ゴースト
「んん・・・・はぁ」
ガチャリ、という音を立てて学院長室のドアが閉まる。レアル部屋から出ると大きく体を伸ばした。もうこの部屋には何度も来ているが堅苦しい雰囲気は未だに慣れていないようだ。
「たくっ、ケインの所為で無駄な労力使ってる気がするな」
レアルは王都で商売に勤しんでいるであろうケインに対して愚痴を零す。
「仕事請け負ってるっていうのに、何やってんだろうな、俺は」
オズワルドから依頼を受けてもう一か月経った。けれど、学院の魔道大会やゴースト退治の所為で貴族狩りの調査はあまり進んでいない。さっきオズワルドに会った時は調査状況を聞かれて返答に困ったほどだ。
このところ、かなり忙しい学生生活を送っていたので、編入した時がかなり昔に感じるレアルであった。
「あと二か月か・・・」
あと二か月、それはレアルが依頼を受けたときに決めていた依頼を達成する期限だ。当初の目的では一か月程度で調査を終わらせて、残りをレアル個人の調べ物の時間に割り当てるつもりだったが、予定通りにはいきそうにない。
最近ではゴースト件に掛かりっきりなのでレアル個人の調べ物も満足にできていない状態だった。
「学生なんてやってなきゃもっと自由に動けるんだけどな」
レアルがオズワルドが何故、そんな面倒な条件を出してきたのか分からなかった。有事の際に学生を守るため、というのは理解できるのだが、わざわざレアルを学生の身分にしておく必要はないと思う。
オズワルドからしてもレアルが自由に動けた方が都合が良い筈。
「それとも、何か考えでもあるのか・・・?」
『特別何かあるとは思えんが?』
「だよな。余計な手間増やしてるだけだし」
レアルが学生でいてオズワルドに出てくるメリットは特に思い浮かばない。寧ろ、レアルが学院に迷惑を掛けることがあるのでデメリットの方が多いかもしれない。
『それでどうするんだ?滞在する期間を延ばすのか?』
「・・・いや、初めに決めた期限のままだ」
レアルは初めに立てた予定を変えるともりはなかった。というか、この国にそれ以上長居するつもりはなかったのだ。レアルにとってこの国にいるのは依頼のために仕方なくいるのだから。
「まぁ、何にせよ、あと二か月。何とかするさ」
そう言ってレアルは期限のことを考えるのをやめた。今は期限通りに依頼を済ませるためにもやらなければならないことがあるからだ。とはいっても、今からやることはないので寮に戻るだけなのだが。
すると、レアルは中庭の方に目が行った。そこには複数の生徒が集まって何かしているようだ。その光景にレアルは見覚えがあった。それはレアルがゴーストに襲撃された前の日に見た光景と同じだった。
三人の生徒が一人の生徒をいじめている。いじめている方といじめられている方も同じだったので思い出すのには時間がかからなかった。
今日もこの前と同じように貶されて、殴られているようだ。普段のレアルならそのまま立ち去っただろう。けれど、今日はそうしなかった。
レアルはいじめている三人に近づき、後ろからさっき殴った生徒を蹴った。
「うわぁ!?」
すると、その生徒は前のめりに倒れて地面に顔をぶつけた。その様子を見て残りの二人がレアルの方に振り向いた。そして、顔は驚きに染まる。
「まだ、そんなつまんねぇことやってたんだな?」
「なっ!?お前はっ?!」
「おう、悪いな。足が滑っちまった」
レアルに蹴られた生徒は鼻を押さえて起き上がった。指の間から血が滴っているのを見ると鼻を打ったらしい。
「貴様っ!!僕にこんなことをしていいと思ってるのかっ!?」
「別に悪気があったんじゃないんだから許せよ」
「ふざけるなっ!?土下座して僕に謝れっ!!この平民がっ!!」
蹴られた生徒は激情してレアルに向かって殴りかかってくる。レアルは向かって来る腕の手首を掴んで捻る。そして、生徒の体を反転させてさらに腕を締め上げた。
「おいおい、いきなり殴りかかってくるとか危ないだろ」
そんな素振りは一瞬も見せなかったというのに白々しく言う。生徒は腕を締め上げられて苦悶の表情で悲鳴を上げる。
「見逃してやるから、さっさとどっか行け」
耳元でそう呟いて生徒の腕を解放する。すると、生徒は腕を押さえてレアルの方を一瞬だけ見ると逃げるようにしてどこかへ行った。残りの二人も先ほどの生徒を追ってこの場からいなくなった。
それを確認するとレアルは後ろに振り返る。そこにはまだ起き上がっていないいじめられている生徒がいた。今日は逃げなかったようだ。
「大丈夫か?」
「え、あ、う、うん」
生徒はぎこちないしゃべり方で答えた。レアルはしゃがみこんで生徒の前に散乱していた本や紙を拾う。その中には学生証もあった。それを拾い上げて生徒の名前を確認した。
「クリス・カルバイドか、ほら」
レアルは拾った本と紙を持ってクリスに手を差し伸べた。クリスは一瞬だけ戸惑う素振りを見せたがレアルの手を取って立ち上がった。
「あ、ありがと・・・・」
「ん?ああ、気にすんな。お前何かやったの?」
「な、何にもやってないけど、向こうが毎回・・・・」
「ふ~ん、貴族は陰険なことが好きなのかねぇ」
クリスは制服についた土を払う。そして、本を抱えてどこか居心地悪そうにしていた。自分がいじめられている現場を見られたのだ。いい気分ではないだろう。
「そういやお前、この前休み王都にいなかったか?」
「え!?な、何で知ってるの・・・・?」
「俺も休みの日に王都に行ってて、そん時にちょっと見かけてな。何か裏路地の方に行ってたけど大丈夫だったのか?」
「・・・何も、なかったけど。どうして・・・?」
その時、少しだけクリスの表情が強張ったような気がした。
「なら、よかったけど。俺あの後、裏路地で迷って変な奴に襲われて大変だったからな。お前は大丈夫だったのかなって」
「・・・そう」
クリスはもうこの場から立ち去りたいのか素っ気ない返事を返す。だが、レアルはそんなことは気にせず話を続けた。
「今の王都には姿が見えない通り魔が出て、何かと物騒みたいだな」
「それって、ゴーストかい?」
「そうそう。でも、そっちはもうすぐ治まりそうだけど」
「・・・え、何で?」
クリスは驚いた顔になりレアルに聞き返してきた。先ほどまでは興味のなさそうな顔だったのだが、意外な反応だった。
「ちょっとそいつとは縁があってな。軍が知らないようなことも知ってたりするんだよ」
「・・・どんなことを知ってるの?」
「それは・・・」
レアルはそう言いかけたところで話をやめた。そして、思い出したように呟いた。
「そういえば、急ぎの用事があったんだ。早く行かないと」
「あ、ちょっと・・・!?」
「じゃあ、またな」
レアルは引き留めようとするクリスも気にせずにその場を去った。小走りのまま中庭から離れる。そして、クリスが追いかけてこないことを確認するとレアルは歩き出した。
だが、今のレアルに急ぎの用事なんてものはない。あれはあの場から抜け出すただの口実だった。
「あとは、待つだけか・・・・」
そんなことを呟いて寮へと戻っていると向かっている方向からカイトが歩いてきているのが見えた。両手に抱えるように紙の束を持っている。
「おう、レアルか」
「何持ってるんだ?」
「これか?何か授業の資料らしい。さっき先生に押し付けられて戻しに行ってるところだ」
「大変だな」
「手伝おうとか思わないのか?」
「全然」
レアルは堂々とそう答える。カイトもレアルがそんなことをするはずがないと分かっていたのか呆れはしなかった。代わりになぜかにやけ顔でレアルを見ていた。
「何笑ってんだよ」
「いや、お前も案外優しいとこあるんだなぁ、と思って」
「いきなり何言ってんだよ?」
「さっきなぁ、こっちに来てる途中で見たわけだよ。お前がいじめられてる奴を助けてるところを。いや~かっこいいねぇ」
そういってカイトは中庭を囲うように立っている学院の建物を指す。多分、どこかの窓から見ていたのだろう。
「ああ、あれね」
「意外と熱血漢だったんだな、お前」
カイトはレアルをからかっているつもりなのかにやにやとしながらそんなことを言ってくる。だが、レアルは別にそんな熱血漢ではないし、他人のために頑張るお人好しでもない。
「あれは単なる確認をしただけだよ」
カイトがレアルをからかうことは失敗に終わった。レアルが取り乱す様子もなかったのでカイトはどこかつまらなそうな顔になった。
「確認ってなんだよ?」
「それは後で分かるさ。それよりちょっと頼まれてくれるか?」
レアルはカイトの質問には答えずに自らの頼みごとを話し始めた。
◇◆◇◆◇◆
夜、もうすでに日が完全に落ち切った時間。もう、多分王都にいるほとんどの人間は寝静まっている頃。一人街道を歩く人物がいた。
体格からして男だと分かる。そして、男が着ているのは白い制服、エルトリス魔導学院のものだ。本来なら学生は寮に帰っている時間だ。だが、その学生は王都の外に出るための門に向かうわけでもなく街を徘徊していた。
学生が月の光が当たる街道から真っ暗で先が見えない路地へと方向を変えて入っていく。路地の中に入った学生はすぐに姿が見えなくなってしまった。
すると、学生が入って行った路地に慌てて走っていく人物がいた。その人物は路地に入っていくと必死に夜目を聞かせて先ほど入って行った学生を探す。
けれど、明かりをつけなければ路地の中は暗すぎて何も見えない。だが、彼にそんなことはできなかった。明かりをつけてしまうと確実に気付かれてしまうから。
仕方なく、壁を伝いながらもっと奥へと入っていくと急に後ろから光で照らされた。彼はは振り返ると眩しさのあまり顔を腕で覆う。目を細めながら自分を照らす人物を確認しようとするが光の所為で輪郭しか分からなかった。
「そんなに必死になりながら誰を探してるのかな?」
聞き覚えのある声がして彼は驚愕した。その声は先ほどまで自分が追いかけていた人物の声だったからだ。
「予定通り、引っ掛かったな、ゴースト。いや、クリス・カルバイド」
レアルは透明なナイフを投げて被っているフードを脱がす。顔を覆っていた腕が下がってクリスの顔が露わになる。制服は着ておらず、全身を包む黒いローブ着ていた。
「ゴ、ゴーストって、ど、どういうこと?」
「そのままの意味だ」
「な、何でさ!?ぼ、僕はただ、家の用事が終わったから帰ろうとしてただけだよ!?そ、そしたら、君を見かけて声を掛けようと思って・・・・」
「こんな時間に?そんな恰好でか?」
レアルにそう指摘されてクリスは言葉を詰まらせるが、まだ反論は続けた。
「あ、明日の朝じゃ、授業に間に合わないんだっ!!この服は学院に制服を置いてきたから仕方なく来てるだけだよっ!!」
「あくまでしらを切るわけか・・・・」
「し、しらを切るもなにも、ぼ、僕がゴーストだっていう証拠なんてどこにもないじゃないかっ!!」
クリスは昼間の様子からは考えられないくらいの大声でレアルに怒鳴ってくる。だが、レアルはそんなクリスを見ても動揺した様子はなかった。
「じゃあ、説明してやるよ。まず、ゴーストが使う魔法の系統は火と風の二種類、犯行時間は週末の夜から朝にかけて、精神状態が良好ではなく、『上位魔法』や『複合魔法』といった魔法は使えない低ランク魔導師。そこで、学院の生徒名簿から火と風の魔力を持ち、犯行が行われた五週間連続で学院を離れていて、過大なストレスを抱えていて、『下位魔法』ぐらいしか使えない低ランクの生徒を探した。それに該当したのがお前だ」
「な、何で学院の生徒に限定されているのさっ!?軍にだって魔導師はいるじゃないか。それにゴーストって人を簡単に両断したり、燃やしたりするんだよ?そんなやつが低ランクの魔導師なわけないよ!!」
クリスは焦りながらももっともな疑問を指摘してくる。だが、レアルはこれも予想の内だったようですぐに反論した。
「ゴーストは四週間連続で犯行に及んでいる。単独でだ。軍は何かと行動を制限されている場所だ。そんな中で四週間もばれずに人殺しなんてできねぇよ。そして、低ランクの魔導師に狙いを絞ったかというと、これだ」
レアルは右手に小さな袋を持ってクリスに見せつけた。これはギルから奪った薬だ。
「この薬は今王都に出回ってる薬でな。危険な麻薬と一緒に魔木の灰が混ざってる。この薬を飲むと魔木の灰の魔力を体内に取り込むことができて、元々魔法の才能がなかった平民でも基礎魔法くらいは使えるようになるんだよ」
「そ、それがなんなのさっ・・・・」
「魔導師がこれを服用した場合は魔木の灰に含まれている魔力を自分の魔力に上乗せすることができて魔力の保有量が増えるんだ。その状態で魔法を放つとほとんど暴発状態になって『下位魔法』でもかなりの威力が出る。だから低ランクの魔導師でも犯行が可能だ」
「くっ・・・・!?」
「そして、お前は貴族たちからのいじめ、麻薬の服用、過大な魔力保持によってかなりストレスを抱えていた。肉体的にも、精神的にも最悪な状態だったはずだ。まともに物事を考えることも難しくなってたんじゃないか?」
だからクリスは人殺しをした。日々与えられる理不尽に堪えかね、それまでに自らの内に溜まった汚濁を全て吐き出すために。自らがやられたように弱者を痛めつけて、自分を保っていた。
完全に論破されてしまいもう反論できなくなってしまったようだ。クリスは荒い呼吸を何度も繰り返す。瞳孔は開いて、玉のような汗が額を伝う。その表情は恐怖に染まっていて譫言のようにぶつぶつと何かを呟いている。追い詰められたことによってもう正気を保っていられなくなったようだ。
「・・・ち、違う、違うんだ・・・・・ぼ、僕はな何も・・・悪くなんか・・・・」
「言いたいことがあるなら牢屋の中でほざいてろ」
「・・・・・う、ううああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
突然クリスは壊れたように叫びだす。そして体の前に赤い魔方陣が展開される。放たれる魔法は多分『火球』だ。けれど、威力は『下位魔法』のそれとあけた違いだが。
呪文ではなく叫び声をあげながら魔法は放たれた。魔方陣の中央から巨大な『火球』がまっすぐ飛んでくる。だが、それはこの前よりも大きくなっていた。
レアルは路地から抜け出して『火球』の射線から外れる。『火球』は向かいの建物に直撃して大きな爆発を起こす。
「たくっ、どんだけ街燃やせば気が済むんだよ」
だが、今は燃えている建物を気にしている暇はない。多分これで騒ぎになって軍も駆けつけるから対応はそちらに任せておけばいい。
レアルはすぐさま路地を覗きこむ。すると、クリスが奥に入って逃げ出そうとしているところだった。
「カイト!」
「任せろっ!」
名前を呼ばれて屋根の上にいたカイトが反応する。カイトは手に持った瓶をクリスに投げつける。それは見事命中して中の液体がクリスの背中に掛かる。だが、それだけではクリスは止まらず奥へと逃げられてしまった。
「アイシャ達は?」
「予定通り先に行ったみたいだ。てか、これ大丈夫なのか?」
「気にするな。そのうちみんな起きて自分で逃げ出す。俺たちも早く行くぞ」
「あ、待てよ」
◇◆◇◆◇◆
「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!」
クリスは息を切らしながら目的もなく路地の中を走り続けた。自分でもどれだけ走ったか分からないくらい。元々体力もそこまで多くないためとっくに走れなくなってもおかしくないのだが、それでもクリスは走り続けた。少しでもレアルから離れるために。
「うあっ・・・・!」
すると少し広い道に出たところでクリスは足をもつれさせて転んでしまった。受け身も取れず盛大に体を地面に打ち付けた。
「ぐっ!・・・・くそっ!!」
足が止まったことにより全身から力が抜けた。そして、疲れが一気に押し寄せてきて立ち上がれなくなってしまう。息苦しく、全身から汗が流れて不快な感覚が体を包んでいた。
「何でだっ!?・・・・どうしてっ!!」
クリスは訳も分からず叫んだ。どうしてばれたのか、何がいけなかったのか、何故こんな状況に陥っているのか。そんな考えばかり頭の中に湧き上がってくるが明確な答えは出ない。出せるはずもなかった。
「な、何とか、何とかしないと・・・・・!」
絶望的なまで追い詰められたこの状況でもクリスはまだ諦めていなかった。いや、諦めることができなかったというべきだろう。
レアルに捕まり、軍に突き出されれば、待っているのは一生日の目を浴びることのない生活。最悪、死が待っている。そこから湧き上がってくる恐怖がクリスを縛り動かしていた。
「逃げるんだ・・・・逃げないと・・・・」
そう思うが体は素直に動いてくれない。もうクリスに動ける体力はほとんど残されていなかった。
すると、そこで後ろの方から足音が聞こえてきた。その音を聞いてクリスの体がびくりと反応する。そして、同時に困惑した。追いつくのがいくらなんでも早すぎるから。自分でもどんな道を通ってここまで来たか分からないのに、ろくに道を知らないレアルが追いかけてこれるはずはない。
足音が近づいてきて追いかけてきた人物が姿を現す。その人物はレアルではなかった。クリスは一瞬、どうしてこんなことろにいるのかと疑問に思ってしまった。
学院に通っている者なら誰しもが知っている人物でほとんどの者が彼女に魅了されただろう。クリスもその中の一人だった。彼の目の前に現れたのはアイシャだった。隣には白い子犬を抱えたユーナもいる。
「見つけたわ」
「・・・・な、何でっ!?」
「観念なさい。ゴースト」
その言葉を聞いてクリスはアイシャ達がここに来た理由を理解した。そして、反射的に逃げなければならないと思い、体を動かした。
すると、奇跡的に立ち上がることができ、走り出した。
「逃がさないわよ。『水柱』」
アイシャが呪文を唱えて魔法を発動させる。クリスの進行方向の地面に青色に魔法陣が現れ、そこから大量の水が爆発的に吹き出す。
「うあっ!?」
水の衝撃を受けたクリスは浮き飛ばされてまた地面に転がる。気は失っていないようだがもう立ち上がることはできないだろう。家の高さまで上がった水柱は辺り一面を水浸しにした。
「くっ・・・・・・!?」
もうすでにボロボロになったクリスは何とか立ち上がろうとしたが体を少し持ち上げるので精一杯のようで動く気配はなかった。
そして、家の屋根からレアルとカイトが降りてくる。先ほどの『水柱』を見てようやく追いつけたようだ。
「何だ。もう終わったのか」
「遅いわよ」
「お前らが早いんだよ」
屋根から降りてきたレアルは倒れているクリスを見て、抵抗することはできないと判断した。そして、軍に突き出すために拘束しようと近づいた。
だが、腕に触ろうとしたとき、クリスがいきなり振り返りレアルの手を払った。
「何なんだよっ、何なんだよお前らっ!?」
「・・・・・」
「やめろっ!僕に近づくなっ!!僕は何も悪くないんだっ!!」
とうとうクリスは錯乱してしまい支離滅裂なことを叫びだす。
「あいつらだっ!あいつらが悪いんだっ!あいつらが僕をいじめるから、だから僕は仕方なく・・・・全部全部あいつらの所為だっ!!」
「いや、悪いのはお前だ」
レアルはひどく冷淡な声で言い放った。これにはアイシャ達も驚いた。クリスも驚いて顔を上げる。そして馬鹿にされたのだと思いすぐに怒りを露わにした。
「何でお前にそんなこと言われなくちゃならないんだよっ!!」
「力のあるやつが他人を虐げるなんて別に珍しいことでも何でもない。自分だけが不幸みたいな言い方するな」
「お前に何が分かるんだよっ!!!」
「じゃあ、聞くがお前はあいつらに殴られるとき抵抗したのか?」
「・・・・え?」
掴み掛らんばかりに睨みつけていたクリスは急に冷めた表情になる。質問の意図が分からないといった様子だ。
「殴られるときお前は、我慢していればいつか立ち去ってくれるとか、この状況を見た誰かが助けてくれるとか考えてたんじゃねぇのか?いじめられるのが嫌なら自分から誰かに助けを求めたらいいのにそれすらしなかっただろう?」
「そ、そんなの言っても助けてくれるわけないじゃないか!!」
「勝手に決めつけんなよ。やる前から何もかも否定して何もしなかった、何も変わろうとしなかった。そんなふうに何も出来ない人間なんて誰も助けてくれるわけないだろ。原因が何であれこの状況に陥ったのはお前の自業自得だ」
「・・・・・う、うあああぁぁぁぁっ!!!」
そこ言葉でクリスの何かが切れた。あろうことか至近距離でレアルに魔法を放とうとしたのだ。展開されたのは赤の魔方陣。出てくるとしたら巨大な『火球』だ。けれど、このままではレアルに直撃した途端クリスも爆発に巻き込まれてしまう。
だが、それでも構わずにレアルに魔法を放とうとした。
「レアルッ!」
アイシャが咄嗟にレアルの名前を避けんだ。逃げろと言いたかったのかもしれない。
けれど、心配はいらなかった。魔方陣から『火球』が飛び出そうとしていたが、レアルはそれごと魔方陣を切り裂いた。切り裂かれたことで魔方陣は消え、魔法が放たれることはなかった。
「なっ!?・・・・ぐっ?!」
レアルは座り込んでいるクリスの鳩尾に拳を叩きこんで気絶させた。もう今度こそ抵抗することはないだろう。
こうして王都を騒がせた通り魔事件は幕を閉じた。




