喧嘩
「見つけたわっ!!」
食堂の中に聞き覚えのある声が響いた。それもそのはず、レアルは昼間にこの声を聴いているのだから。
カイトと同じ台詞を言いながら食堂に現れたのは、この国の第一王女であるフレイリア。彼女は少し怒ったような顔でレアルを睨んでいた。
見つけられることは覚悟していたが、いくらなんでも早すぎるのではないか、とレアルは思う。
食堂は学院の生徒全員が使う施設なので、当然編入してきたフレイリアも使う。彼女も夕食を食べに来たのだろう。そこで自分が探していたレアルがいたので叫んでしまったのだろう、とレアルは分析した。後ろには何人か女子生徒を連れているようだし、間違いない。
けれど、そんなことを分析したところで運の無さを確認するだけしかできない。噂をすれば影がさす、とはこのことだ。自分で実感してみたがなんとタイミングの悪いことだろう。
フレイリアの登場により食堂にいる生徒の視線が彼女に集中する。カイトの時のようにすぐに自分がやっていたことに視線を戻す生徒はいなかった。自国の王女が叫びながら現れたら誰だって目を離すことはできないだろう。
フレイリアは怒ったような表情のままレアルに近づいてくる。それを見ている他の生徒がざわつき始めた。
「おう、どうしたんだ、あれ?」
「また、あの平民が何かやったんじゃないのか?」
「え、まさか、姫様にも手を出したんじゃ・・・」
「エテオクレスさんに続いて、王女様までっ!?」
と、小声でそんなことが囁かれる。それと同時にレアルに嫉妬や侮蔑の視線がまとわりついた。しばらくの間向けられることの少なかった視線。レアルは少しだけ編入当初に戻ったような気分になった。全然いい気分ではなかったが。
「・・・・はぁ」
レアルはその視線にうんざりしたようにため息をついた。そして、そのため息を着いたときちょうどフレイリアがレアルの目の前に来た時だったみたいで、彼女はさらに表情が険しくなった。
「女性を目の前にしていきなりため息をつくなんてかなりの礼儀知らずのようね」
「え?ああ、今のは別にお前に対してついたわけじゃないから、気にするな」
ため息をついたことを一応弁明してみるがフレイリアは信じた様子はない。ダメ元だったがやはり効果はなかった。
話し方も昼間の時よりも高圧的になっているし、表情も険しい。けれど、レアルはそれに恐怖を感じているわけではない。むしろ、レアルの心情はいつも通り穏やかなままだ。周りの視線と同じようにこういった感情を向けられるのは慣れているのだ。
「おい、いきなり王女をお前呼ばわりってお前失礼すぎるだろっ・・・」
「別にいいだろ。年下なんだし」
カイトが小声で注意してくるがレアルはそんなことは全く気にしていない。昼間に会った時もこの話し方だったので急に帰るもの変だろうと思いそのままにしたのだ。とは言うものの、単に敬語を使うのが面倒だというのが一番大きな理由なのだが。
「それで何かようかい、王女様?俺としてはそのいかにも怒ってる雰囲気をどうにかしてくれると助かるんだが」
「怒っていると分かっているならまず謝罪をするべきじゃないかしら?そしたら今の十分の一くらいは鎮まるかもしれないわよ?」
「もうちょっと穏やかに行こうぜ。謝罪するかどうかは話を聞いてから決めるよ。無駄に謝るのはいやだしな」
そんなレアルの態度が気に入らないのかフレイリアは不機嫌な表情を崩さない。一国の王女にここまで敵意を向けられる人間というのも珍しいものだ。
「色々と言いたいことはあるけれど、まずは昼間のことよ。私が質問した時、あなたどうして嘘をついたの?」
「俺は別に嘘をついたつもりはないんだけど」
「思いっきり嘘ついてたじゃないっ!」
「いやいや、本当だって」
「じゃあ、何で自分の名前が出てきたのに知らないって答えたの」
「俺と同じ名前の奴を探しているのかなぁ、と思って」
「あなた私のこと馬鹿にしてるのかしら?」
「いや、お前それはちょっと無理があると思うぞ」
フレイリアはさらにレアルのことを睨んだ。あまりにも白々しすぎる勘違いを聞いてカイトが会話に割り込んでくる。白々しく感じるのはレアルが故意に勘違いをしたからだろう。
だが、レアルはここでうろたえるような真似はしない。そんなことをすれば自分に非があることを認めているようなもの。そんなことをしてしまえば、確実に自分にとって良くない展開になることは分かっている。だから、ここは嘘をついたと認めるわけにはいかない。それに客観的に見れば、あの時レアルは歪な解釈をしただけに過ぎない。
「じゃあ、考えてもみろよ。一国の王女が態々平民の俺に用があると思うか?」
「それは、思わないな・・・」
「だろ?それに会ったことすらないんだ。そんな風に思えるわけないだろ」
レアルはカイトに勘違いをした理由を言う。カイトは考えられなくもない理由を聞いて納得したようだ。
「そっちはどうだ?」
「・・・・一応、理解したわ」
レアルはフレイリアにも質問の回答に納得してくれたか確認を取った。フレイリアは大いに不満がありそうな顔で納得したようだ。
「じゃあ、私がもう一度質問した時のあれは?」
「あれはって、質問にはちゃんとこたえただろ」
「その人に聞いたらあなたのことだって聞いたわ」
フレイリアはカイトの方を指さしながらそう言う。けれど、レアルはその質問には普通に答えたのだ。
「お前はアイシャ・エテオクレスと最近親しくしている生徒を知ってるか聞いてきたんだろ?だったらカイトのことで合ってるじゃないか」
「だから、一番親しいのはあなただって・・・・」
「俺が聞かれたのは親しくしているかしていないかだけで、新密度の度合いは聞かれてないんだけど?もし、お前がそのつもりで聞いてきたんだとしても、俺がちゃんと答えなかったわけじゃないからな。お前の聞き方が悪かっただけだ。だからそんなに怒らないでくれる?」
「なっ・・・」
レアルはフレイリアの質問の説明不足の部分を指摘する。すると、フレイリアは言葉を詰まらせた。そして、恥ずかしいのか少し顔を赤くする。
「・・・わ、私の質問の仕方が悪かったのは分かったわ。けど、私がそう聞いていたら自分だって名乗ったの?」
「いや、別に名乗らないけど」
「何でよっ!さっきと言ってること違うじゃない!!」
「別に違うことは言ってないだろ。俺はアイシャという時間が他のやつらより長いってだけで特に親しいっていうほどじゃない。長い時間一緒にいるから一番親しくなるわけでもないだろう?」
「それは・・・・」
「それにさぁ、相手が何を思ってるのかはっきりわからないのに自分がそいつと一番親しいなんて言えるわけないだろ。そもそも、他人が自分のことどう思ってるかなんて考えたこともないから分かんねぇよ」
フレイリアはレアルにどう反論すればいいのか分からないようで何も言ってこない。自分勝手な言い分も含まれてはいるが、レアルの言っていることには正しい部分もある。そのためどうすればいいのか分からないのだ。
「・・・っ、ああ、もうっ!!あんたと話してるとイライラするっ」
とうとうフレイリアは反論することは諦めたらしい。それと我慢の限界が来ているのか言葉使いも荒っぽくなってきている。
「そうかい。毎日牛乳を飲んだらイライラって解消されるらしいぞ?」
「その態度がイライラするのよっ!!あんた私のこと馬鹿にしてるでしょっ!?」
「そんなことちょっとしかしてねぇって」
「してるのねっ!?紛らわしい言い方しないでよっ!!」
完全に怒ってしまったようでフレイリアは大きな声でレアルを怒鳴る。その声は食堂全体に響くほどだ。
「おいおい、王女キレさせてどうするんだよ」
「結構穏便に話したつもりだけど・・・」
「嘘つくな。特に最後のは絶対確信犯だろ」
「嘘ついて、後々ばれたらそれこそ面倒だ。だから、正直に答えたわけなんだが」
「何コソコソしてるのっ!」
小声でカイトと話しているとフレイリアが割り込んでくる。
「そう、何でもかんでも怒鳴るな。それとこっちから質問していいか?」
「・・・何よ」
「そう言えば、俺に何の用があるのか聞いてないと思ってな。あと接点も面識も全然ないのにお前がどうしてそんなに怒ってるのかも分からない」
フレイリアの要件はレアルはもうすでに知っている。先ほど聞いたカイトの話で大体のことは分かってしまったから。
それでもどうしてそんなことを聞いたのかというと、フレイリアの怒りを少し鎮めるためだ。頭を使うようなことをすれば少しだけ冷静になって落ち着くと思ったからだ。それに一向に進まない話を進めるためでもあった。
案の定、フレイリアは怒りを鎮めた。まだ怒ってはいるだろうが、怒鳴り散らすことはないだろう。
「私はあなたにお願いしに来たの」
「お願い?」
「そう、これ以上アイシャ・エテオクレスに近づかないでって。あなたはあの人に相応しくないから」
「あっそ、終わり?」
「え・・・?」
「それで要件が終わったんならもう帰っていいか?」
「え、ちょ、ちょっと、何なのよそれ!?」
レアルのあまりにも淡泊な反応を見てフレイリアは戸惑った。彼女が考えていた展開としてはレアルが何かしらの反論をしてくると思っていたので肩すかしを食らってしまった。そばにいたカイトも唖然としている。
「何だよ、お前はそれを俺に伝えに来たんだろ?俺はそれを聞いた。じゃあ、もう何もないだろう?それともまだ何か文句があるのか?」
「え、いや、そう言う訳じゃないけど、言いたいこととかないわけ?」
「特にはないな」
「ええっ!?」
「そんなこと言われ慣れてるしな」
それはレアルがこの学院に編入したころの話だ。編入してすぐに広まった噂の所為でレアルは大勢の生徒から反感を買うようになった。その中には今のフレイリアのように何か言ってくることも多々あったのだ。
「それにアイシャがお前に俺のことをどうにかしてくれって頼んだわけじゃないんだろ?本人の知らないところで勝手するっていうのはどうかと思うぜ?」
「私はただあの人のことを思って・・・・」
「それは単なる善意の押し付けだろう?その善意を向けられた奴からしたら迷惑にしかならないと思うんだけど」
「迷惑って、そんなわけ・・・・!?」
「絶対ないって言えるのか?」
フレイリアは言葉を詰まらせる。アイシャがフレイリアのやったことに対してどう思うかは彼女には分からない。ここでいい加減なことを言えば後々自分の首を絞めることにもつながる。
フレイリアは返す言葉が見つからずにただ悔しげに呻いた。
「騒がしいと思ったらまたあなたなの?レアル」
すると、別の生徒の声が聞こえた。それはレアルにとってもフレイリアにとっても聞き覚えのある声だった。声はフレイリアの後ろから聞こえたので彼女は振り返る。
「その俺が一方的に悪いみたいな言い方やめてくれない?」
フレイリアの後ろに立っていたのは今、話題に上がっている人物であるアイシャだった。いつも通りユーナも一緒だ。
そこでレアルはいつもと違う部分に気付く。アイシャはいつもユーナと二人っきりで行動しているのだが、今日はもう二人連れがいた。
一人は短めに切った金髪で女子生徒だというのに男子生徒の制服を着ている三年生。中性的な顔だちは美男子と言われてもおかしくないほど整っている。オズワルドの協力者でありレアルの正体を知っている生徒、シャルロットだ。彼女はやぁ、と言いながら爽やかな笑みを浮かべてレアルに向かって手を振った。
「廊下の方まで声が聞こえてきたけど、何があったんだい?」
もう一人の生徒はシャルロットとは違い普通の男前な男子生徒だ。そして、フレイリアと同じで学院中が注目している生徒だ。燃えるような赤の髪と瞳が特徴的で背丈はレアルより少し高いくらい。この国の第一王子にして次期国王であるシリウス・フォン・レイナード・エルトリィだ。
この場に二大貴族と王族が全て揃っている。舞踏会に行ったとしてもなかなか見られる光景ではない。その所為か、周りの生徒たちがざわつき始めた。
レアルはそれを見てため息が漏れた。人が現れるなりため息をつくというのはかなり失礼な行為に当たるのだが、そんなことを気にする余裕はなかった。
「お、お兄様にお姉様・・・・!?」
フレイリアも彼らの登場には驚いているようだ。
「お姉様?」
レアルはフレイリアの言葉を疑問に思う。この場に現れた兄のことをお兄様と呼ぶのは分かるのだが、お姉様というのは誰なのだろう、と。
ユーナは雰囲気的に違うと思ったのでレアルの視線は自然とアイシャとシャルロットの方へと向いた。シャルロットはレアルと目があった時、その意味を分かったのか身振り手振りで自分は違うということを教えてくれた。まぁ、彼女も雰囲気的にお姉様と呼ばれるような人物ではない。
となると、フレイリアのお姉様というのはどうやらアイシャのことらしい。アイシャもレアルの視線に気づいて小さくため息をついた。
「フレイ、学院ではその呼び方はしないようにって言ったはずだけど・・・」
「あ、ごめんなさい。おね、アイシャ、さん?」
アイシャは別に怒ったわけではないようだが、フレイリアは少し物怖じしたように謝った。呼び慣れていないのか最後の敬称が疑問形になっている。
「それで何があったのか説明してくれる?」
「別にそんな大したことがあったわけじゃないんだけど・・・」
「事の大きさを聞いているわけじゃないわ。何が起こったか分からない収拾つかないでしょう」
アイシャは事態の収拾を買って出てくれた。この場を丸く収めてくれるのであれば、レアルにとっては好都合だったので手短に説明をした。
「お姫様は俺のことが気に食わないらしいから排除しに来たみたいだ」
「話が妹ながら、随分と大胆なことをしたみたいだね」
「お兄様、違いますっ!?変な説明しないでよっ!!」
「いや、要点を押さえて説明しただけだけど?」
「面倒だっただけでしょう。はぁ、カイトあなたここにいたのよね?」
「え、ああ」
「じゃあ、何が起こったか説明して」
レアルから聞くのは早々に無理と判断してアイシャはカイトに説明するように言った。拒否する理由もなかったのでカイトは掻い摘んで分かるように何があったのかを説明した。
カイトの説明を聞いた四人は皆、微妙な顔をした。そして、視線はフレイリアに向ける。
「な、何ですか?」
「とりあえず、フレイはレアルに謝るんだ」
「えっ!?どうしてですかっ!!」
これにはレアルも驚いた。シリウスはてっきりフレイリアを擁護する側に回ると思っていたからだ。
「まず、聞くけどお前はどうしてこんなことをしたんだい?」
「・・・学院に編入してからお姉様に変な人が付きまとってるって友人の方から聞いたんです。それから調べてみたらその人の噂が色々耳に入って来て」
「悪い噂だったのか?」
「はい、だから、何とかしなきゃって思って・・・」
「その噂が事実かどうかの確認は?」
「して、ません」
「つまり、お前は嘘か本当かどうかも分からない噂を聞いてこんなことをしたということになる。自分の想像だけで相手の人物像を決めつけてしまうのはいけないことだよ」
「でも、他の人たちはみんな・・・」
「噂はあくまで噂なんだ。そんな不確かなもので人の本質は分からないよ。寧ろ、それを信じて人の本質を分かった気でいるのはその相手に失礼だ。だから、今回はお前が悪い」
「うっ・・・・」
「それにアイシャだって子供じゃないんだ。いくら親しいからって勝手に交友関係にまで口出しするのは出過ぎた真似というものだよ」
フレイリアがシリウスに叱られている。これも滅多にみられるものではないだろう。他の生徒も近光景を見て唖然としている。
的確に悪い部分を指摘して言い返せないように叱っているため、自分が悪いということをしっかりと認識させられているようだ。怒鳴るよりも効果的な叱り方だ。
正論で論破されて何も言い返せないフレイリアはただ縮こまっているだけだった。
「お、お姉様ぁ・・・」
「さすがに今回はあなたが悪いと思うわよ。だから、素直に謝りなさい」
フレイリアはアイシャに助けを求めるがそれもかなわなかった。
「さぁ、フレイ」
シリウスに促されてフレイリアはレアルの方に向き直る。かなり不服そうな顔をしていて、何度も視線を迷わせる。まだ謝ることに納得いっていないようだ。それにここには大衆の目もある。年頃の少女には少しきついだろう。
「いや、別に無理しなくてもいいぞ。大したことじゃないし、何か可哀相に思えてきた」
「か、可哀相って何よっ!!これくらいできるわよっ!!」
フレイリアは何故かむきになってそういってくる。一応、レアルは彼女を気遣っていったつもりだったのだか、馬鹿にされているとでも思われたようだ。
「・・・ご・・・・ご、ごめんなさい・・・」
最後の方の声がだんだんと小さくなっていったがフレイリアは頭を下げて確かにそう言った。それを聞いて今度はシリウスが前に出た。
「やぁ、初めまして。今回は妹が失礼をした。君のことはアイシャやシャルロットから聞いているよ。もう呼んでいるけど、レアルでいいかい?」
「ああ、別に構わないけど。俺は敬語を使うと多分変な言葉になるからこれでいいか?」
「僕も構わないよ。妹も謝ったことだし、今回のことは許してくれないかな?」
「大したことじゃなかったんだし、そこまで畏まらなくても良かったんだけど」
「悪いことをしたらちゃんと相手に誠意を見せなければいけない。蔑ろには出来ないよ」
さすがは次期国王というべきか、少し会話しただけでも人間ができていると分かる。まさに完璧超人だ、とレアルは思った。
「問題が起こった後だけど、これから学院で会うことも多くなるだろう。だから、今回のことは気にせずに妹や僕と仲良くしてほしい」
そういってシリウスはレアルの前に手を差し出す。それを見て周りがまたざわついた。
レアルはここで相手の神経を逆なでするような馬鹿ではない。こうなってしまえば、面倒なことは避けられないため、レアルの被害が少なくなるように行動した。
「・・・よろしく」
レアルは差し出された手を握り返した。




