事件後は騒がしく
「ふぁぁぁぁぁ、ねみぃ」
ゴーストであるクリスを捕え数日が経ったある日、その日も午前の授業を終えて昼になったのでレアルは食堂に来ていた。
あの後、気絶したクリスを軍に引き渡した。レアルではまともに取り合ってくれそうになかったので軍への説明はアイシャがした。エールトリスに名だたる二大貴族の片割れ、エテオクレス家の名は伊達ではなかったようで軍の兵士たちはすんなりと信じた。
けれど、軍は実際にクリスの犯行を見たわけではないので今は一時的に拘束している。本人からの自白を含め、レアルの推理を本当かどうか確かめてから処罰を決めるという話になった。
その後、軍に事情聴取されて解放されたのが深夜。時間も遅いので事前にとっておいた宿屋で数時間しかないが仮眠をとって今朝学院に戻ってきた。
朝帰りなんてことをすれば、正門の前にはミレイナが待っていたわけでそのまま仲良く説教に突入、とはいかなかった。レアルも何も学習していないわけではない。今回はミレイナを納得されられるだけの理由がった。
オズワルドに協力してもらってレアル達が王都の外にいたのは学院長に用事を頼まれたからだ、ということにしてもらっていた。そして、その用事は時間がかかるだろうから学院に帰るのは翌日でいいという補足付きだ。
オズワルドも生徒の中に犯罪者がいることは見過ごせず、素直に協力してくれた。頼んだのはこの前生徒の名簿を見せてもらいに学院長室に行った時だ。
これを聞いたミレイナはかなり怪しんで全然信じてくれなかったが、オズワルドに確認を取ると信用してくれた。
これで何事もなく終われるかと思ったのだが、帰り際にカイトがうっかりゴーストのことを話し、ミレイナの耳に入ってしまった。ミレイナは鬼の形相でレアルを睨んで説明を要求してきた。
まさか、わざわざゴーストを捕まえに行ったなんて説明できるはずもなく、学院長に頼まれた用事の最中にゴーストと遭遇してやむを得なく撃退した、ということにした。で、そのことに対する説教とまではいかなかったものの、厳重注意を一時間ほど受けた。
とわいっても、ミレイナは怒っていたようで説教となんら変わりなかった。ユーナは怒られたことにより涙目だったし、カイトは変なことを言ってさらにミレイナを怒らせていた。アイシャも慣れないことだったのか一時間の厳重注意はかなり堪えたようだ。そして、もう常習犯扱いされているレアルは集中的に注意されていた。
そんなこんなでその日の朝は四人仲良く遅刻する羽目になった。
「たくっ、カイトも余計なことしてくれたぜ」
そんな風に数日前のことを思い出しながらレアルはもう一度欠伸をする。
すると、食堂にアイシャが入ってきた。アイシャは座っているレアルを見つけると早足で近づいてきた。
「ちょっとこれどういうことよっ!!」
目の前に来るなりテーブルに手を叩きつけた。それもいつになく声を張り上げて。
「おいおい、今朝は俺の責任じゃないぞ。カイトが変なこと言うから遅刻したんだ」
「誰もそんなこと聞いてないわよ」
「何そんなに怒ってんだよ?お前がそうやって怒ると俺に対する悪い噂増えるからやめてほしいんだけど」
「それもどうでもいいわ。それに今更でしょう?」
「いや、どうでもいいって・・・・」
普段ならもう少し他人のことにも配慮してくれるはずなのだが、今回はかなりご立腹なようだ。すると、そこで遅れてユーナがやってきた。
「アイシャ様、はやいですよぉ」
「はぁ、とりあえず落ち着け。そして、座れ」
レアルは話はそれからだ、と言わんばかりに座ることを指示した。アイシャは渋々了承して椅子に座る。ユーナも釣られるように椅子に座った。
「さて、何でそんなに怒ってんの?まさか今日が・・・・」
「それ以上言ったら絞め殺すわ」
「・・・・了解」
アイシャは氷のような冷たい表情でレアルを睨みつける。軽い冗談のつもりだったのだが今はそれすら命取りになりそうだ。
「これ見なさい」
「何だこれ?」
そういってレアルは一枚の紙を渡される。それはよく国から交付される公文書を張ってある掲示板に張られている紙に似ていた。レアルはその紙にでかでかと書かれているタイトルを読んだ。
「えっと何々、王都を騒がせたゴースト逮捕?って、カルバイドが犯人だって証明されたのか?」
「ええ、どうやらそうらしいわ。でも、重要なのはそこじゃない、次よ」
そう言われてレアルはタイトルの下に細々と書かれている詳細を読んだ。
「数日前、王都に出没していた殺人鬼、通称ゴーストが軍によって逮捕された。その際ゴースト逮捕に尽力した学生がいることが判明。その学生は王立エールトリス魔導学院に通うエテオクレス家の令嬢と他三名。彼女らは独自に事件を調査し、犯人逮捕に貢献した。彼女らの勇気ある行動は国民の平和を守ったとして大いに称賛されるだろう。おお、すっげぇ褒められてるなぁ」
レアルは当事者であるのにも関わらず、他人事のようにアイシャのことを感心する。
「それで何がご不満なのかな?」
「私のことが書かれているところよ」
「そりゃ事件に関わってるんだから少しは掛かれるだろうさ」
「そうじゃなくてっ!私だけ家の名前が出てるのが不満なのよっ!これじゃあ私が解決したみたいじゃない・・・・」
「実際、その内の一人だろ」
「だからっ!・・・・あなたは何も思わないの?自分が解決した事件なのに他人に手柄を横取りされたみたいになって」
アイシャはどこか申し訳なさそうに呟く。
今回、ゴーストについて調査していたのはレアルで、捕まえようとしていたのもレアルだ。アイシャ達は少し手伝いをしたぐらいだ。それにも関わらず自分の名前だけが出されて称賛されていることに戸惑っているようだ。
「別に何とも思わないけど。言っただろう、周りにどう思われたって構わないって。それに良し悪しは関係ないからな」
「・・・・相変わらず割り切り方がすごいのね」
アイシャはため息交じりにそう呟いた。
「てか、褒められてるのに文句いうってかなり贅沢な悩みだな。それに俺にこの文書の不満を言ったところで何も解決しないからな」
「うっ・・・それはそうだけど、納得いかないのよ」
「別にそこまで深く考える必要はないと思うけど」
「私もそこまで深く考えているつもりはないわ。けれど、この事件で頑張っていたのはレアル、あなたよ。けれど、それが正当に評価されずにいて、手伝っただけの私が過大評価されているのは気に入らないの」
アイシャは怒っているわけでもなく、呆れているわけでもなく、とても真面目な顔でそう言った。こんな顔をするアイシャを見たのは多分初めてだろう、とレアルは思った。
先ほどは他人に配慮していないなどと思っていたがそれも間違いだったようだ。というか、今回はレアルのために怒ってくれていたのかもしれない。レアルはそんな風に思えてしまった。
「潔癖症だな、お前は」
「あなたが気にしなさすぎなのよ」
「はい、じゃあもう不満はないだろ。何かあるなら俺じゃなくて書いたやつに言ってくれよ」
話がひと段落したのでレアルはそろそろ食堂から出ようと思った。けれど、立ち上がろうとするレアルをアイシャは引き留めた。
「ちょっと待って。まだ話は終わってないわ」
「だから、不満は・・・・」
「不満じゃなくて疑問よ。ゴーストの事件について」
そう言われてレアルは上げた腰を下ろす。
「で、何が聞きたいんだ?」
「あなたはクリス・カルバイドがあの薬を使っているって断言してたけど、どうしてそれが分かったの?」
「ああ、それはあいつがあの薬の売人でもあったからだよ。前に俺がゴーストの襲われた時、その日の昼にも騒動に巻き込まれたって言っただろう?そん時に襲ってきたのが売人に扮したカルバイドだったってわけ」
「その時に彼の顔を見たの?」
「いや、見てはいない」
レアルはその時のことを詳しく話した。あの時レアルが路地の中で迷子になったのはただの偶然だ。にも関わらず、クリスに命令されてやってきたギル達は待ち構えるように現れた。普通ならあり得ない。
ならば、どうしてそんなことができたかというと、レアルが路地に入った辺りから後をつけていたのだ。ある程度レアルが道を進んだところで数人が先回りして現れたことで待ち構えているように見えたということだろう。
そして、それができる人物はレアルより少し先に路地に入ったクリスしかいない。クリスはあの時ギル達に薬を売るために路地に入ったのだろう。しかし、路地に入った後、レアルが後を追いかけてきたことにも気づいた。売人であることがばれたのではないかと思ったクリスは急遽、取引場所にいたギル達に命令してレアルを襲わせた、というのが事の顛末だったのだろう。
売人とはいっても、クリス個人が薬を仕入れていたわけではないだろう。多分薬を仕入れていたのは彼の親だ。クリスはどういった経緯でそれを知ったのかは知らないが、まさにそれが薬に手を染めるきっかけになったはずだ。
「よく気付いたわね、そんなこと」
「まぁ、消去法みたいなもんだ。それに今回は運よく色々情報が手に入ったからな」
「運よく、ね」
アイシャはレアルを見ながら小さくそう呟いた。あまりにも小さかったのでレアルには何を言ったかまでは聞き取れなかった。
「もういいか?」
「もう一つあるわ」
「まだあんのかよ」
「今度は私じゃないわ。ユーナ聞きたいことがあるんでしょう?」
アイシャはユーナの方に目を向ける。レアルは少し珍しいと思いながらユーナの要件を聞こうとした。
「あ、正確には私ではなく、リュカが、なんですけど・・・・」
「あいつが?」
ユーナはテーブルの上に両手を翳す。すると、テーブルの上に茶色の魔方陣が浮かび上がり、その上が淡く光りだす。そして、光が消えるとテーブルの上には小さな白い子犬がお座りをしていた。
これが巫であるユーナの契約精霊、リュカイオス。なのだが、とても土地神と崇められる大精霊とは思えない。
ちなみに、先日アイシャ達が逃げたクリスを見つけられたのもリュカイオスのおかげだ。逃げる際にカイトが投げて服に染みついた香水の匂いをたどってもらったのだ。
「どうした、シロ」
「私の名前はリュカイオスだ」
レアルが渾名で呼ぶとリュカイオスは睨みつけて否定した。けれど、怖さは微塵も感じない。
一応、子犬の姿で現れたのは訳がある。リュカイオスは精霊の中でも稀有な存在、元始種に分類される。元始種はとても長い年数を生きており、強大な力を持っている。
けれど、普通の精霊と違うのはただ強いというだけではない。元始種はマナだけで構成された肉体を持っている。肉体とはいっても臓器や血が通っているわけではない。
多くの精霊の体はマナと魔力が混ざって構成されてる。なので実体化していれば少しずつ魔力を消費してしまい、姿を保っていられなくなる。だが、マナだけで構成された体だと魔力の消費はせず、永続的に実体化していられる。
さらに契約者がいる場合には、契約者の魔力を借りて別の体を作り出すことが可能だ。そうすることで土地神などの精霊は自身が住む土地から離れることなく契約者の召喚に答えることができる。
つまり、今のリュカイオスの体はユーナの魔力を借りて作り出した仮の体ということになる。使っている魔力が少ないため子犬の姿になっているのだろう。
「どっからどう見たって犬だよなぁ、お前」
「犬ではない、狼だ」
「へいへい、それで聞きたいことってなんだよ」
そう聞くが、リュカイオスは何も言わずにレアルのことを見上げているだけだった。しばらく、その時間が続く。
「要件ってこれがか・・・?」
「多分、そうなんじゃないですか。私は何も聞いてないので」
契約者であるユーナに聞いてみるが彼女もちょっと疑問に思っているらしい。そして、ようやくリュカイオスはレアルを見るのをやめた。
「終わったのか?」
「ああ」
「今のは何なんだ」
「いや、単なる私の勘違いだったのかもしれん。手間を取らせて悪かった」
そう言い残すとリュカイオスはレアルが止める間もなく姿を消した。言い残した言葉の意味が分からずレアルは首を傾げるだけだった。
「質問の答えになってないぞ、あれ」
「レアルに興味があったというわけではなかったわね」
「そうですね、何か確認をしているような感じでしたが・・・・」
「確認?」
それを聞いてレアルは一つ可能性を思いついた。相手は精霊、だとしたらレアルに憑りついている二クスの存在に気付いたのかもしれない。
だが、今はレアルの近くにはいない。今は多分学院内を散歩でもしている頃だろう。レアルはそのことに少しだけ安堵した。
「まぁ、分からないならいいや。もう、何もないよな?」
「そうね。あ、そう言えば一つあったわ」
「・・・・何だよ」
魔道大会の時もそうだったが何かと質問が多い、とレアルは思った。
「あなたはどうしてゴーストを捕まえようと思ったのかしら?」
「襲われた仕返しだよ。やられっぱなしは好きじゃないって言っただろ」
「それだけかしら?あなたが襲われる前にゴーストについて聞かれたことがあったと思うけど。あの時から調べていたんじゃない?」
「・・・・よく覚えてたな」
授業中の些細な会話のはずなのにアイシャが覚えていたことにレアルは少し驚いた。
「それで本当のところはどうなのかしら?」
「そんなに深い理由はねぇよ。ただヘタレの知り合いのために頑張ってみただけだ」
「知り合いのため?」
「そうそう、このままじゃ、怖くて街が歩けないからなんとかしてくれ~、ってな」
「何よそれ」
アイシャはレアルはふざけて答えていると思い、不満げな声を漏らす。けれど、本当のことなど話せるわけもないのでそのまま嘘をついた。まぁ、少しだけ事実が混ざっているが。
「そういうわけだ。もういいだろ。じゃあな」
これ以上の追及は受け付けないという風にレアルは話を打ち切り席を立つ。そして、食堂を後にした。
そして、同じころこの公文書を読んだ一人の商人が青ざめた顔でひどく落ち込んでいた姿を見たとか。




