忍び寄るもの
学院の生徒が舞踏会を楽しんでいる間、講堂の外では国から派遣された兵士が講堂を囲うように警護していた。
シリウスとフレイリアの護衛のため、この学院には多くの兵士が常駐するようになったが、ここ一週間でそれも馴染みの光景となっていた。
講堂の正面の警護を担当している二人の兵士。うち一人が大きな欠伸をした。
「おい、仕事中だぞ」
もう一人は同僚の気の緩んだ態度を見て注意する。
「別にいいじゃねぇか。誰に見られてるわけでもないんだし」
兵士は軽い口調で許せ、と言わんばかりに言ってきた。
「にしても、舞踏会か。良いよなぁ、貴族の坊ちゃんとお嬢ちゃんは遊んでるだけでいいんだから」
「そんなこと、誰かに聞かれたら・・・」
「だから、誰も聞いてやしねぇって。お前、真面目すぎなんだよ。もうちょっと肩の力抜いた方が良いって。そんなんだから彼女に振られたんだよ」
「・・・むぅ」
そう言われて真面目な兵士は押し黙る。この兵士は先月にようやく恋仲になった女性と別れている。その理由が性格が固すぎて面倒だと言われたのだ。本人としてはただ真面目な交際をしていたつもりだったのだが、相手にはそれが伝わらなかったらしい。なので、性格のことは今かなり気にしているのだ。
この二人の関係は一言で言い表せば、仲のいい友人同士というのがしっくりくるだろう。軍に志願した時が同じで同期で入隊することになり、職場で何となく共に行動することが多かったので自然と仲も深まっていったのである。
「それを言うならお前だって、何度も振られているじゃないか」
真面目な兵士は反撃と言う風にもう一人の兵士に向かっそう言った。もう一人の兵士はよく言えば、恋多き男であるが、悪く言えば軽薄な男であった。なので女性と付き合う回数も多いが振られる回数も多い。最短で一週間で振られたこともある。
「あれは本気じゃなかったんだよ」
「どれのことだ。多すぎて分からん。というか、振られた奴がそんなこと言っても説得力がないぞ」
「う、うるせぇっ!!終わったことはどうでもいいんだよ」
軽薄な兵士も振られたことに対しては気にしているようだ。
「それにしてもさぁ、貴族の女って綺麗な奴が多いよな」
「何だ藪から棒に」
「いや、一度はああいう風な女と付き合ってみたいなぁって」
「無理だな。貴族が平民なんかを相手にするはずがないだろう。お前もそういう夢見がちなところは直した方がいいと思うぞ」
「ったく、何でそう萎えること言うかねぇ。男だったら夢の一つや二つ追いかけんでどうする」
「はいはい、分かった。残りは仕事の後で聞いてやるから」
真面目な兵士はどうでもいいことのように受け流した。軽薄な兵士も相手にされてないと分かると話しかけるのをやめて見張りの仕事に戻った。
「こんな見張りしなくても敵何てこねぇよ」
見張りの仕事に飽き飽きしているようで小さな声で愚痴を漏らした。誰に投げかけた言葉ではなかったのに後ろから返答が返ってきた。
「油断するのはいけないなぁ。いつ何時、不測の事態が起こるかもしれないんだから」
真面目な兵士の声でも、軽薄な兵士の声でもない、まだあどけなさが残る少年の声。二人は驚いて同時に振り向いた。
すると、そこにはいつの間にか黒い法衣を纏った少年が立っていた。少年の顔には笑みが浮かんでおり、兵士たちにはそれが不気味に見えた。
「どうも~」
雰囲気にそぐわない陽気な声で少年は兵士たちに挨拶をしてきた。
「おい、何だよこいつっ!どっから出てきたっ?!」
「慌てるなっ!侵入者だっ!!とりあえず、他の奴らに知らせるん・・・・」
「あ、多分他のお仲間はもうやられてるんじゃないかな?だから、意味ないと思うよ?」
少年に告げられたことは俄かに信じられないものだった。その所為で兵士たちの動きが一瞬だけ驚きにより止まった。
「こっちも仕事だからさ、そんな顔しないでよ。それじゃあね」
そう言って少年は手に持っていた棒のようなものから巨大な黒い刃を生やし、大鎌へと変化させた。そして、その大鎌を兵士たちに振りぬく。
振りぬかれた大鎌は恐ろしいほどの切れ味で一気に二人の胴を切断してしまった。兵士たちも一瞬何が起こったのか分からなくなって、自分たちの体が切り離された後に斬られたことに気付いた。
切り離された上半身は地面に落ち、ほどなくして下半身も崩れ落ちた。切断面は何かに蝕まれたように黒ずんでいてゆっくりと血が滴り落ちてきた。
「はぁ~今回はこれでお仕事終了か。つまんないな」
少年は人を殺した罪悪感もその行為に及ぶ忌避感も感じた様子はない。
仕事を終えたという少年のところに大柄な男が現れた。鋼のような体躯をしていて顔の右頬に大きな傷がある厳つい男だ。
「ゼド、終わったのか?」
「あれ、どうしたの?」
「ちゃんと仕事をしているか確認しに来ただけだ」
「もう、信用ないなぁ。ディノの方はどうなんだい?」
「問題ない」
「そう。ま、予想通りだけど」
少年、ゼドは興味がなさそうに短く返事をする。兵士たちの死体を見下ろしながら立っていると、ゼドは思い出したように呟いた。
「にしても、意外だったな。一番乗り気じゃなかった彼女が王族殺しを買って出るなんて。しかも一人で」
「一応、受けた仕事だ。効率を重視しただけだろう。それに策もある」
「それもそっか。策がなくても仕留められる相手だし」
ここは魔導師を育成する学院であるが、大半の生徒は実戦すら経験したことのない者ばかり。そんな子供が大勢集まっていようと幾多の暗殺や殺し合いを経験したゼド達の前では相手にならないだろう。
「そうだな」
「でも、気は引き締めていた方がいいかもね」
「・・・いつもと違って慎重な発言だな」
「ハハッ、そうかな?あれかな、僕も緊張してるのかもしれないよ」
ゼドは嬉しそうに笑いながら、ディノにそう告げた。ディノは先ほどの言葉に多少違和感を感じたが、目の前にいる少年が狂しいのはいつものことだと思い、特に気にしなかった。
「さて、どうなるかな」
誰にも聞こえない声でそう呟いたゼドの目には期待の色が見えていた。
◇◆◇◆◇◆
講堂の中に流れる音楽に合わせて、様々な男女が手を取り、踊っている。ある者は仲睦まじく、ある者は気恥ずかしそうに舞踏会を楽しんでいた。
そんな中、相手を探しに行ったフレイリアはムスッとした不貞腐れた表情で壁際に控えていた。踊っている生徒を少し羨ましそうに見つめながら、盛大にため息をついた。
いくら相手を探しに行ったとはいえ、自分から誰かを誘う言うのはマナー違反で浅ましく思えたため、され科が誘ってくれるのを待っていたのだが、大半の者は相手が決まっていたのか誰にも声を掛けられることはなかった。結局、相手を見つけることはできなかったのである。
声を掛けられなかった理由としては、今ほどではないが表情に不機嫌さが交じっていた所為かもしれない。
フレイリアは今更ながらシャルロットの誘いを断ったことを後悔した。こうやって壁際で曲が終わるのを待っているよりはマシだと思ったのだ。
「・・・・はぁ」
どうしてこうも上手くいかないものなのだろう、とフレイリアはまたもため息をつく。
つい一週間前までは学生生活を心躍るほど楽しみにしていたというのに、いざ編入してみると憂鬱に悩まされることが多かった。
フレイリアの悩みの原因と言うのはもちろんレアルのことである。フレイリアはレアルとであったところで自分の思い描いた学生生活が崩れてしまったのだと考えていた。
「・・・全く、あんな男のどこが良いっていうのよ」
不満げに一人愚痴を零してみるが答えてくれる者はいない。自分が慕う兄や姉のような人物、友人などがレアルと親しくしている、と言う事実が余計にフレイリアを悩ませていた。
礼儀知らずで、ぶっきらぼうで、会う度に人のことを馬鹿にしてくるレアルのどこに好意を持つ要素があるのか、フレイリアは不思議でならなかった。
「また、同じこと考えてる」
自分の思考が分かりもしない疑問に浸っていることに気付く。この思考には何度も陥っている。けれど、一向に分かる気配はなく、いつも途中で打ち切るのだ。
どうして自分がレアルのことでこれほどまでに悩まなければいけないのだ、とレアルのことを恨めしく思う。そして、いつまでもこんな気分でいるのは不快だったので少し気分転換でもしようと思い、外の空気でも吸って来ようかと考えた。
そう思って講堂の外に足を進めようとしたとき、誰かにぶつかりそうになった。慌てて足を止めたので本当にぶつかることはなかった。
「っ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
フレイリアはその女子生徒を見て綺麗な人だなぁ、と思った。青紫のドレスに紺青の髪、大人びた雰囲気から三年生だろうと予想した。
フレイリアは何となくアイシャに似ているような気がした。
「私の顔に何か付いておられますか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ・・・・」
いつの間にか自分がその生徒の顔をまじまじと見ていたことに気付いてフレイリアは慌てて目を逸らす。
「それより、こんなところにおひとりでどうされたのですか?」
「あ、ええっと、ペアが見つからなかったので・・・・」
聞かれたので咄嗟に答えてしまったがフレイリアは言った後に正直に答えてしまったことを後悔した。相手は初対面の上級生なのだ。態々、自分がペアを組むことに失敗したことを暴露する必要はない。それを理解した途端フレイリアの顔は赤くなった。
「そうですか。それでは暇つぶしに私と話でもしませんか?」
「え?」
その生徒は苦笑を浮かべるわけでもなく、自然とフレイリアにそう聞いてきた。
「見ての通り、私も一人で暇を持て余していたところですので」
「あ、はい」
これもまた咄嗟に答えてしまった。フレイリアは先ほどから自分が流されていることに気付く。けれど、気分転換をするにはちょうどいいと思った。
「実を言うとですね。私、こういった催しに参加するのはあまり多くないんですよ」
「え、そうなんですか?えっと・・・」
「アンジーとお呼びください」
フレイリアが聞く前にアンジーは自分の名前を名乗った。
「ちょっと、意外ですね。アンジーさん、かなり落ち着いてるのに」
それは素直な感想だった。フレイリアは雰囲気がアイシャに似ている所為だろうか、アンジーが自分より色々と経験してきているように思ったのだ。
「周りに恥ずかしく見られないようにしているだけです。昔は少し体が弱かったのであまり外に出ることができなかったのですよ」
「そうですか。今はお体の方は大丈夫なのですか?」
「ええ、体力は自信ないですけど、生活をする分には問題ありません」
「それは良かったです」
フレイリアはアンジーと話している内に自然と頬が緩んだ。同じ年代(年上ではあるが)の女子と普通に話せているのが嬉しかったのだ。それに敬語を使われてはいるが、アンジーからは自分に対するよそよそしい態度が感じられなかったのもあった。
「ここで話せたのも何かの縁ですので、今日は経験豊富な姫様に舞踏会の振る舞い方など教えてほしいのですが・・・」
「経験豊富だなんて、私はただ多く参加しているというだけで教えるほど知識があるわけじゃ・・・」
「私より経験が御有りなのですから、何も問題はないです」
アンジーは何とも断りにくい言い方でお願いしてきた。フレイリアは話し始めから思っていたことだが、目の前の女性はかなり口が上手いようだ。
「では、姫様は私に舞踏会での振る舞い方を教える代わりに、私は姫様のお悩みの相談に乗るというのはどうですか?」
「え、どうして?」
フレイリアは自分が悩んでいることを言い当てられて戸惑った。
「先ほど、どこか行かれようとしていた時に何やら沈んだお顔をされていたのでもしや、と思いまして」
次に質問されることが分かっていたのか、アンジーはフレイリアに聞かれる前に理由を答えた。
「み、見られてたんですか・・・」
「別に恥ずかしがる必要はありませんよ。姫様だって多感なお年頃ですし、悩みくらいあって当然です」
アンジーは優しげにそう伝えてきた。
「それじゃあ、お願いします」
「頼んだのは私の方なんですけどね」
「あ、はい。そうでしたね」
「まぁ、いいでしょう。まずは姫様のお悩みをお聞きいたします」
「え、でも・・・・」
「構いませんよ。お願いの前金だと思ってください。それに私は年上ですからね」
引き受けた手前それはどうかと思ったが、フレイリアは年上の顔を立てるという名目で素直に好意に甘えることにした。
「えっと、じゃあ、話しますよ。少し気になる人がいて」
「恋の悩みですか?」
「いえ、違います」
フレイリアは即答で否定した。
「その人、すっごく評判が悪いんです。学院でかなり嫌われてるみたいで、私も会って間もないんですけど、いつも意地悪ばかりしてくるんです」
「それは幼い子にありがちな、好きな子に構ってほしいという愛情表現というのでは?」
「それも違うと思います」
これもまた即答した。レアルはただ単に自分で遊んで楽しんでいるだけだ、と断言できる。それにレアルがそんな回りくどいやり方で意中の相手に迫るとも思えなかった。そもそも、恋愛に興味があるのかも疑問に思った。
「とにかく、問題はそこじゃなくて次からなんです。さっき言った人は何故か、私が慕っている兄や姉のような人に好意的な印象を持っているんです」
「つまり、姫様は嫌われ者であるその人が自分の慕う人に好かれている理由が分からない、ということですね」
「・・・はい」
アンジーはフレイリアの説明を要約して復唱した。
「これは中々難しい悩みですね」
アンジーは少し唸りながら考え込む仕草をした。時間はそれほど長くはなくすぐに口を開いた。
「やはり、こういうのは時間を掛けてゆっくりと向き合うのがいいのではないでしょうか?」
「時間を掛けて、ですか・・・」
「はい。姫様がその人と会ったのはつい最近のことなのでしょう?それでしたら相手のことはまだよく理解しておられないと思います。他人から聞かされたことではなく、自分で見て、聞いて、接してみて、そん人がどんな人物であるかを判断するのです。そうすれば、姫様の慕う方々がその人に好意を向ける理由が分かると思いますよ」
「でも、私の兄も会ったのは私と同じ日なのですよ?」
「兄君もその人のことを見定めているのでは?友好的に接しているのはその方が都合が良いからでしょう」
確かにそれはシリウスのやりそうな事だと、フレイリアは思った。自分自身でレアルのことを調べて判断するというのは考えていたことだが、一つ謎が解けたような気がした。
「ありがとうございます。アンジーさんの意見参考になりました」
「いえ、お役にたてたのなら何よりです」
一区切りがついたところで一曲目の演奏も終わろうとしていた。
「アンジーさんって優しいですね。ちょっと私の姉みたいです。あ、姉と言っても家族と言うわけじゃなくて、姉のような人ですけど」
それはフレイリアの素直な感想だった。まだフレイリアが小さかった頃は分からないことがあるとよくアイシャに聞いて教えてもらっていた。その時のことを少しだけ思い出していたのだ。
「いえ、私は優しくなんてありませんよ」
「そんなことないですよ。十分優しいです」
「・・・まぁ、それもそうでしょうね。そういう風に見えるように振る舞っているんですから」
「え?」
フレイリアはアンジーの言葉に少し違和感を感じた。先ほどまでの優しい口調がなくなり、どこか棘のある冷たい口調に変わった気がした。
「誰だって友好的に近づいてくる人間を初めから邪険にしては扱いませんから。警戒心の薄い子供に近づくのも楽になります」
それは錯覚でも何でもなかった。微笑みを浮かべた顔は無表情になり、全身を纏う雰囲気も氷のように冷たくなった。
フレイリアはアンジーが何を言っているのか分からなかった。あまりの態度の豹変ぶりに頭が混乱して思考が追いつかない。
「どうして・・・・」
自分のことを騙していたような言い方をするのか、という疑問は口に出さなかった。頭ではもう分かっていたのだ。アンジーが自分を騙していたことを。けれど、フレイリアが心のどこかでアンジーが自分のことを騙していたという事実を否定したかったのかもしれない。
「どうして、ですか?これが私の仕事だからです」
そう言ったアンジーは自分の胸の前くらいまで腕を上げる。その手にはいつの間にか一本のナイフが握られていた。
フレイリアはそれを見てアンジーは自分を殺しに来たのだと理解した。視線はアンジーに釘付けになり、その場を動けなくなった。動いてしまえば、どうなるか分からない。その恐怖で硬直してしまったのだ。
けれど、フレイリアはあきらめてしまったわけじゃない。この状況を周りに伝えればどうにかできると考えた。そして、それを伝えるためにフレイリアは悲鳴を上げようとした。
けれど、それをかき消すかのように別の音が講堂の中に響いた。
一曲目の演奏が終わった後、講堂の右側にある窓が大量に割れたのだ。それにより生徒から悲鳴があがり、視線がそちらに集中する。これでは誰もフレイリアの方には気づかない。
これもアンジーが仕組んだことなのだろう。フレイリアはまんまと罠に掛けられた。
アンジーはフレイリアを捉えたままナイフを突き刺そうとしてくる。この距離ではもう避けられない、とフレイリアは悟った。そして、フレイリアにはもう目を閉じてナイフが刺さるのを待つしかなかった。
だが、その間に何かが飛来する。それはフレイリアに向けられたナイフに当たる。それによってアンジーはナイフを落としてしまった。
「・・・・っ!?」
これは完全に予想外だったようで、アンジーの顔は驚きに染まった。
ナイフが弾き飛ばされた音によってフレイリアは目を開けた。そして、自分が助かったことに気付いた。
ナイフに当たった物体が床に転がる。見るとそれは配膳用に使われている銀のトレイだった。
そして、今度はトレイよりも大きな影が飛来した。それはレアルだった。レアルはは大きく跳躍し、アンジーに回し蹴りを放った。アンジーはそれを咄嗟に腕でガードする。けれど、勢いが強く吹き飛ばされた。
「大丈夫かよ。お転婆姫」
着地したレアルはさっき会った時のような敬語は使わず、何時ものような無愛想な口調でフレイリアにそう問いかけた。




