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忘却のアルテミス  作者: 二四野 鏡
アウターレイブン
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26/38

調査報告

 広々とした部屋に男が二人座っていた。部屋の内装は豪華であるが部屋の中に置かれているものは少ない。男たちが座っているソファが二つとその前のテーブルが一つだけだ。

 ここはエールトリス王国最大の商業組合、オーレスト商会本社の一室だ。

 片方のソファに座っているどこにでもいそうな黒目黒髪の少年は白を基調とした制服を着ている。これは王都から少し離れたところに存在しているエールトリス魔導学院の制服だ。だが、制服こそ着ているものの、彼は単なる学院の生徒ではない。名前はレアル・フリーシア。レアルの本来の仕事は傭兵。今は学院長であるオズワルドの依頼により学生に扮している。

 一方、レアルの対面に座っている男はどこか疲れた表情をしていた。目の下にも少し隈がある。彼はここオーレスト商会に努める商人、ケイン・ウィルド。十年前くらいに商人になってからコツコツと業績を積み上げ、今ではそこそこ有名になってきている。そして、レアルとは浅からぬ縁がある男だ。

「どうした、目の下に隈なんか作って?」

「・・・・お前の所為だよ」

 レアルは疲れた表情のケインを見て、理由を聞く。すると、ケインは力なくレアルを睨みつけながら答えた。けれど、こんなことを聞かなくてもレアルは初めから理由は分かっていた。

「今回は思ったより時間が掛かったな」

 ケインが疲れている理由はレアルの依頼の所為だ。

 二週間前レアルは王都を騒がせていたある事件を解決していた。今は住人達からゴースト事件として語られている。犯人は姿かたちが分からないためゴーストと名づけられた通り魔だ。レアルはケインに仕事を依頼するための条件としてこのゴーストを捕まえることを提示した。ケインはそのことを了承してしまい、結果レアルがゴーストを捕まえたので依頼を遂行する羽目となったのだ。

 それで、レアルが何を依頼したのかというと、現在レアルが調べている貴族狩りの情報についてだ。ケインは今は商人をしているが、一昔前はかなり有名な情報屋だったらしい。調査をするにはレアルより適任だ。

「あのな、俺は今は商人なんだぞ?忙しい中の時間を使って何か月か前の噂を調べてたんだから時間が掛かっても仕方ないだろ。たくっ、睡眠時間が減らされて、いい迷惑だぜ」

「別に徹夜に慣れてないわけでもないだろう?寧ろ夜間行動の方が多かったんじゃないか?」

「確かにそうだけど、この仕事をやったのは久しぶりなんだ。歳も取ったし体がついていかねぇよ」

「何爺さんみたいなこと言ってんだよ」

 ケインの歳は三十二、三歳くらいでまだ働き手としてはまだ若い方だ。見た目はもう少し若く見える。

「お前もこの歳になったら分かるって。ちょっと運動しただけでも結構息上がったりするから」

「鍛えてないからそうなるんだろ。何なら俺が鍛えてやろうか?」

「嫌だね。第一付いていけるわけがない」

 レアルはそう問いかけるがすぐに断られた。ケインはレアルとの付き合いは長い方で、レアルがかなりの努力をして強くなったことも理解していた。そして、それと同じことをやれと言われたらケインは一日も持たないことも分かっているのだ。

 だが、口では鍛えると言ったがレアルはそんなことをするつもりはなかった。ただでさえ学生生活と仕事の板挟みで忙しいというのにケインを鍛えるために時間を割けるほど、今のレアルに余裕はない。単なる冗談だ。

「そりゃそうだろうな、お前ヘタレだし」

 ヘタレと言われてケインは少しへこんだような顔をする。けれど、自分にそういった部分があることは自覚しているのか何も言い返してはこなかった。

「無駄話はそこそこにして、集めた情報聞かせてもらおうか」

「へいへい」

 レアルは本来の目的である仕事の話を切り出した。ケインは返事をした後、何枚か紙をテーブルの上に置いた。

「これは?」

「貴族狩りの一件で被害にあった連中の情報とその領地に住んでた住人たちの評判だ」

 レアルは紙を手に取り内容を読んでいく。だが、読み始めてすぐにおかしな点に気付いた。

「おい、これ被害にあった連中の名簿だろ?殺された貴族の数が多いぞ」

「いや、それで合ってる。お前は屋敷の住人が皆殺しにされていた事件が最初に起こったみたいに聞かされてたようだけど、その事件が起こったのは三番目だ」

「三番目、ってことはその前にも誰か殺されてたってことか?」

「ああ、一番初めに殺されたのはクリシュラム子爵。屋敷の書斎で喉を切られて死んでいたらしい。で、次はリアド男爵だ。こっちは自分の領地に帰る途中で馬車が崖から転落して死亡ってなってる」

「それは殺されたとは限らないんじゃないか?」

 事故に見せかけた殺害と言えば分からなくもないが、少しこじつけくさい気がした。レアルがそう指摘するとケインは後で説明するといって話を続けた。

「三番目の事件は知ってのとおり、屋敷の住人が皆殺しにされた事件だ。殺された貴族はオルスラート子爵。確かこの頃から貴族狩りの噂が広まりだしたみたいだぜ。四番目に殺されたのはハーマイヤ子爵。王都から離れた別の貴族の領地に商談をしに行った帰り、森の中で殺されたみたいだ。最後がネムティス家の令嬢。王都で開催されてた舞踏会の会場で襲われたけど、衛兵の発見が早くて助かったらしいな。改めて見ると、かなりの大事になってるんだな」

 ケインは資料を読み上げながらそんな感想を言う。

「自分の国のことなのにまるで他人事だな」

「実際、他人事だしな。騒ぎになったのはもう何か月も前だし」

「けど、これを見てる限りでは貴族狩りの事件の被害者は四十二人もいるんだろ?しかも貴族が殺されてる。犯人もまだ見つかってない状態でこれだけの大事件が数か月で騒ぎが収まるもんなのか?」

 犯人が見つかっていない状態というのはまだこの国に大量殺人が起こる可能性があるということだ。にも関わらず貴族狩りはほとんど終息しているといってもいいほどに騒動は収まっていた。

「それは俺もおかしいと思ったよ。確かに早すぎる。軍の方でも初めはかなりの数の兵士を動員して調べてたらしいけど、全然手がかりが掴めなかったらしいし、今じゃ警戒を強めてるだけみたいだ」

「四十二人も殺しておいて手がかりが全くないって、不自然すぎるだろ」

「ああ、かなりきな臭い感じがする」

「だとすると、事件を企てたのはこの国の人間か。それもかなりの地位を持ってる」

 レアルは確信を持ってそう呟いた。何故かというと、およそ四十人もの人間を殺害しておきながら現場に手がかりがほとんどないというのは明らかに不自然だ。誰かが意図的に証拠をもみ消していると考えた方が妥当だ。

 それに殺害を行ったのは暗殺者の類だろう。一人二人ではなく数十名は雇っているのは確実だ。それらに関する情報を持っているのは貴族か、軍関係者ぐらいしかない。

「相変わらず、冴えてるな」

「お前だってこれくらいのことは考えたら分かるだろ」

 ケインはレアルの洞察力に舌を巻く。ケインがレアルに過去に情報屋をやっていたとばれたのもこの聖だったりする。

「そんでこっちの資料は?確か殺された貴族の領地に住んでる住人の評判を集めたって言ってたけど」

「ああ、殺された貴族の領地に住んでる奴ら聞いたんだけど、領主の評判がかなり良いんだ。不満なんてほとんどないくらいにな」

「へぇ、かなりお優しい領主様だったんだな。で、これが殺された貴族の共通点ってわけか」

「正しくは共通点の一部だな。殺された貴族の共通点は全員が穏健派に関わる人物ってことだ」

「穏健派?」

「五十年前にエールトリスは大国の仲間入りを果たしたといっても、他の大国と比べたらまだまだ。それを何とかしようと上の連中が対策を考えてるんだよ」

 ケインの話によると、今この国の政治を行っている貴族は二つの派閥に分かれてる。

 一つ目はこの国の基盤を盤石のものにして、大陸内での政治的地位を高めようとしている穏健派。

 二つ目はこの国の軍視力を増強し、国力の底上げを図ろうとする強硬派。

 最近では穏健派と強硬派の意見の対立が激化してるらしい。

「二件目の事故死した貴族も被害者に入れた理由がこれか」

「ああ、いくらなんでも事故死っていうのはタイミングが良すぎたからな」

「それぞれの派閥は誰が先導してるんだ?」

「それはな、まず、穏健派を率いているのがバルディエル伯爵。元々は爵位を持たなかった家系だったけど、戦後の立て直しからかなりの功績を上げて伯爵の地位を得たらしい。強硬派を率いているのはゴルドー伯爵。議会に参加する以前は軍で中将をやっててかなりの武闘派だな」

 と、そこでレアルはこの国の二大貴族であるエテオクレス家とウィクトアリア家の名前が出てこなかったことに気付く。ウィクトアリア家はどうか知らないが、エテオクレス家は確実にこの国の政治に関わっている。不思議に思いレアルはケインに問いかけた。

「おい、この国の二大貴族はどう別れてるんだ?」

「二大貴族?ああ、エテオクレス家とウィクトアリア家か。どっちにも分かれてねぇよ」

「中立の立場を取ってるのか?」

「いや、ウィクトアリア家はかなり特殊で昔から国の政治関連にはあまり関わらない。エテオクレス公爵はほとんど王都に来ないからな」

「王都に来ない?」

「ああ、知らないのか。王都より北の方にイクリティアっていう馬鹿でかい街があるんだ。エテオクレス公爵はその街の管理を任されてる」

 その街ならレアルは学院に来る前に寄ったことがあった。ケインの言うとおり馬鹿でかい街だった。城がないだけで王都と同じくらいの面積はあったと思う。

 イクリティアは五十年前まではエールトリスの領地ではなかった。それは五十年前に隣国だったガメルデ皇国の首都だった。

 ガメルデ皇国とは長きにわたり戦争をしていた。それは一世紀を跨いでも続いていた。しかし、五十年前の戦争でようやくエールトリスがガメルデに勝利し、戦いに終止符が打たれた。そして、エールトリスはガメルデを併合し、現在のエールトリスの北側に広大な領地を手に入れた。

 現在のイクリティアはガメルデ城を取り壊してエールトリスの主要都市として活用されている。

「イクリティアか・・・」

「ん、何か気になることでもあるのか?」

「いや、何でもない。続けてくれ」

 何かを考え込むようにイクリティアの名前を呟いたレアルが気になったのかケインが問いかけてきた。だが、レアルはすぐに話すを戻すように促した。

「さっき言った、二つの派閥の勢力は穏健派の方がでかい。なんせ穏健派を率いているバルディエル伯爵は国王の側近だからな。それに戦争が終わってから今までは穏健派よりの考えが多かったからな。強硬派の考えは受け入れられないっていうやつが多いんだろ」

「じゃあ、貴族狩りの首謀者は強硬派のゴルドーで決まりだな」

 以前は軍に所属していて中将を務めていたとなれば、手練れの暗殺者などには詳しいだろう。伯爵という地位も持っているのであれば雇う金にも困らないだろう。

「ところがそういうわけでもなさそうなんだよ」

「何かあるのか?」

「俺も初めはゴルドーが怪しいと思ったよ。けどこの伯爵はな、かなり豪傑でこの手の所業が大嫌いらしいぜ」

「表面上そう装ってるだけじゃないか?」

「いや、それもないと思う。軍にいた時から部下からはかなり慕われてたらしいし、少数ながら存在していた強硬派の連中をまとめ上げて穏健派と張り合えるくらいにでかくした人間だ。表面上を装ってるやつじゃあ無理だな」

 ケインがそこまでいうのならゴルドーという人間はそういった人物であると認識してもいいだろう。ケインが持ってくる情報は驚くほど正確なのだ。

 そして、レアルは貴族狩りの首謀者がゴルドーでないとすると誰なのかを考えた。貴族狩りの被害者が穏健派の貴族ばかりということから二つの派閥が関係していることは間違いない。そう考えると首謀者がいるとしたらやはり強硬派の誰かということになる。

 そもそも首謀者は穏健派の貴族を殺して何をしたかったのだろうか?

「ケイン、貴族狩りの目的はなんだったと思う?」

「え、目的?そうだなぁ、普通に考えれば、強硬派が穏健派に脅しをかけたるためか、貴族を殺すことで国内の不安を煽って軍備増強を促すためとか、そんな感じじゃないか?」

「それが妥当か。貴族狩りの後、何か変化はあったのか?」

「そうだなぁ、地方の警護に回ってる軍の連中を王都に戻したぐらいかな」

「どれくらいだ?」

「ざっと百人くらい」

 地方の兵士を戻したということは王都の警護を増やしたということだろう。それだけしか変化していないのに貴族狩りは行われなくなった。軍備増強がされたわけでもないのに、国が強硬派の意見を受け入れたわけでもないのに終わった。

 それともこれで首謀者の目的は達成されてしまったのだろうか?こんな大事まで起こして成し遂げたかった目的はどんなものなのだろうか?と、考えるが顔も名前も不明な相手の思惑を読み取ることは不可能だ。

 これ以上はもっと調べを進める必要があると判断して思考を打ち切った。

「二週間でここまで集めるとは、流石だな。情報は役に立ったよ。それで・・・・」

「次はやらないからな」

「まだ、何も言ってないだろ」

 ケインはレアルの言う言葉を先読みしてきっぱりと断った。レアルが何を言おうとしたのかというと、もう一度情報を集めてくれるように頼もうとしたのだ。

「何で駄目なんだよ?」

「うるせぇ、今回はただ約束しちまったらか仕方なくやっただけだ」

「じゃあ、今度はどんな条件ならいいんだ?」

「だから、やらないって言ってるだろっ!!人の話聞いてんのかっ!!」

「怒鳴るなよ。イライラするんだったら牛乳を飲むといいらしいぞ」

「誰の所為だ、この野郎・・・」

 ケインは疲れた様子でため息をつく。そして、とても真剣な表情になってレアルに問いかけてきた。

「お前、さっきの情報見て気付いてるだろ?」

「何を?」

「とぼけんなよ。お前が調べてる件はかなりでかい権力を持ってる奴が関わってる。何の目的でやったのかも分からないし、得体が知れない。正直言ってかなりやばいと思う」

「何がやばいんだよ?」

「だからっ!!お前が貴族狩りのことを調べてるって首謀者に気付かれたらどうなるか分からないって言ってるんだよっ!!」

「んなこと言っても、仕事なんだから仕方ないだろ」

 声を荒げるケインに対してレアルはそれが当然のように答える。

「仕事って、死んだら元も子もないだろっ!!」

「こんなところで死ぬつもりなんてねぇよ」

 レアルはこれもさも当然のように答えた。それは普段と変わらない口調だったのにも関わらず、ケインにはその言葉にかなり自信があるように聞こえた。

「仮に俺を狙ってきたとしても、俺は簡単に殺されてやらない。寧ろ、返り討ちにしてやるよ。まだ、やることだってあるし。本当にやばくなったら何処へなりと逃げるさ」

「・・・・お前は」

 と、言いかけたところでケインは言うのをやめた。どうせ何を言っても意味はないと分かったから。

「どうした、黙って?頼み聞いてくれる気になったか?」

「はっ、誰がやるか。俺は商人だって言ってるだろ」

「面倒だなぁ。ま、これだけでも良しとするか。あとは自力で調べることにする」

 もう一度ケインが断るとレインはあっさりと引き下がった。これ以上協力させるのは無理だと判断したのだろう。

「じゃあな、助かったぜ」

 そういうとレアルは部屋から出ていく。レアルが出て行った後、ケインは大きなため息をついてソファに寝転がった。

 すると、出て行ったはずのレアルが戻ってきて、ドアから顔を出す。

「言い忘れたけど・・・」

「うわぁ!?」

「さっき俺に言った言葉だけど、お前にも可能性あるからな。気を付けろよ」

 そう言って、今度こそレアルは部屋から出て行った。それを確認してケインはまた大きなため息をつく。

「意識しないようにしてたのに、何で言い残していくんだよ・・・・」

 レアルが現れるようになってからため息をつく回数が多くなったとケインは思った。

 ケインは先ほど、レアルに何であんなことを言ったのか分からなかった。レアルは傭兵で今でこそ学生という平和な暮らしをしているが、少し前まではいつ死んでもおかしくない状況にいたのだ。あんなことはケインに言われるまでもなく分かっていたはずだ。

 けれど、つい感情的になってしまい怒鳴った。何故、と自問しても答えは出てこない。

 ケインはソファに寝転がったまま、しばらくの間天井を見上げていた。

 そして、ケインは先ほどレアルが自信を持って答えた言葉を思い出す。

「俺には・・・・分からねぇよ」

 静かにそう呟いた。

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