既視感
「・・・・」
現在は授業中で珍しく一度も寝ることなく授業に参加していたレアルは、教鞭を振るう教師の話を全く聞かずに考え事をしていた。
レアルは昨日のことを面倒なことをしたなと後悔していた。
ケインに仕事をしてもらうはずが、逆に自分の仕事を増やす羽目になったのだから。
とはいえ、何の理由もなくゴースト退治を引き受けたわけではない。
もしかしたら、今巷を騒がせている通り魔のゴーストが数か月前大量殺人を犯した貴族狩りの犯人なのかもしれないと思ったからだ。
けれど、レアルはそれほど期待はしていない。そうであったらいいなぁ、ぐらいに考えている。
オーレスト商会から出た後、レアルは情報を集めようと街で聞き込みをしていた。
詳しいことはあまり分からなかったが事件の大まかな概要は理解できた。
事件が起こったのは全て外周部の街で被害者もその街に住む平民だった。
一人目の被害者は商人の男で夜中まで酒を飲んでいて家路につこうとしたところを襲われて死亡している。死体は胴体が真っ二つにされている状態で発見された。
二人目も商人で一人目の男と一緒に酒を飲んでいたようで、同じように襲われた。だが、この被害者は一人目の男を置き去りにして一人だけ逃げていたので死んではいない。ケインが言っていた被害者の中での唯一の生き残りだ。
三人目は単なる平民の娘で両親の目を盗んで夜な夜な遊びに出かけていたところを襲われて死亡している。死体は全身が黒焦げの状態発見された。
四人目はとある娼館の娼婦で仕事帰りのところを襲われて死亡している。これは上半身だけが黒焦げの状態で発見されている。
犯行時間は必ず夜の間で、犯行は一週間くらいのペースで行われて、ここ四週間連続で行われている。
殺し方は胴体を両断したり、体を黒焦げにしたりと猟奇的だ。
レアルは聞き込みで得た情報を頭の中でまとめてみる。
そして、次に犯人がどのような人物なのかを想像してみた。
多分、犯人は計画して犯行に及んだわけではないだろう。計画してやったのなら証拠はあまり残さないようにするはずだからだ。
姿は消していることから一応捕まらないようにする努力はしているが、自分がどんな存在であるか隠すことまでは気が回らなかったらしい。
胴体切断や全身を焼き尽くすなど派手な殺し方ができるのは魔導師しかいない。
唯一の生きている被害者の商人の男が後ろを振り返っても誰もいないと言ったのも風属性の魔法で姿を消していたのだろう。
犯人が魔導師ということにならばかなり絞られてくる。
この国にいる魔導師は三種類に分けられる。
一つは軍に所属している魔導師だ。軍に所属している魔導師は大部分が国に常駐している。今回の事件は王都で起こっているものなので犯人がいる可能性はかなり高い。
次にレアルのように何らかの理由で王都へとやってきた魔導師だ。そういったものはほとんどが依頼を受けた傭兵だろう。だが、傭兵は金が稼げればいいと言った輩が多いので、頼まれてもいないのに人殺しなんて真似はしない。
最後はこの学院に通う生徒たちだ。まだ、魔法を学んでいる身とはいえ、その気になれば平民を殺すことくらいはできるだろう。学院に通う生徒は全員が学院内で過ごしているが許可さえあれば外出することもできるので犯行は十分可能だ。
一瞬国外逃亡をした犯罪者や非合法組織などを思い浮かべてみたがすぐに考えから除外した。そんな輩が無意味に目立つような真似をするはずがないと思ったからだ。
レアルはそこまで考えて一旦思考を停止する。
椅子の背もたれに体重を預けながら大きく息を吐く。
頭を使う作業が苦手というわけではないが長々と考え込んでいると疲れが溜まってくる。
教室の風景を眺めても気分転換には何そうになかったのでレアルは横にある窓の外を見た。今日の天気は晴れで少し暑い日差しが窓から入り込んでいる。
ちなみに二クスは今はレアルの近くにいない。授業中なのでまた学院のどこかを散歩でもしているはずだ。
(あんまり人目につかなきゃいいんだけどな・・・)
窓の外を眺めながらここの所、目撃情報が増えてきた銀髪の精霊を気に掛ける。
あまり長く窓の外を眺めていたら、隣にいる優等生によって嫌がらせをくらうかもしれないのでしばらくして正面に向き直った。
(さて、問題はここからか)
レアルは犯人についてもう一度考えようとするが行き詰ってしまう。
犯人が軍人か学生というのは聞き込みをした情報で推測できたが、ここからさらに犯人を絞り込むには情報が足りないのである。
レアルが聞き込みで得た情報は事件の大まかな概要程度で詳しいことはまだ分かっていない。こんなことならケインにもう少し話を聞いておけばよかったと少し後悔する。
けれど、どのみち王都へはまた行く必要があるのでその時に聞けばいい。
(素直に教えてくれたらいいんだけどな)
レアルはこの前のケインの態度を思い出した。レアルの頼みを受けたくないはずので協力してくれるかは微妙だった。
正直言って今の状況はレアルにとって予想外だった。ケインがあそこまで頼みごとを拒むとは思わなかったのだ。
今までは多少無理な頼みをしていたため難色を示すことは分からなくはなかったのだが、今回は比較的安全なものなのだ。情報屋としての経験があるケインにとってそれほど難しいものでもない。にも関わらず、あれほど情報屋として働くことを拒むのは安全性以外に別の理由があるのだろう。
それがなんなのかレアルは考えてみるが分かるはずもない。
すると、レアルが考えている途中で強制的に思考を停止させられた。
「っ!?」
レアルの額に痛みが走る。レアルの額にはいつもより二回りくらい大きい球がぶつかっていた。
いつもより大きい所為か額の痛みも大きい。ぶつかった場所は少し赤くなっていた。
レアルは額を手で押さえながら何食わぬ顔で授業を受けいている隣の優等生を睨む。さすがに眠ってもいないのに罰を受けるというのは納得がいかない。
「何でぶつけてきたんだよ」
「寝てたからじゃダメかしら?」
「駄目だよ!今俺寝てねぇし、考え事してる最中だったんだよ!」
「そうだったの。気づかなくてごめんなさいね」
レアルはアイシャに向かって小声で怒鳴るが彼女は全く気にした様子がない。謝罪も気持ちがこもっていない淡泊なものだ。
これではいつもの眠って起こされたときと変わりなかった。
レアルはアイシャの対応にさらに抗議しようと思ったが、また教師に目をつけられたらたまらないので自制した。
どうも納得がいかない様子で元の体勢に戻る。
もう感がることもなくなったのでレアルは一気にやることがなくなってしまった。そこは普通に授業を受けろといいたいところだが、レアルの頭の中にその選択肢は全く入っていなかった。
そこで、ふと思いついてレアルはアイシャに話しかける。
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何かしら?」
アイシャは教卓の方に目を向けたまま返事をする。
「お前ってゴーストって知ってる?」
すると、アイシャはレアルの方に顔を向けた。意外な反応にレアルは驚く。
一瞬だけアイシャはゴーストについて何か知っているのかもしれないと思ったが彼女の顔が呆れたような表情になってるのを見てその考えが間違っていることに気づいた。
「いきなり何を言い出すかと思えば、随分子供じみたことを聞くのね」
「待て、お前絶対勘違いしてるだろ」
「勘違い?」
「俺が言ってるのは幽霊とかじゃなくて、今王都で噂になってる通り魔のことだよ」
レアルは慌てて説明する。
だが、レアルの説明を聞いてもアイシャは首を傾げるだけで何も知らない様子だった。
「王都で?そういえば昨日は王都に行ってたみたいね」
「何で知ってんだ?」
「カイトが教えてくれたのよ」
「なるほど」
相変わらずおしゃべりな奴だ、とレアルは思う。
「それでそのゴーストとかいう通り魔がどうかしたの?」
「あ、いや、昨日会った知り合いから聞いたのを思い出してさ。かなり噂になってるらしいからもしかしたら知ってるのかなぁって」
「生憎だけど、王都にはあまり行かないの。だからそんな噂を耳にしたことはないわ。それよりどうしてそんなことを聞くの?」
「それは・・・・」
レアルは返答に詰まってしまう。レアルはゴーストの情報を何か知らないか聞いたつもりだが、今は学生の身分のレアルがそんなことを調べるのも変だ。
暇だったから会話をしてみた、と言おうとも思ったが噂になっている通り魔を女子と話す話題にするのもかなりおかしい。
「単なる興味本位だ。知らないなら別にいい。邪魔して悪かった」
「・・・そう」
レアルの言い訳のような返事にアイシャは少し訝しむがすぐに授業へと戻って行った。
ほどなくして今日の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
◇◆◇◆◇◆
「いいですか。一回目ということで厳重注意だけとしますが次はこのようなことはないようにしてください」
「・・・・はい」
レアルはミレイナに向かって渋々返事をする。
何故、レアルがまた説教を食らっているかというと昨日の王都への外出したことについてだ。
レアルはケインと話を付けた後、ゴーストについて街で情報を集めていた。けれど、その時にはもうすでに日が落ちて辺りが暗くなっていた時間なのだ。
その時刻には人は少なくなり思ったように情報は集まらない。だが、それでもレアルは粘って情報を集めた。
そのおかげで事件の概要については分かったのだが、終わったころには完全に夜になっていたのだ。
学院には生徒たちの安全のため門限が存在する。
そんなことは頭の中からきれいさっぱりに忘れていたレアルが王都から学院に帰ったのは、指定された学院の門限を三時間も過ぎた時刻だったのだ。
学院に帰ってみるとかんかんに怒ったミレイナがわざわざ待ってくれていたのだ。
ミレイナに見つかったレアルはそのまま説教に突入し、日が変わるまで続いた。
さすがにそれ以上生徒を引き留めておくのはダメだと思ったミレイナにやっと解放されたのが学院に帰ってきて三時間後の事だった。
そして、今日の授業が終わり次第、ミレイナに職員室に呼び出され昨日の説教の続きを受けていたのだ。
ルールを破った手前、口答えするわけにもいかず、レアルはずっと黙って説教を聞いていた。
さすがに王都に行って、ケインを訪ね、ゴーストの聞き込みをした後の疲れた体にはミレイナの説教は堪えた。
レアルはもう少し身の振る舞いを良くしておけばよかったと後悔した。
「・・・・はぁ」
説教を終えたミレイナは深いため息を付いた。さすがに彼女も疲れているのだろう。日付変更までレアルに説教をして仕事には遅刻せず、授業をして、放課後またレアルに説教をしているのだから。
自分の仕事が終わっても夜遅くまでレアルを待っていたのは生徒思いな真面目な性格の所為だろう。
「大変だな、先生も」
「誰の所為ですか、誰の!!」
レアルが言った慰めの言葉は怒鳴り声で一蹴されてしまった。
これ以上機嫌を悪くするわけにもいかないのでレアルはミレイナの前から退散した。
そして、職員室を出ると思ったのだが、レアルが向かった先はベルグラントの席だった。レアルが近づいてきているのに気付いてベルグラントは渋い顔をこちらに向ける。
「今日は随分と長かったな」
「昨日、やらかしたんで・・・・」
レアルが職員室内で説教を食らっている回数はかなり多い。すでに教師たちの間ではお馴染みの後継となっている。
「それで、何か用でもあるのか?」
「いや、ちょっとこれを出したくて」
そういってレアルは一枚の紙を取り出す。ベルグラントはレアルから紙を受け取り内容を読むと明らかに呆れた顔になった。
「昨日の今日でこれか。エディプス先生の話をまともに聞いていたのか疑問に思うところだな」
「聞いてたよ。聞いてたから先生に出しに来たんだよ。さすがに今出すと確実に説教コースだったと思うから」
レアルが出した紙というのは外出届だ。確かに今ミレイナにそれを見せていれば怒られることは確実だろう。
「また、王都に行くのか?」
「仕方ないだろ。こっちには色々とやることがあるんだからさ」
明日は学院が休みになる。レアルは学院長から頼まれた依頼を果たさなければならないので寮でのんびりとしているわけにはいかないのだ。
「・・・ふむ。分かった。この書類は受理しておこう。だが、くれぐれもエディプス先生を怒らせることのないように行動しろ」
「分かってるって」
「それと、前々から言っているがその言葉づかいも直すように」
「了解しました~」
何かと注意を促してくるベルグラントにいい加減な返事を返し、レアルは職員室から出ようとする。
こうして見る分にはレアルのような素行の悪い生徒(実際は違うが)にアドバイスをするベルグラントは十分に生徒思いだと言えるだろう。
ベルグラントは基本的に生徒には友好的に接する。顔の所為であまり分かってくれていないようだが。
「ちょっと待て、レアル」
「まだ、何か?」
「別に注意するわけではない。少し頼みたいことがあるんだ」
そういってベルグラントは机の上から一通の手紙をレアルの前に差し出す。
「寮に戻るのであればそれを届けておいてくれ」
差し出された手紙を受け取り、裏面を見てみるとそこにはアイシャ・エテオクレス様へと書かれていた。
「大事な手紙だからな。頼んだぞ」
レアルは断ろうとしたのだが、それを言う前にベルグラントは仕事に戻ってしまった。
仕方なくレアルは手紙を持ったまま職員室を後にした。
「たく、何で俺が・・・・」
レアルは手紙を眺めながら面倒くさそうにつぶやく。
アイシャ宛ての手紙ならおそらく貴族関連の手紙だろう。それに大事な手紙と言っていたしもしかしたら家に関わることが書かれているのかもしれない。
「そんなんだったら、俺に渡すわけないか」
レアルは馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い、考えを否定する。
そして、その手紙の差出人の名前を見てみた。
「・・・フレイ?」
差出人のところにはフルネームは書かれておらず、フレイという名前だけだった。
名前からして女性であることが分かる。多分、アイシャの妹とかそんな感じだろう。
けれど、どうしてかレアルはその名前が気になった。どこか聞き覚えがある名前だったからだ。
過去にその名前の人物とあったことがあるのかと思い記憶を探ってみる。
すると、どこかからか大きな怒鳴り声が聞こえてきた。その声によってレアルは思考を中断する。
「下級貴族の分際で僕に逆らうのか!!」
声が聞こえてきた方向を見てみると、中庭のところで余人の男子生徒がいた。
三人が一人を囲んでいる状態でそのうちの一人が怒鳴っていたようだ。いじめのの現場というやつだろう。
怒鳴っている生徒をよく見てみるとローレンスの取り巻きの一人だった。今日はローレンスと一緒ではないようだ。
「そ、そんなつもりは・・・・」
囲まれている生徒はか細い声で何か否定しようとしている。
「じゃあ、貴様のせいで汚れてしまった僕の制服はどうしてくれるんだ!!」
「そ、それはぼ、僕のせいじゃ・・・」
何を怒鳴り散らしているかと思えばかなりくだらない理由だった。貴族というのはどうしてそんな小さなことだけでそれほどまで怒れるのだろうか。
「口答えをするな!!」
怒鳴っていた生徒は気弱な生徒に対して理不尽な暴力を振るった。殴られた生徒は地面に倒れこむ。それを見ていた残りの二人はゲラゲラと下品に笑った。
何がそんなに楽しいのかはレアルには分からない。
そんな様子を見ていると倒れている生徒とレアルは目があった。そして、倒れている生徒がどこか別の場所に目を向けていることに気付いた三人が後ろに振り向く。
「なっ!?」
「・・・はぁ」
三人はこの現場を見られていたことに驚いた。教師にでも告げ口されたらまずいとでも思ったのだろう。
「貴様は・・・!?」
不機嫌であることを隠そうともせずに取り巻きがレアルの前に近づいてきた。
「ここで何をしている」
「別に、ただ通りかかっただけだけど」
「それだけか?」
「なんか、文句あるのかよ」
相手をするのが面倒だったのでレアルは少し低い声で言う、すると、三人は怯んだ。魔道大会でレアルの実力を目の当たりにしているため先ほどの生徒のように暴力を振るう気はないらしい。
取り巻きは何か言いたげな顔をしていたが、焦ったような反応を示すだけで何も言わなかった。
そして、そのまま立ち去って行った。
「何なんだよ、全く」
中庭のほうを見てみると殴られた生徒はすでにいなかった。あの後すぐに逃げたのだろう。
このまま何もせず、立っているのも意味がなかったのでレアルは寮へと向かうことにした。
その時には差出人の名前に覚えた既視感など消え去っていた。




