調査
「・・・・はあぁぁ」
窓から朝日が差し込んできてレアルは目を覚ました。
欠伸をしながら体を起こして上に伸びる。体を伸ばすと脱力感が一気に襲い掛かってきて、またベッドに倒れてしまった。
今日は学院が休みなのでこのまま眠ってしまっても問題はない。面倒な授業のことなど気にする必要もないのだ。
と、普段ならこのまま眠ってしまうのだが、今日はそうもいかなかった。
「おい、起きろ」
「・・・・・」
「今日は王都へと行くのだろう?寝入ってしまっては時間が無くなってしまうぞ」
「・・・・あと一時間」
「せめて分単位で答えろ」
いつの間にか実体化した二クスがベッドの傍らに立ってレアルを起こす。学院の中では結構目撃情報が多いのだが、レアルの前で実体化するのは久しぶりだったりする。
二クスは何度かレアルの体を揺さぶってみるが起きようとする気配はない。
「人が起こしてやっているというのに」
二クスは寝ているレアルを不満げに睨む。そうとも知らずレアルは気持ちよさそうに眠っている。
「・・・仕方ない、今日は花瓶を使ってみるか」
「ちょっと待て、その選択肢はおかしい」
二クスがベッドの横にある小さな箪笥の上に置いてあった花瓶を手に取ろうとするとレアルが起きた。浅い眠りの中で二クスの言葉が聞こえていたようだ。
「おはよう、レアル。気分はどうだ?」
「最悪だ。朝っぱらから何しようとしてたんだよ」
「別に献身的に主を起こそうとしていただけだが?」
「じゃあ、何で花瓶が必要になるんだよ」
「もちろん、おと・・・・んんっ、起こすためだ」
「お前隠す気ないだろ」
どうやら二クスは花瓶をレアルに落としてレアルを目覚めさせようとしていたようだ。こちらの方法で起こされていたならもう目覚めなかったかもしれない。
「元はといえば、起こしてやったのに起きないお前が悪い」
「あ~はいはい。悪かったよ。はあぁぁぁ」
寝起きのレアルはまた欠伸をしながら二クスの不満を受け流す。
なぜ、今日は休日なのに早く起きたのかというと昨日出した外出届が理由だ。今日は一日を使って通り魔ゴーストについての情報を集めるのだ。
本来ならば学院長の依頼を先に片づけなければならないのだが、調べる噂は数か月前のもの。おまけに今は事態がほとんど沈静化している。
レアルも傭兵家業をやっているのである程度の情報収集はできる、けれど、数か月前の噂について詳しく調べられるほどその能力は高くない。
レアルが学院に滞在するのは最高でも三か月と決めている。だらだらと調査するつもりはなかったのでケインを頼ろうとしたのだ。けれど、そのケインが頑なに断ったため仕事が一つ増えてしまったのだ。
「さて、とっとと行くとするか」
レアルはベッドから降りて学院を出る準備をする。持っていく荷物があるわけではないので準備はすぐに済んだ。
来ているのは学院の制服だ。なぜ、制服を着ているのかというと、レアルが持っている服は今着ている制服と学院に来た時に着ていた服の二着しかない。学院に来た時に着ていたものはこの前の魔道大会で敗れたりしているので制服を選んだのだ。
「服って貰えたりすんのかな?」
「聞いてみればいいだろう」
独り言をつぶやいたつもりだが二クスから返事が返ってきた。それを聞いてレアルは今度セルフィあたりに聞いてみようと決めた。ちなみに着替え中は二クスは実体化を説いていた。
「よし」
着替えが終わったのでレアルは部屋を出る。
寮の中は今日が休日なので昨日の放課後から実家に帰っている生徒がいるためいつもより静かに感じた。
朝早いためまだほとんどの生徒が寝静まっている。レアルは寮の食堂へはよらずそのまま外に出た。
今から王都に歩いていけば、ちょうどいいくらいに王都の店が開くころだろう。なので食事は王都で取ることにしている。その後に調査をするのでその方が何かと都合がいいのだ。
まだ少し肌寒い気温の中、学院の門のところまで歩いていく。すると、その途中で意外な人物と出会った。
「レアル?」
「あれ、お前ら」
出会った人物はアイシャだった。後ろにはまだ少し眠たげに眼を擦っているユーナがいる。二人とも制服を着ている。
「今日は随分と早起きなのね。休日はてっきり寝て過ごしているのかと思ってたのだけど」
「俺もそう過ごそうかと思ったんだけど、色々やることがあってね」
「制服を着ているけど、学院に何か用事でもあるの?」
「いや、これから王都に行くことになっているんだ」
「この前言ったばかりじゃない。何しに行くのよ」
「調べもの」
「勉強以外のことには熱心なのね」
アイシャは少し呆れながら呟く。元々、正式な生徒ではないレアルに勉強に興味を持てというのが無理な話なのだ。
「別に成績は悪くないんだからいいじゃねぇか。俺の場合悪いのは態度だからな」
「自覚してるなら早く直しなさい」
そうアイシャに注意されるがレアルは全く聞き入れる様子はない。
「てか、そっちはこんな朝早くから何やってんだ?呼び出しでも食らったのか?」
「違うわよ。私たちも王都に行く用事が出来たの」
「王都に?ああ、そういえば昨日手紙が届いてたな」
「・・・・何であなたがそんなこと知ってるの?」
アイシャのレアルを見る目が怪しいものに変わった。声も若干低くなっている。
「女子寮の寮監に手紙を届けたのは俺だからな」
「え、そうなの。でも、何でレアルが?」
「昨日職員室に寄った時についでにって頼まれたんだよ」
「また、怒られたのね」
アイシャの視線が呆れを通り越して憐みに変わっているような気がする。
「そこは気にしなくていいんだよ。あと、別に中身を読んだりとかはしてないからな」
「本当に?」
「いや、信じろよ。他人の手紙なんて興味ないから」
疑われていると思って先に否定していたのにさらに疑われるレアル。レアルはそんな彼女の様子を見てやはり自分とアイシャが仲がいいという評価は間違いではないかと思う。
「そう、あなたが変な言い方するから疑ってしまったわ」
「ええ~俺の所為かよ。はぁ、まぁいいや」
一瞬反論しよう考えたが結果は変わらないような気がしたので言うのをやめた。
「ところで、ユーナは大丈夫なのか?」
「え?」
レアルはアイシャの後ろを指さしながら問いかける。アイシャは後ろに振り返りユーナの様子を見てみると、立った状態のまま船を漕いでいた。さすがのレアルにもできない芸当だ。
「はぁ、また緊張して眠れなかったのね。ユーナ、起きなさい」
またということはこういったことは前にもあったのだろう。
ユーナが緊張して眠れなくなるほど緊張するとは、これから彼女たちが会う人物はよほど身分の高い人なのだろう。
アイシャに何度か体を揺らされてユーナはハッとなって目を覚ます。
「・・・・!?、ア、アイシャ様!?ここは・・・?」
「ここはまだ学院の中よ。昨日はちゃんと寝ておきなさいと言っていたでしょう?」
「うぅ、そうなんですが、思えば思うほど眠れなくて。・・・・あれ、レアルさんどうしたんですか?」
ここでユーナは初めてレアルがいることに気付いたようだ。ここまで来ていた時は本当に起きていたのだろうか?
「どうしたってずっと居たんだけどな」
これにはレアルも少し呆れ気味に答えた。どれくらいの時間起きていたのだろうか、聞いてみたいところだ。
ユーナは申し訳なさそうな顔で寝ていたことをアイシャに謝っていた。こういったドジは普段からよくあることなのでアイシャは特に気にした様子はなかった。
思わぬところで時間を食ってしまったレアルはそろそろ王都へと向かおうとした。
「それじゃあ、そろそろ王都に向かうから」
そう言って立ち去ろうとしたときアイシャに引き留められた。
「なんだ?」
「目的地は一緒なのよね。ついでだから馬車に乗せてってあげるわ」
口に出された言葉は意外なものだった。
◇◆◇◆◇◆
「やっぱり、早いな」
アイシャが用意した馬車に乗って王都へと到着した。当然のことながら歩いて行くよりもかなり早い時間に到着した。
「でも、あんまり乗り心地はよくなったかな」
人生で初めて馬車に乗った感想がそれだった。
王都と学院の間にはちゃんとした道がある。けれど、石畳のように舗装されているわけではないので凸凹しているのだ。そのため馬車が揺れることは仕方のなことなのだ。
昔から馬車に乗る機会が多かったアイシャはもう慣れたとのこと。ユーナに至っては馬車の揺れより睡魔が勝っていたため馬車のなかでも眠っていた。
こんなことを乗せてくれたアイシャの前で言おうものならまた嫌味を言われるに違いない。
レアルは王都の入り口のところで降ろしてもらい、二人とはそこで分かれている。内周部の街に向かっていたことからやはりこれから会う人物は貴族のようだ。
「さて、まずは飯でも食うか」
予定通りまずは腹ごしらえからすることにした。
どこで食べようかと考えていると一軒の店が目に留まる。そこはレアルが学院に通う前に寄った酒場だ。
酒場で食べた料理は結構旨かったことを思い出し、良い店を知っているというわけでもないのでそこで朝食を取ることにした。
酒場の扉を開いて中に入る。まだ朝ということもあり、店の中には客の気配はなかった。店の従業員もいないみたいだ。
「・・・まだ、開いてないのか」
店の様子からしてレアルはそう判断した。せっかく来たのに飯が食えないと思うと少し残念な気分になる。
レアルは仕方なく別の店を探そうと店を出ることにした。けれど、レアルが酒場を出ようとしたとき別の人物が入ってきた。
「あれ、何で開いてるんだろう?」
私服姿の女が酒場の中に入ってきた。中に入ってきた女と外に出ようとしたレアルの目が合う。
「え?あなた、誰・・・?」
女はどうしてレアルが店の中にいるのか分からず疑問を投げかける。だが、女の顔はすぐに険しいものとなった。
「うそ、ま、まさか、泥棒・・・!?」
「え?」
ものすごい勘違いをされてレアルは少し焦る。
「だ、だれ・・・・」
「ちょっと待て!話を聞け!!」
レアルは女が誰かを呼ぶ前に言葉を遮る。無実の罪で犯罪者になるなんてレアルは御免こうむりたかった。
「まず、あんたは勘違いしている。俺は泥棒じゃない」
「だって、店の鍵開けて、中に入ってるじゃない!!」
「店の鍵は初めっから開いてたんだ」
「嘘よ!!今から盗みをするところだったんでしょ!!」
「ちげぇよ!!てか、俺がもし泥棒だったら、こんなところであんたと言い合いなんかしてないでとっくに逃げてるよ!!」
「え、ああ、それもそうね」
それを聞いて女は考えを改めた。レアルの説得は一応成功したようだ。
レアルは朝っぱらからこんなことになるとは思わず、ため息をこぼした。
「分かってくれたか?」
「あ、うん。確かにうちの店に盗るようなものなんてそんなにないしね」
「いや、それはそれでどうなんだ」
もしかしたらレアルの説得に応じて疑うのをやめたのではなく、自分が働いている店の状態を鑑みて疑うのをやめてくれたのかもしれない。
「でも、泥棒じゃないなら何でここにいるの?」
「いや、まぁ、飯食いに来たんだけど・・・・」
「ご飯食べに来たって、こんな早くから?うち店を開くのってお昼時くらいなんだけど」
「そうなのか」
レアルは当てが外れてしまい少し落胆した。
「この辺りに他に飯食えるところある?」
「別にないわけじゃないけど、今の時間はどこも開いてないんじゃないかな?」
こんなことなら学院で食べてくればよかったとレアルは後悔した。
だが、もう過ぎてしまったことは仕方ない。レアルはもう朝食を抜くことにした。
「悪い、邪魔したな」
そう言ってレアルは再び酒場から出ようとする。
「あ、待って」
すると、なぜか従業員の女に呼び止められた。今朝に続いてレアルが女に呼び止められたのは二回目だ。
「ご飯食べたいんでしょ?だったら作ってあげる」
「え、でも、まだ開いてないって・・・」
「そうなんだけど、せっかく来てくれたんだからね。あ、でもお代はちゃんと貰うから。適当なところ座って待ってて」
そう言ってから従業員の女は店の奥へと入って行った。とりあえず、断る理由はなかったのでレアルは彼女に言われた通りに椅子に座って待つことにした。
それからしばらくして彼女は仕事着である給仕服を着て出てきた。手には作った料理をトレイに乗せている。
レアルは給仕服の彼女を見て見覚えがあることに気づいた。どうやら彼女は前にレアルがここへ来た時に注文を取りに来た給仕だったようだ。
「お待たせしました」
そういって机に料理が置かれる。出てきたのは前に来た時と同じサンドウィッチだった。
前に来た時もおすすめで出てきたがこれが彼女の得意料理なのかもしれない。
「やっぱり、旨いな」
元々旨かったのだが、学院の堅苦しい雰囲気がない場所で食べているため余計旨く感じられた。レアルは気兼ねなく食事ができたのは久しぶりかもしれない、と思った。
「やっぱりって、前にうちの店に来たことあるの?」
「ああ、何週間か前に寄ったけど、あの時はあんたに貴族と勘違いされたな」
「え、貴族と?・・・・ああ!?」
レアルに言われてその時のことを思い出したようだ。
◆◇◆◇◆◇
「ふぅ・・・」
朝食を食べ終えたレアルは一息つく。彼の向かいの席には給仕のリム・バートンが座っている。先ほど自己紹介されたところだ。
「そういえば、バートンは何で店に来たんだ?店が開くのは昼からなんだろ?」
レアルは気になっていたことを聞いた。
店の中には今だ二人しかおらず、ほかの誰かが来る様子もない。店が昼から開くのなら彼女が朝から店に来る必要はないはずなのだ。
「リムでいいわよ。なんでかって言われると、今日本当は昼から来る予定だったんだけど、仕込みの当番の子が風邪引いたって聞いて、私が変わってあげたの」
「仕込って料理とかの?」
「うん。あと店も綺麗にしとかなきゃいけないし」
「働き者だな」
そういうレアルも働いている身であるが、働き者と聞かれれば微妙なところだ。
「それにしても魔法の学校に通ってるのよね。初めて見たときは完全に年上だと思ってたわ」
レアルがここに来た経緯は食事中に話してある。その時に学院に通っていることも話した。
話を聞いてレアルが年下だと知った彼女はかなり驚いていた。レアルは一瞬自分はそんなに老けているのかと疑問に思った。
意外だったのはレアルも同じでリムはレアルより三歳も離れているそうだ。レアルは雰囲気から同年代くらいだと思っていた。
「ねぇねぇ、あの学校に通ってるってことは魔法使えるのよね?」
「ん、そうだな」
「魔法使ってるときってどんな感じがするの?」
「どんな感じって・・・」
リムは興味津々な様子で聞いてくる。魔法が使えない彼女にとっては魔法がかなり魅力的なものに見えるのだろう。
「考えたことないから分かんねぇよ」
「何それ~、じゃあ、魔法ってどんなことができるの?」
「まぁ、俺の場合は風の塊を飛ばしたり、魔力を剣に変えてみたり、そんな感じだな」
「魔法って剣も作れちゃうのね。私もなんか出たりしないかな?」
そう言ってリムは手を前に出して掛け声をあげながら魔法を出すふりをしている。その様子は子供が遊んでいるような感じで、レアルは本当に自分より年上なのか疑問に思ってしまった。
「いいなぁ。私も魔法とか使ってみたいなぁ」
「魔力が有ったら使えるだろ」
「魔力か~、あ、そういえば・・・」
「何だ?」
「最近噂で聞いたんだけど、この街で魔法を使う人が増えてるんだって」
「軍の魔導師が街をうろついてるんだろ」
「それもあるんだけど、何でもある日突然魔法を使えるようなるって」
その言葉を聞いてレアルは耳を疑った。
ある日突然魔法が使えるようになる、そんなことはあり得ない。魔力は先天的に人の体に宿るものでどんな環境であっても後天的に魔力が宿ることはないのだ。
「それ、本当なのか?」
「え、噂だから本当かどうかは分かんないよ。だた、そういう人たちを見たことがあるっていう人がいるって聞いただけ」
「噂、か・・・」
噂ということは何かの見間違いという線が高いだろう。それか性質の悪い悪戯か何かだ。
それにしても、この国はどれだけの噂が流れているのだろうか。みんながみんな噂しすぎだと思う。でないとこんなに多くの噂は広まらないだろう。
そしてレアルも噂と聞いて、ゴーストの調査をしに来たことを思い出した。なので、とりあえず、リムにも聞いてみることにした。
「噂っていえば、今この国にはゴーストっていう通り魔がいるんだろ?どんなのなんだ?」
「ゴーストかぁ、学校に住んでるのによく知ってるね」
「知り合いが言ってたんだよ」
その知り合いというのはケインのことである。
リムから得られたのは前にレアルが調査した時と変わらないものだった。その中にはゴーストの正体が大人二人分くらいの大男だったとか、火を吐く竜だとか意味の分からない憶測も交じっていたが。
期待はしていなかったので当然といえば当然の結果だった。
「あ、そうそう、確かゴーストが現れた時くらいかな、魔法を使う人が増えたっていう噂が広まったのも」
「へぇ、そうなのか」
腹ごしらえも済んだのでレアルはそろそろ調査に乗り出すことにした。財布からリムにお代を渡す。
「それじゃあ、そろそろ用事を済ますとするか。飯旨かったよ」
「もう行くんだ。また寄ってね」
「近くを通ったらな」
レアルはそう言って店を出た。
店を出る前に何気なくリムが言った一言だが、なぜかレアルの頭の中に残っていた。




