ」
「え、あ、うん」
唖然としていたフレイリアはレアルに返事を求められて意識を戻した。すると、レアルはしばらくフレイリアのことを凝視する。
「な、何よ」
「見たところ怪我はしてないみたいだけど、あいつに何かされたか?」
「別に何もされてないわよ」
「そう、ならいい。とりあえず、しばらくはそこを動くなよ」
そう言うと、レアルは先ほど蹴とばしたアンジーの方へと目を向ける。いつものように意地悪な態度を取るわけでもなく、レアルは淡々とフレイリアの安否を確認した。その様子にフレイリアはかなり違和感を感じた。あのいい加減な態度はどこへ行ったのだろう、とフレイリアは疑問を浮かべた。
「動くなって、何で命令されなきゃいけないのよ。それにさっきまた私のことお転婆って言ったわよね?」
すると、フレイリアはレアルが助けに入ったことを思い出して問いただそうとしてくる。
「文句は後で聞いてやる。今がどんな状況か分からないわけでもないだろう?」
それを聞いてフレイリアは口を噤んだ。先ほどまでフレイリアは暗殺者に殺されかけていたのだ。その時の恐怖がまた襲い掛かってきたのだろう。顔色も少し悪い。
「じっとしてろよ」
今度は返事を求めなかった。フレイリアももう口を挟むつもりはなかったようだ。
それを確認するとレアルは意識をアンジーの方へと向ける。蹴とばしてフレイリアから離れさせたが床に倒れるような真似はしなかったようだ。ドレスを着ているというのに大した身のこなしだ、とレアルは感心した。しかも、蹴りは完全にガードされてしまったのでダメージもそれほどはなかった。蹴られた左腕を押さえながらアンジーはレアルと睨み合いを続けた。
レアルがアンジーを蹴とばしたおかげで周りの生徒の視線が集中している。第三者が見れば、レアルがいきなり女子生徒に暴行を働いたという構図だが、周りの生徒たちも状況についていけていないようで野次を飛ばすものはいなかった。
「いきなり女性を蹴りにかかるとは、失礼にもほどがあるんじゃないですか?」
「舞踏会にナイフなんて無粋な物を持ってきてるあんたには言われたくないな」
「護身用ですよ」
「暗殺用の間違いだろ」
皮肉の混ざった会話をしながらレアルはアンジーの出方を探っていた。奇襲を仕掛けてきたということでこれ以上の武装はしていないと考えられる。となると、次に使える武器は魔法だろう。王族を狙ってきているため、アンジーはかなりの手練れと判断するのが妥当だ。
アンジーが取れるであろう行動はレアルの隙を見てこの場から逃走することか、もう一度攻撃を仕掛けてくるかだ。可能性としては逃走する方が高いが、暗殺者が与えられた仕事を簡単に放棄するとも思えない。特に今回は狙いが王族だ。顔もばれているのだ、ここで逃げたら一生追われる身となるだろう。
レアルから仕掛けるという考えも出たが、今は後ろにフレイリアがいるため迂闊には動けない。まだ他に暗殺者がいないとも限らないのだから。
「まさか、給仕に扮した護衛がいるとは驚きました。たかが子供の暗殺と言えど油断しすぎましたね」
「別に俺は護衛ってわけじゃないぜ。この学院に通うただの学生だ」
「学生、あなたが?」
アンジーは訝しむように目を少し細めた。
「ああ、そうだ。不思議かい?」
「ええ、そうですね。学生と言う割には手慣れた対応をしていますから」
「そういあんたも暗殺者の割には抜けてるんじゃないのか?舞踏会に来てるっていうのに気配を消して目立たないようにしてる女がどこにいるんだよ」
「なるほど、ばれたのはその所為でしたか。穏便に済まそうとしたのですが、それが仇となったようですね」
「誰の差し金だ?」
「言うと思いますか?」
すでに暗殺者であることがばれているというのにアンジーは余裕を持った態度を崩さない。レアルを揺さぶるためのブラフという可能性もあるが、決めつけるには情報が足りない。
逃げることも、仕掛けてくることもせずにその場に留まり続けている理由をレアルは考える。こんなところで悠長にレアルとの会話に付き合っているということはアンジーには何か狙っていることがあるはずだ。
そもそも、暗殺に来たのがアンジー一人と言うのもどこかおかしい。学院の敷地内には彼女の仲間が潜んでいるのは確実だ。そちらが何もしてこないのが気がかりだった。
すると、そこでレアルはこの状況の違和感に気付いた。これだけ中で騒ぎが起きているというのに講堂の外の警護に当たっていた兵士たちが誰一人として入ってきていない。大量の窓ガラスが割れているのだ、騒ぎに気付いていないというのはあり得ないだろう。それにシャルロットの姿も見えなくなっている。
「となると、まさか・・・・」
そう呟いた瞬間、アンジーが動いた。けれど、動いたのは足ではなく手だ。すると、その動作に連動するように地面に落ちていたナイフが独りでに動き出した。
「魔導具かっ!」
魔導具とは魔法を行使する際に補助として使われる魔具とは違い、道具に刻まれた魔方陣に魔力を流すことによって魔法を発動させることができる道具だ。
けれど、離れた場所にあるナイフに魔力を流しているような素振りはなかった。魔力が流れ出ているなら二クスが気付いてレアルに知らせている。
けれど、今はそんなことに悩んでいる暇はなかった。動き出したナイフはレアルの方に向かってきていたのだから。
「危ないっ!!」
後ろでフレイリアが叫ぶ。けれど、レアルはこの程度では動揺しない。すぐさま魔力を剣へと変換させて飛んできたナイフを弾く。弾かれたナイフはまたも地面に転がる。
その隙にアンジーは逃走を図る。ドレスではそこまでスピードは出ないだろうと思ったが、彼女のドレスには太ももくらいまで裾が破かれていて走るのに邪魔にならないようになっていた。
レアルはさらにもう二本、剣を出現させてアンジーを狙う。
「剣を操る術ですか。また珍しいことを」
二本の剣はアンジーに向かって飛んでいくが、どちらの剣も躱され、床に突き刺さる。アンジーは割れた窓の一つから講堂の外へと逃げて行った。
「くそっ、逃げられたか」
レアルとしては出来ればあの場で捕えておきたかったのだが、過ぎたこと悔やんでも仕方ないと諦める。それよりも今は早く次の行動に移らねばならなかった。
「フレイ!!」
すると、生徒たちの中からシリウスとアイシャがこちらにやってきた。それの少しあとにカイトとユーナもやってきた。
「フレイ、怪我はしてないかい?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。二人とも無事でよかった」
怪我がない様子を見てシリウスは安堵する。
「安心するのはまだ早いぞ。王子様」
「どういうことだい?」
「まだ、敵がいる。とりあえず、講堂の中にいる生徒を逃がしてくれ。学舎の方に逃げて教師たちにこのことを伝えろ」
「ちょっと待って。一人だけ理解して勝手に話を進めないで。どうしてまだ敵がいると思うのよ?」
そこで、アイシャが会話に入ってきて説明を要求する。
「この国の王女を狙ってきたんだぞ。暗殺者がさっきの奴一人なわけないだろ。それに失敗したまま逃げ帰るとも思えない」
「それだったら、外にはまだ敵がいるんだよね?だったら、大勢の生徒を外に出すのは危険だ」
「外にいる奴はこっちで何とかする。元々そのつもりだったしな」
「一人で?無理よ」
「そうだよ。それよりここにいる生徒で外から来る敵を迎撃した方がいいんじゃないか?」
「さっきまで舞踏会で浮かれてたやつらが急に戦えると思うのか?」
その質問に答えるものはいなかった。生徒たちは先ほどのやり取りを見て不安がっている。戦える雰囲気ではない。
「分かった。君の指示通りにしよう」
「シリウス、あなた・・・!?」
「このままここに留まっていても武装も何もしていない僕らでは向かってくる敵には勝てない。それに敵がいつ来るかも分からない。下手に被害を出すよりはレアルの案を採用した方がいい」
流石は次期国王と言うべきか、何が最善かを見極めて決断する力はあるようだ。
「カイト、これを」
レアルはカイトに持っていた剣を渡す。
「剣は使えるだろう。そっちにも敵がいないとも限らないからな」
「分かった」
「後の段取りはそっちに任せる。なるべく、早くしろよ」
必要な支持を伝えてレアルは外に向かおうとする。その時、どこか悔しげに顔を歪めているアイシャが目に留まった。
「守ってやれよ。友達なんだろ?」
「っ!?」
「じゃあな」
そう言ってレアルは割れた窓から外へと飛び出していった。
「大丈夫かい、アイシャ?気分でも悪いんじゃ・・・」
「いいえ、大丈夫よ。それより他の生徒の非難を急がせましょう。この中にも先生がいるはずよ。その人たちにも手伝ってもらったらいいわ」
「ああ、分かった」
そして、シリウス達は生徒たちの非難を始めた。
◇◆◇◆◇◆
「他の暗殺者がどの辺りにいるか分かるか?」
『ああ、少し待て』
精霊は体がマナや魔力で構成されているため、人よりマナや魔力を感知する感覚が鋭い。人がそれを行う場合は魔法を使用することになるが、精霊なら自らの感覚を広げるだけでいい。体を失ったとはいえ、元始種であった二クスならそれくらいは容易い。
『見つけた。学院の西側からこちらに向かってきている』
「数は?」
『十人くらいだ。仲間は敷地内に居れていなかったのか?』
「分からない。けど、シャルロットが現れないってことはもうどこかで戦っている可能性がある。そっちも探しといてくれ」
『分かった』
二クスとの会話を終えたレアルは目の前にある森林の中に入っていく。木や草が邪魔になるがそんなことを気にしている暇はなかった。
敵のことも考えるとこの森林の中を抜けてくる方が見つかりにくい。
『近いぞ』
しばらく森林の中を走っていると二クスが警告をしてきた。すると、その言葉のすぐ後にレアル向かって一本のナイフが飛んできた。正面から正確にレアルの首を狙ってきた。
「近すぎだろ。もっと早く言えよ」
レアルは飛んできたナイフを躱して、柄を掴む。そして、飛んできた方向にナイフを投げ返した。もちろん当てるつもりで投げたのではなく、ただの牽制だ。
だが、向こうはまさかナイフが返ってくるとは思わなかったのか、焦った様子で回避した。その際に草木の陰に隠れていた、ナイフを投げたであろう一人の姿をレアルは捉えた。
すぐさま手に剣を出現させ、捉えた暗殺者のところへと跳躍した。そこにいたのは目のところ以外を黒ずくめで覆った暗殺者だ。これもまた予想外だったのか暗殺者は驚きのあまり体を硬直させた。レアルは剣を振り下ろし、暗殺者を斬り伏せる。
「一人目・・・」
仲間が一人やられたことで暗殺者の中で動揺が広がった。
「焦るなっ!!あの女が言っていた学生だ!!数人で掛かれば問題ないっ!!」
暗殺者のリーダーの声が響く。するとレアルを囲うようにさらに三人の暗殺者が姿を現した。現れた三人は一斉にレアルに向かってきた。
レアルは焦ることなく、新たに魔力を変換させて長い鎖を作り出した。その鎖を右方向からくる一人に投げる。暗殺者はそれを躱すがこれはただの鎖ではない。更生しているのはレアルの魔力なので剣と同様にレアルの意のままに操れるのだ。
鎖は蛇のように暗殺者の首に巻きつく。それを確認するとレアルは自分に身体強化を施して背負い投げの要領で鎖を引っ張った。すると、暗殺者の体は弧を描いて反対側の地面に叩きつけられた。それと同時にレアルに向かってきていた残りの二人の動きも止めた。
レアルはもう左手にもう一本、剣を出現させる。今度はレアルが暗殺者との距離を一気につめた。そして、すれ違いざまに二人を斬りつける。
「な、何だっ、こいつはっ!?くそ、全員で掛かれっ!!」
その掛け声で残りの暗殺者が全員姿を現した。数は五人だ。
その内の二人がまたもレアルの方に向かってくる。残りの三人は後方で魔法の準備をしていた。
「魔導師も混ざってやがったのか」
すると、前方に迫っていた暗殺者がレアルに向かってナイフを投げて来る。
レアルはそれを剣で弾く。
ナイフを弾いたせいで一瞬レアルの足が止まる。
その間にもう一人の方がレアルとの距離を縮めて、レアルの首をナイフで斬りつけようとする。
向かってくるナイフをレアルは右手の剣で受け止めて、左手の剣で暗殺者を斬りつけようとするが、ナイフを投げた方がまだ持っていたナイフを構えてレアルに飛び掛かってくる。そう何度も簡単にはやられてはくれないらしい。
飛び掛かってくる一人を左手の剣で弾く。その隙にもう一人もレアルから距離を取る。
レアルは追撃を掛けようとするが、今度は後ろから魔法が迫っていた。
迫ってきていたのは二つの【火球】。レアルは地面を蹴って空中に逃げる。
けれど、暗殺者はそれを読んでいた。飛んでいるレアルに照準を合わせて魔法を放った。
赤と緑の魔方陣が二重になっている。これは火属性と風属性の複合魔法【火炎球】だろう。風属性の特性によって威力が増しているため、当たれば全身が焼かれ、バラバラに砕かれてしまう。
魔法は直撃コース、空中であるから躱す手段はない。暗殺者もこれで仕留めたと思ったはずだ。
「なめんなよっ!!」
レアルは迫ってくる【火炎球】に向かって目にも留まらぬ速さで剣を振りぬく。すると、【火炎球】は両断されてしまった。
「ま、魔法を切っただとっ!?」
両断された【火炎球】はレアルの後ろで爆発を起こす。その爆風によってレアルが加速した。
後方にいた暗殺者と距離が無くなり、目の前にいた暗殺者に袈裟斬りを食らわせる。
その場で体を回転させて残りの二人の胴に斬りかかったが、暗殺者はすぐに回避行動をとって後ろに飛び退いた。
レアルは飛び退いてまだ空中にいる暗殺者の片方に向かって剣を投げる。その剣は回りながら飛んでいき、暗殺者の肩に刺さった。
すると、先ほどナイフで襲いっ掛かってきた二人が戻ってきて再びレアルにナイフを突き立てようとする。
レアルは振り返り様に一人を斬りつけるが、もう一人の方は間に合わず、腕を少し切られた。
切られたところから痛みが伝わってくる。けれど、それも気にせずにレアルは追撃をした。
新たに三本の剣を出現させて、ナイフで切りつけてきた暗殺者に飛ばす。
三本の剣は空中を自在に飛び回り、暗殺者を突き刺そうとする。
だが、暗殺者は剣の軌道を読んで、一本ずつ確実に躱していった。けれど、レアルはこれで一瞬だけ自分から注意が外れればよかったのだ。
剣に注意が言っている間、レアルは暗殺者との距離を縮めて真横に回り込んだ。
暗殺者もそれに気付いたが、その時にはもう遅く、レアルに一太刀浴びせられていた。
「残りは一人・・・」
そう呟いてレアルは最後の一人を捉える。
「【天馬の羽】」
足元に緑色の魔方陣が現れる。それを踏み込むとレアルの体が一気に加速した。
最後の暗殺者はまっすぐ向かってくるレアルに向かってもう一度【火炎球】を放った。
「気かねぇよ」
レアルは先ほどと同じように【火炎球】を切り裂く。そして、無防備になった暗殺者を思いっきり蹴り飛ばす。
暗殺者は跳ね飛ばされて後ろにあった気に叩きつけられた。だが、まだ意識はある。
レアルは着地するとすぐに暗殺者との距離を詰めて、暗殺者が崩れ落ちる前に喉元に剣を突きつけた。
「ひっ!?」
暗殺者は短く悲鳴を上げて、ずるずると下がっていく体を止めた。
「誰の差し金だ?何で王女と王子を狙う?」
「い、言えるわけないだろっ?!言ったら俺が殺されるっ!?」
「別にそんなの遅いか早いかの違いだろ?」
そう言ってレアルは暗殺者の首に剣の切先を食い込ませる。
「や、やめろ、やめてくれっ!!」
「だったら、質問に答えろ。そしたら見逃してやる」
「わ、分かった。お、教えるからっ」
それを聞いてレアルは剣に込めていた力を緩める。それによって切先が首から離れた。
「あがっ、がはっ!?」
だが、突然暗殺者が苦しみだす。首を掻き毟るようにもがきながら嗚咽を漏らした。レアルは首の一部が怪しく発光しているのが見えた。
しばらくして暗殺者はもがき苦しむのをやめて倒れこんだ。
レアルはすぐに倒れこんだ暗殺者の首を確認する。
「これは・・・」
『呪印か・・・』
暗殺者の首には黒い十字に円が重なった痣が浮かんでいる。呪印と言うのは禁呪の一種で、人体に直接魔方陣を刻み、ある制約を破ると発動する魔法のことだ。
禁呪のほとんどは五十年前の戦争の時に開発されたものだ。戦争が終わってからは国で全て管理されているので一般に情報が回ることはない。
「こいつらの雇い主はかなりの大物ってことか」
まだ貴族狩りの首謀者との繋がりは見えてきていないが、もしも今回の件と貴族狩りの首謀者が同一人物ならかなり厄介だとレアルは思った。
「二クス、まだ敵はいるか?」
『いや、もう周辺にはいない』
「シャルロットの位置は分かったか?」
『正門付近に二つ気配を感じる。この分だと交戦中だろう。正門にいる敵はウィクトアリアに任せておけばいいのではないか?』
「いや、シャルロットには護衛の方をやってもらいたい」
『何故だ?』
「さすがに今は学生らしくって言うのができないからな。さっきも普通に怪しまれたし」
『なるほど、けれど、何時もの姿が学生らしいのかは疑問だが・・・』
「ばれてないんだからいいんだよ」
そう言ってレアルはシャルロットがいるであろう正門へと向かっていった。




