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忘却のアルテミス  作者: 二四野 鏡
アウターレイブン
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創立記念日

 レアルとフレイリアが食堂で喧嘩をしてから一日が経った。結構な騒ぎになったが、授業は平常通りに行われる。

 けれど、一年生のとある教室の雰囲気はいつも通りではなく、ピリピリとした空気が漂っていた。その所為か、私語をする者はおらず、教卓の前で授業をしている教師の声だけが教室に流れていた。

 教室をそんな空気にしている原因はフレイリアであった。彼女は昨日の食堂での出来事をまだ納得できていなかった。というか、大いに不満を持っていた。そのため、今朝からかなり機嫌が悪い。

 表情を見ても不機嫌であることを窺える。教室に入ってきた時も、同じような顔をしていたのでここ数日で仲良くなったクラスメイトがそれを見てかなり驚いていた。普段なら授業が始まるまでの時間、フレイリアの周りには少なからず人がいるのだが、今日はそれはなかった。流石に今のフレイリアの態度を見て話しかけられるほど親密なものはいないようだ。

 今は窓際の席に座り、窓の外を眺めている。明らかに授業に集中しているようには見えない。そのことには教鞭を振るっている教師も気付いているが、その教師も注意することを躊躇っていた。

 この学院にいる間は王族と言えど、普通の生徒のように接するように教師は言われているのだが、それを簡単に実行できる教師は多くない。この国に生まれて人間であれば、少女と言えど王族に意見することに抵抗を覚えるのも無理はない。

 そんな心ここに非ず、という様子のフレイリアはというと授業には耳を傾けもせずに昨日のことについて考えていた。

 そもそもフレイリアが何故昨日のようなことをしたのかというと、アイシャから聞いた話とこの学院で聞いたレアルの評判に大きな差があったからだ。

 自らが姉のように慕っているアイシャからレアルを聞いたのは数週間前のお茶会に誘った時のことだった。その話を聞いた時にはアイシャがようやく恋愛に興味を持ち始めたのかと思ってかなり舞い上がっていた。当の本人は色恋沙汰ではないと否定していたがフレイリアにはアイシャが異性と仲良くなった、という事実だけでも驚きだったのだ。

 どうしてフレイリアがそこまで驚いたのかというと、アイシャは異性に限らず、特定の誰かと仲良くなること自体があまりないからだった。アイシャが学院の中等部に入学してからときどきこの前のようにお茶会に誘ったりしていたが、アイシャの口から友人の話が出てきたことはあまりなかった。

 フレイリアはその原因がなんなのか心当たりがあった。一つはアイシャが友人を作りずらいタイプの人間であることと、もう一つは彼女が纏う達観したような雰囲気だ。同年代に比べるとかなり大人びた雰囲気をしているため、まわりの人に近づきにくい存在だと思わせているのではないかと考えていた。

 それにアイシャ自身が周りと少しずれているようなところがあるのだ。今時の女子なら自分を着飾るための洋服や化粧、美味しい料理や甘い物、友人や自分の恋愛話などに興味を持つのが一般的だ。けれど、アイシャはどの話題にも示す興味が薄いのだ。話題が合わないというのも友人が少ない原因であるだろう。

 そんなアイシャが、完璧と言ってもいいほど優秀な自分の兄に告白されても断ったほどのアイシャが異性に興味を持った。フレイリアが興味を持たないはずがない。

 初めてそのことを聞いた時にはどんな人なのかアイシャを質問攻めにしていた。色々想像してきっと素敵な人なのだろうと決めつけて憧れに似た感情も抱いていたかもしれない。

 そして、この学院に通うことになり、レアルに会えることを少し楽しみにもしていたのだ。

 けれど、実際に学院で聞いたレアルの評判を聞いてその楽しみはどこかへ消え去ってしまった。それを聞いたのはクラスメイト達との何気ない会話の中でだった。

 フレイリアはクラスメイトに何となくレアルのことを聞いてみた。学年が違うので知らないかもしれないと思っていたが、その心配は杞憂に終わった。レアルのことを聞いたクラスメイトはフレイリアがどうしてそんなことを聞いて来るのか驚いていたがすぐに話してくれた。

 そこで出てきたのは、汚い手を使ってアイシャに近づいた、いつも問題を起こして先生に怒られているといった悪評ばかりだったのだ。

 初めてそれを聞いた時はフレイリアは大いに困惑した。自分が以前アイシャから聞いていた内容とかなり異なっていたからだ。

 それからフレイリアは噂の真偽を確かめるために調べ始めた。そして、調べれば調べるほどレアルの悪評は出てきた。調べていくうちにフレイリアはアイシャから聞いていたことが嘘で学院の生徒が言っていることが本当なのではないかと思い始めていた。何もしていないのにこれほどまでに悪評が広まるというのはおかしい。レアルが何かやったことは間違いないと考えていた。

 そして、昨日の昼にレアルを見つけた。話しかけた時は容姿が一緒ということしか分かっていなかったのでレアルだとは気付いていなかった。その上、名前を出しても否定されたので完全に別の生徒だと思い込んでいた。

 二つ目の質問をしたとき、レアルから今まで他の生徒から聞いた情報とは異なる情報が出てきた時、どうして自分はその人をレアルだと勘違いしてしまったのか、とフレイリアは落ち込んだ。冷静に考えてみれば今まで聞いてきた印象と全く違うのだ。けれど、それを聞いたときは新しい情報が出てきて真実味を帯びているように見えたのだ。何だが、勘違いした自分が馬鹿らしく思えた。

 その後はレアルから聞いた情報を頼りにカイトを探した。すると、二年の教室から出てくるカイトを見つけ、食堂でレアルに言ったことと同じことを言った。いきなりそんなことを言われてかなり驚いていたカイトはどうしてそんなことを言うのか理由を求めた。その際にレアルに情報を聞いたということを話すとカイトはさっきよりも驚いていた。

 それから自分が勘違いしていることを教えられ、カイトの情報を教えた人物こそレアルであることを知らされた。この時にフレイリアは騙されたのだと初めて理解した。

 そして、その夜に食堂でレアルを見つけ、昨日の騒動につながるというわけだ。

 そんなことを考えていると昨日のことを思い出してまたフレイリアはまた腹が立ってきた。これではいけないと呼吸を整えて心を落ち着かせる。

 フレイリアが昨日の騒動で一番納得できていないのは、自分一人だけが悪いように扱われたところだった。しかも、自分が信頼していた兄と姉にだ。

 確かに自分のやったことはアイシャにとって出過ぎた真似かもしれないが、レアルの方にも多少非はあると思う。昼にあった時点でレアルが素直に回答していればもっと穏便な方法で済ませられたかもしれないのだ。

 それにも関わらず、レアルは自分は何も悪くないという風な態度を崩さなかった。それだけでなく人の神経を逆なでする行動や言動ばかり。その所為でフレイリアは激昂することになった。

 シリウスはああ言っていたがフレイリアはレアルと仲良くするつもりはなかった。少なくとも噂の真偽を確かめるまでは。

 噂はあくまで噂、信じるに値しないもの、とシリウスは言った。けれど、一人に対してこれほどまでの噂が流れているのだ。全てが嘘であるという保証はない。なので、必ずレアルの化けの皮を剥がしてやると心の中で意気込んでいた。

「あの、フレイリア様」

 すると、女子生徒が一人フレイリアに話しかけてきた。その生徒の後ろにはもう三人生徒がいる。教室を見てみるともうすでに午前の授業が終わっていたようだ。フレイリアはかなり長い時間思考に浸っていたようだ。

「何かしら?」

 さっきまで昨日のことを考えていた所為か言い方が少し高圧的なままだった。

「あの今朝からいつもと様子が違うようだったのでどうされたのかと」

 その生徒は恐る恐るといった様子で質問してくる。そこれフレイリアは自分が怖がらせているのだと気付いた。

「少し考え事をしていたの。雰囲気を悪くしているのだったら謝るわ。ごめんなさい」

「い、いえ、そのようなことをなさらなくても・・・!?」

 昨日とは違いフレイリアは素直に謝った。

「それでどうかしたの?」

「あ、はい、フレイリア様は今度の創立記念日はどのような服を着て行かれるのかと思いまして」

「創立記念日?ああ・・・」

 フレイリアは編入した時に学院長であるオズワルドがそんなことを言っていたかな、と思い出す。この学院の創立記念日にパーティーを行るというものだ。

 パーティーと聞いてフレイリアは編入初日のことを思い出す。またあの人ごみに囲まれるかと思言うと少し気が乗らなかった。けれど、それを顔に出すような真似はしない。

 けれど、いつまでも頭の中がレアルのことで埋め尽くされているというのも気に食わなかったので女子生徒の話題に乗ることにした。

「そうね、どんなドレスがいいかしら・・・」



  ◇◆◇◆◇◆



「創立記念パーティー?」

 ここでもフレイリアと同じ質問を受けている人物がいた。それはベッドの上で寝転がっているレアルだった。そして、その質問をしてきたのはカイトだ。二人は珍しくレアルの自室に集まっていた。

 何故、レアルの自室に集まっているのかというと、レアルが謹慎処分を受けているからだ。

 謹慎を言い渡されたのは今朝のことだった。昨日食堂であれだけ騒いでいたので騒動のことは教師の耳にも入った。レアルは王女に無礼を働いたということで今朝早くから職員室に呼び出された。今回レアルに長々と説教をしたのはミレイナではなく、名前も知らない老けた教師だった。多分、オズワルドやセルフィの次に学院で偉い人なのだろう、とレアルは考えていた。

 かなり自尊心プライドが高い感じでレアルのことを学院始まって以来の問題児だ、なんだと罵倒してきた。一応、弁明はしてみたものの、聞き入れてくれるはずもなく、最終的に向こうはレアルがすべて悪いという風に終わらせてしまった。それから、レアルの態度が気に入らなかったらしく、反省させるために謹慎を言い渡された。

 なので、レアルは今朝から自室にこもってゴロゴロとしていた。そんなところに謹慎を聞きつけたカイトがやってきたというわけだ。

「何だよ、それ?」

「やっぱり、知らなかったな。今度の休みの日にやるんだよ」

「ふ~ん」

 レアルは興味なさそうに返事をする。パーティーということ自体レアルにとって縁のないものなのだ。興味など湧くはずもない。

「で、態々そんな話をしに来ただけ、ってなわけないよな?」

「いや、まぁ、そうだけど・・・・」

「ん、何だよ?早く要件を言え」

「その、何だ。お前は大丈夫なのかなぁって・・・」

 カイトは急にしおらしい態度になって歯切れの悪い言い方をする。言葉から察するにレアルのことを心配していたようである。

「謹慎してるからって、俺が落ち込んでるとでも思ったのか?」

「それは思ってなかったけどさぁ、俺が原因を作ったわけでもあるから悪いことしたなぁって思って」

 つまり、カイトはレアルが謹慎処分を受けているのは自分にも責任があるということで謝りに来た、ということなのだろう。

「何かと思えば、そんなことかよ」

「怒ってないのか?」

「昨日のことはお前が関わってるとはいえ、元々の原因は俺だからな。今更責任転嫁するつもりはねぇよ。謹慎は教師の嫌がらせみたいなもんだし。てか、こっちがなんとも思ってないのにそっちが変にうじうじしてるとイラつくからやめろ」

「うじうじなんかしてねぇよっ!!・・・ったく、心配して損した」

 カイトは疲れたようにため息をつく。

「・・・お前ってさぁ、パーティー出る気ないのか?」

「何だよ、藪から棒に。それに参加して何が楽しいんだよ。しかも、今謹慎中だし」

「いや、聞いた話なんだけど、あの王子様とアイシャってかなり仲が良いらしいぞ」

「・・・お前、その話まだ続いてたのかよ」

 レアルはカイトが言わんとしていることが分かった。カイトはことあるごとにレアルとアイシャを親密な間柄にして例えている。だから、このままではシリウスにアイシャを取られてしまうぞ、ということでも言いたいのだろう。レアルには恋人でも何でもないのでどうでもいいのだが。

「まぁ、妹の方もお姉様とか呼んでたし、付き合いは長そうだったな」

「そうそう、だからお前も呑気にしてる場合じゃねぇって」

「変な期待ばっかするな」

 すると、コンコンと部屋のドアがノックされる。

「開いてますよー」

 レアルはその場から動こうとはせず、返事だけ返した。そして、すぐにドアが開いた。今度の客人はアイシャとユーナだった。

「噂をすれば何とやら」

「来客が訪れたなら出迎えるのが普通ではないかしら?」

「私、男の人の部屋に初めて入りました」

 方や嫌味を、方や感想を述べて部屋の中に入ってきた。二人が入ってきたのを見てカイトが何やらニヤニヤとレアルの方を見ているがレアルはそれを無視した。

「謹慎中の問題児に何を期待してんだか」

「何だがいつも以上に態度が大きく見えるわ。せめて体を起こすぐらいしたらどうなの?」

「へいへい」

 レアルは仕方なくといった様子で寝転んでいる体勢からベッドの淵に座る体勢に直した。

「それでお姉様は何のようだ?よく男子寮に入れたな」

「何であなたがそう呼ぶのよ」

 お姉様と言った途端アイシャはレアルを睨みつけた。

「えっと、アイシャ様はレアルさんのことが心配で様子を見に来たんですよ」

「別に心配はしていないわ。一応、身内が迷惑をかけたようだから来ただけよ」

 ユーナがアイシャの代わりにここに来た理由を説明する。

「何だよ、カイトと同じか。別に昨日のことはどうも思ってないから気にするな」

「・・・概ね、予想通りね」

 レアルとあってからかれこれ一か月半は経過しているのだ。この状況の予想はできていたようだ。

「椅子とかはないのかしら?」

「この部屋は来客に対応できるようにできてねぇんだよ。カイトが使ってる奴が唯一の椅子だ」

 アイシャはレアルの質素な自室を見渡す。レアルの自室は入寮当初からさほど変わっていなかった。普通、一か月も経てば私物でいっぱいになりそうなものだが、レアルにとっては長期滞在する宿のような感覚なので何も増えなかった。

「この部屋、お前が居なかったら住んでるかどうかわからないんじゃないか?」

「何と言うか、寂しい感じがします」

「生活感が皆無ね」

「言いたい放題だな、おい。別に何もない訳じゃないぞ。あれを見ろ」

 レアルが指さす方向には小さな箪笥の上にある花瓶があった。その花瓶には手入れがされている花たちが活けられていた。

「あれはあなたが活けたの?」

「いや、レアルには無理だろ」

「綺麗な花ですね」

 花瓶に飾られていた花を持ってきたのはこの部屋のもう一人の同居人である二クスだ。いつの間にか部屋に飾られていた。なので、手入れをしているのも二クスだ。

「でも、これだと何だが部屋の雰囲気に合わないわ」

 アイシャは飾られている花を見て感想を述べる。確かに花は綺麗に手入れをされているが周りの部屋が質素なままなので雰囲気の差が激しい。

「人の部屋に文句ばっかたれるなよ。てか、お前らもう用がないなら帰れ」

「私たちはまだ来たばかりよ」

「でも、もうやることないだろ?飯だってまだなんじゃないのか?」

「それは、そうだけど・・・」

「何だ、お嬢様はここに居たい理由でもあるのか?」

「・・・今はお誘いが多いからあまり人が多いところには行きたくないの」

「お誘い?」

「なるほどねぇ」

 カイトは言葉の意味が分かったようだ。

「さっきも言っただろう。今度創立記念パーティーがあるって」

「ああ、言ってたな。じゃあ、お誘いっていうのは、僕と一緒に踊りませんか、的なやつか」

「そう」

 他の男子生徒にとってはアイシャとお近づきになれるかもしれない願ってもないチャンスだろう。

「あ、もしかして、レアルを誘いに来たのか?」

「違うわ。第一レアルは参加するつもりないでしょう?」

「よくお分かりで」

「だから、もう少し人が少なくなってから食堂に行こうと思っていたのよ」

「それだったら、あの王子様と踊るんですって言って断ればいいんじゃないか?知ってる仲みたいだし、王子相手ならすぐに諦めてくれるだろ」

「それは・・・あんまり、気が進まないわ」

 レアルがそう言うとアイシャは珍しく困ったような顔をする。先ほどよりも歯切れも悪い。何か戸惑っているようにも見えた。

「何だ、兄貴の方とは仲が悪いのか?」

「そういうわけじゃ、ないけど・・・・」

 すると、そこでまたコンコンと部屋のドアがノックされる。

「今日は来客が多いな。どうぞー」

「失礼します、レアル様。おや、お取込み中でしたか?」

「いや、違うけど」

「しかし、この部屋に来客と言うのは珍しいですね」

「来て早々、嫌味言うのはアイシャだけにしてほしいんだけど。要件は?」

 そういった途端、レアルはアイシャに睨まれたような気がしたが気にせずセルフィに問いかけた。

「昨日の件で学院長がお話を伺いたいと仰られたのでご同行お願いします」

「面倒だな」

「では、連行します」

 と、セルフィはどこからともなく取り出した縄を見せつける。

「分かった!行くから!何で、縄なんて持ってるんだよ」

 そう言いながらレアルは立ち上がる。

「呼び出しくらったから、お前らは出ていけ」

「学院長から呼び出しってやばくないか?」

「別に取って食われるわけじゃないんだから大丈夫だよ。ほら、早く行け」

 レアルに促されて三人は部屋から出る。全員が部屋を出たところでレアルは鍵を掛けた。

「それで、今回は何を頼みたいんだ?」

 三人はすでに男子寮の出口へと向かっている。レアルは少し声を潜ませながらセルフィに問いかけた。オズワルドがレアルを呼び出すというのは仕事の話をするという意味だ。

「今度の創立記念日のことについてです。詳しいことは学院長の方から」

「分かった」

 そして、何時ものように学院長室に向かって二人は歩き出す。すると、少し歩いたところでセルフィが思い出したようにレアルに問いかけてきた。

「少々お聞きしますが、ダンスは踊れますか?」

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