価値のあること
シリウスとフレイリアの編入から数日が過ぎた。何といううか、二人が編入してからというもの学院内が騒がしくなったような気がするレアルであった。
騒がれているのはシリウスとフレイリア関連のことばかりで、二人の話を聞かない日はないくらいに様々な噂が嫌でも耳に入ってくる。
魔法の扱いがすごかった、剣術ではまるで歯が立たなかった、授業受けた話から、今日は王子と話ができた、王女と一緒に食事をした、など日常的な風景まで、彼らの行動に関するほとんどのことが生徒たちの間で話題になっていた。
シリウスとフレイリアの通う教室には連日多くの生徒が押し掛けてくるらしい。
正直、レアルはこの騒ぎ方は少し異常だと思っていた。いくら王族、みんなから憧れられる存在だとしても、ここまで騒ぎ立てるほどの魅力があるのだろうか、と思ってしまう。みんなから憧れられるとは言ってもレアルはそんな憧れを感じたことはなかったが。
「貴族たちからしたら、見え方とか違うのかな」
他の生徒たちからすれば、雲の上の人が自分たちの手の届く場所に降りてきたという感じなのだろう。用は王族という存在が珍しいから、というのも騒ぎの原因の一つなのだろう。
だとすれば、生徒たちがシリウスとフレイリアがいる学院生活が当たり前になれば、この騒ぎも収まる。とレアルは予想を付けた。
慣れるまでにどれくらいの時間を要するかは分からないが、レアルは早めにこの騒ぎが収まることを願った。
シリウスとフレイリアが編入してきて変わったことがあった。それは学院の中に軍の護衛が増えたことだ。今までは正門にいる門番の兵士と夜に学院を巡回する兵士が数人、常駐しているくらいだった。けれど、ここ数日の間は、学院の敷地内でも頻繁に軍の兵士を見かけるようになった。
けれど、編入の際に護衛をしていた魔法騎士団の人間はおらず、一般の兵士だけが派遣されているようだった。いくら王族と言えど、学院に通っている期間ずっと軍のエリートに護衛してもらうことはできないのだろう。
そんなレアルも一応、オズワルドからシリウスとフレイリアの護衛を頼まれているわけだが、特に本人たちに関わることもなくここ数日を過ごしていた。決して、これ以上関わることが面倒だからというわけではない。頼まれた内容があくまで秘密裏にということだからだ。
仕事はちゃんとこなしている。現に、この前の交流会の時は講堂の中にはいなかったものの、何かあった時に備えて近くで待機していたのだ。その時は、何事もなく昼寝の時間に費やされたが。
夜になると学院の中を見回り、侵入者がいないかどうか調べたりもしている。巡回する兵士が多かったりするので見つからないようにするのは大変だった。
レアルはオズワルドに念を押されたためこのように頑張っているわけだが、ここまで何もないとサボってしまってもいいのではないかと思っていた。オズワルドは嫌な予感がすると言っていたが、それも何かの勘違いで、実際はただ心配症なところがでただけ。
そもそも王族を狙うなんてことはこのご時世、そうあることではない。狙われやすい立場であることは確かだ。けれど、王族を標的にして何か事を起こそうとすることは容易ではないのだ。
「このままずっと何も無かったらいいんだけどなぁ・・・」
そう言ってレアルは大きな欠伸をする。かなり眠そうだ。こういった姿はいつも通りなのだが、レアルも疲れているのである。護衛や警備をするときは周囲に敵がいないか気を配るので結構神経を使うのだ。なので疲れも溜まりやすい。
「そういや、お目付け役はいつなったらなくなるのかねぇ」
お目付け役とは授業中にレアルの隣に座っているアイシャのことだ。オズワルドから仕事を請け負っているレアルは何故か他の生徒に交じって勉強をしなければならない。
そうなると、授業が終わった後の時間を仕事に回さなければならないわけで、レアルの睡眠時間は削られてしまう。支障なく普段活動するためには睡眠は不可欠。なので、削られてしまった分を授業中に補おうと思っていたわけだ。
けれど、今はアイシャがいるため、それは実行できなくなってしまった。
「爺さんに言えば、あの監視制度もなくしてくれるのかな?」
そんなことを言ってみるが、多分無理だろう。オズワルドは何故か学業関連のことは他の生徒と同様に扱うからだ。真面目に授業を受けないのであれば、断られるのが落ちだ。
そうこうしている内に目的地である職員室に到達した。
「失礼しまーす」
間延びした声で職員室に入った。中にいる教師がこちらに目を向ける。そのほとんどの教師はすぐに視線を戻して自らの仕事に取り掛かっているが、数名の教師はレアルのことが気に入らないのか少しだけ睨んできた。
職員室は担任教師のミレイナの説教のときに何度もお世話になっている場所だ。けれど、今日は別に怒られに来たわけじゃない。
中を見回して目的の人物を見つけた。レアルはそこに近づいて座っている人物に話しかけた。
「よう、先生」
「どうした、フリーシア」
そこに座っているのは堀の深い渋い顔が特徴的なベルグラント。学院内でレアルの正体を知る数少ない人物の一人だ。
「ちょっと聞きたいことがあってね。時間あったりする?」
「暇というわけではないが、長い話なのか?」
「そう言う訳じゃないけど、ここじゃ出来ないかな」
「・・・そうか、分かった。あの部屋に入っていろ。今やっている分が終わったらすぐに行く」
ここではできない話、という意味を理解してくれたようだ。つまりはレアルの仕事関連の話をするということだ。
レアルは言われた通り、個室の中に入って行った。どうやら教師たちの休憩所のようだ。そこそこ広い部屋で落ち着いた雰囲気が漂っている。中には誰もいないので誰かに聞かれる心配もない。
中にあったソファに座って待っていると、宣言通りそれほど時間も掛からずにベルグラントが入ってきた。
中に入ってきたベルグラントは小声で何かを呟いた。すると、ドアに一瞬だけ青色の魔方陣が浮かび上がった。多分、部屋の中の音が外に漏れないようにしたのだろう。
「そこまで大した話をするわけじゃないんだけど・・・・」
「些細なことだろうと誰かに聞かれると何かと厄介だ」
ベルグラントはドアの鍵をかけ、レアルの対面に座る。
「それで、何の話だ?」
「俺の外出禁止令のこと爺さんから何か聞いてない?」
「ああ、来週には解かれることになっているよ。まさかとは思うが、これだけのために呼び出したんじゃないだろうな?」
「今のはちょっとした確認だよ。今は一応、王子達の護衛を優先するように言われてるんでね。でも、実際そんなにやることがなくて、この際だから他の協力者の意見も聞いてみようと思って」
「何の意見だ?」
「俺が爺さんに依頼されたことについて」
先日、オズワルドからは依頼の真意を聞かせてもらったが、レアルはあの話をすべて鵜呑みにしているわけではなかった。気になるところが多々ある。
「始めに聞くけど、爺さんの話ってどこまで聞いてるんだ?」
「多分、君が聞いた話と同じだと思うが・・・」
「それって、貴族狩りが何かの前触れだとかっていうやつ?」
「ああ。私も聞いたのは最近だがな」
レアルはこの返答は意外だと思った。信頼のおける者にも話していなかったとは、先日話された件はかなり慎重に扱っていたようだ。
「その話を聞いてどう思った?」
「・・・大げさな話だと思ったよ。けれど、まるっきり嘘だとは思っていない」
「じゃあ、これからこの国で貴族狩り以上の大事件が起こるって思ってるのか?」
「そこまでは分からん。明確な理由を聞いたわけでのないしな。可能性の一つとして捉えているくらいだ」
「何かはっきりしない答えだな」
「まぁ、私は君と学院長ほど今回の件について考えているわけではないからな。精々、言われたことをこなしているくらいだ」
レアルはまた意外なことを聞いたと思った。普段浮かべている渋い顔の下では色々と考えを巡らせているものだと思っていたからだ。
「元々、勉学も得意な方ではないからな。頭を使う作業は苦手だ。意外か?」
「そりゃ、もう仕事とか完璧にこなしてそうなイメージあったから」
レアルはベルグラントの問いかけに大いに頷きながら答えた。
「仕事というのは慣れでどうにでもなる。だが、誰かの思惑を読み取り、見破り、それに対処するというのは誰にでもできることではない。どれだけ優れた策士だろうとそれは容易ではない。私にはそれを出来るだけの知恵があるわけではないからな。考えるのは学院長と君に任せているというわけだ。従っているのが性に合っているとも思っているが」
「先生はどっちかっていうと部下に命令する役回りの方が似合ってると思うんだけど。顔もそんなだし」
「顔は関係ないだろう。性に合っているといったのは軍人時代の名残のようなものだ。士官ではあったが、上に命令される立場には変わりなかった。だから、難しいことは上の連中が考えて、自分は命令に従う、なんて考えが染みついたのかもしれん」
この発言にはレアルはそれほど驚かなかった。身のこなしから軍属経験があることは気づいていたし、ただの一兵卒が学院で教師をやっているとも思っていなかったので、それなりの階級も持っているのだろうと考えていた。
「先生が士官かぁ、少佐とか?」
「残念、中尉だ。」
「中尉って、絶対命令する側だろ」
「部下をまとめ上げる立場だというだけさ」
「でも、それだったら何で学院の教師やってるんだ?先生の歳ならまだ現役で行けると思うんだけど?」
ベルグラントは見た目は老けているが、年齢はまだ三十代くらいだと思う。しかも、階級まで持っていたとすると学院で教師をしているよりも稼ぎは良い筈なのに。
「ある任務の際に左足を失ってしまってな。今でこそ、普通に生活できているが軍に復帰するのは断念した。居心地のいい場所とも言えなかったからな」
「左足を失ったって・・・・」
レアルの視線は自然とベルグラントの左足に向いていた。そこには普通に足がある。レアルは少し怪訝な表情をした。普段の様子を見てもベルグラントの左足は普通に動いていたからだ。義足ならそんな風に動いたりしない。
「この左足は義足だ。ただ、少し手が加えられている。体内を循環している魔力を動力源に義足と足の神経を接続している。だから、普通の足と同じように動かせる」
ベルグラントはズボンを少し捲り上げ、足を見せる。そこには人の人体ではなく、金属でできた足が見えた。足の神経を接続しているということは義足の中に失った足の神経の代替となる仕組みが施されているのだろう。
「そんな魔導技術があるのか」
「私が軍にいた頃では最新技術だったな。まだ、馴染みの技術ではないが五年前に軍で実用化された」
「へぇ」
これにはレアルも素直に驚いた。
「でも、普通の足と同じように動かせるんだろ?だったら軍で仕事続けるくらいできたんじゃないのか?」
「この足は学院長から貰ったものだ。だから、普通に動けるようになって居た時には、もうすでに軍はやめていて新米教師として働いていたよ」
「爺さんが?軍の最新技術をよく用意できたもんだ」
「何でも知り合いに頼んで作ってもらったと言っていたな」
レアルは時々、オズワルドは一体どんなコネを持っているのか気になっていた。学院でいるだけでは出来ないような繋がりもかなり持っていそうな感じがしてならない。
「おっと、いつの間にか私の身の上話になってしまったな。元の話しはなんだったか・・・」
「爺さんが言ってたことについて、先生がどう思ってるかって聞いてた途中だ」
いつの間にか話が逸れていたことに気付いて、ベルグラントは元の路線に話を戻した。
「どう思っているか、と聞かれてもさっきも言った通り私はこの件に関して深く考えてはいない。今はただ、言われたことを実行しているだけだしな」
「でも、疑問に思ったりしないわけ?明らかに学院の関係者がやるようなことじゃないし」
「確かに教職員の領分を逸脱しているのは理解している。けれど、まぁ、何というか、学院長という人は本気で世界を良くしようとしている人だと思っている」
「・・・・どうして、そう思うんだ?」
「この学院で得た収入の一部は王都の孤児院や医療技術の発展のための支援金として使われている。この支援金で孤児の死亡率は減ったと聞くし、私の義足のように医療の発展にも貢献している。この学院に関してだって、この国を担う若者を育て、より良い国にするというのが目的だ。後進の育成にも力を入れている。今時、珍しい人だとは思わないか?」
「確かにそうだな」
オズワルドのことに関して語りだしたベルグラント。彼の問いかけにレアルは素直に同意した。そして、驚きも感じていた。ほとんどの人は自分のことで精いっぱいで、誰か他人のために何かしれあげられるほど余裕なんてないから。そんな風に見返りも望めないのに手を差し伸べられることが驚きだったのだ。
「けれど、そんな人だから、私は付いていこうと思ったよ。自分のためではなく、誰かのために、青臭いようだが価値のある生き方だ。たとえ、それが本職とはなんら関わり合いのないことでもあの人が助力を求めてきたのなら、私はそれに尽力すると決めている」
「・・・そうか」
レアルはベルグラントの決意のようなものを聞いて少し思った。この人は先生には向いていないだろうと。考え方が軍人というか、まるでどこかの騎士ようだったからだ。
「かっこいいねぇ、先生は」
「そうでもない。ただ、自分に合う生き方を知っているだけだ」
「ふ~ん、まぁ、いいや。じゃあ、聞きたいことも聞けたし。そろそろ帰ることにするよ」
「いいのか?何だか、私の話ばかりしてしまったが」
「いいって、そんなに聞きたいことも多かったわけじゃないし。ちょっと意外な先生も見れたしな」
そういうと、ベルグラントは少しだけ苦笑した。
「それじゃあな、付き合ってくれてありがとう」
最後に礼を言ってからレアルは休憩室から出て行った。




