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忘却のアルテミス  作者: 二四野 鏡
アウターレイブン
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探し物

 今日も今日とて授業を終えて迎えた放課後、レアルはいつも通り図書館に来ていた。

 机の上に多くの本を積み上げて、気になった情報を紙にまとめていく。パラパラと紙を捲る音と鉛筆の擦れる音が図書館の中に響く。今はレアルしかいないので小さな音でもはっきりと聞こえる。

 図書館を利用する生徒は少ない。本を読むのが好きな生徒が数日間隔で本を借りに来る程度だ。日常的に利用しているのはレアルと司書であるメルティスくらいだろう。

 ふと、そこでレアルは手を止める。かれこれ一時間くらいは調べ物に没頭していたため少し目が疲れてきたのだ。

 レアルは目を閉じて椅子の背もたれに体を預ける。そして、固まった体を解すために体を伸ばす。体を伸ばしきるとと脱力してしばらくその状態のままで天井を見上げた。

 そして、今やっている調べ物とは別のことを考える。レアルが学院にいる理由である依頼についてだ。

 オズワルドから依頼された調査の方はまとまった情報が手に入ったので今はそれを整理し、次は何を調べるかを考えているところだ。本当のところは早めに調査を終わらせるために今日も王都へ情報収集にでも行こうかと考えていたのだが、外出届が受理されなかった。

 理由はレアルの度重なる規則違反と、危険行為によって外出禁止令が出されてしまったからだ

 規則違反や危険行為をしてしまったことについては認めたが、どちらも巻き込まれただけで不可抗力だと、一応講義をしてみたが、全くと言っていいほど効果がなかった。

 しかも、抗議した相手がミレイナだったので、初めて外出したときは不可抗力でも何でもなかったとか、これほど問題を起こしておきながら反省の色が全く見えないとか、果ては、普段の生活態度がだらしなさすぎるなど、規則違反や危険行為以外の関係ない部分も非難され、軽い説教のような小言を大量にもらうこととなった。

 途中で話を聞くのが面倒になったので適当な言い訳をして職員室から逃げ出し、現在に至る。

 なので、外出禁止令が説かれるまでは大人しくしているしか無くなってしまった。

 こうなってしまうと調査の方にも色々と影響が出てくる。自分で決めた期間までに終わらせられるかどうかも分からなくなってくる。一瞬、オズワルドの頼みごとという風に理由をでっちあげることも考えたが、頻繁に外出するような用事をただの生徒に頼むのは怪しいだろうということで却下した。

「どうすっかなぁ」

 何かいい方法はないかと考えを巡らせるが何も出てこない。

「お前は何かいい方法ある?」

 と、そこでレアルは見上げた顔を正面に戻して、対面に座る人物へと声を掛ける。人物と言っても人ではない。

 月光を思わせる煌びやかな銀髪に透き通った青い瞳。最近では学院の生徒の間でも噂になっている謎の銀髪美女、二クスは一冊の本を手に取り読書をしていた。これはレアルの調べ物の手伝いをしているのではなく、彼女の単なる暇つぶしだ。ちなみに読んでいる本は『王国料理全集』というエールトリスの料理について書かれた本だ。

 だが、今の二クスは依然と少し違っていた。前はユーナよりも低かった身長はアイシャと同じくらいまで高くなっている。身長に比例して体も女性らしい丸みが強調されて、表情からも幼さが抜け落ちて大人びている。人の年齢に例えるとレアルと同い年辺りまで成長した姿になっていた。それにより以前よりも数段美しさが増した。

 けれど、精霊である二クスに体が成長するという概念はない。ならば、何故そのような変化が起こっているのかというと、彼女の体を構成している魔力が関係している。

 今の二クスには決まった形はなく、姿は自由自在に変えることが可能だ。人の姿をしている理由は元の彼女の姿が人に酷似しているからだ。今の姿を維持したまま実体化するのはそれなりに魔力を使うようで以前は魔力の消費が少ない幼い姿をしていた。けれど、この学院はどういうわけか他の土地よりも多くの魔力が存在するため多少魔力の消費が多くても問題がない。なので、今の姿に変化したというわけだ。

「何だ?私は今忙しい」

「忙しいって料理本なんて読んで楽しいのか?」

 精霊である二クスは食事を取る必要はない。体は魔力でできているため、人のように栄養を取らずとも生きていけるのだ。

「暇つぶしにはちょうどいいくらいにはな。時にレアル」

「何だ?」

「最近の流行は料理ができる男子というやつらしいぞ」

「まさか、俺に料理をしろとでもいうのか?」

 二クスは期待を込めた目でレアルの方を見る。どうやらそういうことらしい。

「てか、お前その体で食えるのか?」

「さぁな、この体では試したことはないな」

「その前に俺料理なんてしたことないし無理だな。何でまた料理作れなんて言ったわけ?」

「ふむ、これを見ろ」

 すると、二クスは手に持っていた本をレアルの方に差し出す。開かれているページには豪華な料理の挿絵が入っていた。それはもう舞踏会とかに出てきそうな感じの料理だ。

「どうだ、旨そうだろう?」

「おお、確かに旨そうだなぁ。それだけ?」

「ああ、そうだが」

 それ以外に何がある、とでも言いたげにレアルを見る二クス。旨いものなら食べてみたいという人のような当たり前の欲求が精霊にもあることにレアルは驚いた。

「精霊でもそんなこと思うんだな」

「別に食欲があるわけではないさ。言ってみれば、娯楽だな。なくても困りはしないが、あれば人生が豊かになる、そんな感じだ」

 二クスはレアル以外に接する相手がいないのでよく退屈に見舞われる。だからいつも何か暇を潰せるものはないかと探しているのだ。レアルが学生に扮すようになってからはレアルとも話す時間が少なくなったのでその行動はより顕著になっていた。

「あ、いや、そうじゃなくて・・・」

 レアルは話が脱線していることに気付いた。

「今はどうにかして仕事する方法ないか探してたんだ」

「そんなことを聞かれても大した案はないな」

「ちょっとは考えてくれてもいいじゃねぇか。流石にずっと外出禁止だったら仕事が進まない」

 そういうと二クスは仕方ないな、と言いながら本を閉じる。表情はちょっとだけ不満そう。

「久方ぶりに気兼ねなく過ごせる時間が得られたというのにお前は仕事やら、調べ物やら、無粋なことばかり。少しは私のことも気にかけてくれても良いのではないか?」

「ほら、仕事や調べ物は必要なことだし、毎日夜に話し相手になったりしてやってるだろ?」

 レアルがそう答えると二クスはため息をつく。体が成長している分こういった憂いの表情でも絵になってた。

「そんなことだから、あの女にも振り回されるのだ」

「何だよ、そんなことだからって」

 あの女、というのがレアルの師匠であるタリアだということは分かったが、何がいけないのかは分からなかった。

「まぁ、いい。どうやって仕事をするかだったな?そんなことは私より適任がいるだろう?」

「適任?」

「お前の仕事の依頼主クライアントはこの学院の最高権力者なのだぞ。仕事に支障をきたすのであれば、何とか解決してくれるはずだ」

「それもそうだな」

 言われてみれば、その通りだとレアルは気づいた。

「ついでに仕事に関する不満も解消しておいたらどうだ?言いたいことの一つや二つはあるのだろう?」

「まぁ、それなりにな」

 レアルが不満に思っていることは今の自分の立場についてだ。仕事をするにあたってレアルは生徒として過ごさなければならない。生徒として過ごす理由は有事の際に他の生徒を守るためや生徒ととして行動するなら連絡も取りやすいという理由があるので理解できなくもない。

 だが、些か今の立場では仕事がやりづらいのだ。学院の規則に縛られるため、傭兵としての行動時間が限られる。もし、その規則を破れば、ペナルティを受けることになるのであまり破ることができない。それにレアルの素性は生徒に限らず、教師にも秘密にしなければならない。これも身動きが取りづらい理由となっている。生徒に誤魔化すのは楽だが、教師に疑われて素性を調べられでもしたらばれる可能性がある。調査をするために学院を出るときの理由を考えるのも何かと面倒だったりする。

 学院に来て一か月半、初めに提示された条件と環境で仕事をしてきたが、思ったようには進んでいない。オズワルドが何を思っているのかは分からないが、少しは改善してほしい、というのがレアルの本音であった。

「聞きたいこともあったし、ちょうどいいか」

 聞きたいことというのはこの間ケインに聞いた貴族狩りの情報とオズワルドからもらった情報が食い違っていたことだ。

 オズワルドは貴族狩りの詳細を国から通達されて知ったといっていた。それならば、屋敷の人間がすべて皆殺しになされていた事件よりも前の事件も知っていたはずだ。けれど、オズワルドはレアルにそれを説明しなかった。

 いくつか可能性は思い浮かぶがそれが事実ならと本当にオズワルドが何を考えているのか分からなくなる。

「何考えてんだかねぇ」

「どうした?」

「いや、何でも。それより、俺お前にも聞きたいことあるんだよ」

「何だ、いきなり」

「イクリティアについたとき何で何も言わなかったんだ?」

 イクリティアという名前を出すと二クスは黙り込んだ。

「流石に盲点だったよ。まぁ、普通に考えれば国の首都に使われた場所を取り壊すよりそのまま自国の街として使った方が効率がいいしな。首都が丸々残ってんならお前の手がかりだってあったかもしれないだろう?」

 再度問い詰めてみるがそれでも二クスは何も言わない。

 二クスが何も話そうとしないのはガメルデ皇国が関わっているからだ。今は滅んでしまったその国は二クスがいた国、まだ体を失う前にいた国だ。

 レアルが必死に探しているものというのは二クスの体なのだ。肉体を持つ精霊、つまり二クスは元始種オリジンなのだ。

 けれど、二クスはその肉体を持っておらず、魔力で構成された体を使っている。正確にはその彼女の本体となる体に戻ることができないのだ。普通ならばあり得ない。元始種オリジンが持っている体は老いや成長するということはなく、例え傷つけられたとしてもマナさえあれば、また再構築し直すことができる。そのため、元始種オリジンの精霊は殺すことが難しい。けれども、生き物である以上死という概念はあり、大体は寿命を迎えることで死に至る。

 そんな殺しても死なないような体を持っている元始種オリジンは寿命を迎えることぐらいでしか肉体を失うことはない。だが、二クスは寿命を迎えて体を失ったわけではない。もしも、二クスが寿命を迎えているのなら、意識も消滅してこの場にいることなんてできない。

 ならば、何故二クスは体を失うことになったのかというと、五十年前の戦争が関係していた。エールトリス王国とガメルデ皇国の戦争が。

 レアルが知っているのはここまでだった。戦争によって体を失ったということは二クスが話してくれたが、それ以上のことは何も言ってはくれなかった。ここ数年で調べた結果、ようやく彼女が当時ガメルデ側として戦っていたことが分かったのだ。

 ガメルデに居た時、何が、どうなって、体を失ったのか、具体的なことは何一つ知らない。二クスが失った理由を話してくれていたら、早く体を取り戻せるかもしれない。けれど、二クスは何も話さない。

 例え、自分の体が元に戻らなくても二クスは自分の過去に触れられるのが嫌だったのだ。

「・・・少し、意地が悪いのではないか?」

 ようやく返ってきた言葉は質問の答えではなかった。

「まだ、話せないのか?」

「そうだな」

「それは俺のことが信用できないから?」

「違うさ」

 今回のように二クスの過去について問いただしたことは何度かあった。二クスはこの話題を出すと急に弱弱しくなり、申し訳なさそうな表情をする。普段とはまるで態度が違っていた。

「じゃあ、何で・・・」

 いつもならこのまま何もしゃべらずに終わってしまうのだが、レアルはさらに追及した。

「話してしまえば、お前がどうするかが分かっているからさ」

「話を聞いたら、俺がお前のことを見捨てるとか思ってんのか?」

「いや、お前はそんなことはしないだろう。そうしないことが分かっている。だから、話すのに戸惑ってしまう」

「それって・・・・」

 レアルは二クスの言っていることが理解できなかった。二クスは嫌われるのが怖くて何も話さないわけじゃない。もちろん、彼女の過去を知ったとしてもレアルは嫌いになんてなるつもりはない。二クスがレアルの味方であるようにレアルは二クスの味方なのだ。

 嫌わないことが分かっているから話したくないというのは、まるで話を聞いたら自分のことを嫌ってほしいといっているようなものだ。

「すまないな、これは私のわがままだ」

 二クスはそういって微かに笑みを浮かべる。けれど、それは悲しい笑みだ。

「少し、外に行ってくる」

「ああ」

 これもいつも通りだった。話が終わった後は一人になって、時間が経てばいつもの様子に戻る。さっきの会話がなかったかのように。

 レアルが返事をすると二クスは虚空へと消えた。一人になったことにより図書館の中の静けさが増したような気がした。

「・・・・はぁ」

 ため息をついた後、レアルは調べ物を再開する。ほとんどやる気は失われかけていたが、気を紛らわすにはちょうど良かったのだ。

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