やるべきこと
時間は少し遡る。
まだ、生徒たちが踊り始めて間もない頃、レアルと別れたシャルロットは舞踏会の会場から抜け出していた。
そして、講堂の中にある部屋に用意していた自分が愛用している剣を取りに行った。
先月に行われた魔道大会でも使っていた青い刀身の剣。これはファイスト鉱石という特殊な鉱石から作られた剣だ。
ファイスト鉱石は希少鉱石の一つで特徴としては鉱石の中で最高硬度を誇っていることが上げられる。そして、最大の特徴が魔法耐性が高いことだ。この鉱石で作られた武器はとても軽く、丈夫で、腐食や刃こぼれなどもしない優れものとなる。
その価値も高く売れば数十年は遊んで暮らせるほどの大金が手に入るだろう。
けれど、ファイスト鉱石で作られた武器が市場に出回ることはほとんどない。元々、希少鉱石で素材が少ないということもあるのだが、一番の理由は加工が極めて困難であるということだ。
ファイスト鉱石は火に強く冷めやすくて、外部からの衝撃に対しても同様で加工することに向かない鉱石なのだ。
ファイスト鉱石を加工するのは国に選ばれた特殊鉱石加工鍛冶師、通称「特鉱師」が担当する。
火に強いとは言っても、ある一定の温度を上回れば溶かすことができる。溶かせる温度まで上昇した炉の中に約半日の間ファイスト鉱石を入れて、熱を帯びたところで鉄を打つ要領で伸ばしていく。けれど、火から離してしまうとすぐに冷めてしまう。
その工程を何千、何万と繰り返して武器の形に加工していく。そのため加工を始めてから数年はしなければ武器が完成しない。
そうした経緯でできたのがこの剣だ。これはシャルロットがこの学院の高等部に上がった時に家の当主、つまりは彼女の父親に授けられたものだった。そして、ウィクトアリアの人間にとって投手から剣を授けられるということは一人前と認められたという証でもあった。
なのでこの剣はシャルロットにとっては自分の命と同等の価値があるものだった。
シャルロットは剣を携えて外へと向かう。剣を携えた理由は胸騒ぎがするという直観によるものだった。
その直感は見事に的中した。外の扉に手を掛け少し開けた途端、微かに血の臭いが漂ってきた。シャルロットは扉を開くのを中断した。
少しだけ開いた扉から漂ってくる臭いをもう一度確認する。その後に隙間から外を覗く。外は夜だが今日はそらに雲がかかっていなかったので月光の微かな明かりに照らされている二人の影を見つけることができた。
姿はまだはっきりとは見えないが何か話している様子だった。気配はこの二人以外には感じない。
そこでシャルロットはその二人の足元にあるものが見えた。それは人の半分くらいの大きさのものが地面に血溜りを作り出して転がっていた。
血溜りを見たところでシャルロットはそれが講堂を警備していた兵士だということが分かった。そして、それを実行したのが今そこにいる二人だということも。
シャルロットは一気に臨戦態勢に入った。そして、外へ出るタイミングを計る。
相手の力量が分からない以上、二対一で戦うのは不利少しでも戦いを有利に進めるためにでるとしたら相手のどちらかがこの場を離れたときだ。
シャルロットは相手に気付かれないように息を潜めてその時を待った。そして、しばらく待つと相手の一人がどこかへ行くのが見えた。
予定通りシャルロットは外に飛び出ようとドアノブに手を掛ける。だが、それはできなかった。
「いつまで見てるの?いい加減出てきなよ」
飛び出す前にそう声を掛けられたからだ。まだあどけなさの残る少年の声。シャルロットは一瞬心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われていた。
疑念や焦りが胸の中で渦まき、心が乱れる。けれど、動揺し続けていては戦闘に支障をきたす。シャルロットは大きく息を吸い込み、深呼吸をした。
もうすでにばれているので奇襲をかけることは無理。出て行かないままさっきの仲間を呼ばれるのも避けたかったのでシャルロットは敵の前に姿を現した。
「へぇ、驚いたな。てっきり兵士かと思ったけど、隠れてるのが綺麗な女の子だなんて」
シャルロットの目の前にいる相手は緊張感も何も感じられないような口調で話しかけてきた。目の前にいる少年は自分より年下に見えた。手には長い棒を持っていて、表情は薄く笑みを浮かべているが、何故だかその表情には不快な感じしかしなかった。
「僕はゼド・メルカルドって言うんだ。君は?」
ゼドはいきなり自分の名を名乗ったことにシャルロットは驚いた。それによりシャルロットは何か裏があるのではないかと訝しむ視線を向ける。
「そんな顔しないでよ。ただ話してるだけなんだからさ」
「・・・僕はシャルロット・イル・ウィクトアリアだ」
暗殺者に対して自己紹介をするというのは変な気分であったが、頑なに拒むようなことでもなかったのでシャルロットは名前を名乗った。
「ウィクトアリア?へぇ、君がこの国で最強の貴族か。ハハハッ、僕はなんて運がいいんだ!」
シャルロットの名前を聞くとゼドは突然笑い出した。シャルロットに出会えたことを歓喜しているようだった。けれど、暗殺者に出会いを喜ばれてもシャルロットは嬉しくはない。むしろ、さらに不快感が増した。
「聞いておくけど、そこにいる兵士を殺したのは君で間違いはないかい?」
「うん、そうだよ」
ゼドは何の躊躇もなく犯人であることを肯定した。それが当たり前だとでも言うように。
「狙いはやっぱりシリウス達か」
「結構鋭いね。まぁ、タイミングや良すぎるし、誰でも分かるか」
シャルロットは腰に携えていた長剣を抜いて構える。狙いが分かった以上ここで暗殺者と長々と会話を続けている暇はなかった。一刻も早く目の前の敵を倒し、シリウス達の護衛をしなければならない。
シャルロットは地面を踏み込んでゼドのところまで一気に跳躍した。上段から長剣を振り下ろしながら着地した。
振り下ろされた長剣はゼドが持っていた棒に防がれて傷を負わせることはできなかった。
「一応、警告しておく。自分の罪を認め、素直に投降するつもりはあるか?」
「そんな建前はいいよ。王族殺しなんて未遂でも死罪確定じゃないか。あと、斬りかかる前に言ってほしかったな」
シャルロットは剣を押し出して相手のバランスを崩そうとするが、ゼドはその前に後ろに下がって距離を取る。
「それに今更僕が捕まったところで何も変わらないから」
「どういうことだ?」
「今回の僕の役目は邪魔者を排除することだ。暗殺自体はすでに潜入している僕の仲間がするからね」
「なっ!?」
シャルロットはすでに敵が潜入していることを知って動揺する。そして、一瞬だけすぐに講堂の中に戻ろうとしたがゼドがそれを許さなかった。
シャルロットと同じように今度はゼドが飛び掛かってきた。ゼドの持っている先端部分から大きな黒い刃が形成されて大鎌となる。
ゼドは細い腕のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるほど軽々と大鎌を振り下ろしてくる。
「おっと、行かせるわけにはいかないよ。君も邪魔者なんだから」
シャルロットは体を横にずらしてそれを躱す。ゼドの大鎌は何の抵抗もなく地面に入り込んでいった。切れ味はかなり鋭いようだ。
だが、これですぐには大鎌を振り回すことはできない。シャルロットにとってそれは大きな隙だった。
シャルロット真横から剣を振るい、ゼドを斬りつけようとする。この距離ではもう躱すことのできない斬撃だ。
すると、そこでシャルロットの目にゼドの表情が写った。自分が殺されるかもしれない状況だというのにその顔には笑みが浮かんでいた。
そして、地面に突き刺さっている大鎌から黒が溢れ出して、シャルロットに襲い掛かってきた。
◇◆◇◆◇◆
「落ち着いて、慌てずに非難するんだっ!!」
講堂の中に残っていた教師の声が響く。それによって大勢の生徒が動き出す。
生徒たちの足取りは軽くない。講堂から学舎までそれほど長い距離でもないが短くもない。その距離を移動する間に敵が攻撃してこないとも限らないのだから仕方がないだろう。
この避難行動はスムーズに進んでいるとは言い難かった。
講堂で騒ぎが起こった後、事情を説明して非難を開始したが、生徒たちの不安は一気に高まった。そして、避難を開始して外に出た矢先に二人の兵士の惨殺死体が転がっていた。それを見たことによって生徒たちはパニックになった。
パニックになった所為で非難が大分遅れてしまった。何人かの生徒は我先にと学舎の方へと走り去ってしまった。
残っていた生徒たちを宥めるのにも時間が掛かり、避難が再開されたのもつい先ほどのことだった。
重苦しい雰囲気の中、皆足を進めていく。
「ユーナ、大丈夫?」
「え!?あ、は、はい。大丈夫です・・・」
そんな中明らかに気分が沈み込んでいたユーナにアイシャは声を掛ける。大丈夫とは言っているがただの建前だろう。
兵士たちの死体を見てからユーナは血の気が引いたように顔が真っ青だったのだ。いつ気絶してもおかしくはない。
「すぐに着くからそれまでは頑張ってね」
「はい・・・」
アイシャの励ましの言葉も今はそれほど効果はないようだ。
「なぁ、これこのまま行って大丈夫なのか?」
すると、カイトが小声でアイシャに聞いてきた。
「何か気がかりでもあるの?」
「さっきこのこと伝えに行った先生がいただろう?もう行ってから時間が経ってるけど他の先生が来ないのはおかしくないか?」
「そうね。そうなると考えられるとしたら先生たちのところにも敵が向かっていて足止めをされている可能性もあるわね」
「だとしたら、やばいんじゃないか?」
「分かってるわよ。けど、ここで止まるわけにもいかないでしょう?」
生徒たちは一度パニックに陥っている。今の精神状態はかなり悪い。そんな中、非難することもできないとなるとまたパニックになるかもしれない。二度目のパニックが起こってしまったら抑えられる保証はない。
「それなら学舎に着く前に様子を見るようにしたらいいんじゃないかな?」
すると、話を聞きつけたシリウスが意見を述べた。
「誰が行くの?」
「生徒の中から動ける者を数名選ぶ。先生方には残っている生徒たちを守ってもおう。その方が安心するだろうしね」
「口ぶりからして偵察に行くのは貴方も入っているようなのだけど?」
「ああ、僕も偵察に加わるよ」
「狙われてるのは貴方とフレイなのよ?もしも敵がいたら恰好の獲物じゃない」
アイシャは何を馬鹿なことを言っているんだ、と言わんばかりにシリウスを注意する。けれど、シリウスもそれを理解していないわけではなかった。
「分かってる。けど、僕はこの国の王子だ。こんな時こそみんなの先頭に立って導かなければならない。僕の所為でこんなことに巻き込まれているならその責任も取らないといけないしね。それに僕だってすぐにやられるつもりはないよ」
「だとしても、貴方を易々と敵の前に出すわけにはいかないわ」
「心配してくれるのかい?」
「当たり前でしょう」
シリウスの言葉を即座に肯定するアイシャ。ここまで素直に反応してくれるとは思わなかったのかシリウスは少し驚いていた。
「とにかく、今は状況がはっきり分かっていないわ。もし、敵がいたならその時にまた考えるから。それより今はフレイのそばに居てあげなさい」
「分かったよ」
フレイリアは非難を開始してから一言もしゃべってない。暗殺の標的にされてかなり気がまいっているのだろう。
シリウスはそれを了承してフレイリアの元に戻った。
「結局のところどうするつもりなんだ?」
「そうね。シリウスの言った通り偵察くらいは必要かもしれないわ。でも誰が行くかが問題になるけど」
「見てくるだけなら俺が言っても構わないけど」
「なら、お願いしようかしら。・・・・ん?」
すると、先を進んでいた生徒たちの足が止まった。すぐにどうしたのかとざわつき始める。
「何かあったのかしら?」
アイシャが生徒の列の先に目を向けると、突然複数の生徒の悲鳴が聞こえた。そして、大勢の生徒たちが一気に元来た道に逃げ始めた。
「な、なんだ?!」
「これは・・・!?」
「な、なにこれ?!」
押し寄せる生徒たちを躱しながらアイシャはこの騒ぎの原因を見つけた。
生徒たちの後ろからゆっくりとこちらに向かって歩いてきている黒ずくめの大男。顔はかくしておらず、右頬には大きな傷跡がある。暗殺者の仲間のディノだ。
予想していなかったわけではなかった。けれど、これは予想していた中で最悪の展開だった。
「シリウス!!フレイを連れて逃げなさいっ!!」
「アイシャ、急に何を・・・?!」
「もう敵がそこまで来てるっ!!」
「!?、だったら君も早く逃げるんだっ!!」
「全員逃げたら何も意味はないわっ!!」
そこまで言うとアイシャは目の前に手を翳す。そして、現れたのは青色の魔方陣。
「【水柱】!!」
呪文が唱えられて魔法が発動する。すでにアイシャより前にいた生徒たちは全員逃げており周りを気にする必要もない。
歩いてきているディノの足元から大量の水が噴出する。けれど、ディノはそれを横に避けて躱す。
アイシャは避蹴る方向を予想してさらに連続で【水柱】を唱えた。
だが、着地地点を狙ったのにも関わらず、ことごとく躱されてしまった。
「速い・・・!?」
体の大きさからは考えられないくらい速く動くディノにアイシャは驚愕する。
「『下位魔法』とはいえ、連続発動ができるとは大したものだ」
【水柱】を避けたディノが身構えながらそう言う。けれど、まだシリウスとフレイリアは逃げていない。
「何してるのっ!!早く行きなさいっ!!」
「お姉様っ!!駄目よ、そんなのっ!!」
「こんなところであなた達を死なせるわけにはいかないのよっ!!」
「そう易々と逃がすと思うか」
ディノは体を低くしながら駆け出した。狙いはもちろんシリウスとフレイリアだ。
「おらぁ!!」
だが、ディノの進行方向にカイトが割り込んだ。レアルから渡された剣でディノを斬りつける。
けれど、ディノは手に付けている籠手でそれを受け止める。
「邪魔だ」
ディノはカイトの鳩尾に向かって拳を放つ。そのスピードも尋常ではない。
「くそっ・・・!?」
カイトは何とか反応することができ、剣の腹でそれを受け止めた。けれど、その衝撃は凄まじいもので滑るように地面を後退した。
「ほう、大した強度の剣だ。アンジーを退けたのはお前か?」
「残念、そいつは別のやつらを相手にしてるんだよ」
「なら、ただの学生か。殺されたくなければ、大人しく王子達を差し出せ。そうすれば、見逃してやろう」
「誰が敵の言うことなんか信じるかよっ!!」
ディノの言葉には耳を貸さず、カイトは再び斬りかかった。
「シリウス、彼が足止めしてる間に行きなさい」
「だが、君が・・・」
「そうよ。お姉様も一緒に・・・」
「彼だけではあの敵は止められないわ。だから私も残る」
「おかしいわよ、そんなのっ!!だって、兵士でもないのに戦うなんて・・・・」
フレイリアは必死にアイシャを説得しようとする。けれど、うまく言葉がまとまらないのかあまり言葉が続かない。
「シリウス、あなたは言ったわね。こんな時にみんなの先頭に立って導いていきたいって」
「あ、ああ」
「人を導くためには生きなければならないわ。指導者が真っ先に死んでしまえば、その人に付いていった人たちは混乱してしまう。そんなことはあなたも望んでないでしょう?」
「・・・っ」
「それに私だって貴族の端くれなのよ。ここでやるべきことは逃げることではないわ。だから、貴方は貴方のやるべきことを果たしなさい」
シリウスは心の葛藤により表情が歪む。逃げるべきか、アイシャ達を助けるべきか、迷っている。だが、どちらを選ぶべきかは分かっていた。
「・・・すぐに戻る」
「え、お兄様っ!?」
シリウスは隣にいたフレイを抱えて生徒たちが逃げて行った講堂へと走り出した。アイシャをそれを見てユーナに声を掛ける。
「ユーナあなたも行きなさい」
「え、ア、アイシャ様?何を・・・」
「シリウス達を守ってほしいの。あなたならできるでしょう?」
「ですが、それでは・・・!?」
「これは命令よ。すぐに行きなさい」
「・・・・はい、分かりました」
主の命令には逆らえないユーナは命令に従った。シリウス達を追いかけるように走り去っていた。
シリウス達を守るようにと入ったが、実際それはユーナをこの場から離れさせるための口実に過ぎなかった。
先ほどまで人の死を見て顔を真っ青にしていた人間が暗殺者とまともに戦えるはずもない。元々、人を傷つけることが出来ない性格なのだ。この場に残っていたのもアイシャがいたから逃げ出せなかっただけなのだ。
アイシャはユーナも見送ったあと、すぐにディノの方に向き直った。カイトが応戦しているがかなり押されている。
生き残れるという保証はない。けれど、今は目の前の敵をどうにかするしかないのだ。自分にそう言い聞かせてアイシャは両手を自分の前に翳した。




